2007年12月

行く年、来る年

2007年12月31日

背中を洗う。

例年だと、晦日、大晦日の朝刊はページ数が少ない。勿論、紙面広告も折り込み広告も減る。一転、元旦は、通常32頁立てが、新聞社によって違うが、88頁とか100頁に増える。配達員も一度に配れない。この辺では、大晦日の夕方と元旦の明け方、二度配達する。

二日は休刊。三日が次刊。新聞販売店は元旦の朝刊配達後から、三日配達まで、束の間の正月を味わう。今朝は冷え込んで雪模様。5時前にポストに投げ込まれた。新聞命人間としては、「思わず、一年ご苦労様。ありがとう」と感謝。

土日と祭日、それに盆暮れ、正月と有休を合わせると一年の三分の一以上が休日。必死に働いて、十二分に休む。結構なことだ。休みを楽しむために、一生懸命働く。結構なことだ。それが、休みのために働くとなると、主客転倒。

大仰なことをいう積もりはないが、不思議なことに、キリスト教では日曜。ユダヤ教では土曜。イスラム教は金曜が休日。しかし、仏教には、休む習慣がない。日本人の休日は、盆と正月のみ?だったようだ。明治以降、近代国家となって、新暦に改め、日曜休みとした。

戦後、経済成長の過程で、日本人は働き過ぎとの西欧からの批判を受け、土曜が半ドン、そして、休みとなり、祝祭日をやたらに増やし、近年では、日曜に重なる祝祭日は月曜に移し、三連休とした。働くよりも、休んで、遊ぶことが、美徳のような風潮が蔓延。

世界一勤勉な国民が、「休みのために働く」ようになった。労働の価値を、主客転倒させた。しかし、一方では、仕事に使命を持ち、365日、24時間、休みも取らず、働く人たちがいる。その人たちが日本の経済を支えている。

大晦日の新聞折込。例年とは比較にならないほど、多い。数十枚。すべてが小売、流通業の元旦からの大廉価販売と福袋の案内。競争社会だから仕方がない。あの店が、元旦から営業すれば、こちらも。となる。広告屋の出番は増えて、ありがたいのだが。

流通、小売業は裾野が広い。元旦から七日間営業となれば、メーカーも納入業者も、関係者も含めれば、大勢のヒトが、正月に休みが取れないことになる。政府は、家族の絆を大切にとか、日本の文化、伝統を守ろうと、いいながら、流通業の競争激化を、黙認する。

我が家は、大晦日、銭湯で、親父の背中を、倅が洗う。大きかった親父の背中が、年々、小さくなるのを感じたものだ。二人の倅には正月は必ず実家でと。次男は戻ったが、長男の帰省が元旦になるようだ。今年一年、彼らが、親父の背中を洗いながら「大きいと感じるのか?それとも小さくなったと感じるのか?」楽しみだ。

せめて、政府には、ポピュリズムを逆手にとって、元旦ぐらい、日本中を完全休業にしてもらいたいものだ。   そうそう、忘れるところだった。新聞情報によると、今夜のNHK番組、行く年、来る年。1メートル以上雪の積もった、岐阜県の白川郷「明善寺」から生中継されるとのこと。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月31日 06:50 | コメント (0)


捨てる

2007年12月30日

大掃除して大丈夫かな?

これは要らない?う〜ん。要る。これは?う〜ん。要る。これも、これも。これも。要る。いる。要る。う〜ん。みんな要る。女々しい。年末年始は生活の節目。机の周りに溜まった書類の整理を。

毎年のことだが、会社の年度は、四月がスタート。書類の整理は三月にやれば良い。などとかまけて、年末の掃除に無関心。勿論、三月に整理するはずもない。元来、整理能力に乏しいと、開き直り、半場諦めてきた。

が、今年は、一念発起。よし、とばかりに、大掃除に取り掛かっては見たものの。この資料は、この書類は、このデータは。あの時の、とか、いつかは必ず。などと、思いが巡り、掃除どころか。逆に、あれをこれに、これをあれにと、増える有様。

記憶は簡単に忘れてしまうのに。見もしない、書類がなかなか捨てられない。このままでは、どうしようもない。掃除の前の整理で日が暮れ、年を越してしまう。よし、と、腹を括った。要るものは、頭に入れる。そして、シュレッターに掛ける。やるぞ。

これは、要る。う〜ん。要るが、思い切って捨てる。これも要る。要るから、シュレッターに投げ込む。なんだか?調子が出てきたぞ。これも、これも、エイー。ヤー。捨てる。捨てる。捨てる。

なぜ、捨てられないのか?「怖いんです。有ると安心するんです」だから、捨てられない。しかし、一年も、二年も前の書類や資料を引っ張り出して使う。なんてこと、ないんだよな。と、自己弁護しながら、掃除がはかどる。書類が、資料がぐんぐん減る。スッキリ。

あれ!シュレッターが動かないぞ?どうなちゃった。なに。フル?だって。シュレッターのごみが満タン?乱暴に扱われ、書類が怒ったかな?大切なものを捨てたようで、寂しい。なんか、とっても不安になってきた。未練たらしい。

所詮、モノはモノ。形あるものは壊れて無くなるんだ。大切なモノは心と頭に刻み。後は、スッキリ捨てて、新年を迎えるさ。とは言っても、整理能力を身に着けるには?。日々の積み重ねしかないのかなー。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月30日 07:25 | コメント (0)


テーブルクロス

2007年12月29日

宝物が増えました。

二十年以上前の話。イスラエル、テルアビブの郊外。地中海のサンセットが美しい浜のレストラン。テーブルを囲んだ食事風景、おしゃべり好きのユダヤ人。賑やかは賑やかなんだが、何処かが違う。

テーブルの上には、数枚重ねたテーブルクロス替わりの紙と、ワインなど、飲み物のグラスや南欧風(イタメシ)料理、ホークとナイフ。それに、太めの色鉛筆が無造作に放りこまれたコップが置かれている。

一昨日。一緒にいるだけで、周りが明るくなる、そんな若さ(一回り下)が弾ける経営者と食事した。大いに勉強になった。彼の語録を紹介しよう。「ちょっと、待ってよ。メモ出すからね。」

人間には動物にない、本能がある。「相手が喜ぶことが嬉しい」という本能だ。その本能を素直に表現できなければ、人間じゃない。」サービス業の基本は「この人間特有の本能」を発揮すること。

人に年齢は関係ない。還暦、還暦と言わないで。老若は関係ない。大切なことは、一時、一時が始めての出来事であり。始めての体験と思えるかどうかだ。87歳の人が来年88歳を始めて体験できる。と嬉々として話をされたのを聞き、年齢を超越した。

営業現場で、昨日、仕事を断られた。だから、今日、そこへは足が進まない。それは、間違いだ。新たに迎えた今日という日、その今日の始めての出逢い。と思えば、期待に胸が膨らみ。自ずから、笑顔に溢れ、明るく振舞える。自ずから足が運ぶ。営業の極意。

居酒屋の女将が「まあまあ、敷紙にそんなに書いて。今日の料理は二人の会話と、そのメモですね」と。テルアビブ郊外のレストラン風景。どこか違うと思ったのは、どのテーブルにも、ホークとナイフと色鉛筆で、紙のクロスに「殴り書き」のメモが溢れる食事。

彼の言葉を聞き取った殴り書きの敷紙は三枚。その一枚には「ヒトとして生まれ、人間として生きるとは、死を知る事、死を(悲しみ)を感じる事なり」と彼の力強い文字も交じる。

「醤油のシミが付いたテーブルクロス代わりの敷紙に書いたメモ」年末に宝物がひとつ増えた。感謝。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月29日 07:10 | コメント (0)


ガンバレ!岡ちゃん

2007年12月28日

元気で新年を迎えようぜ!

年の始めといえば、1月元旦。12月もクリスマスを過ぎると、昔ほどではないが、それぞれ地域の習慣、因習、伝統に合せて、新年の準備が始まる。行政機関や学校、多くの企業では、三月が年末。四月が新年。社会には暦と決算、二度の新年を迎える。

企業でも行政機関でも、普通、三月に人事異動の内示。四月が異動となる。それが、最近、業績優先なのか、期の途中でも、お構いなしに異動が発令される。年末内示、新年着任。若い人ならよいが、年寄りや受験生の家族を抱えるサラリーマンには、辛い。

大納会を前に、大阪異動の内示があった知人が報告にきた。「この時期の異動は恒例なの?」「珍しい。通常は4月と10月だ。」「大阪か?面白いじゃないか。どん底でも、笑い飛ばして、生き抜く土地柄。元気で。明るくをモットーに、関西でひと暴れしてよ!」「うん」

「知ってる?来年は、大阪の年だってこと」「関西は地盤沈下が激しい。経済は大変。覚悟してるけど、大阪の年???ピンとこないね。」怪訝そうな顔。

「いいかい。来年は総選挙。政権交代か、政界再編がある。」「政治のことは分からん」「まー聞け。来年は二年後のサッカーワールドカップの出場を決める」「それが、なんで大阪と関係ある」「お前なー。大阪といえば、元気の元は何だ?」「????打たれてもへこまないおばちゃんか?」「違うよ。阪神の連戦連勝、優勝さ」「う〜ん」

「民主党の代表は誰だい」「小沢だよ。総選挙で民主党が勝っても、小沢は首相にならないね。」「大胆な話だなー。誰がなるんだ?」「副代表の岡田だな」「へー」「サッカーの日本代表監督は誰だい?」「岡田だよ」「そうだろ。阪神の監督は?」

「そうなんだよ。来年は岡田イヤーさ」「だから、阪神優勝。来年は大阪の年さ。」「ふ〜ん。」新年からの新天地、大変だが元気出して楽しく仕事して欲しい。「疑心暗鬼はいかん。来年は、岡田イヤー。ガンバレ!岡ちゃん。で大阪でガンバレ!」「しかし、俺の苗字、岡田じゃないからなー」「???????」                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月28日 07:08 | コメント (0)


手帳(その2)

2007年12月27日

あの暑い夏よりも熱かったか?

毎年、同じ手帳を使っている。15冊になった。日経BP社版。三冊で一組。表紙にはK・GOTOのイニシャル。何の変哲もない手帳だが、ビジネスマンにはシンプルで使い勝手が良い。三冊で一組、一冊は勿論私が持つ。他の二冊は、総務で管理。スケジュール調整を任せている。

最近、手帳は携帯が主流。何度か、試したが、全体を把握するには、やはり手帳が扱いやすい。手垢や欄外メモに濃淡があり、記憶力が緩慢になったと嘆くこの頃、生活臭がシーンを呼び戻してくれる。

7月。日本人は農耕民族。冬に耕し、春に植え。夏に育て、秋に収穫。たとえ、その年が不作であっても、十分な実りを得なくても、秋には、五穀豊穣を感謝し、来る年に豊作を祈る。我社も創業30年を迎えることができた。上場のステージに立てた。感謝を収穫祭と銘打ち、社員と喜びを分かち合った。

8月。考えてみると、お盆は祭日ではない。今年から全社的な盆休みを止め、個人で都合の良い日を三日間とした。10日の金曜と12,13日の土日に休みを貰った。13日から休む人が多く、結果は開店休業。盆休み、日本人の生活に染み込んで入るんだなーと実感。

9月。岐阜県の観光地。飛騨高山と世界遺産、合掌造りの「白川郷」に二度。遠来のお客様をご案内。高台から見る萱葺き屋根の集落。役場OBの「味のある解説」。何百年もの間、豪雪に耐えて生き続ける、飛騨人の生活の知恵「結の文化」に「集団の生き方」を学んだ。

10月。JLAA(日本地域広告会社協会)ブロック会議。ほぼ、全会員(56社)と懇談。仙台を皮切りに九州福岡まで、日本列島を駆けた。疲弊する地方経済の実態。生き残りを賭けたサバイバルなど現状を認識、成功事例を共有した。協会の「使命」や重し。

11月。手帳の日にち全てに◎印が。良いことあったのか?違う。違う。ブログを書いた日に◎を付けている。まだ、まだ、ブログに力が入ってる。未熟者目が!「渇!」だ。肩の力を抜いて。と自省。

12月。十数年余、我社のネット通販部門を支えてくれた、有能なスタッフが「寿」退社。鋭く「ここがおかしい」「ここはどうなっているんですか」とメールで叱責。至らない私に、ドキっと、気付かせてくれた。「感謝です。ありがとう。」落ち着いたら、また、一緒に働ければと願う。おめでとう。幸せに。

この4月、心の支えであった友が、旅だった。商用で葬儀に参列できなかった。盆明けのジリジリと太陽が照りつける8月23日、墓参に福島を訪れ、お別れした。残念無念。寂寥の極みだ。

まだ、手帳には五日間、日にちが残っている。でも、この手帳とは、2007年とは、今日で別れ。惜別の我が友に問いたい。「あの暑い夏よりも熱く、この一年を生きただろうか?」と。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月27日 07:01 | コメント (0)


手帳(その?)

2007年12月26日

手垢に一年を思う。

毎年、クリスマスを過ぎると、手帳を新しくする。この一年の思いが巡る。無為に過ごしたんではない。と言い聞かせながら、ほんの僅かな時間だが、すでに、忘れていることも多く。手垢の付いた日付を一週間毎、捲る。

一月。上場承認。約2週間。「ロードショー」といわれる会社説明会。投資家の皆さんに洗礼を受ける。田舎暮らし。サービス業といっても第二次産業に近い広告の仕事。過去、投資家と称する人達との馴染みはない。金融機関といえば、銀行に保険、証券会社ぐらい。投資会社のアナリスト、ファンドマネージャーなど。独特の臭覚を持った素晴らしい出会い。大いに勉強になった。

二月上場。長年の夢が叶った。のだが、喜びよりも、嬉しさよりも、責任の重さをひしひしと実感。常在戦場。手を抜けば、社会の指弾を浴びる。「自らに厳しくあれ。厳しさこそ温さ」と肝に命じた。

三月、子育て終了。長女の幼稚園入園から、次男の大学卒業まで28年間。長男の大学入試に一度付き合った(それも仕事の合間に)以外。三人の子供の、どの行事にも一度も顔を出したことがない。これで最後。節目だと腹を括って、次男の卒業式に出席。

四月。我社の理念を、地域社会への貢献(地域経済の活性化のために)。飲水不忘掘井人(愛・人を大切に)。機会損失の排除(効率経営)の三点に整理した。理念無き事業は滅ぶ。なんのために企業は存在するのか。自信を深める。

五月。創業30周年。企業は30年で一人前。五月やっと辿り着いた。先代からバトンを受け、20年余。一心不乱だったなー。30年を期に、明確なビジョンを掲げた。ビジネスモデルである地域限定型「生活情報誌」全国1000万部発行を!高収益体質の企業へ!東証二部へ!と。

六月。上場後、始めての株主総会。会場を大垣市の中広ITセンターとした。「辺鄙なところでやるな」とお叱りを受けた。遠方よりのご出席に感謝。公開企業としての社会的責任(CSR)を改めて自覚した。

手垢の付いた6月11日の週。欄外に、「天を怨まず、人を咎めず」と。なぜ、この言葉を書いたのか?ジーと下手な文字を。思い出した。理不尽な押し付けに、四ヶ月間、それなりに人事を尽くした。
                     続く         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月26日 06:27 | コメント (0)


直木(すぎ)

2007年12月25日

花粉症について考える?

クリスマス。今年は雪も降らず。冷え込んで身体を奮わすこともない。随分穏やかで、暖かな気候。冬は冬らしく、夏は夏らしくあれと願う一人として、やはり、温暖化は気になる。この調子では、山の森の木の生態系が変り、樹木が怒り出すのではないか?心配だ。

私は鈍いのか、まだ悩まされてはいないが、日本全国約2000万人の患者とわれる「花粉症」。樹木は口を聞かないのないので分からないが、年明け草々から、花粉が飛び、苦しむ人が出るかも。

花粉症は目、鼻、喉などの粘膜に花粉が接触、炎症反応が起こる。厄介なのは、一度発症すると毎年悩まされる。初めて取り沙汰されたのが、1964年(東京五輪)、43年前。(森林総合研究所篠原健司氏)

アレルゲンという物質(タンパク質)が体内に吸収され、様々な反応を引き起こす。症状の引金は、粘膜上の特殊な細胞から放出されるヒスタミンや、ロイコトリエンなどの化学物質。これが神経を刺激、アレルギー症状の原因だと言われる。

アレルゲンはスギだけでなく、檜、ブタクサ、ヨモギなどのほか、リンゴ、白樺、イネなどの花粉でも見つかり、因果関係が明確なものだけでも50種類にのぼるという。スギ花粉が「悪者扱い」され、東京都石原知事はスギを伐採せよ。と声高だが?チョット乱暴だ。

日本の国土面積の約70%は山林。そのうち人工林が約40%。その半分がスギ林。

戦後の高度経済成長期、木材価格は高騰。山林家達は競って需要の高いスギ、ヒノキを植林。国も補助金を出し、奨励。拡大造林のこの時期、花を着けやすいスギ(元来、花や球果を多く着け、成長を妨げるスギからは種を取らなかった)の種も多く使われた。(岐阜県森林アカデミー原島幹典教授)

スギがスギ自身で、拡大、成長した訳ではない。人間の都合で、人工的に花や球果を多く着ける品種のスギを植林したのだ。スギ花粉症の原因を、原島教授は、「欠点を持つ木は植栽後、20年ほどで、特徴が現れるので、早めに伐採すべきだったが、林業不況で間伐が不十分」と人災説だ。

スギを伐採せよ。もいいでしょう。しかし、日本人とスギの関わりは深い。「日本書紀」には舟はスギ。宮殿はヒノキで造れとの記述もある。スギはヒノキやヒバと異なり、香りや色合いが控えめ。生活の中に溶け込んでいる。日本の急峻な山林で育ち、強い風や大雪にもめげず、ひたすら、上へ、上へと真っ直ぐに伸びる。

スギは「直木」ともよばれ、日本建築の主役であり、日本人の気質に合致している。果たして、スギを悪者扱いして、伐採すれば良いのか?二酸化炭素の吸収率でも、スギはたの樹木の群を抜くという。自分が困れば、何でもありには?閉口だ。

「お前は花粉症の辛さを知らないからだ」と叱られそうだが、国民の安全と豊かな暮しを保障するのは国家の仕事。43年も前から、原因の分かっている花粉症。アレルゲン退治の新薬に、コストをかけて欲しいものだ。

余りスギを悪者にすると、温暖化に乗って、スギが怒り出すかもしれない。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月25日 07:24 | コメント (0)


文芸コンクール

2007年12月24日

男子高校生は何処へ?

世の中、驚くことは多い。男性美容が賑やかだ。結構な事だが、美容院にエステ。化粧にピアス。ネールアートに・・・・・・。どこまでがお洒落で、フアッションか?いくら、男女同権といっても、綺麗になりたい。美しくなりたいは女性の専権事項だと思うのだが。

チョット理解し難い話だが、あるデータでは、若い男性の40%が小用を座って。と言うではないか?牡犬は片足上げて電柱に。男は立って、座るのは女性の専権事項かと思ってた。考えてみれば、温かいウオシャー付の便器????習慣だからどっちでも良いのだが?

めったに観ないが、テレビのバラエティー番組に女装の男性っぽいタレントが出てくる。彼(彼女?)達が男性美容ブームの火付け役だろう。男子高校生が美容に一番熱心だとか。座っての小用も高校時代から。と聞くと、驚くのは団塊親父ばかりでもなかろう。

先頃、第22回全国高校生文芸コンクールの入賞者が決まった。小説、文芸評論、随筆、詩、短歌、俳句、文芸部誌の7部門に、過去最多46都道府県(応募のない県が知りたいが)から、2万6662点の作品が寄せられた。

主催の読売新聞に、最優秀賞、優秀賞の作品の一部とコメントが掲載。高校生の輝く感性と光る言葉が躍る。短歌最優秀賞者は「筆箱にメモ用紙を入れ、思い付いたアイディアを書き留めてます」と。小説優秀賞者は一昨年が最優秀賞、昨年が優秀賞「今年も入賞を狙っていました」と。覚悟が伺われる。

言葉と真剣に向き合い、高校生らしい自己表現を稔らせた力作に、文芸の分野に多くの高校生が真摯に取り組んでいると知り、嬉しくなる。この子達の何人かが、我社の生活情報誌に係わってくれればと、秘かに願う。

見開きの掲載記事を読んで。何処か変だぞ?受賞者五枚の個人写真。二枚の受賞文芸部の写真。全員が女子生徒じゃないか。そうです。最優秀賞、優秀賞の受賞者は、全員が女子高生。文芸は女性の専権事項だったかな〜。驚きだ。

男子高生は何処へ行っちゃたんだ?まさか?トイレに座って小用してるんじゃないだろうね。

どんな経緯かは知らないが、この文芸コンクールの事務局、東京じゃなくて、岩手県立盛岡第四高校に置かれている。それが、とても、嬉しい。入賞作品は、事務局が編集発行する「文芸集22」で読める。早速注文。手元に届くのが楽しみだ。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月24日 07:13 | コメント (0)


「山を守る」

2007年12月23日

宝物が眠ってる?

故郷を愛する。とは言うものの、我が故郷岐阜の財産、資源が、どの程度あるのかを、知っているのか?ふと疑問に思った。美濃和紙と「うだつ」のある家並みが特徴の岐阜県美濃市。その美濃市に「岐阜県立森林アカデミー」なる専門学校がある。初めて訪れた。

岐阜県の歌。子供のころ学校で教わった。歌詞は「岐阜は木の国。山の国」で始まる。森林アカデミーは「自然を代表する「森」と再生可能な「木」の活用を通して、自然の環境と一体になった、持続可能な社会を築くこと」を理念に。

岐阜県は豊かな森林資源に恵まれ、優れた「ものづくり(匠)」と「木造建築」の伝統がある。この岐阜県に自由で実践的な高等教育の拠点として設立された。まさに、県歌に相応しい。

イスラエルの初代首相の名を冠した「ベングリオン大学」を訪ねたことがある。ネゲブ砂漠のほぼ中央に位置し、医学、薬学、農学、工学、科学など理科系の大学で、学生、教授、研究者が世界中から集まり、約3000人ほどの規模と記憶している。大学の理念はただひとつ「砂漠で生きる」だ。

学校の一角に、創設者で建国の父。ベングリオンの墓がある。その前で、「日本は恵まれた国。砂漠とはなじみが少ない。砂漠に暮らす人たちにとって、砂漠は過酷な条件。その砂漠に人が暮らせるにはどうすべきか?」「そのためには人間が砂漠と真摯に向き合う研究機関と人材育成を実践する大学」とてつもない指導者に思わず頭を垂れたもんだ。

森林アカデミー。校舎はすべて木造。宿泊施設もある。簡素だがすばらしい建築物だ。学科は森と木のエンジニア科とクリエーター科がある。定員は各科20人。前後期、二年制。学生数は160人。門外漢では、二つの科の特徴がいまひとつ分からない。

分かりにくいパンフレットを捲ると。エンジニア科は「森」「木」「環境」のコースにに分かれ各分野の現場実践に必要とされる人材の育成。クリエーター科は地域林業、里山、地域環境、木造建築、ものずくりの各研究会に分かれ、高度な専門知識と実践力を身につける。

要は第一次産業の林業のため。エンジニア科は林業をめざす学生の養成。クリエーター科は林業の大学院。自分なりの整理。格好なんてつけない方がいいかな。チョット中途半端。頭でっかちかな?って、気がする。これでは、学生は集まらない。もったいない。

行政に予算がない。しかし、疲弊する地域を活性化させねばならない。となると、あるものを、見直し、再生させ、活用する必要がある。健康と環境。日本人の関心の高い問題。岐阜県立森林アカデミーには環境学校として、りっぱな基礎ができている。と感じた。

素晴らしい宝物が眠っている。この宝物を生かすべきだと思う。それには、「ベングリオン大学」のように、誰もが納得する。明快な理念が必要。格好なんか付けずに、「山を守る」大学。とすればよい。美濃市に、世界中から若者が集い、愛する郷土の活性化に繋がる。

さて、どうPRするか?勝手連の腕のみせどころかな。       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月23日 07:21 | コメント (0)


鬼が笑う

2007年12月22日

さてさてどちらが勝ったか?

来た。きた。昭和23年12月10日付けの「朝日新聞大阪版」の裏面が。粋な誕生日プレゼントの続編。貰い物に、感動して、もっと下さい。とは、少々図々しいと、思ったが、甘えた。宝物が増えた。ありがとう。お陰で、59年前の師走の喧騒にタイムスリップできた。

来年の話をすると鬼が笑う。と言うが。12月も20日を過ぎれば、鬼も笑っちゃいられない。来年の予想にも真実味がでる。来年の話題でも、真顔で聞くんではないか?

サッカー日本代表の岡田監督、就任後、初めての練習を前に「戦う姿勢」の大切さを訴え、「クロスに入る選手の迫力が足りない。ゴールへの飛び込みが足りない」と得点力不足の課題を指摘。その課題「激しいクロス」克服に意欲を見せたと報じる。

岡田ジャパンなら、必ず、その課題克服できる。そして、ワールドカップアジア3次予選、突破できる。来年も不景気が続きそう。2月の明るいマインド。是非、突破してほしい。と願う。

59年前の新聞。12月12日(昭和23年)。神戸四宮球技場で学生サッカー王座決定戦が行われる。東大対関学。見出しは「東大やや有利か。」予想は。東大はチームにバランスがとれている、ただ欠点はゴール前におけるFWの鋭さに欠けゴールゲッターに人がいないことである。

一方の関学はFW、バックスともアンバランスであるが、FWに個人技が優れ、決定力を持つのが強み。関学は「激しいクロス」で東大バックスを幻惑してFWに球を集める戦法を取るだろう。これが成功すれば関学に勝機もある。勝敗は両軍のバックスにかかていようが、穴のない東大に有利と見た。と。

あれあれ、岡田監督の代表選手初練習のコメント「クロスが勝敗の鍵」とどこが違うの?60年近く前だよ??????抱える課題は、今も昔も同じ。サッカーが進化しないのか?それとも日本人が進化しないのか?それとも、スポーツであれ、人間社会であれ、いつの世も課題は変わらないのか?

59年前、師走の喧騒を活字を追いながら、思わず「考え込む」。  ところで、東大対関学の一戦。どっちが勝ったんだい。昭和23年12月13日の新聞を見なきゃ。と、思うんだが。また、頼むのも気が引けるし。そうだ、来年の誕生日プレゼントで、「13日付けを」とお願いしてみようかな?   うん〜。鬼が笑ってるって?????                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月22日 06:38 | コメント (0)


編集者の決意

2007年12月21日

結婚するって本当ですか?

新刊本の情報は何で知りますか?私は新聞と雑誌です。新聞は日曜日、各紙とも読書コーナーが二面に渡り掲載され、それを読みます。定期購読のマガジンには、有名書店での販売ランキングが載り、題名と、一行余りのコピーで、面白そうな本に目をつけます。

でも、年間に発刊される本は多く、新刊に気が付かず、素通りする残念な本もあります。毎年、年末になると、筋金入りの本好きたちが今年の本の総ざらえで紹介してくれる雑誌があります。余り高尚な雑誌の紹介では、こちらが付いてけません。

政治、経済を始め世相を手軽に解析する「お気に入り」雑誌での紹介の場合、見落とした本に「あっ」と気づかされ、慌てて本屋に走り、読み落しを救われ、正月を楽しみ過ごすことができます。

社内報のコラム「導線」で26年間続いた「お気に入り」の隔週雑誌「ダ・カーポ」が休刊になると書きました。発行部数が最盛期の三分の一。雑誌の広告収入の減少は、商売柄、目を覆うばかり、いずれは、と思っていましたが。

先日、社内報の編集を担当する仲間が目頭をチョット赤くして「これ。まだ買ってませんよね」と差し出したのが、表紙に「今年最高!の本」「ヒト・モノブーム・事件の総まとめ」と大書してある12月19日・1月2日合併620号の「ダ・カーポ」。

「今月号をもちまして「ダ・カーポ」は休刊します。26年間のご愛読、本当にありがとうございました。スタッフ一同感謝するばかりです。いつかまた、違った形で、お会いできる日が来るかもしれません。それまで、皆様、どうぞ、お元気で!」編集者一同」と惜別が最後のページに。

私もこの30年で、多くの出版物を発行してきました。この挨拶文に、2007年末をもって休刊するのではなく、新年1月2日との合併号にした、編集者の無念の思いが痛いように分かります。「違った形で、お会いできる日が来るかもしれません。」に捲土重来の決意を感じました。

この最終号で紹介されてる今年の本、全部買って読むぞ。それが、「お気に入り」の雑誌を休刊させてしまった愛読者の、せめてもの償いです。

そう言えば、「結婚するって本当ですか?」って歌がありました。その歌手(榊原広子・正敏夫妻)ダ・カーポって名前だったよね。ダカーポの意味は、イタリア語で「初めから」。雑誌「ダカーポ」は休刊じゃなくって結婚したんだよね。編集者の皆さん、お幸せに。ご苦労様でした。ありがとう。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月21日 06:29 | コメント (0)


絵本

2007年12月20日

空間に曼陀羅が浮ぶ。

兄弟のいない私には、そのお蔭で(多分そのお蔭)とても、多くの先輩、友人、後輩に恵まれている。「人の世 幸不幸は 人と人が 逢うことから 始まる よき 出逢いを」とヘッドにしたためた、和紙の便箋で、毎月レターを頂く先輩が千葉にいる。

始めてお目に掛って、何年になるだろう。多分、20年では足らない。毎月のレターもかれこれ、十年は頂いている。月々の文通は、今年の4月、十数年ぶりにお逢いしたにも拘わらず、空白の歳月をぶっ飛ばした。文章のやり取りとは、不思議なものだ。

愛読する「文芸春秋」にあさのあつこさんがシリーズで「おとなの絵本館」を書いている。1月号で9回になる。軽妙なタッチで様々な絵本を紹介、彼女の人柄が慕ばれ、本屋に立ち寄ると思わず、「これが、彼女が紹介してくれた絵本か。」と手にする。

作者、著者との出逢いも、人の世の出逢い。そのお蔭で、絵本の素晴らしさを知った。全国、地場産業の振興に力を入れているが、どこも厳しい状況だ。岐阜県の多治見市、陶器の産地。その振興に「絵本」が一役かっている。

絵本のタイトルは「ちゃわんいっかのあさごはん」(多治見美濃焼卸センター協同組合発行)。内容は、家族があさごはんを確り食べて、幸せになる話。この絵本を読んで聞かすと、幼児や子供が朝食を食べるようになると評判。お母さん達に喜ばれている。

絵本に登場するちゃわん一家は毎年開催される「茶碗まつり」のマスコットキャラクター。組合では「マイはし」ならぬ、この絵本を題材に「マイちゃわん」ブームに火が付けばと目論んでいると聞く。絵本が地場産業を復興させるとなれば、夢が膨らむ。

その先輩(古希を過ぎられたと伺った)が、今月のレターとともに、講談社発行の絵本「おじょうさまうさぎに気をつけろ」を送って頂いた。氏の甥が絵を担当とのこと。力強い筆使い。子供たちを引きつける絵だと感心した。

絵本は小さな世界の内側に無限の宇宙を秘めている(あさのさん)。殺伐とした人の世、数字を追い求め、ややもすると、己を見失う。そんな年の瀬に、良き出逢いの先輩が、幼子の心をを揺さぶる「絵本」投げ入れてくれた。その豊かで、贅沢な空間に、曼陀羅が浮ぶ。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月20日 06:02 | コメント (0)


希望の光

2007年12月19日

ガンバレ!山中教授。

息苦しい。酸欠状態だ。原材料のインフレ。荒波を真っ先に受ける企業の現場では、コストカットも限界点。小売業、流通業も原材料の高騰を価格に転嫁できず。逆に廉価競争にさらされ、デフレ状態。中小企業は、水中で空気を抜かれるような、酸欠状態だ。

帝国データバンクによると11月建築基準法改正に関連した倒産が4件あった。改正によって、住宅や工場の建設が進まない。建設業は地域の基幹産業、建材、住宅設備機器、カーテンなどの内装、家具、家電、耐久商品と被害は拡大する。

建設不況は国交省の官僚、地方自治体の役人による人災。政治は何をしているのか?ガソリンスタンドを海上に作るのも大切だが、人災によって、地方経済が酸欠状態に陥っているのに、なぜ、手を打たぬ。決済ができず、年を越せないと中小企業は悲鳴を上げているぞ。

規則万能、責任回避、秘密主義、画一主義、自己保身、形式主義、前例主義、セクショナリズムの官僚制をぶち壊さないことには、この閉塞状態から脱皮することはできないのではないか。政治の力に期待するしかないが、腹立たしい。

「万能細胞」開発した京都大学の山中伸弥教授。渡海文科相と会談、「研究者がチームワークをはぐくむための合宿所」のような研究拠の整備を要請。文部科学省は再生医学研究の分野で世界最高水準の研究機関を目指し、今後10年間で約250億の資金投入を決定した。

この世紀の大発見に、国が十分支援をせねば、山中教授を日本に繋ぎ止めることは、難しいと考えていた。この迅速な決定を評価する。願わくば、予算の使い道に官僚の形式主義や、前例主義にとらわれないよう。研究者の裁量に委ねてほしい。

山中教授には、やっかむ研究者も出てくるだろう。早急な成果を求める声もでるだろう。再生医療は難病で苦しむすべての人達の最後のよりどころ。焦ることはない。全人類のために、じっくりと研究して欲しい。がんばれ!

あの戦後の廃墟で、国民を救ったのは、科学者の叡智だった。湯川秀樹博士のノーベル賞の受賞。中小企業は、酸欠状態に喘いでいるが、負けはしない。歯を食いしばって寂寥たる地方の景況に耐える。貴方のノーベル賞、受賞の報を「希望の光」として、心待ちに。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月19日 06:00 | コメント (0)


Reの時代

2007年12月18日

山を守る知恵!

昨夜は気の置けない仲間と一年の反省会。唐揚げに、酢豚、餃子に、焼きそば、チョット濃いめの中華料理、招興酒とマッチ、お蔭で、少々過ごした。久しぶりの二日酔いに、とぎれとぎれの記憶をたどれば、年甲斐も無く、議論に熱くなった。赤面の限りだ。

なかでも熱かった話題は、環境問題。話は、仲間の一人が持参した「マイはし」から始まった。岐阜県は、地球温暖化防止策の一環として、この12月から、「県民マイマイはし使用宣言」を打ち出し、本格的な県民運動を始めた。

運動は、県議会の循環社会・防災対策特別委員会(なんとも勇ましい名称だ)が率先垂範、昼食会でアピール。果たして運動が、県民に定着するかどうか。議論はそこから始まった。地球温暖化に繋がるのか?それともパフォーマンスなのか?県民の意識改革に役立つのか?

運動を広げるには「箸の輸入を止めるべきだ」「それは解りやすいが、実現不可能だな」、「岐阜県はレジ袋の有料化を進めている。飲食店での箸の有料化はどうか」「競争が激しい飲食店でそこまで、やれるかな」喧々諤々。

仲間の一人がアイディアを出した。「俺は代々、山を預かっている。山を守るには、間伐、すそ刈りをしなけりゃ、山は荒れる。荒れりゃ、温暖化。しかし、それには費用がかかる。国産材の価格は下落。木は売れても利益はでない。予算は何処からも捻出できない。」

「そこでだ。間伐材で箸を作る。作った箸を買ってもらう。それは、箸を媒介とした募金活動。その浄財で間伐、下刈り費用に充てる。」「山を守り、かつ、マイはし運動を推進する。県民の意識も醸造される。一石三鳥だが、どうだ」。いやいや、頭のいい奴だ。成る程、まさに、県議会の勇ましい「循環社会特別委員会」も真っ青。

よし、その案、県民の意識改革に最高だ。この「山守り、イン、マイはし運動」盛り上げよう。「では具体的にはどうするか・・・・」「まずは・・・乾杯だ。」その辺から、しどろもどろ。そうだ、今年の始め、環境が大きな社会問題となる。日本は「Reの時代」を迎える。と「中広報」に書いた記憶が、酩酊した頭を過った。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月18日 08:01 | コメント (0)


酒の飲み方

2007年12月17日

徳利は絶対振るな?

忘年会シーズン。都会は知らないが、田舎は、随分静かになったもんだ。12月に入れば、柳ヶ瀬の夜は、ジングルべルが鳴り響き、千鳥足が街に溢れていた。この二、三年、年末に賑わうのは、二十日過ぎてから。ピークは27,28,29の三日間だそうだ。

冬の柳ヶ瀬とくれば、酒の師でもある親父殿を語らねばなるまい。彼は、特別に用がなければ、毎夜(日曜も祭日も)柳ヶ瀬歓楽街の、決まったコースを、決まった時間に歩き、決まった店に立ち寄る。それを界隈では「ごっちゃんのパトロール」と呼ばれていた。

晩年(65歳で人生を駆け抜けた)、還暦過ぎ、何処のどなたに頂いたのか?膝まで届く長〜い、真っ白な手編みのマフラーを首に巻き付け闊歩してた。顔見知りのおねえさんから「あらごっちゃん、パトロールご苦労様」などと言われ、「おっー」と手を挙げ、ポケットから小さな祝儀袋。

「元気か?彼氏と上手くやってるか?」軽口を叩き、さりげなく祝儀袋(中身は二つに折った千円札一枚)を渡す。「お父さんは、とっても粋な方、柳ヶ瀬ではもう、あんな旦那衆はいなくなった。伜とはずいぶん・・・・」と、まだ現役で頑張る「おねえさん」は懐かしがる。

料亭、料理屋での酒の飲み方、。寿司屋、蕎麦屋、食べ物屋での酒の飲み方。それぞれに違う。食べ物が違い、店が違えば、酒の飲み方も違って当然。コップやおちょこに注いで、ただ飲めばよい。のではない。それはそこ、流儀がある。

飲み方の流儀も知らずに酒飲む奴は、酒飲みの風上にも置けぬ。とは、親父殿の弁。教わったことの一つに、料亭で。「いいか、徳利は絶対に振るな」「耳元で振って中身を確かめるな」「酒がまずくなる。座が白ける」と。残しては勿体ないではないか?

などと、言おうものなら。・・・・・・・。最近は、「酒どころか、ウーロン茶しか出ない宴席があるんですよ。」と柳ヶ瀬の女将。酒といえば、健康に良いと「焼酎、赤ワインを飲む人もいる」。アルコールに良し悪しもあるまいが。気休めなんだろう。

師走の街に溢れてた酔っ払いはどこへ消えたのか?いまや、酒談義、飲み方講義も、聞く人すらいないのか。親父殿、天国で忘年会、「酒の飲み方も知らぬ奴は、天国に来るな。」とぼやきながら「先に逝った仲間を集め「徳利は絶対・・・・・・」などと、酒談義に違いない。                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月17日 06:27 | コメント (0)


2007年12月16日

弱った時代だね?

このブログも63回を超えた。回数が増えれば良いって、訳ではないが。その時、その場の率直な気持ちが表現できればそれでよい。しかし、不思議なもので、毎日更新と決め、拙文を書(打って?)いていると、今日も、書かねばと、妙な脅迫観念に襲われ始めた。

書く時間を無理やりに見つける。まだ書いていないと不安になってくる。頭の構造が微妙に変化、五感が書くことをいつも意識する。四六時中テーマを求めている。厄介者が体内に巣食ったようだ。決めたこと、三年は同居する以外にはない。と諦め掛けている。

まだ、始めて二ヶ月。癖にはなってない。無理やりの域だ。年末年始も懲りずに書き綴れば、厄介者がいないと寂しくなるかもしれない。それを、身に付くとか、同化するとかいうなら、それでよい。

毎日となると、土日祝日も、である。発信するパソコンは会社のデスクの上。一日一度は必ずデスクの前に座らねばならない。覚悟はしたものの、出張もあれば、出社できない日もある。「書き溜めできますよ。指定日も決めれます」と、「何!パソコン音痴をおちょくっとるんか。最初から教えてくれよな」

「でも毎日書くから、ブログです。書き溜めてアップしたら、毎日更新が「うそ」になるじゃないですか」とキツイ一発。そうだよな、面倒になれば、逃げ道を探る。嫌になれば、楽な方法を考える。欲がでれば、うそも付く。それではいかんよな。

口は悪いが、本音でモノを言い。決めたことは、マムシのよう執念深くあきらめないをモットーとしている。で、あれば、自分で決めたことに、自分を偽るのは情けない。「君。自宅でも、出張先でも、ブログをアップできないのか?」「はい、セットすれば、ノートパソコンからでも、携帯でもできます」。「何でそれを早く言わん」

「お陰で、決済がスムーズと、管理部は喜んでますが。」「ムー???」携帯からでは詮が無い。ノートパソコンにするか。「君、ノートパソコンを頼むよ」「あまり多機能でも、使いこなせないですから。お値打ちなものがいいです」「ムー!」

てな訳で、大枚8万円叩いて、ノートパソコン入手。いつでもどこでも、ブログ。結構重宝。これで、ブログ日課にも「偽」なく年末年始対応できそうだ。「よし!来年は、決済もすべて電子化だ!」

いかん。岐阜の風物詩というテーマのブログ、女子実業団駅伝の開催日を、12月第二週の日曜と書いたが、「今日、第三週の日曜」の誤り。これは、勘違いなんだが?世間では「うそ」「偽」。間違いでは許してくれないだろうね。「あのー。ブログって、前にアップしたものでも、修正できますが。ネットってそうゆうものです。」「「????????」過去は消せないだろ。弱った時代だ。               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月16日 05:30 | コメント (0)


帝国主義

2007年12月15日

民主主義と権力、難しいね?

武士は喰わねど高楊枝。腹が減っても体裁を保たねばならない武士は、痩せ我慢をモットーとしたようだ。武士は特権階級。特権を維持するには、虚勢や体面が重要。封建社会の権力者は、少なくとも金の亡者ではなかったようだ。

ロシアの憲法は大統領の三選を禁じる。ロシアで下院選挙。与党が9割の圧勝。憲法改正可能な三分の二の議席を得た。プーチン大統領は、来年五月で任期は切れる。ご本人は否定するが、憲法改正すれば三期目も可能だ。

ベネゼエラのチャベス大統領は「終身大統領」を目論見、再選制度廃止や中央銀行の政府管理、非常事態宣言の簡素化など独裁色を盛り込んだ憲法改正の国民投票を実施、否決された。市民は「自由万歳」と叫んだという。

チャベス政権は、貧困層に手厚い保護政策で基盤を築いた。ロシア国民は、ソ連崩壊に伴い、経済混乱と貧困を味わった。昨今の原油を始めエネルギー資源の高騰は、ロシアに巨額のオイルマネーをもたらし、生活水準の向上につながっている。これが、プーチン政権安定の背景。

プーチン大統領は、後継に42歳のメドメージェフ第一副首相を指名。自ら、首相に就くらしい。大統領と首相、その権限の違いを詳細に知らないが。行政の長が国家の長を操る。どうも、それは「院政」というらしい。常識的には、民主的ではない。とても、ややこしい話だ。

所詮、ロシアは、意に沿わぬ国にはガスなどの供給は止める。元情報将校リトビネンコ毒殺事件で、英国から容疑者とされる人物を与党の議員に当選させる。強権国家。下院で憲法改正可能な議席を持つのだから、プーチン大統領は改正して三選すれば良いではないか。と思う。

ロシア国民には、武士は喰わねど高楊枝といった権力の面子も体裁も理解はできぬ。ベネゼエラのように、貧困よりも「自由」といった、気位もない。KGB支配による、何でもありの「ロシア独善民主主義」が金の亡者と化し「エネルギー帝国主義」に変貌しないことを望む。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月15日 07:35 | コメント (1)


忠臣蔵考

2007年12月14日

京都の料亭「一力」、懐かしいね?

人の考えは様々、ましてや、歴史上の出来事となると、その解釈は千差万別。今日、14日は天下太平の世を驚かし、江戸町人の人気をさらった赤穂浪士討ち入りの日。忠臣蔵を考察してみたい。

赤穂浪士の「赤穂」は振り仮名を付けると「あこう」なのか「あこお」なのか?「アコー」の「コ」の字を長音と考えれば「あこう」と書く。旧仮名づかいでは「あかほ」だそうだ。?????日本人の心根も難しいが、日本語も難しい。

忠臣蔵が現代も日本人の心の底に染みるのは、忠君愛国の思想を推奨しながら、思想を貫けば、お上は理不尽な裁きをする。「てやんでぇー」。世の中で真面目に頑張っても、強い奴ばかりが良い目。弱者はいつも報いられない、そんな虚しさに対する憤り。

勧善懲悪な思想に、四十七士切腹の結末。虐待された側が反撃、悪者を亡ぼし。墓前に勝ちどきを上げ大願成就。「やったじゃないか」。しかし、やっばり弱者は報われず、全員死罪の悲しい末路。長い冬を耐えて咲いた桜が、一瞬の喜びも束の間、散る、得も言われぬ、儚さ。

それに、浪士達の葛藤。忠君と裏切り。信念と放蕩。親子の情。叶わぬ恋。殺伐とする現代社会で、ややもすると忘れそうな日本民族の心を呼び戻してくれる。外国の古典や事象に造詣を深めるのもよいが、真の国際人ほど、日本の心を知るという。

市井のおっさんとしては、鬱積した江戸町民の怒りと不満を代弁し、潔く散った赤穂浪士と、隔靴掻痒の現代社会とがダブる。たかが忠臣蔵、されど忠臣蔵だ。そうそう、赤穂の仮名づかいだが、「あこう」なのか「あこお」なのか、それとも「「あかほ」か。

金田一先生によれば、現代仮名づかいでは「あこお」が正解だそうだ。そういえば、京都の料亭「一力」に四十七士の菩提が祀られていたなー。料亭も随分ご無沙汰だ。下手な一首。

本懐に血糊をぬぐい雪踏みて君待つ墓標に参じけり。              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月14日 08:35 | コメント (0)


萬古焼

2007年12月13日

流行不易の思想

我社の発行する生活情報誌は、岐阜県8エリア。滋賀県2エリア。愛知県1エリア。三重県3エリア。の14エリア、658、750部発行している。最初は、13年前、岐阜県可児市を中心に発行した「かにさんくらぶ」。この12月で150号を数えた。

「かにさんくらぶ」12月号の表紙は、「ありがとう150」の文字とサンタクロースの袋から飛び出した新キャラクターを紹介。ぴょんぴょん跳ねる野ウサギ、エリアの読者に情報誌の心意気を示している。「150」の数字を眺めながら、「かにさんくらぶ」に係わってくれた仲間達の顔がよぎる。

最新の情報誌は、先月、三重県四日市で発行した「よっかいちai」だ。四日市の市民に「愛」されるようにと、現場のスタッフ達が思いを込めて命名。12月号で二号目。桑名の「ぽろん」、鈴鹿の「ベルブ」と三兄弟で、三重の北部に新風を巻き起こしてくれると、大いに期待している。

その「よっかいちai」の特集は、四日市の陶器、萬古(ばんこ)焼を紹介している。三重県四日市と言えば、工場群が立ち並び、工業生産のメッカ、コンビナート、重工業地帯のイメージが強い。特集記事によると、萬古焼は、1718年桑名の商人が創案した。

その後、1832年、これまた、桑名の商人が再興。さらに、明治の時代に入り、四日市の大地主が水害で貧困に喘ぐ住民に職を与えたいと、萬古焼による地場産業を興し、斬新なデザインが外人に受け、海外へ輸出。四日市萬古は需要を伸ばした。

大正期、陶器と磁器の中間的な半磁器を開発、「大正焼」ともいわれ大量に輸出され、隆盛を極めた。現在は、土鍋のシェアー80%、急須は鉄分の多い土を用い、器の色が紫ががっていることから、紫泥急須とも呼ばれ、使えば使うほどに艶がでると評判とのこと。

萬古焼の印はいつまでも変らぬようにとの思いを込めて「萬古不易」。松尾芭蕉の「流行不易」にヒントを得て付けられたと言われる。「流行」とは新しいものを求め、変化すること。「不易」とはいつまでも変らないこと。(特集記事を参照)

工業都市四日市にこんな素晴らしい陶器の伝統工芸品が存在するのを知らなかった。三重商人たちの「萬古焼」に賭けた斬新な生き方と継続、不変の商い精神を知った。以外と、四日市の市民も知らないのではないか?次号に掲載される市民の声が楽しみだ。「よっかいちai」の存在意義や、「かくあらん」である。

「かにさんくらぶ」の積み重ねが、最新情報誌「よっかいちai」に繋がっている。150号、13年、歴史を刻んでくれた仲間の顔を思い浮かべ、14誌を手に、「萬古焼」が展示される四日市の「ばんこの里会館」を訪ねてみようと思う。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月13日 07:56 | コメント (0)


5千200万部

2007年12月12日

変化に期待する!

人間慣れとは恐ろしいもので、昨日まで馴染んでいたものが、少し変っただけで、違和感があるもの。新聞、月曜休刊日。火曜の毎日新聞から活字がJ(ジャンボ)字に変った。新聞大好き人間としては、とても楽しみにしていた。が妙な気分。

新聞紙面は記事と広告で成立っている。記事の活字は大きくなったが、広告の活字は以前のまま。何となく、バランスが悪い。慣れればいいかな?先日「J字」のタイトルでブログに書いた。紙面のサイズが変らず、活字が大きくなれば情報量が減るのではないかと。

新紙面は、確かに情報量を減らさぬ工夫が随所に見られる。一面の題字が小さくなったり、罫線を外したり、レイアウトを変えたり。読者の声に真摯に応えている。変化を怖れぬ試みや良し。

しかし、掲載するニュースの量も「ほぼ」今までと同じ量というのを目標にしました。地方版は文字が大きくなった上、今までより多くの記事が掲載できるようになった「ほど」です。との与良正男論説委員の説明には??。とくに「ほぼ」と「ほど」の文言が気に入らない。

日本の新聞発行部数は、全国紙の朝日8、066、707部。読売10、032、441部。毎日3,973,826部。産経2,200,609部。日経3,040,509部。(2007年1月〜6月迄の平均。ABC調べ)。それに、中日新聞を始めとするブロック紙。さらには県単位のローカル紙。合せて約5千200万部が毎日発行されている。

日本の全世帯4700万といわれる。1世帯が一部以上の新聞を購読していることになる????物凄い量だ。昨今、活字離れ、若い人が新聞を読まない。高齢者が活字を読むのが辛いといった理由で、購読部数が減少している。

毎日新聞のJ字化は、この窮状に先鞭を付けた。しかし、改革は「ほぼ」と「ほど」程度、暗中模索。果たして、他紙も追従するのだろうか?全国紙で約400万部。それだけの発行部数なら、経営が苦しいとは思えないが?毎日新聞だからの、変化なのだろうか?

新聞は購読料金と広告収入で成立つ。その広告収入も購読部数と同様に下がっている。万が一、新聞が宅配されなくなると困る。何故なら、我が家では毎朝、郵便受けから新聞を取り出すのが83歳の母の日課。彼女の朝の楽しみを奪うことになるから。                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月12日 07:55 | コメント (1)


頑固親父

2007年12月11日

背中で語れるか?

「休みの日、子供たちをプールに連れて行く親父を「ろくでなし」なんて言っている場合じゃないよ、お父さん。お父さんが「育児無し」って言われるよ。」仕事にかまけ、家庭を顧みず、ひたすら働いてきた企業戦士を自認する親父としては、「どきー」っとする一文。

第57回全国小中学校「作文コンクール」の文部科学大臣賞に輝いた、さいたまの中学二年生木戸一樹君の「父の背中」と題する作品だ。中学二年といえば、14歳。文章構成の巧みさに驚くが、その洞察力、内容にびっくり。大臣賞となると、違うものだ。

「男は外で働いて、女は家庭を守る」という考え方を持つ猛烈社員が多くいた団塊世代の人々を先輩に持ち、長い間仕事をしてきたお父さんと、男女雇用機会均等法施行時に社会人となり「女性も男性と肩を並べ働ける時代を謳歌した母。この両親の子育ての解釈の仕方に微妙なずれを感じた僕。と、時代背景、社会の流れを、両親にからめて分析。驚く。

団塊世代としては、返す言葉もない。「家庭人としての男性の在り方についてずっと考え続けてきた僕」は、父をみて、不安になった。「自分の一番の課題は、職業人、家庭人としてのパランスを上手に取りながら満足感を得て、納得いく仕事を続けていくことは可能か」どうかということだ。と悩む。14歳が。

僕が大人になるころは、世の中が変わり、企業が男性の育児参加に理解を示し、その結果、男性がどんどん家事、育児を器用にこなすようになっているにちがいない。近い将来、子育てを夫婦で楽しむ家庭が街に溢れる日本であって欲しい。と理想の家庭像にも言及。ストレートでいいね。

そして、不器用で無口な仕事人間のお父さん、その背中を見続けていくことにするよ。と結んでいる。他人事とは「とても」思えない。考えさせてもらった。木戸君ありがとう。バランスの取れた人間に育って欲しい。

今更、遅いが、親の目線でしか、三人の我子を見てこなかったかなーと、反省しきり。昨日、59回目の誕生日、東京にいる伜が、北海道にいる伜が、岐阜の娘夫婦が「誕生日おめでとう、親父ガンバレ」とエールのメールをくれた。団塊世代、猛烈社員を続ける頑固親父には、ありがとう、と言うしかない。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月11日 07:52 | コメント (0)


裏面

2007年12月10日

さて、50代最後の歳。どう生きるか?

デカイ封筒が送られて来た。金融経済の最新情報を教えてくれる友人から。中身は「民主党総裁に犬飼毅氏決定」の三段見出しが掲載された新聞(昭和23年12月10日付・大阪本社発行・朝日新聞)。59回目の誕生日プレゼントである。

紙面は戦後の混乱期を写し出している。囲み記事は「戦犯処刑・票決の真相」と題し、A級戦犯の死刑決定の経緯が。社説には「自主的大局的判断を望む」として、官公労の賃金が次年度予算に及ぼす影響を懸念している。中記事には、正月選挙避けぬ。炭管疑獄事件等を報じている。

右隅には、株式欄。下段には、平林たい子の小説が二段組。広告は、記事中に化粧品のクロバー。づつうもかぜも「一目散」。記事下は別冊文芸春秋をはじめ書籍広告が。新聞一面の体裁は今も変らない。頑なと言えば頑なだが、記事までもが、政争に汚職、今と変らない。人間進歩がないのか?人間社会は、何時の世も、変らないのか?

インターネットが普及。情報収集手段が多様化した。戦後、ラジオが、テレビがと、新しいメディアが登場した。しかし、メディアの盟主として、新聞の地位は変らなかった。だが、昨今の購読部数減少は、新聞の在り方を決定的に変える時期にきた。といえる。

さて、どう生きるか?50代最後の一年。片意地張るつもりもないが、広告の仕事を通じ、少なからず、メディアと係わっている。メディアの使命と役割は重い。多メディア化する社会、新聞を始めとするメディアの在り方についてじっくり考え、その可能性を試す。そんなテーマで一年を過ごせれば。

生まれた日の新聞を何度も眺め、そして読み返し。そんな思いを巡らす。しかし、何処か?力が入っている。ふと「気付いた」。物事には、表も裏もある。大上段に構えた新聞の「表面」は解った。では、裏面はどんな記事が載っているのか?昭和23年、市井の息遣いが聞えるのではないか?そこに、50代最後の生き方の、大きなヒントが隠れているかもしれない。

ずうずうしいが、今から電話して、聞いてみるか?あの日の新聞ありがとう。「裏面」も読ませて欲しいと。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月10日 07:50 | コメント (1)


頑張ったね

2007年12月09日

祝い事を、讃え合える社会でありたい。

何故か?年末には悲惨なニュースが多い。一年間、一生懸命頑張った人達に、年の瀬の「嫌な」話題は似合わない。半年近く、闘病生活余儀なくされた友人から、先程、電話。「やっと快気、今日退院した」と。嬉しいね。よく頑張ったね。本当に嬉しいね。

昨日、サッカーの岐阜FC、J2昇格の祝賀会が催された。岐阜県古田知事が背番号12を付けたユニホーム姿で、関係者、選手の労をねぎらい、サポーターの心意気を示した。来年の結果を心配する向きもあるが、苦労して、頑張って昇格したんです。サッカーの解らない人も、嫌いな人も、まずは、喜び合いましょう。

親しき友が、順次、還暦を迎える。幾ら、長寿社会とは云え、還暦を健康で、心穏やかに迎えれることは、人生の一代事業を成し遂げたに等しい。九の坂越えと云って、60歳手前で病に倒れた、先輩を見送った、あの悲しみ。今年還暦迎えた人、皆、おめでとう。

10人の友人が集まった。その内4名の子供が「結婚」した。「親の努めが終わったね」「すんなりいかなかって、大変だったよ」「でも良かったね」「どうなることか心配だが」と云う、その顔には、安堵の笑顔が。頑張った親達に乾杯だ。

市井の祝い事。その祝いの裏には、様々な人生が隠れている。大向こうを唸らせるような、華やいだ出来事でなくても、周りの人のチョットした、成果や記念日を祝福する。そんなほのぼのとした、社会であって欲しいと、願う。そうそう、明日は私の59回目の誕生日。この一年頑張ったかなー????               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月09日 08:03 | コメント (0)


万能

2007年12月08日

難病に福音か!

人間は皆、平等だと神様は云う。本当かな?何時も疑問に思う。運動神経のいい奴は、どんなスポーツでも器用にこなす。語学能力のある奴は、何ヶ国語でも直ぐにマスターする。五感の鋭い奴は、目が良く見え、聴覚は発達している。記憶力抜群な奴は、一度聞いた事を忘れない。

人間には持って生まれた「才」のある奴と、なんの取り柄もない私のような凡人がいる。身体能力には歴然と差がある。とても人間は皆、平等だ。とは、言い難い。敢えて云うならば、身体の構造は平等かも知れないが。

皮膚の細胞に四つの遺伝子を組み込むと、体のさまざまな細胞や組織に育つ、細胞へリセットする。とてつもない、万能細胞(人工多能性幹細胞・ips細胞)が作られ、世界中の注目を集めている。難病に苦しむ、患者には治療の希望がわき、夢のような研究成果だ。

万能細胞の研究は再生医療の最先端。私も、唯一、平等なはずの身体のパーツが壊れ、右足は人工股関節。関節細胞が再生できれば。と願う一人だ。京都大学山中教授の研究成果に期待している。

従来の研究では、万能細胞(胚性幹細胞・ES細胞)は生命の萌芽、受精卵を利用。倫理的な問題が指摘されていた。ips細胞は患者自身の細胞を使えば原理的には拒絶反応を避けることもできる。

この研究に、「とても喜ばしい」といち早く反応したのが、ホワイトハウス。同じ研究をするウィスコンシン大学に連邦政府の研究費が投下されるそうだ。「人(受精卵)を殺さず、たくさんの病気を治す、重要な発見」とバチカン、ローマ法王庁が絶賛。ドイツ政府担当官は1万ユーロの予算を計上する、という。

さてさて、日本で、世界人類を救うかもしれない、こんな「万能」細胞が、発表されたにも拘わらず、表立った反応を示さない鈍感な日本政府。(勿論、予算処置など、全く考えていない)。山中教授が、今後の研究場所を、海外に求めるのではないかと、心配だ。

難病で苦しむ人達への歴史的な福音に、耳目すら働かない政治家を生みだしているこの国に、神様は、政治に「才」ある者は作らなかったのかと、右足を摩りながら、思う。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月08日 07:56 | コメント (0)


ルミナリエ

2007年12月07日

負けてたまるか!「なー神戸」

昨夜、10時35分、江戸から岐阜駅に戻りました。溢れんばかりの人に圧倒された、新橋、銀座。我が故郷の駅に溢れるのは、所狭しと客待ちするタクシーばかり。駅から自宅まで、中心市街地、柳ヶ瀬を抜ける、交通量も、人影もまばら。

師走の街。やせ細った街路樹に、流行の電球?が所々乱暴に巻き付け、点滅している。歓楽街のライトアップだそうだ。「心和む人もいないのに、若木が可哀想だなー」僅か15分程の道のり。街のみすぼらしさに唇を咬む。

街を訪ねる人は、タクシーの運転手に「近頃、この地方の景気はどうだい」とよく聞く。調査を兼ねて、だそうだ。私は「何処でタクシーに乗っても、そんな、無意味な質問はしない」。タクシー業界の事情を知っていれば、まともな答えが返る「相手」とは思えない。

我が家は、閑散とした田舎の住宅地にある。タクシーを降り、ふと、あちこちの家を見れば、玄関や二階、庭から赤、白、青のイルミネーション?が点滅している。クリスマスのイメージなんだろ。東京のきらびやかな光のオブジェ。比べる術もない。

田舎町の細やなか・・・・・・。綺麗といえば、綺麗だが、叙情的と云えば叙情的だが。何となく虚しい?「もう、11時を回ったが、何時まで、点滅させてるんだろ?」「電気代は?環境は?ムダじゃないか?」と余計な詮索。

居間のテレビが、「この灯りをみると、震災で亡くなったおじいちゃんを思い出すんです」と語る若者を写し出す。神戸のルミナリエ点灯のシーン報道。景気も季節も凍る師走、田舎の街の細やかな「灯り」の抵抗。豪華にも、きらびやかさにも、負けてたまるか。「なー神戸」。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月07日 07:54 | コメント (0)


メディアリテラシー

2007年12月06日

一歩先の風を読む。

広告の仕事一筋に、30数年。同じことをコツコツやってると、「あいつ、何を考えているのか?聞いてやれ」と声を掛けて下さる奇特な方もお見えだ。広告の仕事に携わる優秀な若い人達と「意見交換」の機会を得た。「何かを吸収してやろう」と、向上心に燃える若者との出会いは、気分がよい。

「自分」の置かれている環境や社会状勢、業界事情を知れば、仕事に対する考え方や、取り組み方が変ってくる。先が読めるようになる。しかし、優秀な若者でも、社会の動きや、専門外のことに余り興味を示さない。仕事をする上で、社会常識を身に付け、世の中の変化を感じ取ることは必要。そんな思いを語った。

聞き手の目に力を感じ、ついつい、仕事でキラッと光るには,とか、同僚、仲間に思いを馳せろとか、説教臭い、親父風を吹かせた。許されよ。

先月、広島で「日本NIE」なる学会が開かれた。NIE、聞き慣れない。「教育に新聞を利用する」Newspaper In Educationの頭文字。その研究会で、情報を正確に読み取って活用する能力「メディアリテラシー」を身に付けるには、新聞を使った授業が有効とする意見が、実践例をあげ報告された。

教育で必要な、メディアリテラシー養成のポイントとして、1,複数紙の読み比べ。2,批判的な視点を持って読ませる。3,取材して記事を書くなど情報の送り手としての経験をさせる。などが挙げられた。要は新聞を読もう。ってこと。

新聞大好き人間の私としては、NIT学会にエールを送ると共に、購読部数減に苦しむ新聞社こそ、この研究に力を入れ、新聞の果たす、教育的な役割に、自ら、注視すべきでないかと思う。

若い優秀な人材が、基礎教育で「メディアリテラシー」を身に付ければ、激動する社会に、一歩先の風を読んだ仕事ができる。そんな気がしてならない。教育制度の改革を!などと大げさな事は云うまい。教育に、身近かな教材として、新聞の活用を、と願うだけだ。それにつけても、新聞を読まない教員が多いのには閉口する。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月06日 08:00 | コメント (2)


2007年12月05日

技能五輪国際大会にエールを!

若者の金髪、茶髪、ピアスに「何だ此奴、チャラチャラしやがって」と、青春時代「長髪にジーパン」で大人の批判に晒されたことなど、全く忘れて、「ブツブツ」ぼやく。自分の事は棚に上げ、表面的なことで、若者の批判をする。自分が情けない。

49種目中、メダル32個(金16、銀5、銅3、敢闘8)凄いね。30種目中メダル52個(金12、銀17、銅15、特別8)凄いね。今月、静岡県で史上初めて同時開催された「第39回技能五輪国際大会」と「第7回国際アビリンピック」の日本選手の成績。

技能五輪は22歳以下の世界各国から集った若者が「匠」の技を競う。アビリンピックは障害がある人が技能を競う国際大会だ。採点は過去の出場者から選ばれた審査員(エキスパート)が決める。最高得点の選手から金、銀、銅と授与されるが、2点差以内は同一メダルとなる。「溶接」の部では日本、カナダ、韓国の3選手が金メダル獲得した。競いながら讃え合う。素晴らしい若者の技能国際大会だ。

中部地区は物づくりのメッカと云われる。しかし、産業構造が三次産業にシフトする時代、この地方でも一次、二次産業への関心が薄れ、職人の高齢化、その「技」を継承する若者の減少は深刻だ。そんな折、ユニバーサル技能五輪国際大会開催の意義は大きい。

「技能五輪選手には金髪、モヒカン、耳に2個のピアスの子もいる。でも、競技が始まると目の色が違ってテレテレもチャラチャラもしていない。どの子も仕事は律儀」と大会総合プロデューサーの残間理江子さん。

東国原宮崎県知事が徴兵制に言及、物議を醸している。徴農制と言い換えたようだが。若者を力ずくで、大人の思いに強制することは出来ない。大人がそうであったように。大人がやれることは、大会会場に足を運び、選手に惜しみない拍手を送る事ではないだろうか。勿論、マスコミは大々的に取り上げるべきだ。

「汗流し」、真摯に仕事と向き合う若者に熱いエールを送り、温かく見守れる、そんな大人でありたいものだ。それにしても、同じ若者、チャラチャラな女子高校生、制服のスカート丈が年々短くなるのが気になる。全高入学制よりも、農業の「技」を磨く、徴農制に一理あるかもしれない。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月05日 07:20 | コメント (2)


人生劇場

2007年12月04日

団塊世代の「群れ」方!

愛知県吉良町で「健康を考える」仲間の会合に呼んで頂いた。生涯現役で健康な社会を創る。気概に、燃えた集まりだった。健康への関心の高さ。健康維持の難しさ。健康づくりに直向きに取り組む姿勢等、先輩達に勉強させてもらった。

久しぶりの仲間、来年還暦の団塊世代が3分の一。高齢化社会を実感できそうで、出来ないでいたが、その来年還暦組、私も、その一人。人生80年時代。還暦からの人生、まず、健康であること。しかし、それだけではない。どう生きるべきか?考えさせられる。

星野ジャパン。8対2で五輪切符と、昨日予想した。点差は10対2と開いたが、手に汗握る素晴らしい試合。両軍の選手にありがとう。と感謝。

田淵幸一がベンチでメガホンを叩いて、選手を鼓舞。山本浩二が丁寧な、丁寧なサインを選手に。星野仙一がピンチにもチャンスにも選手を信頼。若い選手の力を最大限に引き出すのを使命として。三人が、それぞれの役割を必死で担う姿。

広島の山本、阪神の田淵、中日の星野。日本プロ野球の黄金時代を築いた男達。共に、今年、還暦60歳。団塊世代のおっさん。一昔前、野球監督は「和して同ぜず」非情で孤独な指揮官が理想だった。落合監督はその部類かもしれない。

星野ジャパンの三人の指揮官に、私は、団塊世代の還暦からの人生を教わった気がする。団塊世代は「群れて」生きてきた。それが、企業戦士となり、高度経済成長の働き蜂として、支えた。それで、良かった。しかし、「群れ」から解き放されたとき、方途を失う。

彼ら、三人は、今までと違った指揮官像を描いた。これは、リタイアーした団塊世代の新しい「群れ」方。若い世代との係わり方を示唆したと思う。人生80年時代、還暦からの「人生劇場」の幕開けかもしれない。と、愛知県吉良町で思い至った。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月04日 08:04 | コメント (2)


スポーツデー

2007年12月03日

スポーツ新聞の売れ行き。

君は何かスポーツをやってたかね?と良く聞かれた。わりにスラッとした感じ。一見スポーツマンタイプなんだろう。(今はメタポ。三段腹だが)。答えは「学生運動」を少々。?????。と煙に巻く。子供の頃から、自慢じゃないが、スポーツはからっきしダメ。

自分では「決めれば」努力タイプ。と、思っている。スポーツでこれと、決めたのは「ゴルフ」のみ。これが、決めても簡単ではない。大学入学18歳。いきなり、東京世田谷、烏山の下宿に、岐阜から、ゴルフクラブハーフセットが届いた。送り主は親父殿。「ゴルフをやれ」との圧力だ。

あの時、ゴルフ同好会か、ゴルフ部に。違った人生展開だったかもしれない。今頃、ゴルフで悩むこともなかったかも。しかし、ゴルフなんてブルジョアのスポーツだ」「何で俺が」と反発。同級生の板橋君(歯科医師・元気かなー)に梱包のまま「やった」。

毎日デモ。車道を何時間も走ってたんだから、立派な運動。足腰は鍛えられた。学生運動もあながち、スポーツと別物とは云いにくい。

昨日はスポーツデーだった。昨夜の星野ジャパン。野球にしびれた。評論する知識もないが、一挙手一投足に選手の気力、限界にチャレンジする真剣な姿が伝わり。スポーツって素晴らしい。今夜の試合が楽しみだ。(8対2で完勝かな。)

もう一つ、J2昇格に夢を賭けたFC岐阜が、昨日最終戦に勝利。昇格条件の四位以内(三位)を決めた。今日、Jリーグ理事会で審査、決定の見込だそうだ。友人が、選手を社員に抱え、「岐阜の活力のために」と苦労しているのを、目の当たりに。彼の情熱に心より、おめでとう。と云いたい。(明日かな)

更に、今年の4月、ゴルフ男子プロ公式戦オープニング試合、東建ホームメイトカップのプロ、アマ競技に、谷口徹プロとラウンドさせてもらった。寡黙で真摯な態度に魅了された。彼が、賞金王に輝いた。(ニアレスポイントを意識して、と、葉書でアドバイスをくれた。一向に上達しないが)一年間楽しませてもらった。ありがとう。

「死闘韓国振り切った、星野五輪王手」大見出し。FC岐阜「昇格を祈りたい」古田岐阜知事のコメント。「普呉と俺だけでは?若い人に頑張って欲しい」と谷口の心意気。スポーツ新聞は昨日の感動を深堀して、二度楽しめる。

スポーツ新聞の売れ行きが悪い。と、業界は深刻だが、私は、スポーツ新聞程、勇気を与えてくれるメディアはない。と確信する。ガンバレ!スポーツ新聞。
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投稿者: 後藤 日時: 2007年12月03日 07:29 | コメント (1)


心の叫び

2007年12月02日

人前で話すのは嫌なもんですね。

人前で話すのは苦手です。しかし、避けて通れない場面もあります。結婚披露宴来賓の祝辞。会議の主催者挨拶。会社事業の説明。講演の講師等々。頭が白くなり、言葉が出てきません。そんな折。手に人、人、人と書いて飲み込みなさい。石ころだと思いなさい。一番後の席の人を見て話しなさい。と色々心構えを教わります。

随分前になりますが、評論家の竹中健一氏を招いた講演会。楽屋裏。氏曰く「講演の心得え、大きな声で話せ(声が大きければ元気な内容に聞える)。二つ目、時間厳守せよ。(聴衆も主催者も時間を気にしている。時間通りに終わるこっちゃ)」成る程。氏らしい。

私は解消法で、次の点を気を付けています。まず、弁解しない。(何故ここで話すのかとか、十分な用意がないとか、ここで話す立場ではないとか。一々弁解しない。聞く側は、それじゃあー出てくるなよ。となる。聞き苦しい。)自分の弁に苦笑いしない。(壇上で自分で話し、自分で照れ笑いしている、聞いてる人は面白くも可笑しくもない)。でも、人前で話すのは嫌ですね。

噺家でも、講演業でも、政治家でもない素人が上手く話せというのが無理です。中身を大切にするしかありません。その会合や集りの主旨を理解し、真実を素直に訴える。心の底の叫びを正直に語る。練りに練って言葉を考える。と云った事が、中身に繋がるのではないかと思ってます。

12月、住民の生活に直結した地方議会が一斉に始まります。最近は地方議会の代表質問や一般質問をテレビ中継します。それがどうも面白くない。別に面白くなくてもいいのですが、質問も答弁も、原稿の棒読み。それでは、有権者も視聴が辛いです。

地方経済は、酷い状態です。このままでは、年を越せない商工業者が続出しかねません。首長や市町村の職員には頑張って貰いたい。地方議員の役割も重要です。議員は、話しのプロ。議会壇上で、庶民の心の叫びを代弁、中身の濃い、真剣勝負をお願いしたいものです。                             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月02日 07:31 | コメント (2)


正直

2007年12月01日

師走、凛とした故郷の山に思う!

昨日、65日ぶりに床屋に行った。髪が伸びるのと、髪が増えるのとは違うなーと鏡を見つつ、しかし、今朝は妙に気分が良い。

気分良く暮らすコツ。一日気分良く過ごしたいなら、床屋へ行け。一週間なら結婚しろ。一ヶ月なら車。一年なら家を建てろ。一生、ご機嫌で暮らすなら正直に。と教わった。結婚が一週間とはチト現実的ではないが、成田離婚も珍しくないご時世。頷けないわけではない。今朝の気分は散髪のお蔭かな。

このブログ、師走の今日で45日。比叡山、天台宗きっての荒行「千日回峰行」に挑む星野園道さん(32歳)に習って、私なりの、細やかな「行」の積もりで、千日続けて見るかと、故郷の山に誓い、始めた。

荒行は比叡の谷を7年かけて通算1000日、地球一周分4万?`を歩く。先頃報道された、「堂入り」は、断食、、断水、不眠、不臥のまま9日間堂にこもる「生き葬式」と呼ばれる荒行最大の難関。星野さんの千日回峰行は、「赤山苦行」「京都大廻り」が待ち受け、満行までに後三年かかるという。

「苦行と云っても私がこの機会を与えもらって、自分を磨かせてもらえる。嬉しい限りです。世間から離れ山で暮らしてるんですしね。経営者やサラリーマンの方が、生きるために日夜、悪戦苦闘、大変だと思います。」と「堂入り」達成後。

この一年、何処を見渡しても、日本は、偽装列島になった感がある。拝金主義、経済至上主義のせいだと、言い訳は出来るかもしれない、が、正直を忘れてはいけない。星野さんの「千日回峰行」の満行までは、私のブログも、肩の力を抜いて、「正直」を貫ければと思う。それが、一番気分の良い人生を過ごせる道だと信じて。                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2007年12月01日 08:40 | コメント (1)