2009年01月

言葉

2009年01月31日

相手を敬う心を養いたい。

私には兄弟がありません。その代わり、親父殿には6人の兄弟がありました。
そのお陰で、従兄弟が17名。亡くなった人もいるが、今も兄弟以上のお付き合いがあります。

親戚とは有難いもので、冠婚葬祭には声を掛け合い、励まし合うことができます。
親父殿の兄弟に長崎で暮らす人がいて。随分、前の話ですが。その従兄弟の結婚式に呼ばれた折。

本島という、稀代なる長崎市長が来賓で臨席。そうです。天皇の戦争責任を問うて、銃撃されたあの市長です。事件直後だったと思います。彼の祝辞が今でも耳に残ります。

「殴ったり、銃弾を放ったりするのも暴力だが、本当の暴力は言葉です。結婚する若い二人。肉体に受けた暴力は時とともに癒すことができますが。言葉が放つ暴力は、相手の心に永久に残ります。相手を思いやる心があれば、言葉の暴力は放たないものです。ぜひ、言葉を大切にする家庭を築いてください」そんな、体験を踏まえた人生訓でした。

人は時にして、感情の高ぶりで、言わぬもがなの、暴言を吐くことがあります。理性に乏しい私などは、興奮しますと、ついつい、相手の心をえぐる様な酷い言葉を発します。

そんな、折に、必ず後悔の念に苛まれながら、
本島元市長の、この祝辞の一説を思い出し、反省します。

人生は出逢い。出逢いがその人の人生を根底から覆すことがある。出逢いを大切に。とは、部屋の壁に貼ってある一文です。昨夜、新しい出逢いがあり、多くのことを教わりました。感謝です。

その会話の一つに、外資系企業の日本法人トップの彼曰く、日本でコミュニケーションと言えば「言葉を交わし信頼関係を深めるために」必要なもの、だと解釈されているが。

アメリカ人は「コミュニケーションとは相手を説得することだ」と考えている。
自分の意見を相手が聞きいれ納得してくれることがコミュニケーション。だと。

なるほど。そう教わると、コミュニケーションは、論戦の場。
意見を持たないものはコミュニケーションができないということになります。

意見を持たない人は、コミュニケーション能力がないのだから、乱暴な言葉や思いやりのない暴力的な言葉を使って、相手を傷つけることで、自分をごまかす。ことにもなる。

アメリカ人のコミュニケーションとは相手を納得させること。
本島元市長は言葉の暴力ほど恐ろしいものはない。と言う。
どちらも、自分の意見を持ち。相手を敬愛する心が根底に必要だと説いてる気がします。

そういえば、久しく長崎の従兄弟とも、ご無沙汰している。
今日にも、言葉を掛けてみようかな。

新しい兄弟との出逢いに感謝して。        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月31日 06:57 | コメント (0)


読まれぬ新聞

2009年01月30日

しがらみと圧力の商売は通用しない。

昔の話です。昔といっても大昔。30年以上前。二十代の頃です。
一時期でしたが、日本社会党岐阜県本部、岐阜総支部専従書記の時代です。

肩書きはいかめしいが、やっていたことは、大したことではない(いい加減なものだった)。党員の管理、よろず相談窓口。定期会議などの準備、各種運動(メーデーとか。原水禁とか。地方選挙の応援)の手伝いと参加。

それに、機関紙、社会新報の週二回の配達。火、木曜の朝、国鉄岐阜駅で集配。それを労働組合のある職場や岐阜市内の支部(余りありませんでしたが)に順次配布する。それが済むと、帯封で新聞を巻いて郵送。全部で1500部ほど。

その頃の悲しい思い出ですが、ある国の出先機関では、労組の圧力で、管理職が義理で社会新報を購読している。「こんちわ、社会新報です」と、机の上まで届ける。そこに座っているのに、見向きもしない。無視です。

次の机に移ると、後ろで「ポトン」と音がする。怖くて振り向けなかった。なぜなら、開きもせず、勿論、読みもせず。足元のゴミ箱に捨てる音だから。「この野郎!」との思いを、我慢して部屋を出たもの。

しかし、その読者達の購読料が貴重な財源。活動費を賄っていたのですから、貧乏政党の書記(いやいや新聞配達要員)としては、悔し涙を流す以外になかった。

読まれる新聞を作らねば価値がない。と、その都度意気込んで、悔しさを、中央本部の編集局にぶつけたものだが、無しのつぶて。広報がこれでは。この党は、だめだなと、思ったものです。

大阪の橋下知事。行政の無駄改革の一例。朝公用車が迎えに来る。座席に五紙の新聞が揃えてある。半分も読まずに、知事室に入ると、また、新しい新聞が五紙置いてある。

こりゃ無駄じゃないかと、府庁内で購読している新聞・雑誌などの定期刊行物を見直したら、年間で八千万円削減できたと。(あまりの額に嘘じゃないかと疑うのですが?)

新聞は「行政の無駄遣いをなくせ」と声高に訴えるが、一番簡単なのは、役所に売り込んでいるムダな新聞を自ら身を削って減らすこと。そうすれば、全国の行政で、百億円単位で削減できるはず。と言う。

そういえば、社会新報の岐阜県庁への配達、多分、だれも読まなかったであろうが、すべての課(集積ポスト。今も県庁の1階入り口にある)に投げ込んだ。購読の背景には、社会党県会議員の圧力としがらみがあった。

日刊紙の記事は、職員の貴重な情報源。社会新報のように内容に価値がないのとは違う。しかし、新聞社が、行政に過度なムダを強いているとしたら、橋下知事の「こう言うとまた嫌われ、新聞でたたかれると思うが」との一言が重く圧し掛かる。

広告屋としては、新聞の購読数が減るのは死活問題で困る。
かと言って、行政のムダが放置されるのも、困る。

やはり、中身(記事)で勝負するしかないのか?それとも、しがらみや圧力を、新聞社自らが吹っ切って、新聞のビジネスモデルを変える策を講じるべきなのか?

新聞命の私としては、悩ましいところだ。
                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月30日 06:22 | コメント (0)


成熟度

2009年01月29日

やっぱり、アメリカは自由の国ですね。

国際的な問題について述べるのも、岐阜の片田舎に暮らすおっさんとしては、気が引けるがお許し願いたい。時空を超えて瞬時に飛び交うネット社会。地球は益々小さく。世界は驚くほど狭くなっている。

オバマ大統領就任式の報道。睡魔に堪えながら歴史的瞬間に立ち会いたいと、テレビ中継で生演説を聞いた。「60年前、レストランにさえ入れてもらえなかった男を親に持つ・・・・」このフレーズに目頭が熱くなった。全体のトーン、厳粛ではあったが、なぜか物足りなく思った。

しかし、その後の映像で、ホワイトハウスを去る前大統領夫妻を、手を振って見送る正副新新大統領夫妻の姿がとても印象に残っている。惻隠の情と申しますか、長幼の序と申しますか。

アメリカの懐の深さ。民主主義の成熟度を思い知った感がある。
私はお客様がおこし頂いた際に、お帰りには、車が行き去るまでお見送りする。

大統領の新旧交代と、比べるすべもない些細なことだが。我社は公共交通機関もまばらなへき地にある。讒言や叱責を頂いた時(それが結構多いのだが)であろうが、気分を害されるような話になった時であろうが。それが、わざわざ訪ねて頂いたお客様に対する最低限の礼儀だと思っているから。

人間は感情の動物。自分に不都合があれば腹が立ち。意見が違えば、自己主張を押し通すべく、罵詈雑言を浴びせたり、不愉快な態度を取るもの。

しかし、過熱状態が冷めれば、あるいは時が経てば、無に帰すもの。
争いごとも休戦状態になれば、そこで、相手を敬い、礼を尽くすべきだ。

それが、できないのも人間だが、原理主義を貫く人たちには、一時の妥協も許さない場合がある。それが、宗教と絡み合うと、目も合わさなければ、握手もない。

それを、崇高な態度と言うのか?頑なと言うのかは?歴史が判断するだろうが。個人は別として。
政治的には未熟な国であり、幼稚な為政者ではなかと思う。

その未熟さの証明が、台湾の陳水扁前総統の逮捕。隣の韓国でも政権交代と同時に大統領が逮捕された歴史がある。現李大統領は交代の際、そうはしなかった。(それだけでも韓国の政治は大人になった。成熟してきたと思う)

台湾の前総統の罪が如何なるものか?詳細は知らないが、
逮捕、監禁されたのだからそれなりの罪を犯したのだろう。

しかし、手錠を掛けられ、その手を高く上げ、政治弾圧を叫ぶ姿。拘留中の手記を出版し抵抗するのは、やはり未熟で異常な為政者が政権に付いたと言わねばならない。

これも、新聞報道だが、台湾は新政権発足の祝いに中国から二頭のパンダが贈られた。
その模様を中国メディアが中継したそうだ。その際、不可解なことに台湾の国旗「青天白日満地紅旗」が動物園から、すべて降ろされたとのこと。

その意図がどこにあるかは、想像願いたいが、ネット上では動物園に掲げられていた国旗が降ろされた事実は瞬時に中国国内に配信されているのに。

政権交代の都度、前為政者を逮捕する国も未熟なら、自国民に真実を隠蔽して報道する国も、不可解な国だと言わねばならない。

国際紛争は絶えないが、主義や主張の違いで、人が人を恨んだり、ねたんだりするのは、寂しい限り。
でも、やっぱり。自由の国、アメリカはアメリカだと思う。                    Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月29日 05:50 | コメント (0)


気概

2009年01月28日

お客様へ「おもてなし」の仕込みを。

寒の入り。厳しい寒さが続いてます。この時期、岐阜県では平野部は太平洋側の気候。乾燥しますが比較的晴天が続きます。飛騨地方は高地で日本海側の気候、鈍よりした鉛色の雲。毎日粉雪が舞う辛い季節です。

冬が厳しければ厳しいほど、春が待ち遠しいのは世の常。飛騨人も「この凍み(冷え込み)が、最後やさな〜」と、春の訪れを心待ちにします。

そんな飛騨高山に、嬉しい知らせが届きました。それも二つもです。残念ながら、「呑んべ〜え」には堪えられない飛騨自慢の新酒ができた話ではありません。

ひとつは、1996年から他地区に先駆け、観光地としては異例の「誰にもやさしいまちづくり条例」を制定。訪れる障害者や外国人から様々な意見を聞き、市民を挙げて街のバリアフリー化を推し進めてきた。その努力と成果が国に認められ、バリアフリー化推進功労者大臣表彰を受けたことです。

具体的には、車椅子の車輪が道路の溝に落ちないように網目を1cm以下にしたり、車道と歩道の段差も2cm以下としたり、公衆、民間のトイレ130ヶ所を車椅子対応型などにと、徹底したバリアフリー化街づくりを進めた結果です。とても素晴らしい街になりました。

もうひとつは、日本の原風景とも言える、各地に残された歴史的な町並みを保存する「歴史まちづくり法」に基づく風致地区指定を受けたことです。全国で5ヶ所。金沢、萩、彦根、亀山とならんで認定され、予算措置も講じられます。

三年計画だそうですから、高山の古い町並みが、じっくりと整備できます。
関係各位の腕の見せ所。この認定も春を待つ、飛騨人には、まさに吉報です。

政府は日本国を世界の観光地と位置づけ海外から2000万人の観光客誘致を目標に掲げて、昨年観光庁を設置しました。外国人観光客の魅力を東京と京都以外にも広げたいと目論んでいます。

全国各地に、歴史的な街が保存され、そこに日本の文化や伝統が、脈々と息づき、観光地の選択が増えるべく、各地を競わせるのも、この「歴史まちづくり法」の目的です。

高山が、この賞と認定を励みに、飛騨の独特の文化と景観に磨きをかけ、バリアフリー化された街に更なる観光客を呼び込むことができれば、こんな素晴らしいことはない。地域の振興、活性化に繋がります。

問題は、飛騨人の気概です。気概とは困難に負けることなく、不屈の精神で立ち向かう意気込みです。
批判や怠惰を跳ね返し筋を通すことです。

二つの福音を齎したのは、国交省です。国交大臣は飛騨選出です。大臣の心根を真摯に受け止め、より以上に観光立市高山づくりへと、市民は心を一つに、気概を持って観光産業を育てるべきです。

激寒のこの時期だからこそ、訪れる観光客のために、「もてなしの心」を仕込んで欲しいものです。
                           飛騨で幼児期を過ごした   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月28日 07:06 | コメント (1)


知事選挙

2009年01月27日

政治に無関心でいられる県民がうらやましい。

田舎のおっさんとしては、地方行政を誰に?どんな人物に担ってもらうのか?
この街を愛し、子や孫を思えば、興味の尽きない問題だ。

25日。寒の入り。センター試験じゃあるまいし。なぜ、こんな寒い季節に岐阜県知事選挙をやるのか?
腹立たしいが、四月と決めた統一選後に不祥事が重なり、結果的にはこの時期となっている。

巡り合わせだから、最も寒い時期に選挙が実施されるのをとやかく言う積りもないが。山間部では雪に閉ざされ、投票すら困難な場所もある。それが、原因ではないが、投票率38、44%史上最低となった。

この史上最低に、選挙管理委員会(選管)の不甲斐無さを指摘したい。投票率アップのために、もう少し工夫を凝らして欲しいと思う。いくら無風の選挙でも。これでは、委員会の責務が果たされていない。

大阪の知事は「くそ教育委員会」と教育の本分を忘れて自己保身に走り、形骸化した委員会制度をなじったが。学業も体力も最低。非行は蔓延、これでは「くそ」と言われても仕方がない。選管も、その責任を問われてしかるべきだと思う。

なんのお咎(とが)めもないでは、民主主義ではなく形式主義だ。私に言わせれば、民主主義の原点を司る選管も、もう少しまじめに遣れ。と、文句を言いたい。

次いでで恐縮だが、委員会の形骸化では、公安委員会も酷いものだ。名誉職のようなもの。本来の目的に齟齬をきたすなら、有っても無くても良い盲腸のようなもの、即刻廃止してはと、申し上げたい。

新知事の当選の弁。「不況や人口減少など、歴史的の大きな課題に直面している。この克服には県民総力戦で、果敢に挑戦する必要がある」と自ら先頭に立つ覚悟を示した。

地方を覆う世界同時不況の嵐は、臨界点を超えた。地域のリーダーが、その先頭に立ち、心血を注ぐ。それを、県民総力戦で乗り越えようとする姿勢こそ、最も必要だと思う。

投票率が史上最低っだった点を、新聞各紙は争点のない選挙だったとか、三党相乗りが問題だとか。信任投票だったとか。暗に批判的だが、私には、その、おざなりの批判が気にくわない。

権利を行使しなかった県民をなぜ批判しないのか?得票率が現知事に80%以上であったっことをなぜ、評価しないのか?争点は、この世界同時不況に立ち向かうリーダーは誰か?であったと思うが。

私の評価では、緊急の経済対策、雇用対策など、喫緊の課題に対処し、未来に方向を示せる候補者が現知事以外にいない。それを県民は理解している。その結果が、得票率80%に現れた。

ただ、残念なのは、評価する県民が、県の活性化を自分自身の問題であるとの、認識が薄い。他人事の域を脱していない、その投票に行かない政治的未熟さが、心配だ。

岐阜県168万有権者の内、投票者は63,8万人。多いのか少ないのか?それは、後世が判断する所だが。これが、我が岐阜県民の政治的民度であることを、承知しなければならない。

この現実を踏まえ、新知事とともに、公僕である県職員が、役人意識と根性を払拭して、県民を巻き込み、総力戦で、未曾有の困難に立ち向かって欲しいと、願う。

おっさん達も、投票に行かなかった、無責任で、ノー天気な県民を叱咤しながら、
新知事の行政手腕に、この街と未来を、託したいと思う。
                                Goto                 

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月27日 05:46 | コメント (1)


青春

2009年01月26日

若い力を信じ、若者を嘆くことはやめましょう

ゴルフ好きの楽しみの一つに、TBSが苦労して中継する米男子ゴルフのメジャータイトル、マスターズトーナメントのテレビ観戦がある。

今年は17歳の高校生、石川遼君が、プロ史上最年少で出場する。どんなチャレンジを見せてくれるか?今からワクワクする。ゴルフ好きならずとも、日本中が湧き上がるだろう。

予選を通過、決勝ラウンドに進出するようなことになれば、寝不足で頭がぼ〜としたおっさんゴルファーが巷に溢れること請け合いだ。著作権を持つ、TBSの視聴率もうなぎ昇り。広告枠も高値で商いされ、業界の活況に繋がればと願う。

また、遼君にあやかって、春のセンバツ高校野球からもヒーローが誕生してくれればと、若者頼みだが思う。センバツの出場校が発表された翌日。土曜の朝日新聞。「球児がまぶしい」と題して特集記事が掲載。

お〜。毎日新聞主催のセンバツを、朝日が特集か?高校野球をビジネスの柱に据え、競い合った両社が、手を携えて球児のために協力し合うのか。時代も変わってきたな〜。と、思いきや。

なんのことはない。夏の全国高校野球選手権大会の主催は、朝日だぞ!と。創刊130年記念特集を、センバツの発表にぶつけただけ(勘ぐりすぎかな)。何か特別な企画でも加わるのかと思いきや?何もない。選手の直向さと、新聞ビジネスとの違和感は拭えない。

石川遼君はお父さんが手塩にかけ育てた。高校野球は野球を愛する人達がボランティアで育てた(新聞社が育てたのには疑問だ)、それでは、企業は、若者を育てるために何かやっているのか?

52回にもなる日本学生科学賞のこと、私は知りませんでした。読売新聞が主催し、旭化成が支援している。その入賞作品紹介が下の写真。内閣総理大臣賞が「巻きひげの秘密」と言うから、髭顔親父を嫌う、娘たちのことかと思ったが。

キュウリの茎から伸びて支柱に巻き付く「巻きひげ」の研究だとか。スポーツばかりじゃない。科学に賭ける高校生も、なかなかユニークな研究をするものだと目を見張る。我が岐阜県の斐太高校が読売新聞社賞受賞にも感激。

その記事下に掲載された旭化成の広告。左の写真「?」はフラスコ。右の「!」は試験管。コピーは「学力低下」って何ですか。嘆くのはやめましょう。この国の若い力はゆっくりと、確実に育ってます。」

「旭化成は日本学生科学賞を通じて、考える中高生を応援します。」と。素晴らしい企業、素晴らしい広告だ。この科学賞。スポーツのような派手さはないが、企業も若い力を育てている証明。

なんの変哲もない青春時代を過ごしてしまったおっさんとしては、
若者が活躍するゴルフ中継にウキウキするだけではよろしくない。

物事と真摯に向き合う若い力はどこにもいる。遼君の親父にも。野球の指導者にも。企業を通じての貢献も。今更、成すすべはないが。彼らに、ちょっとだけ手を貸す。心から努力を称える。そして、元気出して頑張ろうと励ます。それぐらいはできる。

そんなささやかな思いと行動で、過ぎ去った青春を蘇らせてみたい。と、思うのだが。
もう。遅いかね〜。遼君のように300ヤードは飛ばないが、まだまだ青春でありたい。
                                         Goto


P1020232.JPG
読売新聞より

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月26日 05:34 | コメント (0)


頭を下げる

2009年01月25日

ごらんの通りの人生を。

九か月になった孫娘。久しぶりに顔を見た。久しぶりといっても半月ほどだが。
子供の成長は早いと言うが、わずか数歩だが、「もう」歩く。驚きです。

「お座りができた。ハイハイができた。立ちあがるようになり。伝い歩きが。あ〜歩いた。歩いた」
「這えば立て。立てば歩めの親心」、家内中が一挙手一投足に大騒ぎです。

家族の大きな愛に囲まれ「幸せに育って」と願うのと、長い人生。そんなに慌てて、立たなくても。歩かなくてもと、妙に分別臭いジージは、孫娘の成長を目じりを下げて眺めている。

すっかりお母さんになった娘が「ももちゃん。いただきますは?」と離乳食を前に。すると孫娘。頭を何度も下げる。娘が「そうですね。ご飯を食べるときには、ありがとうのいただきます。ですね」と食事を始める。

そう言えば、私の人生も失敗の連続。「お詫び」で頭を下げてばかりだと。苦笑。格好付けても、見栄を張っても、人生ごらんの通り。間違えれば。教えを受ければ。物を頂けば。素直に頭を下げるしかない。

勝負の世界でも、日本の古式に則る相撲などは、土俵に上がっると、まず、頭を下げる。そして、にじりで蹲踞(そんきょ・座っての意)し、両手を大きく広げ「なにも持ってませんよ」と対戦相手に自分を曝け出し、勝負が決まれば、また、頭を下げ、終わる。

頭を下げるとは、相手から目を下に逸らすこと。その瞬間、相手に何をされても結構です。と、無防備になることです。ですから、そこには、その場面での、相手に対する畏敬だとか、詫びだとか、感謝の念が入るのです。それが、頭を下げることです。

で、私が何とも不可解に思う頭の下げ方は、音楽で、若くして破格の富を得、詐欺事件で逮捕された小室何某の頭の下げ方です。別に、カメラに向かって下げる必要もないんでしょうが。下げるなら下げ方があると思います。

「申し訳ありません」と頭を下げたのなら、彼の一礼(写真参照)は、礼ではありません。あれは腰を折っただけで、頭を下げていません。顔が上がったままです。自らの否を認めている態度ではありません。

目を下に落として、「自らを相手の前で無防備に曝け出だす」それができてません。頭を下げたことにはなりませんし。ましてや一礼でもありません。世の中が分かってないんでしょうか?躾が悪かったんでしょうか?

お辞儀の仕方も知らない奴が、巨万の富を得れば奈落の底に落ちるのもやもうえない。メディアもあまりちやほやしないが良い。実力があれば。いや、頭の下げ方を知れば。這い上がってくるでしょう。と、思うのは年寄りの冷や水なんでしょうか?

孫娘が、始めて頭を下げる姿に、躾の大切さを思うのと。
この子が素直で、優しく、誰にも愛される謙虚な人間に育ってくれればと願います。

それにしても、今日は、この冬、一番の寒さですね。
                                            Goto


P1010175.JPG
中日新聞 夕刊より

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月25日 07:15 | コメント (0)


東京駅

2009年01月24日

何とも凄まじい人の波。しかし。

木曜日、東京駅八重洲口、ブックセンター隣ビルで、JLAA(日本地域広告会社協会・加盟56社)の理事会が開催。理事役員各位との久しぶりの再会。旧交を温めることができました。

業界の抱える問題等、予定時間をオーバーして熱い議論が交わされました。
メンバーは北は仙台から。西は岡山、香川。南は福岡と全国各地から参集。

47エリアワン地域広告会社ネットワークの構築。広告業界の新しいビジネスモデルの検討・提案や地域媒体ドットコムの立ち上げ。4月開催の全国総会の内容についてなどを話し合いました。

業界は厳しいとか。大変を通り過ぎた状態。それを撥ね返そう。そのためには、モノの見方を変えれば飛躍のチャンス。広告屋こそ、「新鮮な発想をするのが仕事」と意気軒高でした。

たまたま、早めに上京。東京駅で昼飯でもと、地下街に。食べ物屋さんが並んでいる一角。昼時ではありましたが、岐阜の田舎では到底考えられない状態。どの店も通路にお客さんが溢れ、順番待ち。

田舎のおっさんとしては、右往左往。並ぶ列が少ない店にと。そこが、沖縄のソーキそば屋さん。もずくに、混ぜご飯、それにミミンガーと漬物が付いて、勿論、テビチ入りの沖縄そばも。980円。

安くてうまくて、おまけに沖縄情緒も味わえて。結構満足。通路に並ぶ人に申し訳ないので、慌てて食べましたが。さすが、東京駅。活況だと。関心しつつ会場へ。

帰りの新幹線。何時も行きは指定を取りますが、帰りはフリーなので、指定をと窓口へ。私の記憶では、木曜、金曜の夜は大概満席。それが、この日は、随分と空席があるようで、スムーズに指定券を購入できました。

そういえば、12月、新幹線の乗車率、昨対5%マイナスとの、新聞記事を読んだ気がする。駅員に聞くと、キヨスクの売り上げも大幅ダウン。乗客も1月は10%以上の減だとか。

東京駅、昼の飲食街の活況と乗車率の低下。何となくアンバランスだと思う。
不景気の波が東京駅にも押し寄せているのかと実感。

会議の元気を早く持ち帰り、実践せねばと、焦りつつ、岐阜に戻りました。
                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月24日 06:12 | コメント (2)


眼鏡

2009年01月23日

小さな社会貢献が大きな幸せを呼ぶ。

私は、小学校の5年生から眼鏡を掛けています。
なぜ、掛け始めたかと申しますと、50年前の話ですが、黒板に簡単な質問が書かれ、それに答える知能テストが行われた時。まったく回答ができませんでした。

どこかに異常があるのではないかと心配した担任の教師が、親に相談。幾つかの検査の結果、親父殿が極度の近眼。その遺伝で、黒板の字が読めなかったからだと、結論付けられ、それから、眼鏡を掛けるようになりました。

実際は、近眼と乱視が原因ではなく、半年以上にわたり法定伝染病の猩紅熱で休学していまして。そのために、授業に付いて行けず、自暴自棄状態になっていたのが真相です。

今でも、一年留年すべきだったのではと思っています。50年前のことをとやかく言っても専なきことですが。そのお蔭で、今も尚、眼鏡を掛ける面倒な生活を強いられています。

眼鏡生活を知らない人には理解できないでしょうが。眼鏡は身体の一部ですが、人工物。顔を洗うにも寝るにも外さなければなりませんし、スポーツをやるうえでは結構不便です。

一時、コンタクトをと思ったこともありましたが、結局は、眼鏡人生で通してしまいました。最近では、老眼が進み、掛けたり外したり、面倒この上ありません。遠近両用の眼鏡も随分進歩したと聞きます。近々に、それに買い替えたいと思っています。

で、今までに、何度眼鏡を変えたのだろう?と、辿ってみますと、近眼が進行する子供のころは頻繁に。青春時代は暴れてよく壊し、成人してからは、サングラスだ、フアッションだと取り換え、最近は老眼用と近眼用と、かれこれ30本以上になるのではと思います。

眼鏡って、取り換えても愛着があり、結構捨てられないもので、机の引き出しには、10本以上が仕舞われたままです。

昨日の朝刊、、庶民金融武富士。不要なメガネを発展途上国に届けますと、子供は学業に、大人は仕事の向上にと、大変喜ばれるとの広告が掲載されました。

「もったいない」の小さな運動が国際貢献に繋がるこの武富士のCSR。とても素晴らしい活動だと思います。わたしの机の中に眠っている眼鏡でも、途上国の子供に役に立つのかと思いますと、

眼鏡の効用に、感謝こそすれ、疎かにしてはいけないと、反省しています。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月23日 07:01 | コメント (0)


夕刊

2009年01月22日

収縮経済への対応を考える。

かなり期待してます。
マスメディアの広告出稿の減収が止まりません。

テレビを御覧になってて、番組の途中に放送されるコマーシャル、番組の予告とか、案内がやたら多いのに気付きませんか?業界用語では番宣(番組宣伝)と言い、自社の放送番組とか事業内容を知らせる身内のコマーシャルです。

広告屋が言うのも、自虐的ですが、不況下におけるリストラ策で、企業が最初に削減するのが、広告宣伝費です。放送局がその影響をもろに被った結果が、CM枠への番宣増加です。

広告予算の削減は、放送局にとって死活問題です。これ以上削減されれば、番組制作費に手を付けねばなりません。そうなりますと、費用のかさむ、時代劇とかドキュメントとか、良質な番組が作れなくなります。

私には馴染がありませんが、「ひるドラ」の愛称で人気のCBC昼のドラマが38年の幕を閉じることになりました。これも予算削減がゆえです。

企業は不況風に煽られ、広告費を削減することの与える経済的影響を良く考えるべきです。企業は宣伝によって、商品を紹介し、需要を喚起するのですから、宣伝しなければ、需要はさらに落ち込み、景気は冷えるばかりです。

この状態を収縮経済というのですが、あまりにも、急激な収縮に、情報の最先端を行く、放送局が後手を踏んでいるのですが、これでは笑い話にもなりません。

マスメディアは、ここ一番。収縮経済に指を銜えているのではなく、現状をつぶさに見まわし、基本中の基本。良いものを提供する。つまり、コストを掛けてでも、番組の質を上げ、視聴率を上げる努力が必要だと思います。

放送局だけではありません。新聞広告の減収も目を覆うばかりです。おまけに、購読部数減にも歯止めがききません。新聞社には、蓄えと資産があるようで鷹揚に構えていますが、もう少し焦った方かいいのではないか、と心配です。

秋田の魁新聞。鹿児島の南日本新聞といった有力地方紙が相次いで夕刊を廃止しています。この流れがますます加速、不採算切り捨てで、ローカル新聞は夕刊廃止に雪崩を打つと予想されます。

国民のライフスタイルが変わって来ています。一日に二度。朝夕刊を宅配するビジネスモデルが通用しなくなったんでしょうが、新聞命の私としては、夕刊の廃止に、新聞凋落の現実を突き付けられるようで、寂しい思いです。

そんな折。日経新聞が、2月2日付から夕刊の紙面を「ニュースと生活を見やすく、読みやすく」をキーワードに刷新するとの社告を打ちました。日経の夕刊は18頁が基本で、必要に応じ24頁の日もあります。日経の性格上、世界のマーケット情報は、時差がありますから、夕刊情報の方が新鮮な場合があります。

その必然性が、夕刊紙面の刷新、充実に繋がったんだとは思いますが、全国的に夕刊廃止の傾向に抗う姿勢に、嬉しくなります。是非、夕刊革命を起こして欲しいと期待します。

景気の悪化は、広告費が著しく削減され、マスメディアの経営を圧迫し始めていますが、従来のビジネスモデルを縮小するのではなく、刷新、改革を含め、新しいビジネスモデルを構築して欲しいものです。

それが一朝一夕に出来ないなら、せめて、本道である「番組の向上、記事の内容充実」で、視聴者や読者を唸らせて欲しいものです。

日経新聞夕刊の刷新にエールを送ります。
                                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月22日 06:29 | コメント (0)


シンボル

2009年01月21日

今日のパンよりも明日の夢を食べる。

あなたはどう思われますか?
私は大賛成なんですが。

尾張、美濃地方は、城の多い土地柄です。岐阜市周辺にも、岐阜城をはじめ、加納城(跡)、大桑城(跡)など戦国の世から江戸時代に、兵どもが走り回った痕跡を残しています。

私は、自宅から岐阜城が望め、毎朝合掌します。出張などで、岐阜から出る折、戻る折など、岐阜城を眺め、「良し行くぞ」とか「ただ今戻りました」とか思わず会釈します。

私と岐阜城、何の縁もあるわけではありませんが、物心付いた頃から、岐阜には金華山があって、その頂に岐阜城がでんと構えている。それは私の身体の一部のような存在です。

以前、その岐阜城の屋根瓦の葺き替え工事で、市民が瓦を購入し、頂きまで運ぶ催しがあり、大いに盛り上がった記憶があります。確か、築城450年の記念イベントだったと思います。

お隣ですが、名古屋のシンボルといえば、家康が築城した名古屋城。「伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ。尾張名古屋は城で持つ」と伊勢音頭にも歌われています。

その名古屋城の本丸御殿復元工事が着工されました。総額150億円を投じるそうで、今すぐ必要でない。とか、大不況下で時期が悪すぎるとか、批判の向きもありますが、私は大賛成です。

豪華絢爛な文化は、歴史的には強大な権力が富を集積して築き上げてきました。中国4000年の歴史をみれば明らかです。現代社会は富と権力が一体になることはありませんので、この種の建築物を建設するのは、相当な関係者の熱意が必要です。

元の本丸御殿は安土桃山時代から江戸時代に掛けて造営された近世城郭御殿の傑作で1930年に国宝に指定された歴史もの。45年の名古屋空襲で天守閣とともに焼失したそうです。

それを復元させるというのですから、戦国の世の再現でもあります。気になる予算の出所は、愛知万博の剰余金10億を原資に国と県が3分の2.残りを市民の寄付で賄うと言います。

すでに40億が集まっていると聞きます。権力の主権者である市民が浄財を寄せ合い、地域のシンボルを復元、活性化の起爆剤にする。その発想、何となく重い雰囲気の時代だからこそ、価値があると思います。

17年度の完成だそうですが、寺社仏閣に携わる全国の職人が腕を競うのでしょう。反対には反対の理由があるのでしょうが、「今日のパンよりも明日の夢を食べる」のも一考ではないでしょうか。

日本文化の粋を集めた建築物が、市民のシンボルとして復元されることに、
心より敬意を表すとともに、「尾張名古屋人の心意気に」感服する次第です。

完成がとても楽しみです。
                 Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月21日 06:34 | コメント (0)


教育立市

2009年01月20日

ビジョンと理念が分らない。

これと言いって、話題もない岐阜市ですが、この一月、知事選と市長選のダブル選挙となった。
知事選は任期満了の選挙だが。市長選は、私立大学付属高校誘致の賛否を問う。出直し選挙だ。

結果的には、市長選に対立候補がなく、無投票で現市長が再選された。こんな田舎町。中央の政治でも口を出すと、何かと差しさわりがある。ましてや、市長選挙となると、更にしがらみが複雑に絡み合う。

私としては、市長とも親しい間柄、避けて通りたいのだが、どうしても、腑に落ちない点がある。
岐阜をこよなく愛する立場で、あえて、疑問を投げかけてみたい。

市長は、辞職にあたり、岐阜市を「教育立市」にしたい。それが理解できず私立高校誘致に反対する市議がいる。しかし、大方の市民は誘致に賛成のはずと、出直し選挙で民意を問うと打って出た。

で、私の疑問だが、市長の二期7年間の市政で、何時「教育立市」とビジョンを上げたのか?私には分からない?手元に平成14年に発表された岐阜市の第四次総合計画(四次総)がある。市長一期目につくられたものだ。そこに「教育立市」を目指すとの文字はない。

四次総以降の都市計画マスタープラン全体構想も準備中で、そこにも岐阜市の未来を「教育立市」にするとは何処にも書いてない。むしろ、市民からアイディア募集している状況だ。果たして、辞職までして民意を問う市長の「教育立市」への思いは何時?どこから湧きでたんだろうか?

ちょっと古い話だが、正確さをきすうえで、市長の選挙公約を遡ってみたい。出馬した8年前の政策指針には「生きる能力をはぐくむ教育改革」を掲げているが、項目は4番目。学校の統廃合。徳育の重視。競争原理の導入と当たり障りのない内容で、岐阜市のビジョンとして教育を第一義的に掲げているわけではない。

二期目の選挙で示した政策にも、早期英語教育体験で国際感覚の向上、IT教育、企業家育成など、教育改革の断行で日本一の知恵袋岐阜を目指すとは掲げているが。政策の柱としての順位は三番目、とても岐阜市を「教育立市」に仕立てる構想があったとは思えない。

私の知るところでは、全国で「教育立市」を標ぼうする市は、三市ある。
新潟県の燕市。良寛の慈愛に基づく私塾長善館がベースとなり、平成の合併に合わせ「育成、人を育てる。参画、人を活かす。交流、人が触れ合う。協力、人が助け合う」の四本の柱で「教育立市」を目指している。

青森県の八戸市は、土壌として培われてきた「馬淵川教育」を土台として、教育課題も14項目に亘り整理され。その上に立って、基本構想「夢をはぐくみ、ふれあいの教育」が組み立てられ、基本計画と実施計画をきめ細かく押し進めている。

熊本県の宇土市では市の総合計画そのものが「郷土を愛する心、思いやりの心、豊かな心を持った世界に羽ばたく人を育む」として「教育立市」を目指している。宇土市はそもそも「文教の里」と言われ、熊本県下でも教育に熱心な土地柄だそうだ。

これらの三市は県都でもなく比較的小都市だが、
そこには、教育立市を目指す首長の理念と育まれた土壌の必然性を感じる。

と同時に、そもそも、自治体が掲げる「教育立市」とは、幼児教育。道徳教育。心を育てる生徒指導。開かれた学校づくり。教職員の質の向上。学校保健の充実。

学校設備、社会教育施設の充実。地域家庭の教育。男女共同参画。ボランティア。社会教育と学校教育といった教育課題を根本から議論し、基本構想、基本計画、実行計画を積み上げて、実施するものである。

現市長は二期目。本気で「教育立市」をめざしていたのなら、選挙公約として掲げ市民に訴えるべきであり。それを、市の総合計画に織り込むハズである。私が無知で理解していないのかも知れないが、この7年間、市長の政策や指針にも、「教育立市」の文言はどこにもでてこない。

市長から市の教育課題について、市議会であれ、各種の委員会であれ、市民の集う場所であれ、論じられたことは一度もない。ましてや、市長の口から、先の三市のような教育立市への熱い思いやビジョンが語られたこともない。

にも拘らず、なぜ、私立大学の付属高校誘致の賛否が、岐阜市を「教育立市」にする唯一絶対の選択肢なのか?二期目の任期途中に「教育立市」への基本構想も基本計画も実行計画もなしで、高校誘致のみを争点に、辞職、出直し選挙では、県都の自治体としては無理がある。

私は、誘致に賛成でも反対でもない。が、三月の市議会では、誘致を否定した反対派が多数の状況は変わらない。となると、三月に再びこの問題が再燃することになる。

市長は、なぜ、岐阜市の「教育立市」ビジョンの全体像を示さないのか?
私立大学の付属高校誘致のみを問題にするのか?

それが、私には疑問である。
                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月20日 06:11 | コメント (0)


健康管理

2009年01月19日

やると、決めたことは、必ずやる。

この季節、寒暖の差が激しい。そのせいか、体調を崩す人が多い。
体調管理には、くれぐれも留意したいものです。

特に、風邪。咳、喉のいがいが。鼻水、鼻詰まり。悪寒、高熱など、変調をきたしたら、すぐに、処方しましょう。なんて、書きますと、風邪薬のCMみたいですが、風邪は万病の元、なめてはいけません。

早めの治療が必要です。私の経験では人間の身体は良くできています。如何なる病も突然に発症することはありません。風邪でも、何らかの兆候が現れます。それをかまけて放置しますと、高熱が出たり、鼻炎など風邪の症状になります。

風邪の引き始めに見られる症状を感知したら、忙しいとか、後でとか、先延ばしせずに、すぐに、薬局やドラッグストアーに駆け込み、薬剤師に相談、抗生物質を飲めば、大方、大事に至らず快方に向かいます。

病は気からと申します。気力が充実していれば、風邪など引かぬと豪語する人もいますが、現代社会、風邪の菌は至るところで待ち構えています。気力で防げるものではありません。

しかし、弛緩した精神状態で、無気力な生き方を続け、陰湿な気分で暮らしていますと、風邪の菌にとっては、絶好の住みか。菌に取り憑かれ易くなるのも、また、真実だと思います。

聞くところによりますと、風邪の菌ではなく、インフルエンザウイルスが流行しているそうです。こいつは感染力も強く、一度罹ったら、高熱を発し、2〜3日は動けない状態になり、治療を怠ると死に至る恐ろしいウイルスだそうです。(鳥インフルエンザとは違うようです)

このウイルスに取り憑かれたら、必死の治療を覚悟せねばならない。そうなっては、大事(おおごと)です。で、現代生活をしながら、いかに予防するのか。を、医者仲間に聞いてみました。

その答えは、頻繁に、手を洗い。うがいをせよ。とのこと。答えを聞けば、な〜んだ。そんなことか。と、なりますが、それが、そうはいかない。誰でもできるはず。にも、拘らず、それができない。

やれば、ウイルスの進入を事前に防げ、インフルエンザで苦しむ率が低くなる。それが、分かっていても、やらない。格言う、私も頻繁にやる、と言う意識に至っていない。

頻繁に、「手洗いと、うがい」ができれば、インフルエンザどころか、万病の元、風邪にも罹らなくなる。
こんな、簡単で良いことが、なぜ、できないのか?と、考えてみますと、

やると、決めないことに原因があるようです。まず、良いことだから、やる。と決めることが肝心です。で、決めたら、決めたことは必ずやる。そして、やらなければならないことは先送りしない。との強い意思と行動力があれば、「手洗いと、うがい」はできる。ってことになります。

これって、健康管理の基本中の基本ですが、なぜか、仕事も同じですよね。 
まずは、健康に留意を !!           Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月19日 05:37 | コメント (0)


ハドソン川の奇跡

2009年01月18日

私は車のギアーに数珠を掛けています。

思い出したくもないんですが、忘れえないことが蘇りました。
全身を揺さぶる衝撃。コンクリートと金属の擦り合う耳をつんざく音。

窓に押し寄せる火柱。鼻に突くガソリンの臭い。充満する煙。
阿修羅のような悲鳴、叫び声。パニックに陥った78人。

爆発の危機、衝突大破の不安。何時果てるとも知れない恐怖。死ぬな。と思った。
(時間にして、僅か10秒ほどだったんでしょうが、随分長く感じた)


私が乗り合わせ、花巻空港に墜落、車輪が胴体にめり込み、滑走路を2km近く、炎上暴走し、全焼した日本エアーシステムのDC10の機内の模様です。平成5年4月のことです。

ニューヨーク、ハドソン川に不時着した、米国旅客機の機内も、きっと、そんな有様だったんだと。
ニュースを見ながら、思い出したくもない、あの事故と、その時の不思議な出来事を思い出した。

私が遭遇した事故と、この事故の共通点は、何れも、あわやの大惨事が(多少のけが人は出た)乗客乗員全員が無事だったこと。救助の手がすぐに差し伸べられたこと。何れも奇跡が起こったことです。

私は、なぜ、その時、名古屋空港から岩手県の花巻に向かったのか。それは、知人の葬儀に参列するためでした。その為に数珠を持って行きました。その数珠は、亡き親父殿のもの。

脱出後、葬儀場で、数珠を取り出そうとしたら。その数珠の紐が切れ、数珠は解けてばらばら。おもわず、私は、そのばらけた数珠を握り締め、この奇跡、親父殿が身代わりになってくれたんだと、天を仰いだものです。

最近、腕に数珠を巻いている信心深い人を見かけますが、その効果は抜群だと思います。
私は、その数珠、今も車のギアーに掛けています。

この世には人間などという小さなものでは、計り知れない大きな力があるのだ、と、
「ハドソン川の奇跡」に、忘れえぬ思い出が蘇りました。
                                    Goto
P1020224.JPG

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月18日 07:27 | コメント (1)


給付金、その2

2009年01月17日

まだ、間に合う。

2兆円を全国民にばら撒く天下の愚策「定額給付金」。
この愚策を実施しようと提案したのは誰なのか?与党の政治家は誰もが知っている.。
しかし、彼らの口からは、誰もそれを言わない。

なぜか?選挙で票が欲しいからである。猿は木から落ちても猿だが、政治家は落選すればただの人。票がなければ当選しないのだから、欲しいのは分かる。

政治とは、なんなのか?時代とともに変わるのだが、有史以来、いかな圧政の時代でも、死を賭して反旗を翻す、憂国の士が、内部から現れ、時代は移り変わってきた。

もう一度言う。不況の度、政府が国民に金をばら撒いて、国民が喜ぶと思っているのか。それが政治なんだろうか?もらえるものはもらう。後ろを向いて舌をぺろっと出すそんな陰湿な国民を増やしてどうするつもりか。

自分さえ、議員に当選すれば良いのか。こんなバラマキをやれば、何事においても、不平、不満を言えば、政府が何とかしてくれる。と、お上に頼る自立心のない、独立心のない国民になってしまう。

それで良いのか。独立自尊の精神がない人間は、人に阿(おも)ね。善悪の区別が付かなくなる。日本人をそんな下劣な民族するために、与党の議員は政治家をやっているのか。情けない。

文科省の試算では、大規模地震による倒壊の危険性が高い小中学校一万校すべてに、耐震工事を実施しても、1兆円でお釣りが来ると言うではないか。地方自治体の財政難で耐震化が遅れている高校にも予算を計上できる。そうすれば、裾野の広い建築業への経済波及効果も高い、雇用の確保にもなるではないか。

そんなことも分からないで、いや、分かっていても、そうできないで、何が政治家ぞ。何が保守政党ぞ。
政権政党の矜持としても、下野を覚悟で、天下の愚策を撤回せよ。

経済危機は風雲急を告げているが、教育現場の安全確保に2兆円使うと言うならば、日本人は意地でも耐える。まだ、間に合う。この危急存亡の危機こそ、日本人の独立自尊の精神を養おうではないか。
                                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月17日 07:02 | コメント (0)


給付金、その1

2009年01月16日

さもしい国民を仕立てて、この国はどこに向かっているのか?

大相撲の新大関、日馬富士が、五日目で何とか片目が開いた。
まずは一安心。心置きなく、定額給付金について述べてみたい。(笑い)

二次補正予算が衆院を通過した。疲弊する地方経済、今や遅しと救いを待つ。早期の実施を望む。
しかし、参院での審議は始まらない。ねじれ国会である以上。この補正、速くて2月中旬。国会審議のの状況では、三月中旬になるらしい。

やれやれ。天下の愚策「定額給付金」2兆円を切り離せば、即刻、執行されるのに。
そうなれば、多くの国民が見殺しされずに済む。と思うと、政治の無能が腹立たしい。

本当に、これで良いのか?なぜ、こんなことになっているのか?ここは良く考えるべきだ。

20日、オバマ新大統領の就任式がある。その際、彼が如何なる演説をするか。

米国史に残る大統領の演説。ケネディは「国が何をしてくれるかよりも、国に何をすべきか」と国民に問い。リンカーンは「人民による人民のための政治を」と理念を語った。果たしてオバマは?

ひょっとしたら、彼の演説で、世界の風向きが、変わるかもしれない。
そんな米国の新指令塔に期待を込めて、とても楽しみだ。

それに引き換え、日本人はすぐに忘れてしまうが。我が?麻生首相の就任演説、思い起こして欲しい。(まだ三ヶ月前の話だ)「私は決断した。堂々と私と自民党の政策を民主党小沢代表にぶつけ、その賛否をただした上で国民に信を問おう」

「小沢よ、堂々の戦いをしようではないか。公約の正しさを二大政党が正面から競い、選挙後に国会で知恵を集約して国民的な合意を達成すること。言い換えれば政党政治と日本社会の再生を目指すことこそ、我々政治家に課せられた最大の共通の責務だ」と雄たけびを上げた。

それなりの演説だと思ったが。どこでどうなった?国民のための二大政党時代を築こうと訴えた理念。
景気対策の名の下に、霧散した。それもでたらめな。

総選挙を早く、やれ。とは言わないが。
せめて、国民に「定額給付金」の名目で「金」をばら撒くのは止めて欲しい。

なぜなら、国民を「さもしく」させるからである。想像して欲しい。屋根の上から、集まる大衆に金をばら撒く、それを我先にと拾う。見苦しい風景ではないか。それをさもしいと言う。

お金は労働の対価。働かざるもの食うべからず。働きもしないで、天から金が降ってくるのを心の片隅で待ち受ける。そんな「品性が下劣な国民」を仕立てて、この国は何処へ行こうとしているのか。

オバマの演説を聞いてはいないが、我彼の差に落胆する前に、
理念なき指導者を選んでいる不明を恥じねばなるまい。

なんと、司令塔さえ不在の、さもしい国家に成り下がろうとしているのか。 
                                      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月16日 05:27 | コメント (0)


日馬富士

2009年01月15日

感違いが負けを呼び込んでいる。

定額給付金の問題を書こうと思いましたが、国会が空転中、慌てる必要もないか?
どうせ、こちとら、頭にきてるんだ、書きたいことは山ほどある。一度や二度では済まない。その前に、大相撲だ。

初場所序盤戦が終わりました。(もう一日ありますが)

朝青龍は強運の持ち主ですね。四連勝に敬意を表しますが、優勝は難しそう。
もう一度稽古をやり直して、春場所はファンの期待を裏切らない横綱相撲をお願いしたいものです。
(大ファンとして、素質だけの相撲では横綱として、みっともない)

新大関日馬富士が四連敗。なぜ、勝てないのか?
ちょっぴり可哀そうになりましたので私なりのエールを。

地位は人を創ると申します。相撲界で大関は最高峰の地位です。
角界入りした新弟子が目指すのは、横綱は別格で、まず関取を目指します。

それが十枚目と言われる十両です。そして、幕内、三役に昇進し、最後に挑むのは大関です。
大関という地位は、角界を背負う立場で、負け越しても陥落しません。(三場所連続負け越すと関脇に落ちますが、その場所で十勝すればカムバックします)会社でいえば、役員。経営陣です。

日馬富士(はるまふじ)が勝てない理由は、自分のイメージで役員像を作っていたことに原因があります。つまり、彼は、「自分の中にある大関とは」(たぶん、入門時に、師匠か、先輩に教わったんでしょう)を実践しようとしているのです。

しかし、如何せん、軽量です。小兵の相撲取りです。役員としての、大関としての相撲を取るだけの体力と素質はありません。むしろ、努力と技とスピードと粘りと根性で、ここまで上って来たのです。

それを、役員になったから、イメージ通りの大関でなければと、勘違いしているのです。だから、初日から、本来のトリッキーな相撲を忘れ、堂々と受けて立つ、大関相撲(大相撲)で、勝とうとしてます。

彼の目標は、先代貴乃花と聞きました。自分とダブらせているのでしょう。彼も小兵でしたが、一度も「まった」しない成功法の大関相撲を取った力士でした。しかし、貴乃花の相撲には随分ハラハラ、ドキドキさせられたものです。(それが魅力でしたが)

日馬富士もそうなりたいんでしょう。しかし、それは無理です。貴乃花は、生まれた時から相撲取りです。大関になるまでの苦渋は並大抵のものではありませんでした。大関になってからも、役員だなどと思ったことは、一度もなかったでしょう。苦労の度合が違います。

地位は人を創ると言います。日馬富士も立派な大関になると思います。しかし、それは、勿論、大関に成り立ての今場所ではありません。まだまだ、先です。

そうなるには、大関としての自覚は必要ですが、まだまだ、安馬でなければなりません。彼の信条であった、頭を下げて前みつを取り、動き回って、相手の焦りを誘い、かろうじて勝つ、アクロバット相撲に戻るべきです。

結構、責任感が強いんでしょうが、大関に成ったからといって、人は地位を創りません。
世の中には地位と実力がマッチしてない輩がいますが、感違いせずに頑張って欲しいと思います。

四連敗は、名大関になるための試練です。
驕らずに、腐らずに、自分本来の相撲で勝負して下さい。

頑張れ!新役員(いや新大関)、日馬富士!!。
                    Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月15日 06:38 | コメント (0)


冬山

2009年01月14日

金華山の凛とした雪景色に思う。

この地方、この冬、一番の雪になった。岐阜市内も7cmの積雪。

故郷の山並み、木立が葉を落し、北風に身を縮め、じ〜と春を待つ。冬山は眠ると言う。
間断なく降りしきる雪が、樹木に纏わり付き、氷の花を咲かせ、静かに佇む。

この寒波に耐えてこそ、芽を吹き笑う春山を迎えることができる。葉を茂らせ羽ばたく滴るような夏山と出会い。実に溢れ辺りを粧う秋山が訪れる。

私は山国、岐阜に生まれ育った。温暖化が原因なのか?枯れ木が目立ち、荒れる山の姿を眺め、心を痛める一人。それでも、凛として、自然の過酷な仕打ちに耐えて眠る故郷の冬山に感謝する。

海にも景色はあるのだろうか?私は山の四季を、笑う、滴る、粧う、眠ると表現するが、海の季節の景色を何んと表すんだろう。日本海の荒波と、のたりと感じる瀬戸内等と、それぞれに違うのだろうか。

時、期せずして日本の二大新聞。読売新聞は創刊135周年記念の一環として、新時代の景観を選定する「平成百景」コンテストの掲載を始めた。

朝日新聞は山田洋次監督の選で人と自然、あふれる物語(創刊130周年記念事業・森林文化協会創立記念事業)「にほんの里100選」を掲載した。

古代より、この国は、西洋から「黄金の国ジャパング」といわれた美しい国。現代も尚、こんな美しいところが残っているのかと、紙面を飾る写真に感動させられつつ、なぜ、今年のこの時期に、日本の景観の企画なのかと、訝しく思うが。

景気の悪化は、ややもすると、人は皆、自分の足元を見つめるに精一杯で、周りの自然や風景に目が行く余裕がなくなる。そんな時、チョッピリ肩の力を抜いて、目線を上げれば、そこには、故郷の山河が、季節の装いを凝らし、私たちを静かに受け入れる。

殺伐とした時代だからこそ、この国の美しい自然や風景を眺めて、心を落ち着けろ、との、示唆であるとするならば、それは、新聞の凛とした矜持。まるで樹氷を咲かせる冬山のようだと思う。

雪化粧して、我が街の中心に凛と構える金華山に、頭を垂れ、合掌す。
                                      Goto

P1020218.JPG P1020221.JPG P1020222.JPG
                     読売新聞<平成百景>     朝日新聞<にほんの里100選>

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月14日 06:32 | コメント (0)


緊急提案

2009年01月13日

中小企業を守ることが雇用だ。

高校サッカーの決勝。実にいい試合でした。鹿児島と広島。地方のチーム同士、爽やかなプレーに、感動しながら、我々大人は、この子達のために、何が出来るのか。を考えつつ観戦しました。

どうも議論が噛み合わない。経済危機への為政者たちの対応にイライラします。
大企業が派遣社員を大量に解雇。その問題に対するマスコミ報道に振り回される政治家にです。

マスコミの論調は、この間、この間とは「戦後最長のいざなぎ景気」のことです。大企業は非正規の労働者を物として扱う。内部留保を増やしたにも拘らず、不況風が吹けば派遣社員を解雇する。

それは、許されない。内部留保を吐き出して雇用を守れ。派遣を正規雇用せよ。と、まるで、大企業に対する魔女狩りです。誰も言わないのであえて、田舎のおっさんが言います。この論調、ピントが外れてませんか?

1、大企業への派遣社員。法的ルールの適用の範疇にいます。中途で解雇され寮を追われるのもルールの内です。大半は派遣会社が失業保険も年金にも加入しています。それなりに保障されています。

2、彼らは大企業の製造業に派遣されていたことに、なんの矛盾も問題も感じていなかったはずです。むしろ、その待遇と処遇に満足して、人生設計してたはずです。それを自己責任と言わずして何んというのでしょうか?

3、また、大企業が内部留保を増やすのが悪いことなんでしょうか?むしろ歓迎すべきことではないでしょうか。企業とは、本来、内部留保を増やし、その資金で事業拡大のための投資をする。そして、更に利潤を上げるものです。

4、株主に対する配当が多いとの批判も理解できません。日本企業の株の60%以上を外国の投資家が握っている。なぜ、日本人は自国の企業の株を買わないのでしょうか?株式会社が株主を無視することは考えられないことです。

5、この急激な景気悪化に即応する大企業を批判しても意味のないことです。
むしろ、為政者は、企業防衛の立場で緊急施策を講じる大企業の迅速さを見習うべきです。

政治家こそ、マスコミ論調に踊らず、現場を直視すべきではないでしょうか。
(昨年末に、第二次補正予算を見送った政府の責任は万死に値します。このままでは三月まで成立しません。地方に死者がでます。)

1、雇用問題での緊急課題は、中小零細企業の雇用維持です。企業そのものに力がないのですから、不況の波で立ち行かなくなってます。そうなれば、何の保障もなく世の中に放りだされます。その物言わぬ、労働者を救う手立ての施策を強化すべきです。その対策こそ急務です。

2、合わせて、中小企業の雇用に圧倒的に多いパート社員に対する議論がまったくない。不況が長引けば、中小企業は、パート社員も正規社員も解雇します。すでに、そこまで状況は悪化しています。

それを、止めるにはどうしたらよいのか?

1、為政者たちはマスコミの論調に引きずられて、ワークシエアリングの議論を、さも最もらしく始めた。これもピンボケ。机上論です。収益が確保できるかどうかの状態で、労働分配の細分化の話など、論外と言わねばならない。何処を見ての議論なんでしょうか?大企業なんでしょうね。

2、日本は社会主義の国でも、社会民主主義の国でもありません。(私は社民派ですが)資本主義の国です。企業の労働分配率を高めるのは、経営者の判断であって、マスコミや政治家がとやかく言う権利はありません。

3、労働者の雇用を守るのは、景気回復によって、雇用を創出する以外にないのです。
マスコミが主張すべきは、景気回復のために何を成すべきかを論じるべきです。ワークシエアリングを強調するのは、この時期、このタイミングではない。

4、その施策に知恵が見つからなければ、子や孫に借金を押し付ける国債の大量発行を論じるべきです。国債発行によって急場をしのぎ、将来に可能性を秘めた事業や産業へ、不公平は覚悟の上で、資金を集中すべきです。(それは怖くて言えない様だが。それがマスコミの限界です)

なぜ、先の参院選挙で自民は惨敗したのか。

1、残念ながら、マスコミも、その論調に迎合する政治家も、派遣社員と大企業に目を奪われ、
地方経済がいかに深刻な状態にあるかをまったく理解していない。

2、彼らは、東京でしか物を見ていない。あの「いざなぎ景気」そのものが、地方には無縁であったことすら、すっかり忘れている。あの参院選挙。地方区で自民党がなぜ2勝しかできなかったのか?が分かっていない。

3、「いななぎ景気」は外需産業が順調であった好況。すでに内需は悪化して、5年以上経過している。地方経済は、この不況以前に、疲弊してしまっている。だから、自民党は参院選で大負けしたんではないか。地方には、その上に、この大不況が襲ってるんです。

4、マスコミや政治家が歩調を合わせれば、大企業は如何なる対応もするでしょう。しかし、地方を支える中小零細企業の生き残りとは無縁です。彼らは地方に目を向けていません。それが、議論が噛み合わない、イライラの原因です。

そこで、おっさんの緊急提案です。

政府は。いや政治家とマスコミは、あの10年前の金融危機の際に中小企業支援で実施した政策を踏襲せよとの論陣を張れ。地域の信用保証協会(※)を通じて、中小企業への資金貸し出し枠を、緩和せよの声を挙げよ。そうすれば、中小零細企業は生き延びることができ、内需拡大にも繋がる。更には、解雇され派遣社員の受け皿にもなれる。

この施策の強化実施以外に、地方を守り、雇用を守る道はない。

高校サッカー決勝。直向な選手諸君のプレーを観戦して、
この子達のために、大人がしっかりせねばと・・・・・思いつつ。

深々と降る雪に身震いしながら書いてましたら、今朝のブログ、長くなりました。
                                     Goto

※ 信用保証協会とは、総理大臣、経済産業大臣の監督下にあり、信用力、担保力不足で一般の金融機関の貸し出し対象となりにくく、資金調達に困っている中小企業の借り入れ債務を保証するのを目的とする。

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月13日 05:49 | コメント (1)


ソフトバレーボール

2009年01月12日

地域住民の福祉と地域の活性化のために

昨日は、小雪が舞い、底冷えする一日、今朝は岐阜市内も積雪3cm。
この冬一番の冷え込みに、人工股関節の手術以降、寒さが苦手な私としては、堪えます。

しかし、こんな日こそ、スポーツで身体を鍛える必要があるんでしょう。

昨日、我社の生活情報誌「かにさん倶楽部」(岐阜県、美濃加茂市、可児市。56200部発行)の冠が付いた「第三回、かにさんくらぶ杯ソフトバレーボール交流会」が美濃加茂市の体育館で盛大に開催されました。

可児支局「かにさんくらぶ」チームも参加。応援を兼ね、顔を出させてもらいました。

激寒の中。大会運営にご尽力頂いた関係各位に心より敬意を表すとともに、可児支局のスタッフが甲斐甲斐しくお世話をさせていただく姿に触れ、改めて感謝する次第です。ご苦労様でした。

先月の社内報(一面)にも掲載しましたが、我社の発行する生活情報誌は地域密着を標榜し、地域に根ざした「CSR」(企業の社会的責任)に取り組んでいます。この交流会も、その一貫です。

私は知りませんでしたが、ソフトバレーボールは全国組織の連盟が発足して10年。今年の四月から、サッカーやバスケットと並んで小学校の新学習指導要項に加えらたそうです。

正式なバレーボールと違い、比較的簡易で、手軽に楽しめ、健康づくりに、生涯スポーツとして大いに普及しそうです。それに、4人でチームが組まれ老若男女を問わず参加できますので、小学校の授業に取り入れられれば、裾野が広がり、国民的なスポーツになりそうです。

家族、職場、地域、同級生など様々なチームが競い合えば、希薄になりつつある人間関係や地域社会のコミュニケーションツールにもなりそうです。

午前9時から始まった大会。六面のコートを使い、各6チームずつが総当りで、一位を決める。その一位の6チームが・・・・・・。と思いきや。それ以上はやらない。「なぜなの?」とお聞きしますと、

交流会であって、競技会ではないとのこと。あくまでも「地域住民の福祉と地域の活性化に寄与する」のが目的だとのこと。

であれば、尚更、激寒の中、運営に携わっておられる関係各位に敬意を表さねばならない。そして、お世話をさせて頂きながら、競技にも参加した可児支局のスタッフに、感謝せねばならない。

ご苦労様です。ありがとうございます。

次回は私もプレーさせて頂こうかな???
え〜。ソフトでも、オマエには無理ですって!!!!「う〜む」
                               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月12日 07:22 | コメント (0)


ガンドラ!!

2009年01月11日

今シーズン、ドラゴンズ完全優勝への五つの理由。

シーズンには、まだ間があるが、自主トレが始まり、
ドラゴンズファンとしては、お尻がむずむずしてきた。

悪友に巨人ファンがいる。彼の口癖は「巨人が優勝しなければ日本の景気は良くならない」だ。
「巨人、優勝の途端、この大不況は何だ!」と私。「西武の優勝(日本一)では、景気は良くならん」と彼。

「何を言ってる。一昨年も巨人がリーグ優勝した。その時は、我がドラゴンズにクライマックスシリーズで負けた。その時、いざなぎ景気が続いているのは、巨人のリーグ優勝のお陰って、言ってたじゃないか」と私。

「そんなこと言ったか?巨人が日本一にならなきゃ。景気は良くならん」と彼。憎ったらしい奴だ。だから巨人ファンは嫌いなんだ。読売新聞の某氏と同じ。自分勝手。地球は自分中心に動いてると思ってやがる。

今年こそは、巨人を叩いて、セリーグも日本シリーズも我がドラゴンズが完全優勝で不況克服だ。

我がドラゴンズ完全優勝間違いなしの理由。

まずは、我が落合監督が三年契約した。これが一番大きい。忘れちゃいけねぇ。04年、最初に就任した年(三年契約)は補強「一切なし」で、いきなりリーグ優勝だぜ。今年は、ウッズの抜けた後の補強はしない。同じ状態だ。

川上と中村がFA宣言で出たが。川上は福留同様大リーグでやりたいんだろうが。松坂とは違う。藪のようにならなければと。心配。中村はドラゴンズに拾ってもらった恩を忘れちゃいけねぇ〜よ。楽天で頑張って欲しい。

エースとムードメーカーが抜けても、それでも補強しない落合監督の腹は、今の戦力で十二分に優勝できると思ってるからだ。それが、04年を彷彿させるね。

去年の三位の理由は、オリンピックで主力を5人欠いたこと。残念だが、そのチャンスに準レギュラーの台頭がなかった。監督は後半戦の戦い方を今シーズンの優勝に切り替えたね。その成果が今シーズンに生きてくるのが二番目の理由。

それと、マサ(山本)に200勝上げさせてやりたかったからね。そこに的を絞った。それに主力選手が監督を見直したね。さすが酸いも甘いも噛みしめ勝負に生きる落合監督だと。それが三番目。

豊田(元西鉄)さんが最近の野球はセオリー、分割、管理で人間味がない。と日経に書いてたが、今年のドラゴンズは、4番とエースが不在。面白い落合マジックが炸裂する。ワクワクするが。これが優勝する四番目の理由。

レギュラーポジションを固定せずに、全選手にチャンスを与える。その中から、プロ根性を身に纏った奴を順次使う。若手がプロに育つのと優勝に近づくのが同時って寸法のシーズンだね。ばっちり、計算できてるよ。

WBCに中日の選手が行かない。って言ったのは、プロとしての成長の一歩だよ。それが五番目。
オリンピック。ロッテのG某とか、横浜の村某とか、阪神の中某とか、選手生命を失ったよ。

それに、監督が原坊やでは、いくらイチローや松坂が頑張っても、世界の強豪相手では采配不足だね。
我らが落合監督がWBCの代表監督なら、世界一間違いなしだが。(野村楽天監督もそう言ってた)

以上、五つの理由で、今年のプロ野球はリーグ優勝も日本一も我らがドラゴンズに決まり。
ガンドラ!!!頑張れ!ドラゴンズ!

「何っだて??」。かの巨人ファンの悪友「オマエ去年もそう言ってなかったか?それを贔屓の引き倒しって言うんだ」「へ〜オマエだけには言われたくないよ」 

そういえば、敗戦からの復興に一役かったのは、プロ野球の熱い戦いでしたよね。                                                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月11日 05:53 | コメント (0)


賢兄愚弟

2009年01月10日

民間でできるものは民間に。

私は兄弟がいません。還暦を過ぎてこんな風に言うのも、照れくさいですが、
時代的には戦後の高度成長に使われた言葉、「一人っ子のカギっ子」って奴です。

親父殿が新聞記者、母親がパート(縫製の内職)で集合住宅に暮らす。
普通は子供二人何でしょうが我が家は一人。戦後の典型的なサラリーマン家庭です。

一人っ子のせいなんでしょうか。岐阜から動かないせいもあるかもしれませんが。兄弟の味こそ知りませんが。ガキの頃からの友人をはじめ、多くの仲間たちと、兄弟以上の付き合いをしています。

そのお蔭で、兄弟が居たらとか、欲しいとか思ったことはありません。
しかし、三人の子供に恵まれ、姉弟、それぞれ、微妙な距離の中で、個性を伸ばし、切磋琢磨、成長するのを眺め、兄弟とはそう言うものかと、子供たちに教わっています。

同じ両親、同じ家庭に育っても、クローンじゃないんですから、性格や考え方、生き方など違って当り前なんでしょうが。

同じ職業に付き、それも政治家。これほどまで違いますと、兄弟なんだから、どこかで、擦り合わせや、忠告、意見交換ぐらいは出来ないものかと、要職にある弟の無分別さにもどかしく思います。

民営化された郵政。その代表的な赤字事業である「かんぽの宿」(客としてはリーズナブルな料金は魅力的ですが)このまま日本郵政が運営すれば年間50億円以上の赤字垂れ流しだそうです。

郵政民営化関連法では2012年9月末までに譲渡もしくは廃止が決められています。
日本郵政は法案に従い、71施設一括売却を目指し08年4月に公募を開始。27社が応募。競争入札の結果。

1、全施設を一括で。2、正社員全員の雇用維持。3、一年間は全施設を現状のまま運営する。との条件付きで109億円。オリックスに譲渡が決まりました。なんの問題もないハズです。

それを、鳩山総務大臣。郵政民営化は大胆に見直すべき。小泉構造改革路線には反対だ。おまけに、小泉改革路線を支えた人物がオリックスの会長では、「国民からみれば出来レース」だと、この譲渡を「許可しないこともありうる」と発言。

なんで?小泉政権は自民党の政権ではなかったのか?郵政民営化はどこの政党が決めたのか?競争入札そのものを否定するのか?支離滅裂な発言としか言いようがない。

これでは、思い付きの暴言。自分の立場を守ることしか考えていない。インチキ政治家と言わねばならない。こんな人に総務大臣を任せていいのでしょうか?聞くところによりますと、野党が「この問題を問題にする」と聞きつけ、慌てて、発言したとか。

この人には、政治信条とか?信念とかあるんでしょうか?呆れてしまいます。
まさか、兄である民主党の鳩山幹事長に意見され、宗旨替えしたわけでもないと思いますが。

別にオリックスの肩を持つわけではありません。
では、どうするんですか?自分達で決めた法案を無視して、どうするつもりですか?赤字を垂れ流し続けるんですか?それも、税金で補てんするんですか?

これが総務相では、政府が、政府の体をなしていない。

一昔前。共産党には上田、不破。自民党には岸、佐藤。兄弟で政治を担った先輩がいますが
鳩山兄弟。兄の総理大臣の目も出てきました。兄貴は大丈夫だと思いますが。

この賢兄愚弟。少なくとも市井と比べれば、名門鳩山家、想像も付かないほど優雅な生い立ちだったと思いますが、どんな風に育てれば、自分勝手な政治家になれるのか、一度ご教授願いたいものです。
                                       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月10日 07:19 | コメント (0)


初場所

2009年01月09日

リーダーが元気出さなくっちゃね。

御存知ですか?顔色と肌の艶で勝負が分る闘いが三つあるのを。

一つは競馬。マニュアは馬体の色艶を見れば、この馬は調子が良さそう。とか、
調教に失敗したとか、分かるそうです。(私は競馬をやりませんが)

二つめは選挙。候補者は選挙戦が始まり、雲行きが怪しくなりますと、とたんに顔色が悪くなり、勝てると思うと、血色がよくなります。肌で戦況が分かってしまうんですね。

三つ目が、相撲。この日曜から、いよいよ、初場所です。
無類の相撲好きとしては、不祥事をぶっ飛ばす、大相撲が観たいものです。

今年は、久しぶりに名古屋場所を覗こうかと思っています。本場所の桟敷で、仕切りを重ねるうちに、気合いが入ってきて、力士の肌がピンクから赤く染まって来ますと、それは、それは迫力があります。

そんな折、肌に張りと艶がない力士は、土俵に上がった瞬間、勝つ気がしませんね。
大体は負けます。気力が肌の艶にも現れるんでしょう。

政治家と馬と力士(一緒にするのは失礼かも)は肌の色艶で勝負が分かるのは、本当だと思います。

初場所の楽しみは、朝青龍の活躍です。横綱総見では、白鵬に完敗でしたが、彼は、やってくれます。優勝を賭けた大一番を千秋楽の結びで。白鵬をねじ伏せ(難しそうですが)ファンを喜ばして欲しいものです。

それにしても、新大関「安馬」改め日馬富士(はるまふじ)。まだ、馴染んでないせいもありますが、なんとも読みにくい四股名ですね。どう読んでも、「ひまふじ」「にちばふじ」としか。漢字の読み方を知らない私と首相が恥ずかしいんでしょうね。

両横綱の評価。白鵬は協会のことをよく考えて発言している。
朝青龍は稽古不足で自信喪失、衰えているわけじゃないが心配だ。

去年は不祥事続きの角界だったが、厳しい上下関係を含めて礼儀作法を徹底しなければ、相撲という伝統文化は守れない。師匠が細かく厳しくと言う親心を持つべきだ。

とは、騒動の渦中に理事長に就任した武蔵川理事長の初場所に当たっての弁。
テレビで見ただけですが、顔の色艶もギンギラ、理事長としてのオーラを感じました。

今年の相撲界はリーダーがしっかりしてますから、再興が可能と期待してます。

そういえば、テレビ(液晶だとびっくりするくらい顔の色とか、シミまで分ります)でしか分りませんが、
この処の、麻生首相、急にしわが増え、顔色もさえませんね。

そんなこっちゃ、初陣(総選挙)で負けますよ・・・・・・・・・・・。
                 Got

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月09日 05:57 | コメント (0)


おいおい

2009年01月08日

格付会社って、何ですかね?

ちょっと、ちょっと。年が変わってから、ブログ、難しすぎるんじゃないか。おまけに長いし。
それに下手な文章で、話題が政治や経済、これじゃ〜読んでやらんよ。と、批判されると。

そこはそこ。天の邪鬼(じゃく)。それならば、もっと難しい問題に触れてやれ。と熱くなるところが、
まだ、若いのかも知れません。

この不況。どこに端を発したかといえば、耳にタコができるほど聞かされるサブプライムローン(何度聞いても良く理解できない)が原因だとか。最近では、田舎のおっさんまで枕詞にしている(笑っちゃう。)

分らない私の認識では、金融商品あれこれを「袋」(パッケージ)に詰め、アメリカの投資会社が、「この袋には金銀小判がざっくざく」。「儲かりまっせい」とばかりに、世界中の金融機関に売りさばいた。

その時の殺し文句が二つ。「必ず値上がりしますから心配無用」。もう一つは「各付会社が、袋の中身を扱っている金融機関はどれも、高く格付けされてますから安心です」。と。

その中の商品の一つが、とんでもない粗悪品。それがサブプライムローン。だと理解しています。
福袋に廃棄物が入れてあったような話です。その結果、袋はインチキだってことになり、金融危機。

私の理解が間違ってましたら、どなたか教えて下さい。

で、私は、この責任の一端は「金融工学」(?)を駆使して、あなたは(企業)トリプルAだとか、BBB−だとか(格付けとは、地位や価値、資格などによって物や人を分類し段階を付けること)、それなりに理屈と理論をこねまわし、企業を「格付」した、格付会社に有ると思えて仕方がない。

金融商品の販売に都合のよい格付けをして、「格付会社の評価では・・・・」とやったら。どうしようもないですね。十年ほど前の日本の金融危機の時、アメリカの格付会社が日本をCCCと国別では、後進国よりも低いランクを付けたことがありました。

その時。そんな馬鹿な事があるか。世界に冠たる先進国、世界第二位の経済大国が、なんで、最低ランクなんだと、訝(いぶか)しく思ったものです。

最近、日本の各付会社(株式会社格付投資情報センター)が、愛知県を始め6県と神戸市の格付けを発表しました。愛知、埼玉、栃木、静岡がAA+。岡山、徳島、神戸がAAだそうです。(なんとなく良さそうですね)

しからば、我が岐阜県?岐阜市?と問えば、依頼がないから格付けしていません。と、つれない。
では、7自治体は何のために格付会社に依頼したのか?地方債を購入してもらう為。

それも、分らないわけではありませんが、地方の借金は200兆円を超してます。愛知県の税減収拡大規模は過去最大(愛知県知事。理解に苦しむ発言をする人ですが)、21年度の予算が組めない状況だとのこと。それがAA+。おいおい、この格付け、どうなっているんでしょうかね?

果たして、自治体に格付けが必要なのか?格付け出来るものなのか?

素人には地方債はなじみが薄い。分らなくても良いと言われれば、そうでしょうが?廃棄物(サブプライムローン)を袋に入れて世界に販売。そのお先棒を担いだのが、格付会社。

その結果が、この不況。
またぞろ、格付神話に踊らされて、地方債を買う金融機関があるとすれば・・・・・。自治体はありがたいのでしょうが?なんでも、格付すれば、良いってものでも、あるまいに。

と思うのは、天の邪鬼なんでしょうかね〜。
この日本の格付会社のルーツは日経新聞。もう少し格付けについて丁寧な記事を書いて欲しいものです。
                       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月08日 05:58 | コメント (0)


白か黒か

2009年01月07日

国会の論戦が始まりましたが?

新年早々から、政治の話も「何ですが」、頂いた年賀状にも、年明けの新聞紙面でも、
右も左も「厳しい」「大変」な年になるとの悲観論が渦巻いています。

小なりといえ、経営の第一線に立つ者の一人として、08年の夏までと、金融危機が露呈した10月以降の景気と、僅か半年余りでのこの落差。まさに天国と地獄。良くもま〜。こんなに激変するものかと、半場、あきれ気味です。

私の性格からして、白か黒か?と物事を割り切るのは分りやすくて好きですが、ダメだと思えば(メディアの論調にも疑問ですが)すぐにも奈落の底に落ちた気分になり、国中が右往左往するのは如何なものか?もう少し冷静になれないものかと・・・・・。

これを解決しなければならないのは、まずは、政治の力です。

今年は、総選挙の年です。政治の力を選択できる年です。(ずいぶん、そう叫んで来ましたが)
それには、政党を選ぶ基準を整理して、選びやすくして欲しいものです。

昨日の毎日新聞、次期衆院選立候補者の思想信条アンケート調査が掲載されていました。東西冷戦が終焉、日本でも55年体制が崩壊。イデオロギーの対決がなくなったからなのでしょうか。そのデータでは、選択が難しいとの結果が出ています。

憲法9条改正や集団自衛権行使を禁じた憲法解釈の見直しなどの防衛の問題や外交スタンスでは、自民、民主いずれの所属候補者も一元化されておらず、政党の境界の曖昧さが目立ちます。

また、財政再建と景気対策のいずれを優先するかとの経済政策の調査でも、
財政再建優先派と景気対策優先派が両党に混在し、バラバラな状態です。

日本の選挙制度は、小選挙区では人を選び。比例区では政党を選ぶ。中途半端な選挙制度です。選ぶ側は政党が掲げるマニュフエストで判断するしか手段がないのでしょうが?二大政党を構成する個々人の思想信条がバラバラでは、選ぶに無理があります。

例えば、私は、護憲派で、アジア重視派で、景気対策派で。構造改革推進派です。こんな私の選ぶ政党はどこなんでしょうか?考えに近い候補者が私の選挙区にいるのでしょうか?

せめても、外交、防衛など、国の根幹に関わる部分は、同じ政党の候補者は、同じ方向を向いててもらわないと。政党でタガをはめて欲しいです。でないと、判断はとても難しいです。その上で、あとは、プライオリティで、政策を論じてもらうようにすればよいがと思います。

選挙は選択です。政治家の政策の液状化は自由ですが、二大政党時代です。何でも、白か黒かとは言いませんが、自民と民主のどこが、違うのかぐらいは、国民に分かるようにして欲しいと思います。

政界のやんちゃ坊主。渡辺善美元行革相が「総選挙を早くやれ」と自由民主党から飛び出す勢いです。それも認める自由民主党は、おおらかな政党ですが、国民から見ると多様すぎて良く分らない政党でもあります。この際です。民主を切り離して、自由党と。党名を変更してはどうでしょうか?

自由民主党対民主党でなく、自由党対民主党にするだけでも、国民には分かりやすい選択の基準になると思います。そうして頂けませんか。何でしたら、アメリカ追従派が自民党には多いようですから、共和党に改名して頂いた方が更に良いとも思います。

それにしても、下にぶれすぎる景気。政治の力が必要です。空虚な論戦を国会でするよりも、総選挙を実施して、国民に向い政党の思想信条と政策を堂々と訴えて欲しいものです。

白か黒かは国民が選択しますから。
                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月07日 05:36 | コメント (0)


覚悟

2009年01月06日

「当たり前のことを当たり前に」やり抜く。

仕事がスタートしました。
社内向けですが、新年の決意と抱負を述べましたので、整理して報告します。

1、09不況は、日本経済が収縮するのですから、如何なる業界、業種もサバイバルゲームに突入します。  
  我社は、昨年より一段とぜい肉をそぎ落とし、筋肉体質で新年に立ち向かいます。

2、広告業界は、その荒波をいち早く受ける業種です。そのことを自覚しなければなりません。
  そうなれば、広告予算が削減されます。縮む広告市場に挑むには以下の覚悟が必要です。

  昨年来より提案型企業目指して準備してきました。中広ならではの提案とコストパフォーマンスで
  勝負する覚悟が必要です。それには、プロとして己をピカピカに磨き上げること。

  業界のぬるま湯に浸っていては、生き残る場所はありません。費用対効果が極限まで追求される
  「レスポンス主義時代」となります。効果がない。成果の上がらない仕事では対価が頂けないことを
  自覚すること。

  広告会社は全国に4000社あります。市場が収縮する分けです、淘汰、再編は必定です。
  個人の能力や力では防ぎ切れません。総力戦(組織力)で戦うべきです。

3、それには、「当たり前のことを当たり前にやる」だけです。
  
  全ての生物は環境に適応できるもののみが生き残ります。
  経済収縮という環境変化に、自ら進んで対応する、と言う当たり前のことができなければ、
  淘汰されるか?死滅します。

4、09不況の要因は外需の落ち込みです。当面は回復が難しい状況です。外需頼みが不可能ならば、
  内需を拡大する以外に景気の回復の道はありません。

  広告は社会を写す鏡です。政府は内需拡大に緊急経済対策を講じるでしょう。
  その際、重要な役割を果たすのは広告です。広告が社会に夢と希望を与える力を発揮すれば、
  内需は拡大します。

  我社にとっては大きなチャンスが訪れたことになります。
  合わせて「当たり前のことを当たり前にやる」よう、自社の体質を改善できるチャンスでもあります。

5、この時代、この時間に生かされていることを、喜びとして、今年一年。
  地域社会に貢献できるこの輝かしい仕事に、一致団結。覚悟を決めて邁進しようではないか(抜粋)
                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月06日 07:09 | コメント (0)


提案力

2009年01月05日

広告は社会に夢と希望を与えるキューピットです。

我社は流通の仕事もさせて頂いてますので、元旦から仕事の部署もあります。(ご苦労様です)が、
束の間の休息は、昨日まで。今日からは気合を入れて戦場に突撃です。

広告の命は、提案力。マンネリは悪です。その提案力を支えるのはクリエーティブ能力です。
我社は、昨年来より提案型企業をめざし、企画力、提案力の充実に力を要れてきました。

特に昨年後半から、チーム性を敷き、若い人材の潜在能力を引き出し、組織力でお客様の要望に応える体制を整えてきました。今年は、従来の行動力に組織力と提案力を加味した強力な営業体制で望む覚悟です。

日本新聞協会広告委員会は、毎年、新聞広告クリエーティブコンテストなるものを実施(我社は参加したことがありませんでしたが)。08年度の結果を12月31日付けの地元紙で発表しました。

コンテストの目的は若いクリエーターに、新聞広告の可能性を広げるような独創的で斬新な作品を作って、クリエーティブ能力を高めて欲しいとの主旨で実施されています。

昨年のテーマは「愛(LOVE)」、史上最多の1726点の応募があったとのこと。

新聞広告の認知度が激減。あの朝日新聞を始め、毎日、産経など全国紙が軒並みに、広告収入を減らし、業績が落ちている現状。このコンテストは、新聞広告を扱うものたちの気概を示す意味で価値がある企画だと再認識しました。

最優秀賞は「次のページで、人が殺されていませんように」「そう思いながら新聞をめくる。それだけでこの国の愛は育つ」(JR西日本コミュニケーションズ)という作品。

「新聞を読もう」をブログのテーマとしている私には、「新聞愛」の極め付けとでも申しましょうか。
とても感動的な作品です。

世の中、ますます殺伐としてきます。
そんな時代、大切なものは「愛」と「やさしさ」だと思います。

新聞報道に暖かさが増え、その広告現場で働く私たちが、広告にどれほどの「愛」と「やさしさ」を織り込むことができるか。それが問われているんではないかと、優秀賞から学びました。

広告は社会を写す鏡です。
合わせて、広告は社会に夢と希望を与えるキューピットでなければなりません。

不況下、我社の提案型広告。まだ、小さな影響力しかないかも知れませんが、その役割と使命は重いものがあります。クリエーティブ能力に磨きをかけ、誇りと勇気を持って、荒波に立ち向かいたいものです。

「お題」は分かりませんが。今年の新聞広告クリエーティブコンテストには、我社の有能なクリエーターたちも出品し、地方の広告会社の心意気を示してやろうではありませんか。
                 Goto

P1020166.JPG

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月05日 06:51 | コメント (0)


ゴルフ

2009年01月04日

果たして小泉構造改革は悪だったのか?

不況風と同時に、ゴルフに対する風当たりがよろしくないようで、ゴルフなんて、所詮は金持ちの道楽だ。ゴルフに現(うつつ)を抜かすくらいなら、仕事に励め。などと、乱暴な声が聞こえます。

取り分け、政治家のゴルフは白い目で見られがち。あの森元首相が、ハワイ沖で、商船高校の練習船が、米軍と衝突、沈没したその時、ゴルフ場に居たばかりに、彼の対応とか、評判とかとは、まったく関係のない、ゴルフまでもが、しっかり悪者扱い。

景気が悪くなると、誰かを悪者にしたり。思想や考え方を責めたり。ゴルフなど何の関係もないスポーツまでも槍玉に挙げたりするのは、世の常なのかも知れませんが、随分短絡的な発想だと思います。

私は、ゴルフが好きです。昨日も出かけました。気の置けない仲間たちと、ワイワイ、ガヤガヤ言いながら、一球入魂、無心に白球を追い求めてきました。お陰で、なまった身体がシャキッとして、ストレスも解消できました。

ゴルフの薀蓄を述べる積もりではありません。派遣労働者の首切りの原因は規制緩和しすぎた小泉構造改革のせい。金融不況は新自由主義を強引に持ち込んだ竹中元経財相のせい。と。

すべての原因を小泉政権のせいにする発想と「坊主憎けりゃ袈裟まで・・・」で、ゴルフは金持ちの道楽止めるべきとの発想が同根ではないかと、嘆いているのです。

私の今年のゴルフのモットーは、パットをショートしない。です。ゴルフをやらない方は理解できないでしょうが。あの石川遼君を例に出せば何となく分かってもらえると思います。

彼は、パットをめったにショートしません。むしろ、強く打ち過ぎるくらいです。
なぜ、彼が、ショートしないのか?それは、彼に迷いがないからです。

なぜないのか。ひとつは若さです。思いっきりの良さです。カップを外したら返しのパットはどうなるのか?などと後ろ向きなことは、まったく考えない。決めたら、インする。と、信じて強く打つ。

で、あの時、多くの国民は、なぜ、小泉構造改革に期待したのか?
それは、彼が決めたら迷わず実行したからです。躊躇(ためら)わなかったからです。

物事に、正解、なんてことはありません。あの時、あの時代、あれが間違いで、あれがおかしいなどと、批判するのは簡単ですが、それは歴史家の仕事。むしろ、悩みもがきながらも決断して前に進むことが大切です。

私が、小泉政権を批判するとしたら、構造改革を道半ばで放り出すな。
野垂れ死ぬまでなぜ、やらなかった。だから、こうなったんだと責めたいだけです。

1月4日、今年初めての日曜日の朝。昨日のゴルフでスッキリした身体で、この難局を前に。ゴルフを悪者にはさせないぞ。と思うのと、過去を否定してはいけない。そして、決めたことはとことんやりきる。

そんな強さがなければ、あれが悪い。これが悪い。ただし自分だけは悪くない。
と言うような卑怯な発想しかできない人間になってしまう。と思うからです。
                       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月04日 06:32 | コメント (0)


笑いの裏側

2009年01月03日

職場が無いなんて、とんでもないことです。

随分と鋭気を養うことができた。と、年末年始の休みに感謝しつつ、テレビでもみるかと・・・・。
どのチャンネルも「お笑い」番組。テレビの向こうは、楽しそうだが、妙に興ざめだな〜。

若い芸人、同世代なら何とかなるだろうが、テレビ桟敷の中心はおっさんやおばさん。この世代をも笑わせるのは、なかなか難しい。結構な努力っをしているんだろうな〜。とこの世界の厳しい裏側を想像する。

そういえば、大晦日の深夜に放映された「朝まで生テレビ」のビデオを撮って置いたのを思い出した。
ちびり(日本酒の熱燗と母親手製のおせちで)と、やりながら、それでも見てみるかと・・・・・。

4時間の番組だが、ビデオは楽だね。くだらない話は、早送りすれば良いから。で、18人の激論。その結論は、非正規雇用者の首切りにセーフティネットを張るべき。それだけのことに、随分大層な時間と労力を使うものだと。

司会の田原総一郎氏。「どこのテレビもお笑いばかり、世の中をまじめに憂い、社会にメスを入れるのはこの番組だけ」と胸を張ったが、そうかな〜。彼、いささか老いたり(徹夜は無理かも)と、切れの悪さにため息。

番組でチョッピリ気になったのは、弱者の味方然とした、なかなか気骨の有る若者が、5人ほど登場。したり顔で、首を切られ放り出された派遣労働者のさも代弁者の如く、政府をなじっていたのが耳障り。先が見えてないのは若さのせいかな〜。

有能な若者が、正義感に駆られ、首切られた労働者の先頭に立つのは、立派なこと。しかし、日本はとても奥行きの深い、複雑で多様化した国。その気になれば、まだまだ十分可能性の有る国、仕事もある。若いリーダーたちはもう少し世間を知ったほうがいいかも。

放りだされた労働者の問題は、彼らに働く意思があるかどうかです。と申し上げますと、おっさん何を寝ぼけたことを言っているのか?働きたくても働く場所がない。と叱られそうですが。とんでもない。意思さへあれば、不況で減ったとは言え、働き口はあります。

私に言わせれば、働き場所がないという人たちは、働くことが嫌なんです。働くことの価値が理解できない、人達なんです。怠け者なんです。

それに、住む所がないという人も問題になっています。しかし、自治体に相談すれば、何とかしてくれます。自治体はあらゆる手を打とうとしています。要は手続きするのが嫌なんです。面倒なんです。ルールを守りたくないんです。それを、我儘といいます。

私は、この国はまだ、貧してはいない。それなりにゆとりがあると思います。だから、怠け者でも、わがままでも、許容範囲の中にあると思います。但し、意思があればですが。

で、「朝生テレビ」に登場した、弱者のリーダー然とした若者に申し上げたいのは、仕事のない人は、一人ひとり、事情が違うということを、知るべきです。その違いのすべてに対処できるのは行政以外にない。行政とは、そのために存在するのです。そのために、我々は税金を払い。彼らを雇っているのです。

そのことを、抜きにした正義感は、批判のために批判を繰り返すのみで、単なる自己満足の世界です。私の若いころも、社会党の職員でした。よく分かりますが、残念ながら、それは無意味。むしろ、誰の役にも立ちません。

この国の最大の問題は、役人が、国民のために。住民のために存在していることを忘れ、自分たちさえ良ければ、後は知らないと、役人の本分を忘れてしまっていることです。

弱者を救済するのは行政の仕事です。それが、そうなっていないのは、政治の力が弱いからです。

そこを、正すのなら、話は分かりますが。政治的な活動を抜きに外野で喚いていても。
それも否定するなら、アナーキーな行動に出るべきです。

その何れにも拘らず、メディアに取り上げられて舞い上がっているとしたら。それは正義感でもなんでもなく、単なる少女趣味です。正義感を振りかざすのは間違いです。

「お笑い」番組の若い芸人。テレビ桟敷に陣取る「おっさんやおばさん」を笑わせるために、彼らが裏側で血の滲む訓練、練習、努力を積み重ねているのかと思うと、仕事がない。と、尻尾を巻いて、人の助けに縋る若者を助けることに、正義を感じる偽善に、気持ち悪さを覚えるのは、還暦ジージだからでしょうか?
                             Goto

追伸
番組で、農業の振興に明日の日本が見えると、和民の渡邊美樹社長が実践体験を踏まえ述べていたが、私もその通りだと思う。労働を創造する意味でも、農業の工業化。株式会社化を推し進める必要があります。

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月03日 07:46 | コメント (0)


福袋

2009年01月02日

初夢や 笑顔の孫と 宝船

元旦には雪が降るかも。との予報でしたが、多少時雨れはしましたが穏やかな天気でした。
こんな寝正月はめずらしい。大晦日から、元旦にかけ、朝のひと時、雑煮を食べ、パソコンと新聞を開いた以外、うつらうつら。

寝溜めなんてできないのでしょうが、よくもま〜、こうも寝れるものだと自分でも可笑しいくらいです。
精神が緩むとは、こうゆう事なんでしょうか?

初詣に行くわけでもなく、テレビを見るわけでも、取り立てて、何かをするわけでも、山積する問題も一切考えない。暫し、完全休養を決め込んでいるのですから、これでいい。昨年一年間の疲れがス〜と抜けて行くようです。

近所のスーパーやモールは元旦から営業だそうで、娘夫婦と孫は、「福袋」なるものを求めに出かけたとの事。どうせ、在庫一掃。去年の残りを詰めただけなのに。と、思いながらも。

そういえば、若い頃。仲間と一緒に百貨店の一角を借りて、正月特別企画で福袋(当時は随分珍しい催し)を売ったことがあったな〜?バッタ屋、粗品、贈答品屋から商品を仕入れ、「あれこれ」突っ込み。大評判になった記憶が蘇ります。

その百貨店、新岐阜駅前にあった山勝デパート。戦後、岐阜駅前には闇市が立ち、そこで、山田勝之助という人が、たばこのばら売りから一財を成し、始めた百貨店。

昭和40年後半。駅周辺にはアパレルの問屋街が立ち並び、活況を呈していた頃。
デパートの入り口には岐阜放送のサテライトもあり若者のデートスポットでした。

今は昔。山勝はパルコに吸収され頑張っていましたが、三年ほど前に閉鎖。今は空地となっています。一等地が空き地とは寂しい限りですが、何時の日にか、賑わいを取り戻してくれればと・・・・。

そんな事を思いつつ、うつらうつらと、していたのでしょうか?
目の前に、これ父さんのと、娘が差し出す「福袋」。俺の?と、開いてみると、神々しいばかりの宝船。

「おいおい。この福袋、凄いね。こりゃ春から縁起が良いわい」と、孫娘の顔を見て大笑いしたところで、
「何をニタニタしながら、よだれ垂らして寝てるんですか?気持ちが悪い。」

「晩御飯も食べないんですか?〜」と毒づかれ、「ハッ」と目が覚めた、元旦の夕暮れでした。
                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月02日 08:16 | コメント (0)


年賀

2009年01月01日

年を重ねることこそ、喜びです。

ご家族お揃いで、元気に新年を迎えられたと拝察申し上げます。
新しい年が皆様にとって輝かしい年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

年賀状に書きました拙文にて元旦の決意とさせて頂きます。

   新年あけましておめでとうございます。
   旧年中はお世話になりました。

   私事、お陰様で昨年無事(笑)に還暦を迎えることができました。
   年を重ねることが何と愉快で楽しいことか。
   そうです。
   人生とは“生まれてから死ぬまでの時間”
   その時間を重ねることが楽しいと思えることこそ、人生を謳歌するってことになります。

   世の中、そんなに焦って慌ててムキになってみても、
   お天道様が西から昇るわけじゃなく、季節が来れば雪も降り、陽も射します。

   今年は土砂降りの年かも知れませんが、
   どんな難問にぶつかれるのか?大いに楽しみたいと思っています。

   還暦まで生かされて、育てられたことに感謝して。
                本年もよろしくお願い致します。

                               2009年元旦             後藤一俊

milk_RGB.jpg

投稿者: 後藤 日時: 2009年01月01日 07:30 | コメント (0)