2008年12月

感謝

2008年12月31日

444回で今年も暮れます。

一年間。還暦おやじの徒然にお付き合い頂き深謝です。
お陰さまで、毎朝(ほぼ)、パソコンの前に座り、一時間以上、前日の出来事をなぞる習慣が身に付きました。

学生時代でいえば、復習の時間でしょうか(その当時にこの習慣があれば人生変わっていたかも)。そのお蔭で、身の回りで起こっていることも、世の中で起こっていることにも、随分丁寧に反復することができます。

時間に換算しますと、400時間をゆうに越します。一年で17日程の時間を、それに使ったことになります。(これを始める以前は、その時間を何に使っていたのか?寝てたのでしょうか?それとも・・・)

結構な時間を費やした。と思うと同時に、パソコンに残っている「拙文」が、
生かされてきた証ということになるのでしょう。(不思議な世の中になったものです)

私はこのブログを始めるにあたり、宗教の修行の一つである千日回行の積りで三年をめどに。
自分自身のものの見方や考え方を出来るだけ鮮明にしたい。との思いでスタートしました。

そして、ブログにテーマなんておかしいのですが、広告会社、中広のHPの一環です。
昨今の新聞離れ風潮に警鐘を鳴らし、新聞の価値と役割を再認識して欲しい。
との願いで「新聞を読もう」を呼びかけ綴ってきました。

読み返してみて、私には古里を思う気持ちが結構強い。
それが地域密着型の事業に繋がっているのだと、改めて認識しています。

しかし、半公式的な意味合いのブログ。テーマや綴るにあたっての思いとは裏腹に、
己の甘さや、未熟さが目立ち、まだまだだな〜との思いも深めています。

私的なことは、極力避けるようにと思いつつも、所詮はブログ。
今年一番の幸せは、4月に孫娘が誕生したこと。と、念願の還暦に到達できたことです。

そして、何よりも、五百人を越す方々が連日、このブログを開いて頂けるのも、とても嬉しいです。

来年、何が起こるのか?まったくわかりませんが、このブログ今日で444回目。千回まで、あと半分強残ってます。もう少し続けますのでお付き合いのほど、お願い致します。

一年のご愛読に心より感謝とお礼を申し上げます。
良いお年を。                    Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月31日 06:49 | コメント (0)


帰去来辞

2008年12月30日

今年も残すところ、あと、二日。
帰省ラッシュが連日報道されていますが、例年に比べ、心なしか移動量が少ない気がします。

我が家も、大晦日は家族全員集合で年越しするのが恒例でしたが、今年は様変わり。嫁いだ娘はご主人の実家で孫と。長男は2日に、江戸からフィアンセと帰省すると。次男は修士論文真っ只中で札幌の研究室で越年だと。

老いて尚、軒昂な母と貫禄を増した家人とでの年越しになりそう。

古里を離れ、都会で、目的地で、厳しい現実と必死に闘い、頑張っている若者たち。
君たちが、年越しの夜、一息入れ周りを見渡したとき、ふと「古里が頭を過ぎる」かもしれない。

そんな時、ぜひ、この詩を読んで欲しい。中国晋の時代の詩人、陶淵明の詩です。

帰去来辞(ききょらいのじ)        
                 陶 淵明

帰去来兮      田園将蕪胡不帰
既自以心為形役 奚惆悵而獨悲
悟已往之不諌   知來者之可追
実迷塗其未遠    覺今是而昨非
舟揺揺以軽揚   風飃飃而吹衣
問征夫以前路   恨晨光之熹微

さぁ、帰ろう。
故郷の田園が今にも荒廃しそうなのに、どうして帰らずにいられようか。

自ら求めて精神を肉体の奴隷と化してしまっているのに、
一人クヨクヨと嘆き悲しんでもどうなるものでもない。

過ぎ去ったことは今更悔やんでも仕方がない。
これからのことは心がけひとつでどうにでもなる。

人生の進路を確かに踏み間違えたが、まだそれほど遠くには来ていない。

役人を辞めた現在こそ正しく、かつての生活が誤りだったことにやっと気づいた。
船はゆらゆらゆれて軽く上下し風はヒュウヒュウとわが衣を吹きつける。

行き合わせた旅人に故郷までの道のりを訪ねるが、
朝の光はまだ薄暗く見通しのきかないのが残念である。

来年は、間違いなしに、故郷再興。地方再生。地方分権の時代が訪れます。
古里は君たちの帰りを待っています。
                        Goto         

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月30日 07:02 | コメント (0)


年末模様

2008年12月29日

地頭と泣く子には勝てないといいますが。老いたる母親にも・・・・・・

私は不精者ですから、新しい年を迎える準備をすることは殆どありません。特に自宅では。
大仏様の化粧直しとか、岐阜城のすす払い等年の瀬恒例行事のニュースを見ても、興味も関心も湧かず、

我が家では、自室の掃除すらせず。その手のことにはまったく、無関心。弱ったものだと思ってます。年の瀬は手順通りに過ごすを旨とする、母親や家人からすると、邪魔者以外の何でもない。休みにゴロゴロされるのが、限りなく目障りらしい。

その手順の中に、私の不精も織り込み、無視してくれれば良いのですが、毎年、この時期には口論が絶えない。その口論も年末行事の一つだと、私が構えているのが、さらに気に入らないらしい。

で、私に何かやらせたいと、母親が思いついたのが、玄関へのしめ飾り付け。と、いっても、桟に針金で縛りつけるだけのことだが。それは、私の年末唯一の迎春仕事。

それも面倒なので、「今年はやめたらどうだ」と一言。それが、まずかった。

「あんたは、父さんの13回忌の時も、おっさま(坊さん)に、わざわざ、ありがたいお教にしてくれ、5分で頼むと言った。あんな恥ずかしいことはなかった。」「その後、すぐにゴルフに。あれははじめから、ゴルフに間に合うように仕組んだんだ。」「それから・・・・親戚のあの時も・・・・」

と、次から次へと良くもま〜。家庭での、不精で、いい加減な私の振る舞いが。出てくるわ。出てくるわ。「まあ、まあ・・・。分かりました。しめ飾りは私めが取り付けさせて頂きます」。ところで、「針金とペンチ、それにしめ飾りは用意できてるんですかね?」とやったら、「あのね〜。あんたは・・・・」とまたまた、始まりました。ふ〜。

今年も簡単には、年が越せそうにもないな〜。と思う本年最後の日曜でした。
今日は、まだ、29日。今から出社します。くわばら。くわばら。               Goto


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投稿者: 後藤 日時: 2008年12月29日 05:40 | コメント (2)


質を問う

2008年12月28日

8000人もの病気休職者が許される職場って??

教育を語る資格などまったくない私ですが、この問題を取り上げてみたいと思います。
学力テストの市町村別平均正答率を秋田県知事が発表したことです。

私の意見。中途半端な発表ならしない方がよい。
なぜなら、そもそも、この学力テストは、実施主体である文科省の意図が不明瞭だからです。

何のために、テストをするのか?本来、試験ですから、競い合うわけです。それには、ルールや条件が整っていなければなりません。当然に公表も前提としなければならないはずです。

しかし、現実は、官僚の資料作りのために実施したのです。それを、履き違えて、学力評価と捉えてみても、所詮は無理がある気がします。知事の気持ちもわかりますが。

それよりも、教育で問題にすべきことは、教師の質です。読売新聞の日本人の教育観についての世論調査で、最近教師の質は以前と比べ、良くなったか?悪くなったか?の問いに、良い9,4%。悪い51,7%と、質の低下を嘆く声が半数に達していると。

国民の二人に一人が、教師の質を問題視しているのです。
で、教師についての恐ろしい情報を文科省がまとめました。小中、高などの教職員で、昨年度の病気休職者が8069人。今年度はさらに増え、1万人に達するとか。

対象は約91万人。百人に一人が病気休職。その内、5000人近くが精神疾患だそうです。
信じられないと言うよりも、恐ろしいと思います。

精神疾患教員の予備軍は倍近くだとも。公教育の現場はどうなっているのか?
精神疾患の教師に子供を任せておけるのか?

で、休職中の給与はどうなっているのか?推測ですが、公務員です。満額支払われていると思います。であれば、働かなくても収入があるってことになります。

病気だから仕方がない。との意見もあるでしょうが?
病気の原因が、児童生徒や親との関係がうまくいかない。では、教師を辞めろと言う以外にない。

ましてや、業務が忙しいから、精神疾患になったでは、民間で働く私たちにしてみれば?
ふざけるな!税金ドロボーと言わざるを得ない。

教育を語る資格はありませんが、市井のおっさんとしては、報酬を得るならそれに見合った働きをすべきだ。それが社会人としての最低のモラルだ。教師に説教の一つもしてみたい。

働かなくても賃金が保障されるような、とんでもない職場を許すから、
この国の教育は低下し、教師の質は落ちるのです。

秋田県知事のテスト開示に、全国トップの成績に教員をねぎらうパフォーマンスだ。との批判を聞きますが、パフォーマンスでも良い。質の高い教師が評価されるなら。と、思うのですが。
                                           Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月28日 06:12 | コメント (0)


アラフォー

2008年12月27日

40にして迷わず。

このところ、暗い経済の話題と政治的なテーマばかりのブログに、私自身がうんざりです。
趣向を変えて、今年の流行語大賞について、若干コメントしてみたいと思います。

アラフォーとは、アパレル用語で、「ゆるい服装」ってことらしい。体型にひずみが出る年齢が40歳前後。そのボディーラインを微妙に隠す装いが「ゆる褌」ならぬ「ゆったりファッション」を差すのだそうです。

別に、流行語の意味だとか背景を真顔で突き詰める積りもないのですが、「四十にして迷わず」は軽佻な男性に対する孔子様の戒め。では、アラフォーはメタボで悩める40代の女性への警鐘なんでしょうね。

それから、分けが解からないのが?「グ〜!」といって、親指を突き出す。アラフォーらしきお姉さん。
どうも、気持ちが悪いのだが、グ〜はグッドの「グ〜」なんですってね?

良いっていう意味なのか?素敵って言う意味なのか??親指突き出して、流行語になるようでは・・・・。日本人そのものが軽佻だと・・・・・・。

お笑いの世界だから、目くじら立てる方がどうかしている。と言われそうですが?
あの女性「エド・はるみ」さん。舞台女優で下積み生活が20年以上続き、一念発起、吉本興業の養成所に通い、お笑いでブレークしたんだそうです。

苦労人で、素顔はまじめすぎるくらいまじめなんだそうですが、売れてくれば何らかの伝説めいたものを作り上げるのも、芸能界。彼女の素顔もあまりあてにはなりませんが。

インタビュー記事を読みますと「年齢にとらわれず、いくつになってもチャレンジするのが本当に大事だと思う」とか「お仕事をさせていただけるのは本当にありがたい」などとのコメント。

悩み多きアラフォーとはとても思えない。
むしろ「四十にして迷わず」と道を決めた女性の強さ、したたかさ」を感じます。

世の中。余りにも良いことや、素敵なことが少ないこの頃ですから、親指を天に突き上げ「グ〜!」と叫んで、ストレスが解消できれば、それは、それで、価値があるんでしょうね。

アラカン(友人が還暦に、お前はアラカンだと命名)としては、
「グ〜!(親父)」しっかりせよと、言われてもね〜。
                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月27日 06:46 | コメント (0)


はばパート2

2008年12月26日

注意散漫な自分に、腹を立てています。

クリスマスなら、岐阜一番の歓楽街柳ヶ瀬に繰り出して、大騒ぎした日が、昨日のように思い出されます。が、ここ数年は、取り立てて飲み歩くこともなくなりました。

そもそもが、クリスチャンでもない。それでいいのですが、イブもクリスマスも歓楽街を賑わしてきた私が、悪友に「付き合いの悪いお前なんかは、仲間じゃない」と言われれば、虫が疼くのですが。

友達から「はば」にされても、「仕方がない」と思うほど夜遊びに講じなくなったのは、やはり、歳なのか?それとも、元気がなくなったのか?柳ヶ瀬に魅力がなくなったのか?

「はば」で、やっばり。と思って頂けるのは、昨日のブログで、全国紙で毎日新聞が、業界、取り分け広告の業界から「はば」にされている寂しい現状を読んで頂いた方です。

実は、昨日の新聞でも、毎日の「はば」が露呈しました。(結構、ふざけているんですよ)
でも、私が書いたブログがこんなに的を得ていたと、思うと、偶然なんですが、怖い気分です。

下の写真を見て下さい。左が、日経新聞の広告紙面です。スポンサーは、昨日のブログで書いた同じドメイン管理会社です。

その、ヘッドコピーは、「今朝、また朝日新聞に出てた広告です。」とあります。
「jp・co」のドメインが使用できるとの、ダメ押し、今月二度目の全頁広告です。

で、その25日付けの朝日新聞を捲りますと、そこには「今朝、ついに毎日新聞にも出た広告です」とのヘッドコピーが踊ります。

くどいですが、ここが問題です。日経には「また朝日に出た」とあり、朝日には「ついに毎日にでた」(写真中)とあります。「また」は昨日のブログの写真を参照に。「ついに」は昨日のブログの内容を読んで欲しいのですが、このスポンサーは毎日新聞には広告効果がないと思って、出稿しなかったと、怒りを持って書きましたが。

その、私のブログが、嘘で、毎日にも出稿されました。それが朝日の広告で「ついに」とヘッドコピーが付いているのです。毎日は「はば」にされなかったとのです。私の間違いでした。

で、そうか。毎日新聞が「はば」にされなくて良かった。と、25日付け(写真右)の毎日新聞を捲ったところが、「なに???」、その広告は掲載されていないではないですか?どうなってるんだ?

朝日の「ついに」は真っ赤な嘘じゃないか。広告が掲載されていない。な〜んだ。やっぱり、「はば」じゃないかと、思って(ここが私の注意散漫なところですが)。よく朝日の広告を見直しますと「ついに毎日新聞にも」の横に※印が小さく付いているではありませんか?

下の欄の※を読みますと、そこには、一部地域の毎日新聞には掲載されませんと?
名古屋で印刷されている毎日新聞は、一部地域で、岐阜で配布される毎日には掲載されていないのです。詐欺だよね。

私は日々六紙新聞を読み比べています。
この広告は、読者を馬鹿にしています。新聞を、おもちゃにし、持て遊んでいます。不見識じゃないかと、無性に腹が立ちます。(そんなに興奮することでもないのですが)

新聞人の皆様、広告は大したことではないと思っているかも知れませんが。これが、新聞広告の現状です。全国紙毎日新聞がこんなに「はば」にされていること、少しは考えてください。

田舎で新聞広告の価値と役割を理解していただこうと、必死に、営業する広告屋として。
クリスマスの新聞を読んで、力んでいる自分が、なんとも「はば」にされた悲しい気分です。
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「また」の日経新聞 「ついに」の朝日新聞 「はば」の毎日新聞

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月26日 06:54 | コメント (0)


はば

2008年12月25日

新聞社間の提携が進んでいるのかも?

職業柄、変わった広告を目にすると、「ん〜ん」と目をしばたき、「こりゃ〜何だ?」と・・・・。
スポンサーも、広告屋も、そう感じて欲しいと思っているのですから、その、リアクションこそ、大歓迎なんでしょうが?

そこには悲喜こもごも、裏側も何となく透けて見えます。
22日付、日経、朝日、読売三紙に掲載された広告には、驚かされました。

内容は、ドメイン管理会社が、この12月1日から緩和された、非営利団体の設立登記手続きに、従来の公益法人と同様、「or.jp」のドメイン名が登録、利用できるというものです。

が、広告屋として驚いたのは、広告内容ではありません。下の写真をご覧頂きたいのですが、そのヘッドコピー。日経には「今朝、朝日新聞に出ていた広告です」と他紙名が。朝日には、「今朝、読売新聞に・・・」と読売には「今朝、日経新聞に・・・・・」と掲載されていることです。

新聞社も様変わりしましたから、他紙名の掲載も許されるようになったんでしょうが、全盛のころは、こんな広告は基準に抵触したものです。新聞の衰えを感じます。

全国紙といえば、朝毎読に日経が通り相場です。が、この広告、毎日には掲載されていません。「はば」です。広告屋的には、費用と効果から、毎日への掲載は除外されたのではと推量するのですが。

外された毎日広告局のスタッフの気持ちを慮れば、寂しい気持ちです。
しかし、毎日、同日付で、額の汗を拭きながら取材する記者の写真をモチーフに、新聞協会賞 最多受賞(編集部門23回)の栄誉に輝いたと全頁カラー広告(写真右)で紹介しています。

毎日ジャーナリズム魂を「これでもか!」と見せつけているような広告です。三紙に掲載されたドメイン会社の広告とは何の関係もないのですが(たぶん)

この珍しい毎日新聞の自慢広告に、三紙から「はば」にされたことへの、抵抗ではないかと感じるのは、広告市場の冷え込みに「何糞!」と歯を食い縛って、現況に抗っているからなのでしょうか。
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日経、朝日、読売三紙の面白い対比広告と、毎日新聞の受賞報告広告(右)。

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月25日 07:06 | コメント (0)


ノー天気

2008年12月24日

年末の寒空が怖い。

年末年始の大不況に地方自治体の緊急経済対策が急を告げている。
トヨタショックは、自動車関連の下請け企業の多い、この地方を更に冷え冷えとさせる。

一次下請けでも4割カット。二次では8割。三次に至ってはまったく仕事がない状態となった。
年の瀬に、派遣社員はもとより、正社員にも退職勧告が出始めている。

年明けには、製造業全体に賃金カット、人員整理(解雇)が波及するのは必至。
零細下請けは、年は何とか越せても、年度末まではとても持たない。という悲鳴が大勢だ。

県は国交省の県営住宅の目的外使用(家族での入居)を認める通知を受け、岐阜市、各務原市内の県営住宅約100戸を提供することを決め、更に、民間住宅の活用も辞さないとの覚悟で臨んでいる。

可児市では、「緊急経済・雇用対策本部」を設置、年末年始に小口融資相談に応じる窓口を県下で初めて開設、中小企業への融資、勤労者への生活資金融資で急場を凌ぐ。

美濃加茂市でも「緊急経済対策会議」の初会合を開き、企業に社宅の開放、雇用確保を要請するほか、公共事業の拡大で道路、建設工事には非正規労働者の雇用を条件に発注するなど、遣れることは、すべてやるとの、なりふりかまわぬ必死の体制で臨む。

その他の県下各市町村でも首長の号令の下、
非常事態宣言を発し、金庫を空にしてでも、緊急対策に取り組んでいる。

だが、この非常事態に、岐阜市だけは、何のメッセージも発せず、私立高校誘致問題などという市民に取ってどうでも良い話に、市長は辞職(31日付け)。市会議員は仲間割れ。職員は首をすくめている。

今日から寒波が襲来すると聞く、年末の寒空に凍死者でも出たら。犯罪が急増したら・・・・・・。
この市民生活を無視してのノー天気に、心底怒りを感じるのは、私だけだろうか?
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月24日 06:31 | コメント (0)


おもてなしの心

2008年12月23日

世代を超えて、受け継がねばならないもの。

今年の明るい話題は、何といってもノーベル賞に4人の日本人が選ばれたこと。
それも、物理、化学の理科系で戦前生まれの方ばかり。地道な研究が実ったんですね。

その意味では、理科系の基礎学問が評価されたことに、敬意を表すとともに、戦後の軟弱教育で育った我々とは一味違う世代の気概を感じます。

その気概は、日本人としての矜持の持ちようの違いではないかとも思います。

受章者の一人、独特のキャラで、メディアを賑わす、益川敏英教授のスウェーデン・ストックホルムでの授賞式の感想が朝日に寄稿されたのが目にとまりました。

教授は「お招きを受けた以上、その心に応える必要がある」だから、主人であるノーベル財団の意を最大限に解さねばならない」「ウイークを過ごしてみて、その中に微妙な{間}が設けられている、まるで日本の茶道の{おもてなしの心}が、強く生きていると感じた」と述べています。

更に「私は、おもてなしの心を知る客人として、間に割り込む人たちを許さない気持ちで、主人に応えようとした、その結果、報道陣に一言もしゃべらないなどの行為となった」とも。

スウェーデンで、益川教授が感じた日本的な「おもてなしの心」はどこから来るのか?と
考えてみて、なるほどと思い当りました。

それは、スウェーデンが立憲君主制の皇室、王室が存在する国だからではないかと。
カール16世カスタフ国王は即位以来13回来日、日本の皇室とも親密な関係にあると聞きます。

日本の「もてなしの心」も、その源泉は、天皇家にあるのではと思う私としては、皇室が継承される両国であるがゆえ、との想いに至り、自分で、納得しています。

天皇制を批判、否定した戦後教育に育った世代である我々。戦前生まれの益川教授がノーベル財団から受けた「もてなしの心」への感慨に、そこには、生まれた時代の違いだと簡単に片付けることのできない、日本人に脈々と流れる矜持があるのでは。

皇室継承の素晴らしさに、我々は眼を背けているのでなないか。むしろ、その「もてなしの心」を世代を超えて受け継がなければならないのではないかと、益川教授に教わりました。

心より、ノーベル賞受賞者の先輩諸氏に、お祝い申し上げます。
                               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月23日 06:24 | コメント (0)


CPI

2008年12月22日

K1じゃあるまいし、筋肉社会って、辛いですね。

ここまでやるか。いやいや、ここまでやってこそ、仕事の厳しさだと思います。
市場がこれだけ一気に収縮し、パイが小さくなれば、従来のビジネスモデルでは、仕事にありつけない時代。当たり前だと言えますが。

09不況。生き残るには、企業がスリム化して筋肉体質になるのは当然ですが、社会全体も、ぜい肉を削ぎ落とさざるを得ない状態です。となりますと、すべての業界が、生き残りを賭け、異常なまでのサバイバルゲームに突入することになります。

そのチャレンジに、腰を引いたり、躊躇する企業は生き残れないことになります。
(嫌な世の中ですが、仕方ありませんよね)

社内報1月(199)号導線を読み返してみますと、(こんなすざましい、09不況が襲来するとは全く、予期してはいませんでしたが)広告業界、08年は徹底したレスポンス主義の時代が来るぞ。と、怖々ですが、警告しました。

究極の広告手段として「効果やレスポンスのない広告に対しては、宣伝費を受け取らないというCPI(Cost Per Inquiry)(通称PI方式)的な手法を取る広告会社も登場すると」と書きました。

が、来年1月からその手法を取る広告会社が現実に現れました。ここまでやるか?との思いですが、ここまで出来たか。と、自分で書いて置きながら、変な気持ちです。

内容はこうです。求人広告で、広告掲載日から半年経過後、あらかじめ設定した応募者が一定数に達しない場合は、料金を全額返金するシステムです。

つまり、求人広告で学生からの応募数を保障する料金体系をスタートさせると言うのです。レスポンスのない広告はCPIする。いよいよ、広告業界もここまで来た分けです。

この手法が成功すれば、(成功とは費用面で新卒採用の広告をためらっていた中小の企業が広告出稿する)求人広告に限らず、商品広告やイベント等も、この類似方式が可能な広告に関して、数値を決め契約する手法が取り入れられるのではないか?と思います。

これぞ、まさしく広告のレスポンス主義時代です。
働いても、効果がなければ賃金が得られない。媒体を販売しても成果が上がらなければ料金を頂けないというわけですから、もはや、生死を賭けた闘いの始まりです。

我社もこの戦いから逃げるわけには行きません。

しかし、私はこの考え、発想、何も広告の業界に限った話ではない。と、思っています。
行政だとて、住民がサービスを実感しない仕事をした場合、訴追されることでもあります。

遊びの無くなった、筋肉社会って嫌ですね。
って、言ってられないところに、厳しさと、辛さがります。

頑張るしかないね。      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月22日 05:53 | コメント (0)


分福

2008年12月21日

民俗学に学ぶ時かもしれませんね。

分福って言葉があります。
文字通り、お互いに幸を分け合って生きるの意です。

最近の日本人は自分のものは自分のもの。人のものも自分のものと思い上がっています。
特に拝金主義が齎した貨幣への執着。取り分け高齢者の貪欲さには目を覆いたくなります。

そもそも日本人は・・・・・。などとは偉そうに言える立場でもないのですが。
日本民族は、2千有余年の歴史の中で、集落を形成し、狭い国土を耕し、分かち合って、同質社会を形成してきました。どうもその同質社会が壊れてしまった気がします。

都会が壊れたのは、何となく分かりますが、岐阜のような何の変哲もない片田舎までもが、同質性を失なったのは残念です。特に、高齢世代が、地域意識を失い、恥を恐れず、権力、利権にしがみ付く姿、自分勝手でわがままな振る舞いにはやるせない気持ちです。(勿論、私も高齢世代の仲間です)

すべての原因が、メディアの偏狭な弱者としての高齢者崇拝思想に基づくとは思いませんが、本来、この国で「生かされ、生きてきた」高齢者にこそ同質社会を受け継ぐ使命があるにも拘らず。身勝手さと増長には呆れ返ります。

昨日、09年度予算の財務省原案が内示されました。セレモニー的な重点化策の茶番は別として、私の率直な感想は、社会保障をこれ以上手厚くすれば、角を矯めて牛を殺すことになるとの思いが拭い去れません。

経済不安に対する対策の強化が、社会保障に繋がるという原理原則を無視した、総花的な予算組みでは、景気回復も期待薄です。(システムが変わらない以上致し方ないのですが)

国家の財政は借金まみれ、厳しい財政状況です。このままでは将来に禍根を残す。と、殆どの国民は理解しています。しかし、現下の経済状況では、企業は財政援助、補助が欲しい。弱者の窮状を補填せねばならないなどなど要求は切実です。

それも、これも国民は分かっています。
そんな時勢に何が必要なのか?

それは、高齢者、長老が、自ら犠牲となる事を覚悟し、我慢、辛抱すべきです。

そもそも、日本民族の同質性とは、親が子に、子が孫に自らを犠牲にし、福を分け与えることによって、営々と培われてきました。高齢者はそうすべきです。

この緊急事態、経済が異常なスピードで収縮しているのですから、お互いが主張を繰り返せば、強者が生き残り、弱者が朽ちます。そうなるに決まってます。その前に、覚悟すべきです。

日本の歴史では、こんな経験は何度も繰り返したのではないかと思います。
その都度、それを乗り越え民族の営みを続けて来れたのは、分福(あるものを分け合う)の思想が形成されてきたからです。

今こそ、同質社会とは、如何なる社会だったのかを、民俗学から学ぶ時ではないのか。
と、書棚の「忘れられた日本人」(宮本常一著)に思わず手が伸びます。
                                       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月21日 06:48 | コメント (0)


外圧

2008年12月20日

財界の動きが鈍いのは、なぜなんでしょうね?

整理整頓と言いますが、日本経済の状況をこれほどまで、見事に整理して対策を迫る日本企業の経営者は彼だけだと、改めて認識しました。

マスメディアは、非正規雇用の労働者に対する企業の解雇を批判的に連日報道していますが、
その前に、日本経済を支える製造業が、崩壊の危機にあることを知らしめるべきではないかと思います。

彼の主張は、三点(日経参照)。日本経済はきわめて危ういとの認識の下、非常に簡潔です。
(彼とは、コストカッターと異名を持ち、日産自動車をV字回復させたゴーン社長です)

1、円高に政府は対策を取れ。1ドル=90円前後に達した急激な円高は、輸出産業の競争力を低下させ、日本製品は売れなくなる。製造拠点は海外にシフトせざるを得ない。優秀な製造業は弱体する。

2、世界同時の需要減退は日本にも波及、消費者は財布のひもを急激に引き締めた。
  
3、基幹産業である自動車産業は取引関係が複雑に絡み、ある会社が行き詰ると、玉突き的の連鎖が起こる。現下の急激な信用収縮は足元の運転資金すら枯渇しかねない。

この地方は、自動車関連の下請けが密集しています。このところ、仕事が減った。から、仕事が無くなった。に変わりました。仕事が無ければ、従業員を雇用できません。

ゴーン社長はこの分析を踏まえ「欧州に比べ日本政府の動きが余りにも鈍い。危機を直視し、対策を」と訴える。岐阜の田舎から眺めていても、まさにその通りだと私も思います。

にも拘らず?財界首脳の動きはどうしたんでしょうか?
経団連会長の企業が派遣社員を解雇したことをマスコミから大々的に批判されビビッてしまったのか?

貝のように口を閉ざしている。この際、格好付けていないで、本音で現状を訴え、政府の尻を叩くべきではないのか?そうしないのは、結局、外圧(ゴーン)に頼って、問題を解決しようとしているのではないか?

となると、何時まで経っても、「ペリー」頼みと言うことになります。
日本人って、こそこそ批判するが、危機に瀕しても、表立って意見を述べない。情けない話です。

田舎の経済界(そんな大層なものはありもしないのですが)も同様です。
大変だ、深刻だと傷を舐めあっているだけ、気持ち悪いったらありゃしない。

「今は非常時、政府の役割増大は理にかなったも」(ゴーン)。この意見、余りにもごもっともで、外国人のトップに言われるのも何となく、腹立たしいのですが。

だとすれば、財界団体がもっと、必死な態度で積極的に発言し、行動を起すべきだ。と、
田舎のおっさんは力んでます。
                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月20日 05:39 | コメント (0)


緊急事態

2008年12月19日

スピード感のある対応を。

今年も余すところ二週間を切りました。
経済環境の悪化は、目を覆うばかりです。

故郷の商店街。一年で、線香花火ほどですが、一番賑わうこの季節の年末商戦。
見る影もなく、ジングルベルが虚しく響いてます。

この深刻さに否応なしに対策を迫られる政府。生活防衛のための緊急対策を一週間前に発表。あらゆる努力を惜しまないと、やっと動き出そうとしています。(遅いですね)

対策は二つ。一つは解雇され住むところを失った人に対する住宅確保。1万3千戸の雇用促進住宅の開放です。(即入居も可能だとのこと)

もう一つは、企業の資金ぐり対策として、12兆円を緊急に用意。政府系金融機関のセーフティーネットによる貸出強化。金融機関への中小企業に対する貸し渋り、貸し剥がしの防止と信用保証の代替です。

この政府の対策で最も重要なのは、スピード感です。「即実行です」。それには、自治体が本気度を増し、積極果敢に対応する必要があります。

昨日の中日新聞に、今日岐阜県知事が、県下の9金融機関トップと保証協会代表を緊急に招集。中小企業支援を要請すると同時に、状況の把握をするそうです。全員が参加するとのこと。

知事が金融機関トップに直接要請する、その「現場主義と対話重視」の姿勢を評価するとともに、県下の金融機関トップのスピード感溢れる対応にも敬意を表する次第です。

ぜひ、政府のこの年末緊急対策を、地域の現場で「即実行」するための実り有る会合にして欲しいと願います。岐阜県下の経済を下支えし頑張っている中小企業を救って下さいと、祈る気持ちです。

それに付けても、国を挙げ、県を挙げ、全金融機関を挙げて、国家存亡の危機に追われるこの時期に、私立高校の誘致問題で、岐阜市政を投げ出し、出直し市長選をやるとは如何なものか?

この不況の痛みに耐える一人として、まったく、理解不能です。
                    Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月19日 06:25 | コメント (0)


革命

2008年12月18日

時間と空間を超越する。

10月12日付のブログ「ボランティア」にブラジル在住の方からコメントを頂きました。
田舎もんの反骨精神を忘れず。謙虚さを持って続けよ。との叱咤激励です。

地球の裏側にも、私のブログを読んで下さる方がおられるのを知り感激ですが、地球の裏側でも岐阜の片田舎から書く一文が、読めるネット社会。それが現実のものだと実感でき、驚いています。

ご指摘の通り、勢い余って踏み外す癖が御座いますので、注意しながら、千日を目標に続ける積りです。これを御縁にブラジル情報など頂ければ幸甚の極みです。

もう、7年前になります。我社がCSデジタル放送に参入。ウェルフェアch(福祉をコンテンツとした地方発の有料放送)を開局、残念ながら、二年弱で見事に失敗。多くの方にご迷惑をお掛けし、泣きの涙で、撤退しました。(あの屈辱は忘れることができません)

その際、事業では赤字を出しましたが、貴重な経験と多くのノウハウを身につけました。
経験の一つに、IT(当時はデジタル化と呼んでましたが)社会は、100年前の産業革命に匹敵する。

デジタル化は人類の有様を根底からひっくり返す。まさしく「革命」だとの認識を持ちました。
それを「時間と空間を超越する」のがIT革命だと知った次第です。

この大不況の要因は、アメリカ発の金融資本の崩壊と言われてますが、それはその通りなんでしょう。しかし、金融派生商品もサブプライムローンにも縁のない私としては、この大不況の遠因はIT革命にあるのではないかと思っています。

産業革命は物を大量に作り出すこと。移動させることを可能にしました。
IT革命は、時間と距離を超越することを可能ならしめました。それをいち早く実用化して具現化したのが金融市場です。

その根拠となったのは、ITを駆使した金融工学なる学問。それを取り込んだのが金融資本。そこまでは、何の問題もないと思います。しかし、そのスピードが速すぎ人間が追いつかない。学問的にも未熟なままで走り始めた。その結果の金融資本の崩壊、世界同時不況に相成った。それが大不況の原因だと考えています。

私はそれを革命がなせる技だったと思っています。

だからと言って、IT革命を否定したり、その活用に躊躇したりするのは間違いです。
むしろ、更にスピードをアップさせ人間がIT革命に追いつくべきです。その方が、人類を幸せに導く早道だと思います。

世の中、大方の人は、先駆的な考えや行動を起こす人の屍を乗り越えて、その恩恵を味わっているのです。この屍は、無関係な人まで巻き込む惨事を起してしまいましたが、文明の進歩とは、そう言うものです。

私も、少し前ですが失敗して、涙を流しましたが、そのIT革命のお陰で、地球の裏側の方から「時間と空間を超越」して、叱咤激励のコメントを頂ける恩恵に与る分けですから。
                                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月18日 06:49 | コメント (2)


落とし前

2008年12月17日

昨日は、難問解決、肩の荷が下りた一日でしたが。

まず、社内報,私のコラム欄を脱稿したこと。通常月ですと、次号の原稿は、20日過ぎに上げれば良いのですが、年末の繁忙期、編集スタッフから、「お前の導線の提稿が遅くて、管理部まで迷惑が係る。今年は、15日までに・・・」と強く要請されていました。(一日遅れましたが。)

その積もりで、頑張ってみたものの、新年号です。この不況を、どう捉え、どう見通すのか?整理が付かず、ここ一週間ほど、悶々としていました。それが、この三日ほどで何とかまとまり、昨日脱稿。厳しい内容になりましたが、私の覚悟も披瀝できました。原稿を書くものにしか分からないかもしれませんが、取りあえず、ホッとしてます。

それに、詳細を述べるわけには行きませんが、この8月から、私の関係する組織に匿名の脅迫文が送り付けられ、その犯人探しの調査委員を担当。それが解決。その後の始末も、午後に終えることができました。調査にご協力頂いた各位に感謝です。

また、この数ヶ月、積み残した幾つかの問題。こちらから、頭を下げて解決するのは少ないのですが、中途半端で、放ってある事案も、どう言う分けか、相手側からの申し出でなどがあり、偶然なんでしょうが、昨日、ほとんどの処理が終わりました。

麻生総理が、その筋の言葉で「しのぎ」の邪魔をしないようにと、訪問地で語ったそうですが。私は、年内に形を付けねばならない、その筋の言葉で言えば、「落とし前」が付き、安堵しています。

これで、今年の難題は解決。人生でこんな年の瀬もある。何とか年が越せるかと思っていましたら。
そうは問屋が下ろさない。また、新たな問題が湧き上がりました。

そうです。それです。それとは、あれです。あの郵政民営化の是非を問うた先の衆院選挙で、
佐藤ゆかり候補との握手を拒み全国区になった、あの岐阜市長が、私立高校の誘致問題で市議会の反対を受け辞職した問題です。

公選法では、現職の首長が任期途中で辞職、出直す場合は、任期は在任期間のみ。選挙は50日以内に行う。と、なっています。その結果、残任の一年後には本選挙を覚悟で、来年の1月25日、通常の知事選挙と同日に市長選が実施されることとなりました。

こよなく故郷を愛するおじさんとしては、このテーマが市を二分しての争点かどうか?
大いに疑問ですが。賽は投げられました。

この問題。そう簡単に、「落とし前」を付けれるような話でもなさそう。さりとて、時間も無い。が、年末年始に決着を付けねばならない。この不況下、市民の行政に対する願いとは随分ずれている気がしますが、年内には方向を示す必要がありそうです。

肩の荷が下りるのは死ぬ時だと、先人が語ったのを思い出しながら、
「そうだよな。そう簡単に楽させてもらえるはずはない」と、首を捻りながら、考えをまとめています。
                                           Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月17日 07:26 | コメント (0)


演奏会

2008年12月16日

身近で本物を楽しめるのは嬉しいですね。

私の苦手なものの代表は、音楽です。
原因は、二つ。ひとつは尊敬する親父殿が極度の音痴だったこと。

もうひとつは、我が家に音楽が無かったこと。
笑い話ですが、中学生の頃、我が家に突然、ステレオが届きました。

それは、それは立派なもので、幅、50cm、長さは180cm。高さは二段組で、下の段にはスピーカーが五個。上の段は、左側がレコードをまわすチューナー。真ん中は、ガラスの引き戸で洋酒などを入れるケース。右側がラジオも聴けるアンプで、1m以上ありました。

それが、三部屋のアパート暮らしの六畳間に鎮座する。親父殿の趣味ですが、私の知る限りでは、一度も使ったことがない。勿論、ステレオを聴く時間(常識的な)に家に居たことのない人ですから、聴きたくても聴けない。

と、同時に、レコードは一枚だけ。それも、一節太郎の「に〜げたぁ〜女房にやぁ未練はない〜が」という「浪曲子守唄」のみ。母がこんな大きなものは邪魔だと、「いつもぶつぶつ」毛嫌いも分かる気がしますが。

その母も相当な音痴で、音楽にはトンと興味がない。そんな音楽に無縁の家庭で育ったんですから、音楽が苦手なのも理解いただけると思います。

が、先日、岐阜出身のプロアーティストが伝えるクラッシクを聴いてきました。
バイオリンがあのように軽快な楽器だとは、知りませんでしたし、
チエロとのコンビがとても楽しそうで、音楽の真髄に触れた気がします。

その演奏会には、17人の子供たちも出演。
太鼓を打ち、踊り、和歌を諳んじ、その和歌に合わせて、ソプラノ歌手が、唱歌を歌う。
私のような音痴でも、一生懸命の子供、綺麗な歌声。感動しました。

この演奏会、岐阜でこの時期に開催、今年で8回目です。何度もお誘い頂きましたが、
初めてじっくり聴き、プロの醍醐味、生の素晴らしさを堪能しました。

来年からは、子供たちは抜きで催されるとのことですが、
田舎で本物のクラッシクが聴ける機会は、あまり多くはありません。

私のような無骨者でも音楽の楽しさを知るこの様な演奏会が、
地域に根ざして、末永く続きますようにと願います。
                      Goto                     

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月16日 06:07 | コメント (0)


使命

2008年12月15日

プライドと使命、どちらを優先しますか?

出版不況。歯止めが掛らなくなったようです。
愛読書、雑誌の雄、文芸春秋も危ないと聞き、驚いています。

10日発売の新年号。メインテーマが「昭和の遺書53通」では笑い話にもなりません。
そういえば、最近の号、暗いテーマが多い気がします。広告出稿量の減少、部数の大幅な落ち込みに編集者マインドも萎んでいるのかも知れません。

来年の早い時期に、「文芸春秋の遺書」なんてテーマで、休刊にならなければ良いがと、心配です。
出版業界、ピーク時の96年には書籍、雑誌を合わせた販売合計2兆6564億円だったのが、08年は2兆円を大きく割り込んだようです。

これだけ、急激な落ち込みでは、パニック状態。出版界は優秀でプライドの高い人材が豊富。その分だけ、他の業種と比べて、対応が遅れるのではないかと、気を揉んでいます。

世界同時不況は、日本経済を急速に収縮させています。
あらゆる業界、業種が淘汰と再編の嵐に見舞われ、勝ち残りよりも、生き残りを賭けたサバイバルゲームに入ります。

出版界だけが、販売金額が減少し、返品率40%近い状態のまま、新刊書籍を約8万点以上も発刊するのは、粗製乱造のそしりを免れません。

知識人である出版人こそ、他の業界、業種に先駆け、大胆な淘汰・再編を推し進め、質の高い書籍を世に問う環境を作るべきです。

チョッピリ唐突ですが、それには、定価が保障される「再販制度」から出版を外すべきだと思います。商品の価値を決めるのは価格です。価格は国家の保護下に置く。そんなぬるま湯での競争は、商品価値を曖昧にします。

この大不況、生き残るためには一人ひとりが「力」を付けねばなりません。この際の「力」とは腕力でも、強靭な肉体でもありません。知を身に付けることによって芯を強くすることです。

知は良質な書籍に触れることによってのみ身に付きます。この国が芯の強い人材が必要であるとの意味でも、出版業界の社会的使命は重く、淘汰と再編を急ぐべきです。

文芸春秋が知の源泉として発刊が続きますよう。遺書などという暗いテーマを新年号に掲載しない文芸春秋でありますよう。出版業界の良識に期待します。
                              Goto

P1020115.JPG←文芸春秋1月号

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月15日 06:47 | コメント (0)


なぞ

2008年12月14日

物事、一面的にみては、いけないようですね。

なるほどと、唸ることも、少なくなりましたが、加藤廣著「謎手本 忠臣蔵」には、思わず納得。
そうか?と、もう一度、本を捲り直しました。

今日は赤穂浪士討ち入りの日。江戸幕府に陰りが見えた始めた元禄の世を震撼させたこの出来事。
有名な松の廊下での刃傷。その真相は?著者はこう書く「殿様の勅使饗応の礼法は、密かにマニュアル化されていたと思われる」。

「したがって、浅野内匠頭が、吉良の意地悪で着ていた式服が違っていたなどというのも下世話向きの噴飯物の作り話であろう」「勅使下向は年中行事、何を着ていくかなど、吉良に言われなくとも茶坊主、女中でも知っていること」では、なぜ、「なにが内匠頭をそうさせたのか」と。

読み進めば、なるほど、そうゆうことか、と、思わず唸ってしまいます。
あとがきに、次のようなことが記されています。

「愛国心スポーツだけの暑さかな」
アメリカの占領政策はスポーツ、スクリーン、セックスのいわゆる「3S政策」で日本国民を徹底してスポイルした。その奇妙な日本の現実が、この川柳です。

歴史を紐解く時、一面でみてはよく分からない。複眼で眺めてみる必要がある。
占領政策は「日本人の精神を効果的に、心理的に再教育する広汎な計画の基に遂行された」

それが、「戦争の罪を日本に教え込む計画」である。17世紀に始まった欧米の長い「アジア侵略の歴史」を空っとぼけて、最後の侵略主義だけに「すべての罪をなすりつける」アメリカのご都合主義の産物であった。

その結果が、60余年を経て尚、自虐史観となって日本人の心に残る。

で、「謎手本 忠臣蔵」だが、時の側用人柳沢吉保が、義士討ち入りを助長したとするならば・・・・。その時代背景は?深層の謎は?

ぜひ、お時間があればお読みください。不思議と納得できますから。

私は、なるほど、歴史のみならず、何事も一面的に捉えては、世の中が見えない。と、
忠臣蔵の謎解きに現代社会が、覘けました。                             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月14日 07:06 | コメント (0)


赤紙

2008年12月13日

慣らし運転抜きでは、事故を起こしませんか?

来年5月から裁判員制度が始まります。
日頃から日常とは違う独特の法解釈に苦しむ私としては、果たして、この制度、本当に大丈夫かな〜と疑問に思うところです。

3000人に一人の割で、裁判員要請が発送されたとのこと。黙秘を義務ずけられているのか?私の周りには該当者がいないようですが。この問題、自分とは関係ない。と見過ごす分けにも行きません。

さりとて、赤紙(裁判員の要請通知を平成の赤紙というそうです)が来た時の心の準備も必要。
今頃何を寝ぼけているのか?と、「非国民」のそしりを覚悟で、不安を述べてみたいと思います。

まず、なぜ赤紙と揶揄されるのか?この制度は重刑を裁くからです。人の生死に関わる刑を判断するから、戦場のようなものです。お前は「死刑」。などと、人を「殺す」度量が私にあるとは思えません。

それも、事実を認定して、責任能力の有無を判断するのは、プロでも難しいと聞きますのに。最近では刑事裁判の充実、迅速化を図るため、重大事件でも短期間に審理するそうです。ド素人が?ましてや、冤罪だったらと、思いますと、身震いします。

また、ドラマや映画の世界ですが、裁判ものの番組を観ますと、腕利きの弁護士の巧みな弁舌。それを見抜くなどとは、法律用語もままならない者がやれることではない、とても、とても無理です。

そんなことは、分りきっているのに、裁判員をやれと言うのは、赤紙一枚で有無を言わさず、戦場に駆り立てた徴兵制度と同じではないかと疑問に思うのですが。

と、考えるのは私ひとりでしょうか?閉鎖的な司法を国民参加で開かれた社会に変える試みを否定はしませんが、あまりにも無謀なチャレンジの気がします。

良いことなら欧米ナイズするのもいいでしょう。この裁判員制度に限って言えば、日本には日本の文化、伝統、風俗、習慣、自然といった、風土があります。その風土に沿って日本民族は生活してきました。その文化に染まった市井の国民に人を裁く、この制度が合致しているとはとても思えません。

どうしても導入すべき制度なら、重大事件を裁くのではなく、身近な犯罪を対象に慣らし運転しないと、この制度、すぐに破綻しそうな気がします。

軟弱な私としては、餅は餅屋に任せ、赤紙が来ないことを念じるのみです。
                              Goto
追伸
米国の陪審員は事実認定のみを行い。欧州では量刑判断に死刑がないそうです。
(資料、郷原信郎横浜大学教授)

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月13日 07:48 | コメント (0)


災い転じて・・・・

2008年12月12日

第一次産業の振興を。

岐阜県での今年の大きなニュースの一つに、飛騨牛偽装事件がありました。
20年にわたり、官民一体となって営々と築いてきた飛騨牛ブランドの信頼が揺らいだのは残念でした。

岐阜の特産物は何ですか?と、聞かれますと、農作物では岐阜の枝豆、各務原のニンジン。飛騨のネギ。果物では本巣の富有柿、川辺の梨、飛騨のリンゴ、下呂のトマト(果実じゃないが)などなど。

川魚では、郡上の鮎、さつき鱒。安八のさくら鮠。羽島のナマズ。関の鮒と川の幸も尽きませんが、それぞれが季節もの。一年を通じての特産となりますと、やはり畜産の飛騨牛です。

水が良いのか?気候が良いのか?それとも飼料に工夫を凝らしているのか?飛騨牛の味は格別です。私の勝手な推測では、以前生産者に牛育てのコツを伺った事があります。彼は「子育てと同じ、愛情だよ」との解説に。妙に納得したことを思い出しました。それが旨味を増幅している要因だと信じてます。

その飛騨牛が、牛肉の輸入を解禁した香港に上陸。中国全土への普及に先鞭を付けたようです。
知事がトップセールスを展開、香港での「飛騨牛輸出記念レセプション」で大好評を博しました。

関係者は、偽装問題で落ち込んだ生産者や流通業者のマインドが高まり、岐阜県の畜産事業にも活路を見出すことになる、と意気込みを語っています。

国内では、宮崎、鹿児島県の和牛産地が香港市場を先行。飛騨牛は後発になるとのことです。
しかし、サシ(脂肪分)は柔らかできめが細かく、香港の消費者好み、他商品との比較は歴然だとか。

香港を足場に思惑通り、岐阜ブランドの飛騨牛が世界市場を席捲してくれればと期待します。
それには、輸出用の基準を満たした食品加工施設が必要だとのこと。

厳しい財政下ですが、官民挙げて大型の投資を試み、早急に基準を満たす施設の建設をすべきだと思います。岐阜県の経済復興の要は第一次産業だと思いますから。

この時期だからこそ、未来に向かって、可能性のある公共投資なら、積極的に推し進めてもらい。
愛情一番で飛騨牛を育てる生産者の心意気を高め、活性化につなげて欲しい。

災い転じて福となす。来年は丑年。
岐阜県の特産、飛騨牛が世界を駆ける年になればと願い。
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投稿者: 後藤 日時: 2008年12月12日 06:31 | コメント (0)


生かされて

2008年12月11日

あの時とこの時

ありがとうございます。
こんな表現で恐縮ですが、あの時以上に、祝意を賜りました。心より御礼申し上げます。

昨日、還暦を迎えたと、ブログに書かせてもらいました。
その激励に、あの時とは、平成5年4月、花巻空港で墜落炎上した日本エアーシステムDC10に搭乗、その記事が私のコメント付きで報道され、びっくりするくらい、多くの方に心配頂きました。

その時、声を掛けて頂いた方々が、私が死んだら葬儀に来てくださったんだな〜と思ったもんですが、
時代が変わって、当時は電話と手紙でしたが、還暦の激励は、携帯とメール。あの時以上に多くの方に声を掛けて頂きました。生きてきたのではない、生かされてきたのだと実感しています。

ブログの影響って凄いと、びっくりしています。
あの事故の模様は拙著「風の間に間に」で書きましたが、いずれはブログでも・・と思います。

今後ともの変わらぬご指導と友誼お願い申し上げます。

で、還暦まで生かされてきた感謝の気持ちと、合わせ、もう一つ、嬉しいことを報告します。
実は、昨日、私の誕生日に、息子が素敵な伴侶を得て婚約が整いました。

親らしいこと、何もしてやった記憶はありませんが、自分なりに考え、結論を出したようです。
ぜひ、二人で幸せを掴んで欲しいと願います。

還暦に、二重の喜びを与えてくれた、息子とその伴侶。
また、祝意を頂いた多くの方に改めて感謝の意を表する次第です。

経済の状況は一段と厳しさが増す年の瀬ですが、
ここまで生かされて来たことに恩返しするのは、この時だと気合を入れています。
                                      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月11日 07:06 | コメント (0)


還暦

2008年12月10日

60点からの再出発

とても100点には届きませんが、とりあえず、及第点の60点に到達致しました。
本日、私目、還暦を迎えることができました。これもひとえに関係各位のお陰と心より感謝申し上げます。

もう、何年前になるでしょうか?十数年前の話です。
年齢の違う最も尊敬する先輩諸氏と5人で順次、還暦の祝いをやろう。と計画したことがあります。

最初に祝った方は、存命ならば72歳。次の方は70歳でご健在。今もご指導頂いてます。
次とその次の方は、いずれも九の坂を越えられず8年前、5年前に他界。祝うことが出来ませんでした。

一番若かった私は、お二人の霊前で「あなたの分まで頑張ります。還暦を迎えることができたら、天国から祝って下さいね」と、誓いました。今もご家族の方たちとは親交を深めています。

還暦を迎え思うことは、たかが還暦。されど還暦。そのお二人が届かなかった還暦まで生かさせてもらったとの感謝です。

そのお陰で、生まれ、育んでくれたふるさとを愛する気持ちを持たせてもらい。そして、素晴らしい人達との出逢いをいただき、社会での様々な、そうです実に様々な経験も積ませてもらいました。

仕事を通して、社会の荒波にも触れ、社員スタッフとともに一喜一憂、限りを尽くす喜びも味わっています。また、家族にも恵まれ、孫の顔までも見ることが出来ました。

「もう少し、故郷のために、社会のために」と「ちくしょう!残念無念」との言葉を残して逝った親父殿は65歳でした。私に残された時間がそんなにあるわけではありません。

今日までの人生、振り返れば、まさに及第点の60点を頂けると思います。
今日からは、足らずの40点を一つ一つ克服しながら、

親父殿が成し得なかった「ふるさと」への想い。還暦を目前に他界された先輩諸氏の想いを、
我社の理念でもある「地域社会への貢献」を通じて具現化できればと密かに還暦の決意をしてます。
       
今日まで生かされて来たことに心より感謝します。ありがとうございました。 
                                    還暦にあたり             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月10日 05:29 | コメント (2)


心得

2008年12月09日

経営者とは常在戦場ですね。

最近、私の顔が先輩面をしているのだろう。不況に打つ手はあるか?と、若い経営者に聞かれる。
そんな、難しいこと。分かれば苦労はしない。こちらが聴きたいくらいだ。と言いたいのだが・・・・・。

考えてみたい。
まず。人並ではダメだろう。他人よりも、もう一歩努力する、それだけの厳しさ持たなければ、不況時代は生き残れない。その努力が、自信に繋がり仕事を前に進めることができる。

人間なんて大したことはない。自分の器というものを良く見つめる。自分の器の限界を知ってなすべきことをなす。自分の能力以上のことやれば、必ず失敗する。

日々の精進が大切、休みなどないと思え。休日に仕事をしたくない人は、経営者には向かない。
難題に取り組む場合は一人でやらずに優秀な人材と組め。それが組織力と言うものだ。

経営者には一年365日逃げ道はない。考えて考えて考え続けて細い道が一本見つかるものだ。何事にも正面から考え逃げないことが、鉄則である。万策尽きれば死しかない。

いくら理屈をこねても、成長(業績向上)を目指さない者は必ず滅ぶ。
経営者は成長を求め続ける宿命を背負っていると思え。現状維持は破滅の道。

次々に新アイディアを生み出し新しい行動を起こさねば、生きる道はない。
知恵を絞り、汗を流し、新しい価値を生み出すと言う積極的な努力を怠るな。

と、ここまで書いてきて、これは、別に、不況下の心得ではないと気づいた。
経営者とは常在戦場。ただ、その戦場に不況という激しさが加わっただけ。

たとえ、敵は幾万有りとても、ひたすら努力する以外にない。(これでは答えになっていないな〜)

いやはや。経営者なんかになるものではない。と思うのだが、
なった以上は、生き残りを賭けて、一切の妥協を許さず、倒れるまで、走り続けるしか道はないようだ。

そこに、経営者としての力量が備わり、己を磨き上げることができるのだ。と、
若い優秀な経営者のためにと考えてみたものの。

実は、自分自身に言い聞かせているのだと、
窓を開け、凛とした、夜明け前の寒風を思い切り吸い込んでみる。
                                Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月09日 04:48 | コメント (0)


出番

2008年12月08日

官民上げての対策を急ごうではないか。

急増する派遣社員の解雇問題。社会問題化してきた。
難しい問題だが、解決の道はあると思う。

わが社は、約30年に亘り、地域の雇用を増進する目的で、求人情報誌を発行してきた。
現在、岐阜市を始め岐阜県下6版、毎月120万部発行、地域に貢献してきたと自負する。

県下の求人倍率。今年に入り低下の一途を辿り、10月統計では、1、03倍。私の実感では、すでに1,0倍を大幅に切り、求人事情は厳冬でも、氷河でもなく、解凍不能なコンクリート期に入っている。

与党は、緊急の雇用対策をまとめ政府に提言。柱は都道府県に基金を設け、緊急雇用創出事業を創設し派遣労働者、中高年の社会復帰を促す。今国会は25日まで延長されてる。抜本改革とは別に、正式に政府決定、法案化される見通しだ。

派遣社員の解雇は、派遣労働法では企業の暇忙により解雇が認められている制度。そもそも不況の煽りで、解雇するのは、この法律の特徴。雇用主(派遣先)の責任を追及するには無理がある。

それを、問題視するなら、本来の二者雇用契約を、三者間とし、業種の制限を緩和した自民党政府の責任を追及すべき。また、親会社が派遣会社を設立して、この法律を悪用した場合は企業の責任が問われるべきものだ。

少し、厳しい見解だが、派遣のメリットは黙して享受し、デメリットを社会問題化するのは、筋違いである。むしろ、政府の緊急対策を急がせ、その救済に乗じるべきだと思う。

よく聞く話だが、求人氷河期と学卒の時期が重なり、就職難により致し方なくフリーターに甘んじる世代があるとの報道を目にするが、私に言わせれば、冗談じゃない。甘ったれるな。と申し上げたい。

人は誰もが幸運な時代に生まれ、人生を送れるのではない。何時の時代も幸運な人は自分でその道を拓き、不幸な人は自分で道を閉ざしているのだ。他人や社会のせいにすべきではない。

この未曾有の不況。企業の倒産も、解雇も起こるだろう。さらに大恐慌となれば、金融機関の取り付け騒ぎも、焼き討ちも起こるかもしれない。

くよくよと悩み、落ち込んだり、理不尽に無理を通すよりも、幸い、まだ国には雇用創出の対策講じる余力がある。解雇者はそのセーフティーネットに縋るべきだ。

むしろ問題は、その受け皿をどうするかだ。ハローワークを始め、行政の機関では、あまりにも、切迫感や緊張感がない。それでは、この緊急事態に追いつかない。

この緊急時。行政は過去の経験則を捨てて、求人情報を扱う民間の専門家とスクラムを組んで、雇用マッチを促進させてはどうかと思う。

少なくとも我社は、岐阜県下で30年間に亘り、求人情報事業を展開、地域の求人事情には精通しているつもりだ。この機こそ出番。地域への社会貢献できると気合を入れている。

雇用は創出できる。求人者よ来たれ。行政よ来たれ。         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月08日 06:24 | コメント (0)


ブラックボックス

2008年12月07日

とても法治国家とは思えない

嫌な事件を書きたくもないが、厚労省の元高官が殺害された事件。
「愛犬を保健所が・・・・」との動機、イマイチスッキリしない。そのせいもあるのか。妙に頭の隅に残る。

社会に対する不満が引き起こしたテロなら、政治家を狙うのだろうし、経済的な義憤であれば業が対象だろうし。なぜ?官が襲われなければならなかったのか?

不遜を覚悟で、感じたままを述べれば、官が狙われたということは、日本の権力構造の中心である政財界に。テロの対象となるほど、社会を牽引する力ある政治家が居なくなった。経済界を席巻するほどの財界人もいない。

ま〜言ってみれば、政治家も財界人も専門性がなくなり、平準化したと言うことなんだろう。いずれも我々庶民と、考えていることや、やっていることに変わりがない。隣のおっさん程度ってことを意味する。

その原因は、メディアが指導者を茶化しすぎるのかも知れない。その結果、社会のリーダー的立場の人達に国民が畏敬の念を持たなくなった。それを裏返せば、自由な国である。オープンな社会であり、民主的な国だともいえる。(しかし、凶悪事件が頻発するようでは、法治国家とはいえない)

ただ、この国で唯一、陰湿な権力を掌握したまま、クローズされた組織は、官僚組織だけ。政治家は政治資金は徹底的に公開が義務付けられ、一円の単位まで明らかにせよと、世間に迫られる。家内まで身包みはがれる。企業も開示義務が厳密に決められ、四半期ごとに丸裸になる。

しかし、官僚組織だけは、治外法権のブラックボックス。厚労省の薬害エイズ資料隠匿事件などはその最たる例。秘密主義は徹底している。とても法治国家とは思えない。

社会が長期に亘り、閉塞状態にあり、ここに来て、経済までもが壊滅状態。国民の間には過剰なストレスが溜まる。そのはけ口が、開かれた社会の中に残る唯一の権力機構である官僚組織がブラックボックスであれば、そこに向かうのは容易に考えられる。

ましてや、その権力は政治家や財界人を凌駕して日本国に君臨している。との報道が日夜なされれば。とても理不尽で、恐ろしいことだが、この嫌な事件の動機を、そう見ている人は多いのではないか?

この事件の遠因に、マスメディアがあるとは、言いたくないが。
衆院を早期に解散して、官僚組織の実態を暴け、国民のストレスを解消せよ。との二ヶ月前の論陣は何処に霧散したのか?

健気に尻尾を振る隣家の犬を見ながら、嫌な世の中になったな〜と、眉をしかめる。
                      Goto

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投稿者: 後藤 日時: 2008年12月07日 07:06 | コメント (0)


八寸

2008年12月06日

一客一亭と鍋。

こう冷えてきますと、鍋ですね。
昔は、昔といっても相当昔。二十代の頃。鍋といえば、かしわ(鶏すき)ばかりでした。

この地方は、名古屋コーチンをはじめ、岐阜美濃の古地鶏など、脂身が多く、肉がしっかりした旨い品種が多い。昔は、そんな肉の味までは考えてなかったが、かしわは安かった。(今も安価だが)

それに、料理が簡単。白菜とねぎなど野菜をきざんで放り込めばよい。しいたけまであれば、最高。
炬燵の上にガスコンロ。気の置けない仲間達と、白波の湯割りを煽りながら鶏すきを突いたもんです。

別段、威張った話でもないんですが、この頃は、焼酎も市民権を得てますが、30年以上前に、岐阜で、薩摩白波を木枠で一升瓶10本取り寄せて、飲んでいたんです。時代の先取りだったと思いませんか?

と、言いたいんですが?学生時代、熊本の八代に二ヶ月滞在したことがあり、その折に、安くて、味のある芋焼酎を知ったのです。だから、酒卸問屋の同級生に取り寄せただけです。

茶懐石に日本料理の献立に欠かせない八寸があるのをご存知ですか?
主客が酒の献酬をする際の取り肴を約24cm(八寸)四方の器に盛って出す料理です。

八寸の心得は、一人の客にもてなす。一客一亭。二人だけでしみじみ酌み交わすひと時のためにあり、機微に触れた話に味が出てきます。

で、鍋ですが。若かりし頃から、鶏すきに始まり、牛や豚は勿論、カキ、蟹を始め、高級なものでは九絵(九州ではあら)。ふぐなど。美味しい鍋をわいわいがやがや、突き合ってきましたが。

それはそれで、冬の楽しみですが。最近では、こんな鍋も好むようになりました。
八寸の湯豆腐鍋です。(いやいや、八寸に湯豆腐があるかどうかは知りませんが。私が勝手に八寸の湯豆腐鍋と命名しているだけですが)

料理は至ってシンプル。土鍋(八寸)に昆布(利尻がよい)を敷いて、小ぶりの七輪に乗せ、絹ごしの豆腐半丁を入れるだけ。勿論、コストもお値打ち。一人前ですから、突きあうことはありませんが。

それを二鍋作り。酒の肴に、友と二人、静かに酌み交わし、語り合う。
冬、鍋を楽しむ。至福ですね。
                             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月06日 07:14 | コメント (0)


腹を据えて。

2008年12月05日

広告業はお客様の範囲が広い仕事です。

師走を覆う不況の波は、まるで津波のよう。例外もなく、全ての業種に及んでいます。
その悲鳴に応える道は、緊急の財政出動以外にない。との思いです。

たぶん、政府与党の賢明なる政治家諸氏の認識も、そうなんでしょう。

だから、次年度予算編成で、財政再建を棚上げ。社会保障費の抑制や公共事業費の削減等を規制の基準(シーリング)から外し、路線転換を決定したのだと思います。(なぜ期限をつけないのか不思議です。)

しかし、その内容たるや、中途半端。及び腰。お粗末極まりない。何を恐れているのか?従前の方針転換に忸怩たる思いなのか?それとも信念が希薄なのか?これでは、誰からも支持されないでしょう。

その次年度予算の基本方針なる、軟弱で、あやふやぶり、私の理解だとこうなる。
まず、現状認識を景気は後退、下降局面は長期化、深刻化する。と分析している。とても甘い分析だが、現在の津波状態が、来年も続く、簡単には回復しないという意味だ。

だから、日本経済と国民生活を守ることを最優先する。としている。それは良い。が、その前に財政の健全化のための努力はするとも言っている。財政再建と財政出動は相容れない方針だ。

まるで、アクセルを踏み。ブレーキも踏み続ける???。それでは車は前に進まない。国民には矛盾しているとしか思えない。何が何だかわけがわからない。

その混乱ぶりが、シーリングを堅持するが状況に応じて果敢な対応を機動的かつ弾力的に行う?
まるで、自己矛盾である。手足を縛った(規制)ままで、荒海で泳ぎますと言っているようなものだ。

さらに、再来年(10年代半ば)以降は消費税を段階的に上げる。とも。
税制改革が必要であり。増税も必要であることは、理屈では分かる。しかし、町内が水に浸かって、町民が溺れそうなのに、二年半後に町内会費を上げます。なんて・・・・・。

百年に一度の危機だと言い。財政出動すべきだと言うなら、賢明な政治家は、路線転換したなら、その方向で、全てを徹底すべきだ。たとえ、批判を浴びようとも。それが、政治家というものだろう。腹が据わってない。

予算編成は、編成として。その前に、全ての業種が、この津波に、越年できるかどうか。逼迫した状態だ。第一次補正で、618の業種に中小企業緊急融資制度を設けて対応しているが。

その対応が遅いとの声をあちこちから聴く。政党(政治家)は相談窓口を設け役人の尻を叩いて欲しい。
それに、618種から漏れてる業種もある。

職業に貴賎貧富の差はないはずだ。なぜ、618なんだと、問うのももどかしいが、
賢明なる政治家が、役人の決めたレールに乗っていい加減に決めたんだろう。お粗末な話だ。

今すぐに、業種制限を取っ払うべきだと思うんだが?なんとも腹が据わってないね。
                                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月05日 06:05 | コメント (0)


まだ早い

2008年12月04日

マスメディアのスピード違反を一喝する。

なにをせかせか。気が逸るのか?
師走に入ったからなのか?景気の底冷えで、冬も来ないのに、もう、春が待ち遠しいのか?

世の中の慌てには弱ったもんです。2日の読売新聞が見開き2ページにわたり、早くも今年の内外10大ニュースを掲載しました。まだ、今月何が起こるかわからないのに。

日本人の心をせかせか、焦らせるのは、やっぱり、何事にも先走り過ぎのマスメディアが原因かもしれない。

でも、随分昔のような気がする事でも、たとえば、原油が最高値148ドルを付けたのは7月。今は45ドルを割っている。スポーツの祭典聖火リレーで大騒ぎした北京オリンピックも、まだ、ほんの4ヶ月前の話。

すぐに風化する(やり場のない怒りがこみ上げる)が悲惨な事件、茨城土浦JR駅での8人殺傷事件は3月。秋葉原無差別殺人事件は6月。八王子駅ビ通り魔事件は7月。大阪の個室ビデオ店放火で16人が死亡したのは10月。

世界同時株安で経済が大混乱に陥っている、その東京株がバブル崩壊後最安値を記録したのが10月27日。その引き金となった米証券リーマンブラザーズが破掟したのは9月の話。

もう何期もと思える大阪の橋下知事、就任は今年の一月。米国のオバマはまだ大統領に就任もしていない。迷走首相の烙印を押された麻生総理はまだ、たった二か月。

と、紙面に目を通して見ると、とても、今年の出来事だとは思えないほど、
時間感覚が狂っている気がする。

振り返れば、様々な情報が瞬時に地球を駆け巡り、居ながらにして時間と空間を超越してしまう時代。
それが、高度情報社会なんだろうが。そのスピードに人間が追いついていない気がしてならない。

その結果。ほんの数ヶ月前に起こった大事件でも、
わが身に関係ないとなったら、一瞬にして過去の彼方へ捨て去ってしまう。

地球が太陽の周りを一周するのが一年。人間社会だけが、それより早く進んで良いのか疑問に思う。
なぜなら、そこには必ず自然との乖離が起き、人間の驕りや歪が生じるからだ。

技術がますます進歩して、情報社会が時間と空間を超越する時代を否定するものではない。しかし、それを人間が使いこなせるとは限らない。少なくとも、私には使いこなせない。とても、現在のせかせかには付いて行けない。自分のペースでやるしかないと諦めている。

しかし、我が愛する新聞メディアが、まだ今年を一か月も残しているのに、12月2日に10大ニュースを掲載する神経には、「オイ!コラ!まだ、早い。師走を味わえ。バカ者めが。」と一喝したい。

そんなに書く記事がないのですか?読売さん。     Goto

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12月2日付け読売新聞 ”あなたが選ぶ10大ニュース”の紙面

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月04日 06:38 | コメント (0)


創造

2008年12月03日

街を変えるには、市民のボランティア活動が欠かせませんね。

難しいテーマに挑んだ演劇を鑑賞しました。
我社が発行する生活情報誌「かにさん倶楽部」(岐阜県可児市・美濃加茂市56,050部)の12月号。
巻頭特集は可児市の創造文化センターで上演されている「向日葵の柩」(柳美里原作・金守珍演出)。

あらすじは、在日韓国人李家の物語。在日であるがゆえに織りなす複雑な人間模様。民族とは。愛とは。そして死とは。向日葵を背景に人と家族を鋭くえぐる。

原作は17年前。初演は10年以上前の作品。10月末からスタッフが、可児の民家(ボランティア)に泊まり込み、稽古を重ねたと言う。会場の規模が小劇場だったせいもあるのだが、生の迫力もあって、役者の熱演が光り見ごたえがあった。

素晴らしい施設を活用して可児から全国に発信できる作品を作ろう。と、文化創造センターの衛紀生館長(演劇評論家)が呼びかけ、上演に漕ぎつけたとのこと。可児公演は6日まで。12日からは東京の新国立劇場でも公演される。

役者には市民のエキストラも起用され参加。まさに可児からの創造。かにさん倶楽部には、主演の山口馬木也さん達スタッフが10月末から可児の民家に住みこみ、芝居漬けの生活やスタッフと市民との触れ合いも紹介されている。(中広HPに掲載されている。ぜひ一読を)

かにさん倶楽部の特集効果もあってチケットはほぼ完売と聞いた。嬉しい限り。この演劇を機会に、可児加茂地区に芸術が育ち、文化度の高い素晴らしいエリアに、変貌して欲しいと願う。

最後に、会場の創造文化センター。その建物の使い勝手の悪さは別として、可児市にこんな素晴らしい文化創造のセンターがあるとは?と驚くと同時に、運営に係わっておられたスタッフの方々の対応が如何にも素晴らしい。

おもてなしの心が溢れていた。そのお蔭で、公演が数倍引き立ったことを付け加えたい。
後で知ったのだが、センターの運営は「NPO法人alaクルーズ」の面々だそうです。(写真参照)

市民のボランティアで、文化が創造されている。地方の疲弊が叫ばれる昨今、この文化度の高い試みの成功を心から祈る。関係各位並びに、支える可児市民諸氏に敬意を表す。                                                                    Goto

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写真左:かにさんくらぶ12月号表紙 中:向日葵の柩パンフレット 右:市民ボランティアNPO法人alaクルーズの皆さん

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月03日 05:47 | コメント (0)


師走

2008年12月02日

笑う門には福来る・・・・

病院の待合室。風邪の治療で、結構混み合っている。
取り分け、全体の80%近くが年配者。目線が低く、会話もなく、室全体が、暗くて重い。

そこに、現れた幼児連れの若いお母さん。たぶん、風邪なんだろう。誰かに預けて、一人で来ればよいのに。子供に感染したら・・・。と思うのだが、そうもいかない事情があるのだろうか。

その母子、一角に腰を下ろし、順番を待つ。と、その幼児。隣のおばあさんを見て、何を思ったか?にっこりと笑顔。それを見た、後ろの席のむっつりしていたお爺さん。思わず目を細める。その横の女性も・・・。子供をあやす。

幼児は声をあげ「キャキャ」と笑う。重苦しい雰囲気の待合室、誰もが、幼児に目線が移り、その笑顔に室全体の緊張が解け、室が和む。「私の治療よりも、幼児の笑顔の方が、患者の心を癒すんだよ」と、この道40年の内科医。

師走に入り。世の中は、まるで病院の待合室。暗い重い影が巷を覆っている。景気最優先を標榜する政府が、テロ特法(給油法案)を通すために、国会を延長しながら景気対策に二の矢を打たない。

この不況に手を打たない政府が悪いのか?第一次補正で、年度末(来年三月)までの治療は済んでる。と、官僚答弁を繰り返す政府(病院)を選んだ国民(患者)が悪いのか?私にはわからないが。

延長国会で、直接医療に関われない患者(野党)が、独自の経済金融対策法案を提出すると言う。その内容は、ガソリン税の廃止。高速道路の無料化により物流と人の活性化を呼び起こす。

中小企業の保護、地域金融の円滑化などにより地方経済疲弊を打破する経済対策に重点を置く。それに、子供一人に月2,6万円支給する子育て支援(定額給付金より将来性がある)など、緊急対策が目白押し。

所詮。国会の現勢力地図では、野党の法案。国民(患者)の治療には届かないのだろうが。実現が困難な野党案でも、次々と対策を講じる姿勢が、国民に安心や希望を与えるもの。

思うに任せぬ師走だが。さあさあ。そこの君!!暗い顔して、そんなところに座りこんでいないで。
まずは、幼児に見習って、笑顔。笑顔。笑顔だよ。

笑う門には福来る。                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月02日 06:44 | コメント (0)


仮有(けう)

2008年12月01日

死して後、人の役に立てるなら・・・・・・・。

私の尊敬する友人。残念ながら、亡くなって5年半の歳月が流れますが。
彼は、晩年肝臓を患い、韓国で生体肝移植を受けました。その後の壮絶な生き方に、今も、感動しています。

先般、岐阜県ジン・アイバンク協会、発足20周年、記念フォーラムに参加。活動の一旦を知る機会を得ました。関係各位の積年に亘る努力に心より敬意を表す次第です。

頂いた資料では県下に、いかほどの臓器移植医療を望む患者さんがおられるかは分かりませんが、20年間に307件の角膜移植と53件の腎移植が行われとあります。

臓器移植法が施行されて、11年。移植医療は臓器提供者(ドナー)の絶対数が増えない限りは成り立ちません。それには、国民の知識を深める地道な普及啓発活動が、今後も、必要と学びました。

友人の例からして、移植に関する医療技術の進歩は目を見張るものがあります。移植後、三年余の命でしたが、社会復帰し、人生の限りを尽くして、生き抜いた友人の姿を知る一人として。

私もドナー登録します。幸いに15歳以上であれば、高齢でも、病気で薬を飲んでいる場合でも、臓器の提供はかまわない。腎臓は70歳代の提供も可能とあります。

「人の身体は、その人であって、その人ではない。仮に有ると書いて「仮有(けう)」と言う、その骨も、皮膚も心臓も、生まれてからずうっと同じであるように思えるが、ひと時として同じではない。常に変わるものである。」

「どうせ燃やして灰になってしまうのだから、死して後、人の役にたてるならこんなありがたいことはない」私は、今月還暦を迎えます。還暦の祝いに、臓器移植のドナー登録ができるとは、幸せ。天国の友人に合わす顔ができます。

発足20年を迎えた岐阜県のジン・アイバンクの活動に心より敬意を申し上げ、そのフォーラムの企画運営を担当した、中広ソリューション事業部スタッフの献身的な仕事っぷりに感謝します。
                                    ドナー登録を終えて。Goto
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ジン・アイバンク20周年フォーラムで小林理事長から表彰を受ける団体。

投稿者: 後藤 日時: 2008年12月01日 05:51 | コメント (0)