2009年02月

民意

2009年02月28日

憲政の常道を考える。

友人が電話を掛けてきて、オバマの演説は凄い。感動したと、「24日の施政方針演説」を褒め称えた。英語が理解できる人は、素晴らしいな〜。と羨ましく思いながら・・・・・・。、

何処が、凄いのか?と問うと、国民に阿ることも、ポピュリズム的な思想もなく、経済危機の現状を率直に語り、政府の役割を明確にしてビジョンを予算書で示すという。そして、財政赤字を4年間で半減するとの「数値目標」まで明言しのがたいしたものだ。と。

彼は日本との比較で凄いと言うのではない。「民意」を得てリーダーに選ばれた以上は、人気取りに走らず。自らの信念に正直に、直面する問題に地道に誠実に取り組む姿勢。国民への本音のアピールが、凄いと。

英語の理解力の乏しい私としては、新聞で内容を知るしかない。で、全国紙に掲載された全文を丁寧に読んでみた。なるほど、凄い。ちょっと長ったらしいが、面倒に思わないで、辛抱を。

現在の経済状況を「我々の経済は一夜にして傾いたのではない」「短期的な利益が長期的な繁栄よりも重視される時代を過ごしてきた。」「黒字が出ても未来へ投資する機会と捉えず、富める者にさらに富を移す口実にした」と分析。そう思います。

「規制は短期の利益のために骨抜きにされた。人々はローンを支払う能力がないことを知りながら住宅を購入した。」と国民の責任を問い。「重要な議論や難しい決定は後回しにされた。」と前政権を痛烈に批判した。そして、「今必要なのは団結し、未来に責任を持つこと」(日経新聞)だと国民に呼びかけている。

これって、ネオコン。新自由主義に対する明確な否定です。拝金主義への反省です。
ブッシュ政権の経済政策の失敗。政権運営の全面否定です。

私の分析や認識とは多少異なりますが。辛辣なる共和党批判です。

なるほど、これが、政権交代と言うものなんですね。これが民主主義なんですね。政治も人間のやること、上手くいかなければ「民意」が否定する。それで権力が移行する。納得です。

日本の政治には、大日本帝国憲法下、政党政治時代の慣例に「憲政の常道」があります。
常道とは「天皇による組閣の大命は衆院第一党に下される。ある内閣が失政によって倒れた時、組閣の大命は野党第一党に下される」ことです。

その機能が十二分に発揮された歴史は少なかったようですが、議院内閣制では第一党が失政すれば、野党第一党が選挙管理内閣を組閣して、「民意」を問い、新政権で国を運営する。これが、まさに「憲政の常道」です。

最近の失政。それにおける政権のタライ回しは「憲政の常道」から大きく逸脱しています。

情報社会の発達によって、時代は大きく変わりました。国民は、自分たちの考えや意見と政治との乖離にイライラしています。もはや、特定の為政者、政党が独善的に国を治める時代は終わりです。

日本も、アメリカ民主主義の凄さに学び、「憲政の常道」に則り、「民意」を問うたらと、思うのですが?
オバマ大統領の施政方針演説を読んで、そう、思いました。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年02月28日 06:10 | コメント (2)


地方分権

2009年02月27日

環境に応じて変化せねば、生き残れないようです。

この処の景気悪化が原因なのか?政策論争に至らない自壊政権のせいなのか?
地方税の大幅な落ち込みで、予算編成もままならず、地方財政は四苦八苦している現状なのに?

なぜか?地方分権の議論がトーンダウンしている気がします。
政府は、まず景気対策が第一義。予算の通過が先決。その他の議論は後回し。と、予算先行論ですべての問題を封印しているようで、釈然としません。

では、ここに来て、そこまで予算優先だと言うのなら、なぜ、第二次補正を昨年末に国会に提案しなかったのですか?その時の状況と現在は違う、更に悪化しているから急ぐのだと、おっしゃるなら。

それは、地方の声、現場の声を肌で感じ、受け止めることのできないボンクラ政権だと言わねばなりません。では、審議中の次年度予算も、この状態であるならば、更に経済は悪化していますから、組み直すべきだとの理屈になります。

だとすれば、年中、予算を早く上げろ。補正を組め。と言っていなければならないじゃないですか。予算以外の議論。国のかたち、とか、地方分権の議論はいつするのか?って、ことになりませんか?

国とは、そこに住む民の総称です。地方が国です。予算に左右されない地方の財政基盤を作らなければ、何時まで経っても、地方は国に振り回され、地方自治も地方の分権も確立されないことになります。

最近の東海地区の動きです。岐阜県、三重県、静岡県(西部)、長野県(南部)の地場金融機関は、人口増が続く名古屋圏への進出を強めています。この意味は深いと思って見ています。

我が岐阜県では、地銀二行の資本提携が進んでいます。その背景は、一行の営業拠点14店舗が愛知県にあり、名古屋圏でのシェア争いを有利に進めれるとの狙いがあるようです。

ビッグバン以降、金融機関の液状化が進められていますが、その垣根は高く、思うに任せていません。合わせて、先の金融危機以降、当局の締め付けは異常なまでに厳しく、金融機関の手足を縛っています。その結果、地方の中小企業には、潤滑油としての資金が回らなくなっています。

となりますと、地銀の軸足を疲弊し衰退する地方から、人口増の都市圏へ移す戦略は必然だと思います。ましてや、地方の中核に位置する自治体が、予算が組めないような状態では、地銀が主戦場を名古屋圏に移すのは当たり前です。

私の持論です。万物は環境に応じて変化するものです。変化できないものは生き残れないものです。
地場の金融機関の軸足が動くのもサバイバルの表れです。

と、考えますと、この国も、これだけ激しく変化している時代に、予算の議論だけで急場をしのぎ、本質的な変化を遅らせるようなことを続けていれば、それは、日本列島の沈没です。

この環境の変化に対応して、地方が活性化する道は一つだけです。
私は、名古屋圏への周辺地方のなびき方を見ていますと、道州制が良いとは思えないのですが、しかし、それも含めて、地方分権を推し進めることです。

地方分権を推し進めるには、なにをすれば良いのか?
環境の変化に対応しなければならないのは、政府よりも自治体よりも、
私たち自身のようです。                     

それに付けても、岐阜県の次年度予算の審議が始まりますが、如何に発想の転換を計っても、根本が変わらない限りは、緊縮、圧縮財政を続けるだけでは限界がありますね。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年02月27日 06:33 | コメント (0)


卵その2

2009年02月26日

岐阜市の産婦人科、小児科は充実しています。

最近の小児医療は凄いものだと思っています。
失礼、間違いです。最近の医療の発達、取り分け、検査技術の進歩は目を見張るばかりです。

孫娘、先月体調を崩し、半月あまり食も細く、痩せましたので心配しましたが。回復と同時に、10ヵ月目に入り突然歩き始めました。お尻をフリフリ、よたよたと足を進める姿に、ニタニタしながら眺めています。

あまり知られていませんが、岐阜市は民間の医療機関も頑張っていまして、産婦人科も小児科も充実していると評判です。遠地からお産は岐阜でと、わざわざ通う方もいます。

私も娘のお産の折、その充実ぶりになるほどと思った次第です。
小児科も医療体制と診断の確かさ、治療の手際良さに感心させられました。

とくに、アレルギーの検査には驚かされました。
母乳で育てているのに、突然斑点が。慌てて小児科に。間髪入れず検査。「ハイ。卵アレルギーです。お母さんは卵を食べないように」との診断。

あとは、懇切丁寧な説明と24時間診療可能に対する安心。地域医師会の努力だと思いますが、昨今の、出産に対する不安や幼児診療に対する問題などは、根本的に解決されています。

岐阜市に元気がありませんが、娘の出産、孫娘の健康に係わってみて、岐阜は医療体制が「こんなに」充実している街だと、もう少し、アピールしても良いのではないかと思います。

先日の日経新聞に、JR東京駅での駅弁販売が好調だとの記事が掲載されていました。
この辺りでは、最近の東京出張はほとんど日帰り。帰路の新幹線は、サラリーマンなら、仕事の整理と駅弁で一杯が定番。

記事の内容は景気悪化で「経費節約、同僚との夕食を駅弁で代用」との浮世の変遷ですが、駅弁、特に幕の内は、バランスも味もよしで、最高。記事になるほどのことはありませんが。

私も、夕刊紙とビール。それに、つまみに柿の種と卵を買い込んで乗車します。(駅弁は食べません)
問題は卵。昔はどこの駅にもあったようですが、今は東京駅「新幹線のホーム」でしか売っていません。

産地は山形。袋を開けますと、ナプキンが1枚。それに殻の剥き方が書いてある。その通りにやれば、実に上手く、奇麗に殻が剥ける。それが、また、感動的。味は、実に美味い。絶妙の塩加減。ゆで加減。なんとも懐かしい味。絶品です。

卵はコレステロールが、溜まると敬遠されておられる方もあるかもしれませんが、東京駅の「網に入った卵」(2個140円。ちょっぴり高いですが)これは、絶対にお勧めです。

駅で卵を売り始めたのはいつの頃からか?分りませんが、子供の頃の記憶にはあります。しかし、私の知る限りでは、東京駅新幹線ホーム以外には見かけません。

孫娘の卵アレルギー、小児科医に言わせれば、自然に治りますとのこと、いつの日か、東京駅の「網に入った卵」。これが卵の味ですよと、食べさせてやりたいと、記事を読みながら思った次第です。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年02月26日 06:05 | コメント (0)


統計

2009年02月25日

国内の総広告費の予想を見送るなんて?

世の中には分りにくい統計もあるものです。
先ごろ発表された、08年度の国内総広告費もその一つです。

解説では、景気後退の影響を受け広告費が5年ぶりに4,7%減少したとあります。
この道30数年の私。5年前に減少した記憶がありません?統計の根拠はどこにあるのでしょう?

昨年の統計では従来の総広告費はGDPの1%、5〜6兆円で推移していたのを、従来と統計内容を変えたのか?突然、8兆円強に変更しました。「え〜、どうしてと、驚いたものです」

経産省の特定サービス業「広告」での総広告費は、概ね8兆円強ですから、それに合わせたのだと、それなりに納得したのですが?昨年比4,7%減だと、昨年は7兆円強となる?????。いい加減だ。

それに、インターネット広告が16,3%増で7千億円弱になったと?広告現場の実態から、その実感がないのは、なぜなんだろう?大概のモノは、急成長する場合、姿を感じるものだが?この数字は、正直疑問です。

日本の総広告費の推移など。関係者以外では、どうでも良いことだと、思われるかもしれませんが、広告は経済のバロメーターです。減少は経済の落ち込みを更に加速させる要因です。

この統計。信憑性には欠けるかも知れませんが、08年10〜12月。急激に広告費を絞る企業の焦りが読み取れます。源平の合戦で、水鳥が飛び立つ音に狼狽、陣営を崩し退散した平家のようです。

統計を発表した大手広告代理店。毎年広告費の予想も発表してきましたが、今年は「経済状況が見通しにくい」と予想を見送るそうです。情けない。

先はどうなるか?誰にも分りません。だから予想です。予想できないのが当然です。しかし、だとすれば、なぜいままで予想してきたのか?それでは、統計は何のために?何に役立つのか?過去を知るだけなら、無駄です。理解不能です。

時代を切り開く広告屋のリーディングカンパニーが予想を放棄するのは、頂けません。
大胆に、上半期は10%減。下半期やや持ち直し、7%減。トータル8%減と予想してみてはいかがでしょうか?市井に生きる私の単なるカンですが。

不況は知恵比べでもあります。
私は、統計なんか糞くらえ!不況こそ、広告屋の出番だと息巻いてます。
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追伸
この拙いブログも、今日で連続500回を数えました。お付き合いに深謝です。

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月25日 05:42 | コメント (0)


粋な大人になろうぜ

2009年02月24日

ジーンズが似合うなんて、余計なお世話だ。

経費削減の折、我社の社内報を二月号限りで、株主の皆さんへの郵送を取り止めました。
折角、上場以来、二年余、ご購読頂きましたのに、申し訳なく思います。

中広のHPに全内容をアップさせておりますので、ご了承願います。
我社の販促ツールでもあり、会社案内でもある中広報を、紙ベースでお届出来ないのは、残念ですが、
これも合理化の一環だとご理解頂ければ幸甚です。

不況は、厳しさや大変さを企業経営に齎すだけではありません。日頃考えたり、思い悩んだりしている改革や合理化を推し進めるチャンスでもあると考え、今後も精進いたす所存です。

中広報二月号。私のコラム導線「怒れ!!アラカン」に多くの方から、「思わずそうだと、感じた」とか「映画、青い山脈と青春がダブったよ」など、感想を頂き、感謝しています。

アラカン世代としては、「怒りが届いた」と同志が増え、意を強くしているところですが。
自分で、書いたものを印刷して、配布しているのに。
自分でその内容に首を傾げるのも、誠に不謹慎ですが?

大人が、大人に向かって、もうひと頑張りしよう!世直しよう。って訴えるのって?良く考えてみますと、とても偉そうですね。変だと思いませんか?私は変だと思ってしまいました。

なぜかと申しますと、読売新聞が「大人を変えていく大人・ジーンズフィフティ大賞」なるものを「大発表」したからです。

この大賞。内容はいつまでも若さを失わず、つねに何かにトライしつづける大人たち。
50代になったときにジーンズの似合う大人になろう。そして、50代を過ぎたらもう、それ以上年をとらない。そんな「新しい大人たちの時代」を代表する著名人に贈られる大賞だそうです。

なんでも、賞を付けたがるのが、昨今の風潮。いい夫婦、いい親子。ジュエリーが似合う。眼鏡が・・・・などなど。思惑が入り乱れ、購買意欲を掻き立たせる企画が目白押しです。

その一つだと、思えばそれは、それで、なるほどと、笑って済ませれば良いことなんですが。

大賞の北野武さんの受賞の弁「粋な大人になろうぜ」を読んで、私は「余計な御世話だ」と思ってしまいました。大人は子供から大人になるまで、それなりの時間を歩いてきた。その大人に向って、ああしろ。こうしろ。と、分別臭く、説教調で、意見めいたモノ言い。聞く方はうっとおしい。

北野さんは、たぶん、文章全体から流れる脈略では、大人から「お前、そんな賞貰って、何時からそんなに偉そうな口をきくんだ」と言われるのを極力、嫌がっていると思います。

それを振り返りますと、自分の書いたコラム「怒れ!!アラカン」も、読んで頂いた大人からは、「偉らそうに」と思われているのではないか。と、ハタと気付いたからです。

今後は、ブログでも、社内報でも、大人に向かってモノ申すのは注意しよう。
大人は大人何だから。誰かにとやかく言われるのは嫌なはずだ。と、反省してます。

とは、申せ。残念ながら、説教癖の私は、人のことはさておき、大人のみならず、誰にでも、どこにでも噛み付く、「厭らしい大人」から抜け出せそうもありません。

それに、私はジーンズよりも着物が似合う大人になりたい。と思ってます。
「え〜。その大賞もあるですって?????」
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2/21 読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月24日 06:30 | コメント (0)


本物

2009年02月23日

芥川賞もぼちぼち、耐用年数が切れたのではないでしょうか?

村上春樹氏の「ノルウエイの森」を読んで、彼の言う、弱者「卵」擁護論を考えてみたいと、2月20日付けのブログで述べました。その村上氏が、芥川賞に二度、ノミネートされ、受賞を逃したと聞いて、彼はひょとしたら、本物なのかも?と、思ったりしています。

文芸春秋3月号。第140回芥川賞、受賞作品「ポトスライムの舟」(津村記久子著)が全文掲載。
毎月、購読している都合上、読ませてもらいました。

何の感慨も湧かない平凡な内容に、「あっそう」って感じです。選考委員の一人石原慎太郎氏が選評で「私としてはこの作品の次の作品を見て評価を決めたいと思っていましたが、他の作品のあまりの酷さに、相対的に繰り上げての当選と言うことにした」との寸評にすべてが表現されているので・・・・・。

内容については、興味のある方は、ぜひ、文芸春秋をご購入の上、お読み頂ければと存じます。

現在の文学賞とは、そうゆうことか!!。と思いましたので。一言。
まず、芥川賞。選考委員9名。候補作品に妥当なものがなくとも、無理でも受賞を作品決めねばならない。なんとしても。

理由は、国民の活字離れ(私はそうは思わないんですが)が進む折、構造不況に悩む、出版業界の活性化のためには、芥川賞の看板で新人作家を発掘、話題をつくり。何とか本の売り上げを増やさねばならない。業界救済のため選考しているのです。

それは、それで、分かるのですが?選考委員の諸氏も辛いところなんでしょうね。
正直な石原さんは本音を語ってしまう。それも、賞を続けるなら、逆効果になる気がします。

この大不況下。如何なる企業でも、業績を伸ばすのはなかなか難しい時代ですが。
ここは一番。歯を食い縛って「本物」を世に送るしか道はないと思います。

多分、日本の名だたる企業は、厳格な原材料のチエック。完全無比なる製造過程。想像を絶する品質管理など、自他共に厳しい自己規制を設け、「本物」志向で、商品を提供し始めました。不況効果です。

ますます、その傾向は強くなると思います。私は、不況が齎す最大の利点は、世の中「本物」志向だけが生き残れる時代になったと、つくづく思います。

その良い例は、落ち込みが激しい流通業などは、この異常なまでの過当競争に生き残るには、「本物」しかない。と、生産業者、下請け業者への徹底的な締め付けを行っています。正しいと思います。

流通業を出版業と同じレベルで、論じるんは可笑しいと思われるかもしれませんが?
物が売れない時代。どのように生き残るのか、という、観点ではすべてが、同じだと思います。

出版業界、構造的な不況を脱するには、芥川賞などという、新人に取って最高峰の登竜門こそ、これは「本物」だと選考委員のすべてが認める作品を受賞作に選ぶべきです。

たとえ、その年に、芥川賞の受賞作品がなく。一時、業界に沈滞ムードが流れても。

選考委員に「選ばねばならない」との色眼鏡を掛けさせて、判断を迫るのは?
業界の衰退に拍車を掛けるものであって。国民を馬鹿にしているといわねばなりません。

しかし、それでもと、なれば。石原氏ほどの経歴の人物ならば「他に選ぶものがなかったから?選んだ」などと、作者に失礼なことを言わずに、選考委員の地位を放棄されては如何かと思います。

石原さんも、所詮は、業界のお先棒を担いでいるに過ぎないのでしょうか?

村上春樹氏を芥川賞に二度も選ばなかった往時の選考委員に敬意を表すべきなのか?
出版業界の不況に手を貸す、現選考委員に敬意を表すべきなのか?

市井のおっさんでは、判断が付きませんが、歴史の有る如何なる文学賞も、中身を無視して、しがらみや打算で継続されるとしたら、文芸春秋の創始者、菊池寛はなんと言うのでしょうか?

あっ。そうそう、友人が、「僕は村上春樹のノルウエイの森、20回は読みました。それをお貸ししますから」と。楽しみにしてます。ありがとう。     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月23日 05:55 | コメント (0)


ブロ友

2009年02月22日

友遠方より来たり・・・・・また、楽しからずや。

故郷にへばり付いて暮らしている割には、街の中心にデンと構える金華山に久しく登ったことがありませんでした。友遠方より・・・・のお陰で、山頂の岐阜城をご案内することができました。

麓の岐阜公園から、ロープウエーで僅か5分。海抜327mの頂へ。
天守閣からの眺めは、西風、春一番が吹き荒れましたが、まさに絶景。なかなかのものです。

南側には蛇行する木曽川、その先に霞んで見える名古屋市内。眼下には北東から西南に夕日に煌きながら、静かに長良川が伊勢湾へと流れる。北には、遠く・・・・御岳、南アルプスに連なる山々。

西側一帯には我が愛する岐阜市内が広がる。名所古跡は数々あれど、美濃、尾張、濃尾平野を一望、戦国の世に思いを馳せるパノラマは格別。織田信長の「天下布武」気分を、味わい、友情を深めました。

私の拙いブログ。そのロータリーに関する内容に、ブラジルからコメントを頂き。それが縁で、交流。この程、一時帰国の折、仕事の合間をぬって、ロータリー例会出席を兼ね岐阜に立ち寄って頂いた次第です。

人の縁は不思議なものです。地球の裏側で活躍される高知出身の同年配の方と、ブログが取り持つ縁でお目に係れ、故郷を案内でき、更に、酒酌み交わし、友好を深め、その生き様を学ばせて頂けた。

それだけでも、我社のHPを動かそうと始めて約500日、毎日ブログを綴ってきた価値はあったと、改めて、感激しています。

そして、還暦を過ぎ、田舎にへばりつくおっさんでも、時空を越えたIT社会に生かされているのだと、
実感しています。「友遠方より来たり・・・・。また、楽しからずや」

わざわざの来岐とロータリーの友情に感謝。
友好の手助けをしてくれた、故郷の山河にも感謝して。 

再会を願い              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月22日 05:47 | コメント (1)


人質

2009年02月21日

悪を駆逐しよう。

最も悪質な犯罪は、放火と人質です。
池波正太郎の鬼平犯科帳。江戸情緒と人情を絡めながら、火盗改め奉行「長谷川平蔵」が極悪非道の放火犯を追い詰め切り捨てる。木造家屋の江戸の町。火付けは許さない。痛快な時代小説です。

幼子を誘拐、身代金を要求する犯罪。そこに居合わせた何の罪もない人を楯にしての強盗。いずれも弱い者を人質に取って自分のエゴを通す卑怯極まりない犯罪です。

国際経済は危急存亡の状態にあります。日本経済もその波に飲まれ、この第4四半期、大半の企業が決算も組めない落ち込みです。まさに、奈落の底へ一直線。

しかし、冷静に考えてみると、先進国がこの状態だと、途上国は、どうなんでしょうか?
世界の大半を占める後進国は?まさか、先進国よりも落ち込みが少ないとは、考えにくい。先進国以上に悲惨な状態だと推察できます。

その先進国G7の財務金融担当会議での財務大臣の失態。辞任したのですから、今更、とやかく言いたくもないが、国際映像で世界に発信された泥酔大臣の姿。呆れると同時に、「所詮、先進国は優雅なもんだ。真昼間から酔っ払って。何が危機だ。」と怒りの火が付いたのではないか?

これは明らかに火付けだ。このしっぺ返しは必ず、途上国や後進国の日本製品への不買運動となって、燃え盛るぞ。鬼平の出番だが?この国の中枢に放火犯は居ても火盗改めはいない。

それに、この国の中枢。驚いてはいけない。政権にしがみ付きたい。任期一杯国会議員であり続けたい。既得権やしがらみを守りたい。そんな自分たちのエゴで、予算を楯に、国民を人質にしているではないか?

国民は、瀕死の状態にある。取り分け地方の中小企業は明日をも知れない。だから、野党もマスコミも、ごちゃごちゃ言わず。予算を通せ。さもなくば、国民に死者がでるぞ。と。

自らの延命のために、予算を人質に、国民を脅す。これじゃあ、まるで、誘拐犯です。
市井のおっさんとしては、景気回復の二次補正も、次年度予算も、さらに、その補正も。、そりゃあ、
速く通過して、楽になれるものなら、なりたいのだが?

ちょっと待った。誘拐犯の仕組んだ予算。下手に妥協して了解したら、次々に国民軽視の要求を突きつけてくるのではないか?そうに決まってる。ここは一番、慌てて予算を通すことはない。

どうせ、にわかづくりで、タイミングを逸した予算では、すぐに化けの皮が剥がれる。この大恐慌、途上国、後進国の人たちも必死に我慢しているのだから。

我々も、この際、予算を人質に取るなら取れ。予算は通さなくても良い。我慢は厭わぬ。
それより、選挙で、放火犯と誘拐犯を駆逐させようではないか。
                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月21日 06:29 | コメント (3)


2009年02月20日

高くて固い正しい壁と、正しくない壁。

自ら道を拓け。困難に立ち向かう時の常套句です。
その形容に、こんなのもあります。「鳥のひなは、親鳥が卵の殻を破って生まれ出るのではない。ひな自身が、自らの嘴で殻を割って外に飛び出すのだ。誰かが助けてくれると思うな」「ひなを見習え」。

私は、著名な作家、村上春樹氏のエッセーを目にしたことはありますが、小説は、どこかで少女的(女性向き)な内容だとのイメージをインプットしたらしくて、今まで一冊も読んだことがありません。

ましてや、世界各国で翻訳され、多くの読者の共感を呼ぶ国際的な作家だとも、知りませんでした。いやいや、認識不足。イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞したのも驚きでした。

氏が、メディアへの露出を嫌い、社会とデタッチメント(かかわりのない)な生き方で過ごしたのも、私が氏に興味を持たなかった。小説を読んでみたいと思わなかった原因かもしれません。

「エルサレム賞」授賞式。「私はデタッチメントやだんまりを決め込むより、ここに来て、見て、語ることを選んだ」とのスピーチで、氏は社会にコミットメント(かかわり)し始めたのだと知りました。

なぜ、氏がデタッチメントからコミットメントに人生の舵を切ったのか?私の想像では、還暦を迎えたからではないか?と思います。同じ関西出身の作家、故司馬遼太郎氏が、そうであったように。

スピーチで話題になった「高くて固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとすれば、私は常に卵の側に立つ、その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます」とイスラエルのガザ地区攻撃を批判した内容。

この賞の主旨が「社会における個人の自由」をめぐる優れた執筆活動に対して贈呈されるもの。であるならば、イスラエルを何度か訪ね、ユダヤの歴史をかじった私の経験から、是非、氏の小説を読んでみなければならない。でなければ、壁の意味がわからない。

とりあえず、1979年作の「風の歌を聴け」。1989年の「ノルウエイの森」。1999年「スプートニックの恋人」の三冊、ちょうど十年刻み。私も還暦、私の人生とも重ね合わせて楽しんでみたい。

このスピーチに対する私の見解は、小説を読んでからにしますが、ただ、その壁が正しいのなら、壁は、卵を壊しはしない。壁は卵が自ら殻を割って出てくるのを待つと思います。

壁が正しくないとするなら、卵は、ぶつかって壊れてはならない。自ら殻を破り、親鳥となって、壁を乗り越えねばならないと思うのですが。

壁は、人間が創ったものですよね。       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月20日 06:42 | コメント (0)


2009年02月19日

他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる。

久しぶりに、セミナーに参加しました。プロの話術はさすがだと大いに勉強になりました。
タイトルは「不況に立ち向かう経営」。会場は中小企業の経営者でほぼ満席。関心の高さを伺わせます。

主催は企業変革コンサルティング会社。創業は2000年。僅か8年で東証一部に上場。講師を務めた代表者は、リクルート社出身で48歳。なかなか切れのいいセミナーでした。

質問の時間、一般論として、タイトルにある「不況に立ち向かう・・・・」の不況についての分析を伺えばよかったと、遠慮を、反省しています。

内容は四点に絞られ非常に分り易く、経営の要諦を教わりましたが、歳の甲かも知れません。時間が足らなかったのかもしれませんが、多少新鮮味に欠けていた気がします。

不況下での組織構造は、フラットな文鎮型にして、風通しを良くする。管理部門を縮小して、営業部門を強化すべき、との内容には、納得。再認識しました。

営業の強化を図るには、従来の売らんかなのスタイルから、ソリューション型にシフトしなければ顧客のニーズを掴めない。それには、スタッフのレベルアップが必要という指摘では、反省点も浮かびました。

「価値の共有」が不況に立ち向かう経営の原点との説には、まさにその通り。
我社では、広告の仕事を何のためにやるのか?を経営原則に、価値の共有を図っています。

一つは、効率経営によって適正な利潤を上げ、社員の福利に寄与する。
二つは、飲水不忘掘井人。人間関係を大切に、経済の活性化に寄与する。
三つは、地域社会に貢献する。

このセミナーでの肝は、個々の「モチベーション」を保つには、変えられないことに思い悩むな。変えられることで勝負せよ。変えられないことに思い悩むから、モチベーションが下がり、組織が沈滞するのだ。との指導でした。

この肝を聞いて、懐かしくもあり、納得もしました。もう、20年以上前のことになるでしょうか?田中真澄さんという方の講演を聞きました。熱く語る方で、1時間半、身体ごと吸い込まれるような感動を受けました。今でも鮮明に覚えています。

田中さんの話の肝は、このセミナーと同じ「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」でした。その後、私は、まさに、この田中さんの教えを基本に生きて来た積りです。

同じ肝の話を、最も先進的なコンサルティング会社のセミナーで若いトップから聞けたのは、
自分の生き方に間違いは無かったのだとの、自己点検にもなり、妙に安堵しています。

我社には、イベントやセミナーの運営管理を扱うES課があり、年間350本以上の講演会やセミナーの運営をしています。「講演会INFO」で検索すれば内容を理解頂けます。

久しぶりにセミナーに参加して、一番印象に残ったのは、この会社の若い運営スタッフ達が、トップの方針や考え方に忠実で、もてなしの心に溢れた応対をしてくれたことです。

そう言えば、先日、「君のところで講演会の運営を頼んだら、スタッフが明るくて、元気が良かったよ」と、お褒めにあずかったのを思い出しました。

我社の社員もこのコンサルティング会社のスタッフに負けず劣らず、経営原則を共有してくれていることに、嬉しく思った次第です。

不況に立ち向かう経営には、自分が変わるしか、道がないのだと、肝に銘じました。
                                           Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月19日 06:34 | コメント (0)


典子は、今

2009年02月18日

今を大切に生きる。

今日のブログは、アル中財務大臣の批判だと思われた方もあるかも。
しかし、私は酒呑み。人さまの酒での失敗を語る資格などありません。

但し、麻生内閣が世界を駆け巡った財務相醜態の報道で、ノックアウトになったことは、確かです。
総選挙を一日も早く。との私の願いが実現するかも。その意味では、赤も白も(ワイン)、いい仕事をするではないかと思う次第です。

総選挙をやらない今の政治に失望していますから、全ての政治家はこの程度。
醜態にはさもありなん。で、終わりです。

私のようなボンクラは、新聞記事を目にするまで、26年前の映画を全く忘れていました。
題名は「典子は、今」。サリドマイド薬害で負った両腕がない障害を足で克服、何事にもチャレンジする実在のモデル白井のり子さんのドキメンタリータッチの映画。

その頑張りに、俺にはできね〜な〜と、涙しながら観た記憶が蘇ります。記事は、彼女が、飛騨高山人権講演会に招かれ、「あれから27年〜今を生きる」と題した講演の紹介です。

人は、悲しいもので、自分と他人とは違う。自分は他人より優位でありたい。他人を押しのけてでも地位や立場を上げたいと思うものです。その感情や所作を、差別といいます。

典子さんは、自分を育ててくれた母親が「のり子はえらかねぇ。何でも足でできるとやねぇ」と、常に褒めてくれた、そのお蔭で「私には障害者の自覚がない。人が思うほど違和感はないのです」と。

そして、「母親は、悲しんでいる時間があるなんて幸せ。将来を考えても悲観的になるだけ。「今、その時のこと」だけしか考えず、私を育ててきた」と。その母から「ひたすら今を生きる。今を懸命に生きることを学んだ」と。

彼女は、26年間勤めた熊本市の職員を二年前に退職。「スマイルビー白井のり子事務所」を設立。
他人を認め過ぎない人愛の心、今を大切に生きると言うことを少しでも考えて頂ければ」と講演活動を行っている。

彼女の講演は、例も比喩もない。自らの体験を語るのみだそうです。二年間で220ヶ所を巡り、聴衆者に「今の自然な自分を伝えることで何かを感じて元気になって頂けるなら」と目的を語る。

私も是非、彼女の話に学ばせてもらい、自らの心に宿る愚かな差別心を払拭できればと思っています。

氷河期を迎えた就職戦線。最も応募の多い職業が「安定している」との理由で、公務員だそうです。
サリドマイド薬害で両腕のないハンディを背負う彼女が、あえて、26年間勤め、安住である公務員を辞職。「今を生きる大切さ」を訴えている活動に取り組んでいると、思うと。

あるのか、ないのかもわからない将来の安定を考えて、役人になろうなんて考える若造の根性がさもしい。そんな奴が、他人を押しのけ、自分さえよければの差別者なんだろう。

そう言えば、辞任したかの財務相も、右派の論客などと持て囃やされているが、所詮は親の七光。
国民の「今を大切に生きる」必要性など、到底分りはしまい。

映画「典子は、今」DVDになっていると。早速に借りて、再度観てみたい。
できれば、アル中の辞任財務相と。
                                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月18日 06:06 | コメント (4)


2009年02月17日

統計で世の中を推し量る愚に、付き合いたくないね。

今朝は新聞を読みたくない。そんな思いです。
トンチンカンを表す庶民のことわざに「泥棒を見て、慌てて縄を綯(な)う」って言うのがあります。

目の前に泥棒が居るのに、捕り物に使う縄を綯ってる場合か?とドジさ加減を揶揄する時に使います。
統計を重んじるのが?政府なんか?統計でしか物事を判断できないのが政治家なのか?

昨日の夕刊。内閣府が発表したGDPの二桁マイナスの統計に狼狽する政治家とマスコミの過剰なまでの報道は、まさに、慌てふためいて、縄を綯わなければと、ヒステリックに喚いているようです。

朝刊を読まなくても分かります。日本経済は暗黒状態だ。政治の怠慢だ。とマスメディアが批判し、大型の緊急財政出動が必要だ。それには、まず、今年度の二次補正を速く上げろ。次年度の予算も通せ。次年度の大型一次補正も組めと、縄を綯う論調の沸騰でかまびしいのが。

私に言わせれば、何を今更。右往左往してどうなる。

現在進行中の1〜3月の第4四半期。別段、膨大な経費を使って統計を取らなくても、GDPマイナスは20%以上。史上最悪の落ち込み間違いない。なぜなら、10〜12月よりも、今年に入って息苦しくなっているのだから、市井ではこの発表された統計よりも更に悪化しているのは分かっています。

問題は、最早、現体制で、縄を綯うことではありません。
既存政党が、この未曾有の財政危機にこそ、次なる国のビジョンを掲げ、総選挙することです。

この状態では、緊急財政出動を組んでも、すんなりと予算は通りません。
信頼を失った政権が、泥縄の対策を立て、ゴリ押ししても、将来に禍根を残すだけです。

国民は愚にして賢です。見くびってはいけません。自らの一票を行使した結果の政府が、たとえ、失政したとしても、国民は耐えることができます。

この経済危機は、国際的なものです。原因は与党にあるわけではありません。
しかし、9月以降の対応には、与党に「泥棒を見て、縄を綯う」感があります。無責任です。

所詮、届かぬ遠吠えですが、与党は下野する覚悟を決めるべきです。
そして、与野党で、選挙管理内閣を組織し、衆院を解散して、総選挙すべきです。

政治は国民を写す鏡です。国民も、景気が悪いぐらいでジタバタしないで、腹を括って、
既成政党が掲げるこの国のビジョンを、じっくり選択してみようではありませんか?

もう、泥棒を見て、縄を綯うような、浮ついた時代はお仕舞にしましょうよ。
今から、新聞を読みますが、嫌だ、いやだ。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年02月17日 05:56 | コメント (0)


人事院

2009年02月16日

7823人もの「心の病」。どう対処しているのか?

岐阜県の県職員組合が、えらい剣幕で、4%の人件費カットに抗議している。
大阪府では橋下知事が財政再建の大ナタをふるい。「府は倒産状態。倒産企業の社員だと認識して理解を」と訴え、大幅カットを断行したのに。

御隣の愛知県も再建団体を免れるため、苦渋の選択として、突然の給与カットを実施したのに。
岐阜県だけは、県庁に赤旗が立つ勢いと報じられている。なにを考えているのか?

景気悪化で、死活問題の中小企業。製造業の合理化で職場から締め出された従業員。おとうさんの収入源で子供の学費捻出にも悩む主婦など。大不況に必死に耐える県民。

それをしり目に、公僕たる県職員が、「血税の取り分」を減らすな。とダダをこねる。
みっともないったらありゃしない。公務員としての矜持はないのか?

賃金を減らされるのに、不快の念をもたない人はいないだろう。しごく当然である。しかし、県財政が逼迫、通常予算が組めない状況も、まぎれもない事実である。それを、承知しているにも関わらず。住民サービスは削除しでも、「職員給与は維持せよ」では、通用しない。

次年度予算を審議する三月県議会が目前。この問題が長引けば、予算編成に影響することは必定。県議会軽視である。このまま、ずるずると、ゴネ得狙いで、カット幅を縮小しようなどとの小細工狙いなら、県民が黙っていないだろう。

新聞報道によれば、手続きに問題があるとのことだが、県民は地方税の落ち込みも激しいのだから、収入が減れば、支出を減らすのは当然。人件費に手を付けざるを得ないことぐらいは、察している。「同情するが仕方ないね」が県民の常識。見くびってはいけない。

信じられないデータが総務省から発表された。07年度、「精神及び行動の障害」で、長期の休職を取っている地方公務員(都道府県など318自治体。警察官や教職員を除く)の数は、十年前に比べ4倍。

7823人だそうだ。医療機関の診断書が添付されての休職。一日も早い快癒を祈るのだが、納税者としては、すんなりと納得できない数だ。因みに、そのデータでは、調査対象76万人のうち、長期休職者は、約1万6千人。率にして2,2%。50人に一人の割になる。

50人に一人の病欠がいる組織が正常な組織だろうか?
どこかに、本質的な甘えがあるのではないか?大いに疑問だ。

公務員の身分は、保障されているのだから、当然、給与は全額支給されていると思われる。
それが、働く側にとっての安心でもありるわけだが、民間では「心の病」のケアーまで保障する余裕はない。残念だが、それが社会の現実だ。

地方公務員の身分保障と直接的に関与がないかも知れないが、このところの人事院総裁の第三者機関であるとの中立性堅持発言。分からないでもないが・・・、

公務員出身者が人事院の総裁では、お手盛りの感は拭えない。おまけに、3名の人事官の内、総裁を除く2名の一人は毎日、朝日、読売、NHK、日経の主要報道機関の退職者が歴任していると聞くと、この国の官僚統治機構は、そう簡単には崩れないと思う。

それとは別物だが、岐阜県職員組合の人件費削減への異常なまでの「ゴネ」。
人事院改革が進まないのと同根のような気がしてならない。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月16日 06:17 | コメント (0)


雑巾

2009年02月15日

なぜ、社会貢献活動は会計評価基準の対象にならないのか?

中部地方、地銀各社の今期決算見通しが発表された。
大方が、下方修正。金融機関は経済の潤滑油。景気悪化の折、地域には不安が募る。

しかし、公表された内容を見ると、一つには東海地区の景気悪化による貸し出し企業の不良債権化懸念に対する過剰引き当てによるものと、株価低迷による保有株評価損によるものとで修正を余儀なくされている。理不尽だ。

政府は財政出動によって、内需拡大路線を走り始めたのに。当局(金融庁)は金融機関をより厳格に査定して、手かせ、足かせを強要している。これではまるで、自動車(社会)を壊すために、アクセルとブレーキを同時に踏むようなもの。どうもやることが、チグハグ。

株価の評価も、世界同時不況によるもの。別段、金融機関が保有する株を売却するわけでもない。会計処理上の問題。実際に株を売っての損が出たわけではない。

景気が回復して簿価よりも株価が上がれば収益になるのだから仕方がないのだが、本来の業績をさておいて、机上の評価で業績が修正されるのは、どうも頂けない。

その結果、地銀の地域経済の潤滑油としての役割や独自性、裁量幅が、制限されるとなると、悪循環以外の何ものでもない。社会不安を煽ってまでの国際会計基準に合わせることもなかろうがと思う。

地銀の頑張りの一つを紹介したい。
地元のOKバンクと呼ばれる、大垣共立銀行。

行員有志で平成8年「社会貢献推進委員会」(清水真弓委員長)を発足、小さな親切運動を展開している。その活動は、月々様々なテーマを設け、継続的に取り組まれている。

昨年の主な活動は、アルミ缶収集活動。能登半島地震義援金寄付。地元大垣の清掃活動。書籍・DVD・CDなど不用品拠出活動。ヒメコウホネの保護活動。普通救命講習会の開催。絵本の寄贈など。

実に丁寧に、まじめに取り組んでいる。素晴らしいことだ。

他行でも企業の社会的責任の一貫として多くのボランティア活動が展開されている。私の通勤路にある岐阜信用金庫の支店では、毎朝、全行員が、箒片手に、隣接の公園を掃除している。頭が下がる。

私が、取り分け、OKバンクの、この地道な社会貢献を、こりゃ本物だと思って取り上げるのは、
子供のいる会員から「幼稚園などで、清潔な雑巾が不足している」との声を聞きつけ、

早速に委員会メンバーが活動を開始。大垣市内49ヶ所の幼保園で使用する雑巾1900枚を手作り。「幼児達が健やかに育つようにと役だてて下さい」と大垣市にを寄贈した記事を目にしたからだ。

我社の生活情報誌(19誌)もそれぞれのエリアでのCSR活動を実施しているから、OKバンク社会貢献委員会の価値が良く分かる。その地道な努力に敬意を表す次第。

当局の地銀に対する厳格な査定も重要だろう。国際基準での会計処理も大切だろう。
しかし、地域に暮らすものとしては、地銀とメガバンクとを同じ評価基準で推し量るのが正しいとはとても思えない。

むしろ、地銀にしかできない、地域に溶け込み、地域社会に対して実施している地道で真摯な貢献活動なども数値化して、決算の中に織り込んでも良いのではないか。血の通った会計手法として?

手作り雑巾1900枚の寄贈は株価評価損の30%帳消しに当たるとか??とても無理な話だろうが。殺伐とした社会だからこそ、地銀の温かさを評価して欲しいと思う。
                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月15日 06:51 | コメント (0)


新・三種の神器

2009年02月14日

ニッポンの屋根に太陽光発電を!

マスメディアと言う奴は、新しいことを企画したり、始めたりすれば飛び付くのだが、
現在進行形の話題には、過去のものと捉えているのか?まったく検証報道しない。
(私が気が付かず見落としているのなら、ごめんなさいだが。)

1月13日から、太陽光発電システムの設置に対する補助制度(支援事業)がスタートした。
私的には、環境で低迷する経済の活性に繋がる画期的な制度だと、思っているが、以外と盛り上がっていない。

内容を説明するまでもないが、「ニッポンのすべての屋根に太陽光発電を!」とのキャッチフレーズが示す通り、住宅の屋根にソーラー発電システムを設置すれば、補助金を出す制度。

この制度、国は、クリーンエネルギーの普及と住宅産業の振興に繋がり経済危機の起爆剤にもなる三方得の方針と位置づけ、経産省では事業規模90億円、3万5千戸への設置を見込んでいる。

で、私がマスメディアと言う奴はと、苦言を呈するのは、募集期間が、年度内3月31日まで。あまりにの拙速。とても周到な準備がなされたとは思えない。少し煽らないと世の中に浸透しない。一ヶ月経過して応募件数が何件なのか等、追跡報道が必要なのに、なぜ報道しないのか?ってことです。

この事業計画は、福田内閣当時に法案化され、麻生内閣で可決された今年度の第一次補正予算に組み込まれたものの実施です。景気の状況は、その当時より数段悪化している。

事業計画が果たして、現況に、マッチしているのか?大いに疑問だ。対象補助額が太陽電池出力1kwあたり7万円。上限24万円まで。総設置費の概算は約100万。この中途半端な制度では、住宅需要を喚起するには不十分だと思う。応募数は予定を大幅に下回ることが予想される。

となると、事業未達になる可能性がある。そのことをメディアはもっと報道すべきだと思う。
折角の制度が生かされないのは、残念です。

田舎のおっさんの意見だが、この制度は新年度も継続すべきです。それも、制度設計を大幅に改正して。個人住宅に限らず事業所も対象に増やす。補助金の額を総設置費の50%とする。余剰電力を買い上げる仕組みも付加する。事業規模も1兆円にすべきなど。

この大不況下、内需拡大の起爆剤として、位置づけを、もう一度やり直してはと思うのだが?
無茶な話でしょうか?

日本経済の復活は、太陽光発電システム、省エネ家電、省エネ住宅、電気自動車、ハイブリッド自動車など、日本産業の技術が世界市場に先鞭を付ける「エコ家電、ヘコ住宅、エコカー」の新三種の神器しかない。と、誰もが分かっているのですから。

是非、予算を付け、中小企業がひしめく住宅関連企業の救済と景気低迷の活路を拓いて欲しい。

でも、このおっさんの提案は制度のやり直しを意味する。過ちを認めない官僚が「了解」って、言うはずはない。だから、マスメディアの検証能力が必要だと思うんだが・・・・・・・。

誰もが分かっていることができない国って、不思議だよな。          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月14日 07:22 | コメント (0)


憤り

2009年02月13日

社会情熱を持ち続けたい。

久しぶりに、岐阜の歓楽街、夜のネオン街を歩きました。
あの路地も、あのビルも、この路地も、この看板も、足げく通った十年ほど前の佇まいのまま。

しかし、往時の面影はどこにもない。居酒屋の暖簾は破れ、看板は倒れ、街路灯のペンキは剥げ落ち、人気はなく、街角にはゴミが散乱し、荒んだ臭いが充満する。辛うじて営業する呑み屋に客の姿はない。頑張っているのに。

ビルのネオン看板もまばら、歩行者天国の屋根から、雨水が落ち寒々とする。
こんな街に誰がした。やり場のない憤りに、賑わいの日々を思い出す。

「チェ!来なきゃ良かった」と、目当ての店の閉鎖の張り紙に舌打ちしながら、経済学の始まりは「みすぼらしい街の汚さと、萎びた生活の侘しさに憤る社会情熱である」。と語った公共経済学の大家の説を思い出す。

この街に生まれ、育てられて60年。歳のせいもあるが、飲み仲間が次々に他界したのと、股関節の人工手術での入院と重なり、足が遠のいた僅かの間に、夜の街がここまで寂れてしまうとは。

生活様式が。車社会が。酒の飲み方が。若者が。時代が変わったと、一言で片付けるのはた易いが、歓楽街が寂れれば、それに代わる町の変化が起こっても良いのではないか?

商業集積地としての昼の柳ヶ瀬にも変化はない。「夜が一番暗くなれば夜明けに近い」と言う。私は十二分に寂れたと思えるのだが。まだ、寂れの途中なのかも知れないと思いつつも。

この街には、「みすぼらしい街」への憤る社会情熱はないのか。と、腹立たしい。

大家の逆説だが、社会情熱のない街は、そこに住む人たちの生活も萎びると思う。
歓楽街が復活すれば、時代が元に戻り、街が元気になるわけではないが。

これだけは、間違ってはいない気がする。
卓越した社会と、退行的で堕落した社会とを分けるものは、起業家精神を発揮する機会に恵まれているか?どうか?で決まる。

起業家を支援する思想が街に溢れていれば、そこには活力がみなぎり、街が元気になり、歓楽街も賑わいを取り戻すことになる。果たしてこの街に、起業家を育てる風土はあるのか?

残念ながら、過去形だが。私は有ったと思う。では、なぜ、今はないのか?その理由は。
みすぼらしい街の汚さに憤る社会情熱を持った為政者がいなくなったからに他ならない。

その責任は、為政者の側に立ちながら、かつ、萎びた生活に満足しつつある団塊世代にあるとしたら、市井のおっさんではあるが、私もその責を負わねばならない。

人生そんなに、何時までも、第一線で働けるわけでもあるまい。
憤りを持って、起業家を支援する一人でありたい。
                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月13日 06:15 | コメント (0)


掲載基準

2009年02月12日

新聞広告も時代とともに変化しています?

広告屋という職業は。因果な商売です。
常に注目を集めること。関心を引くこと。新しい仕掛けを試みること。などなど、人を驚かして、行動に駆り立てることばかり、考えています。

時々、行き過ぎまして、それが、誇大広告となって、世間の指弾を浴びるケースがあります。
我社は、現在地域密着型の情報誌(フリーマガジンと称しています)90万部を、限定されたエリアの家庭に配布しています。

対象はファミリーですから、生活情報に関心の高い若い女性は勿論ですが、男性にも興味を抱いて頂ける内容。年配の方にも楽しんで頂ける地域の話題。子供(小学生以上)が手にしても、無理のないような紙面ず作りを心掛けています。

その際。気を使っていますのは、掲載の基準です。
我社の情報誌は他のフリー情報紙・誌と比べ、お客様から掲載基準が少し厳しすぎるんでは。とのお叱りを受けるほど、自主規制した基準を設け、読者の期待を裏切らないように注意しています。それがお客様の業務向上に繋がると信じています。

我社は、その出生が新聞広告の取扱でしたから、新聞の掲載基準、考査、審査の洗礼を受け、紙媒体とは、如何なるものであるかを十二分に理解して育った結果だと思っています。

昨今の新聞広告。往年の権威はどこに行ったのか?と、疑うほど、びっくりするような、紙面構成が行われています。広告屋が驚くのですから、読者もさぞや、びっくりされると思います。

私の愛読書のひとつ、文芸春秋の新聞広告。下に写真を添付しましてので、ご覧頂きたいと思いますが、昨今の紙面の使い方には定義が無くなったのか?と思いつつ眺めました。

大胆で目を引く広告。それで、良いのでしょうが。隣の紙面から、全五段の広告が突き出しているのです。ま〜。目立ちたいのは分りますが・・・・・。芥川賞を全文掲載していると、言いたいのでしょう。

この2ページに亘る体裁、朝日と読売だけ。毎日と日経は全五段の見開きです。
なぜなのか?理由はよく分りませんが?広告代理店の恣意的なものでなければ良いのですが。

私的には、少々やり過ぎ。全頁広告だけで十分ではないでしょうか。天下の大新聞二社の見識を疑います。もう一つ、やり過ぎではないですが、驚いた広告があります。

空白広告です。通常の広告紙面に、スポンサーの意思で、空白にして、社名のみを記す手法はありますが、突き出し広告と言って、記事にはみ出す広告を空白にするのは非常に珍しい。

思わず、眼を引きますから、広告効果は抜群です。内容も貸金業者の「利息」が付かないで融資する。(但しの条件は付いてますが)との衝撃的広告です。

私はこの広告、なかなかだと思いますが。記事の一部が空白になる紙面。私は驚いて見ました。新聞社の掲載基準との兼ね合いはどうなっているんでしょうか?中身に問題がなければ、如何なる広告でも可能なんでしょうか?

新聞広告の掲載基準が、以前と変わったとの報を受けてませんので、なんの問題もないにでしょうが、
我社の生活情報誌の紙面づくりの方が、もう少し、真剣に広告を。読者を。捉えている気がしています。

時代が変化してきたのでしょうか。
芥川賞の寸評は、明日にします。        Goto

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2/10読売新聞より        2/10毎日新聞より

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月12日 06:35 | コメント (2)


円高

2009年02月11日

100年に一度の危機とは口ばかりですか?

輸出企業、業績が一段と悪化しています。何とかしなくては。
世界的な経済危機による消費の落ち込みが、大きな要因ですが、それ以上に円高による為替差損が響いています。

去年の9月までは、今期(この3月期)の収益予想を過去最高と予想していた自動車大手8社の内、5社が最終赤字に落ち込むなど、輸出企業が軒並みに下方修正を余儀なくされる発表が続いています。

私の苛立ちなのかもしれんが、なぜ、日銀は、円高阻止の圧力を加えないのでしょうか?理解できません。打つ手がないのか?それとも、専門的な、あるいは、そうしない特別な理由があるのでしょうか?

巷間言われるように、「市場の先行きが不透明」を理由に放置するようであれば、辛うじて、最終黒字を予想する企業も、今期は枕を並べて、討ち死に、正規雇用すら維持できなくなるのは明らかです。

私は、日銀の施策について、いつも思うのですが、物事の決め方が三か月は遅い。予想で決めろとは言いませんが、データからしか物事を読み取れない集団になってしまっているのではないかと危惧します。

企業は、この現状、三月末の予想すら困難な状態にあるにも拘らず、予想開示の義務を負っています。
日銀だとて、予想で、施策を講じるべきではないでしょうか。

少なくとも、輸出企業のこの急激な修正、下方要因の円高だけでも、手を打って欲しいと、
自動車関連の下請け企業がひしめく地方に住む、おっさんとしては思うのですが?如何なもんでしょうか。

暗い経済ニュースの中。ここに来て、自動車大手各社の経営スタンス、輸出から国内販売に大きく舵を切りはじめました。その先陣はホンダです。

ハイブリッドカーの正月広告キャンペーン。まずは、グリーンマシーン、エコカーの新発売まで、車購入をしばし待て。と訴えたことです。ホンダがエコカーを出す。なにが出てくるのか?大いに興味を持って見ていたのですが。

2月に入り、そのベールを脱ぎました。その中身は価格。「値段のムダ」を省いて、200万を切った、189万円のハイブリッドカー。コピーには、大きさや重さなどあらゆるムダをとことんそぎ落とし、エコカーを世に広めたい。と。エコ廉価で勝負に打って出ました。

トヨタも、低迷する国内市場へのテコ入れを強化。車に関心の低い20〜30代の女性をターゲットにした「遊び心」満載の「パリの小部屋」をイメージした「おしゃれカー」の宣伝に踏み切りました。

ホンダの低燃費、低価格のシンプルエコカー戦略が、国内市場に火を付けるか。それとも、トヨタの顧客層の拡大を狙った戦術が功を奏し、市場を喚起するのか?広告屋的には重大な関心です。

この2社だけではありません。他の自動車メーカーも国内市場獲得に向け秘策を練っていると聞きます。もう一つの基幹産業である電気関連も、しかりです。

輸出企業各社が、アイディアと技術を駆使して、その生存を掛けて、国内市場での凌ぎを削る戦いが始まっていると言うのに。国の中枢では「100年に一度の経済危機」と、言いながら、口先ばかり。過去の統計にこだわって、後手にまわり、ピント外れの施策しか打てないでは・・・・・・・。

人は、危機に際してどのように振舞うのかで、その人の価値が決まるといいます。
この危機に、政治家は論外として、世界有数の頭脳集団と言われる官僚には、踏襲主義の障壁をぶち破って欲しいものです。

企業人は必死です。命懸けです。責めて、政治家には真剣に内需拡大の施策を講じてもらいたい。日銀には、外需拡大のために、円高阻止の施策を大胆に実行して欲しい。と願っています。

日産、2万人従業員削減の記事に暗い気持ちです。
そんな願いも届かないのでしょうか?歯ぎしりしてます。
                                 Goto

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1/30読売新聞 2/10日本経済新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月11日 07:02 | コメント (0)


スマートパワー

2009年02月10日

まずは、状況を把握し、理解する能力を身に付ける。

リーダー像を語れるほど、研究したわけではありませんが、経済危機からの脱出を模索しても、先行きが見通せない現状では企業経営者を始め様々な組織のトップの舵取りはとても難しくなっています。

この時代、どんなリーダーが求められるのか?思わず、膝を叩いたリーダー評を読みましたので考えてみました。自分の描くリーダー像と重ねて頂ければと。

社会は、驚くほど複雑で、かつ、サイクルが短くなっています。金融経済の知識などは、生半可では、チンプンカンプンで良く分りません。技術開発のスピードも速く、商品の寿命も益々短くなっています。
消費者の嗜好も千差万別、傾向とか対策では読み切れない現状です。

リーダーがリーダーシップを発揮するには、従来型の英雄的なリーダー像では通用しなくなったようです。専門性は別としても、まずは、「状況を把握し、理解する能力」がなければ、現代民主主義社会においてはリーダーたる資格はなさそうです。

とくに、文化、民族、歴史への深い造詣。そして、力の資源配分状況を正確に掴み、ついてくる人々(フォロワー)のニーズに応え、時間的切迫性を配慮し、情報の流れなど、「状況を把握し、理解する能力」すなわち知性が必要です。と、書いてあります。なるほど、思うんですが如何ですか?

その評では、スマートパワーを身に付けるべきだと。リーダーとは、集団が共通の目標を設定して、それを手助けする存在と定義して、フォロワーをどれだけ動員出来るかに掛かってると仮定して。

リーダーシップを発揮するには、フォロワーをある程度強引に誘導するハードパワーと、フォロワーを惹きつけて仲間にするソフトパワーを効果的に組み合わせて用いる能力、(それをスマートパワーと言うそうですが)が必要だそうです。

なるほど。と、思うのですが、自分自身を振り返ってみますと、まず、知性が不足。人を強引に誘導するエネルギーが不足。ましてや、人を説得すり説明能力も不足。それに、スマートさも欠如。

折角、現代民主主義社会のリーダー評を、膝を叩いて読みましたが。
アラカンの私には、通用しないことが、分り、落ち込んでます。

若い優秀なリーダー候補諸君には、よく考えて頂ければと思います。
                                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月10日 06:11 | コメント (0)


OFF

2009年02月09日

成功企業から何を読み取るか?

プロ野球。キャンプが始まりました。
沖縄、宮崎にと、話題を追って、スポーツ担当記者が駆けずり回ってます。

各選手、最近は自主トレと称して、シーズンが終われば、休む間もなく身体を鍛えます。年が明ければ、更にメニューを強化して体力を養います。キャンプに入れば、テーマを決めて課題克服にチャレンジします。本物の自分を求めて。

オフの過ごし方やキャンプでの姿勢が、シーズンの成績に繋がります。野球選手にはオフとシーズンがありますが、我々は、現役である以上、365日がシーズンです。オフはありません。鍛えるには、日々の現場で学ぶしかありません。しかし、それだけでは、並の選手で終わってしまいます。

長打力もなく、足も遅い選手が、チャンスに強いとか。華麗な守備ができるとか。特異な球を投げれるとか。光る選手になるには、シーズン中にオフを探し出し、そのオフを利用して、自分を鍛えるしかありません。

それには、生活時間を有効に使うか?睡眠時間を削るか?によって時間を作り、
あとは、意志と気力で継続するしかありません。

企業も同じで、好況(シーズン)時には、多少の緩みが生じても、進んで行くことが許されますが、不況(オフ)には、一切の弛緩は許されません。

私は、不況はプロ野球のキャンプと同じだと考えています。人も組織も、仕事の内容も、すべてを洗い直し、従来のビジネスモデルを根幹から見直すための機会を与えてくれる鍛錬の場だと思っています。

キャンプが、神様と称された先輩や、修羅場を生き抜いた成功者の指導を受けるように、企業も、不況下にも拘らず業績を伸ばし、勝ち組のビジネスモデルを構築する素晴らしい成功企業に学ばねばなりません。

MACはなぜ?収益を伸ばしているのか?モバイル戦略との関係は?
ユニクロの安価で本物とは?売る発想の原点は何か。店を訪ねたか?
任天堂のゲームはなぜ、売れるのか?ゲームの背景、キーワードは何なのか?
中間売上最高のアルペンは、品揃えに注力してるのか?
デズニーランドの好調が止まらない。死角はあるのか?ないのか?

不況をキャンプと捉え、必死に学んでみる必要があります。
そうすれば、必ず自社の課題が見えてきます。それを克服すれば、シーズンに花開くことになります。

因みに、広告屋の立場から。この優良企業5社。成功のキーワード、おぼろげながら見えてきます。
え〜。みえない?おかしいね?
まず「安」でしょ。「家」でしょ。「動」でしょ。「近」でしょ。そして、共通するのは「健康」です。

オフのない人生を詰まらない生き方と捉えるのか。
シーズンばかりの人生にオフを探して自分を鍛える人生が良いのか。

私は、オフに成功企業の経験に学んだり、自分で自分を鍛えるための工夫をするのが楽しくて仕方がありません。しかし、家人には「そろそろ努力だけでは限界ですよ。オフばかりでも変わりはしませんよ?????・」と釘を刺されています。
                                    Goto           

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月09日 05:44 | コメント (0)


慮し難い

2009年02月08日

四度目の首のすげ替え。

別段、向きになっているわけでもないのですが。
あまりにも、呆れているので、どうしても・・・・・・。

今日の報道番組は、この慮(りょ)し難き男の批判で、溢れ返ると思います。
新聞ネタ、テレビネタのオーム返しでは、面白くないので、ちょっぴり角度を変えて考えてみます。

慮し難き(どうにもならない)男とは、我が国のリーダー様のことです。

まず、天下の愚策「定額給付金」についての発言です。首相が受け取る。受け取らない。で物議を醸していますが。そんなことは、どうでもよい話です。

問題は、二次補正が可決したら、その中に織り込まれている「給付金」もばら撒かれると思い込んでいる政権運営の姿勢です。民主党の参院幹事長は岐阜出身(私は一度もお目に掛かったことはありませんが)です。

彼のコメント。「二次補正実施のための法案審議を早急に進める気配がまったく自民党サイドにない」そうです。予算案が可決しても、法案が通らなければ、実施できない。当たり前のことです。

国会はねじれているのですから、参院対策をきっちりやらなければ、何時まで経っても、実施されないことになります。強かに考えれば、民主が参院で、実施を遅らせているから、「給付金」がバラ撒けない。と、言いたいのでしょうが。

経済対策を政権運営の第一義にしているのですから、本来ならば、自らが乗り出してでも、早期に法案を通し、二次補正を実施すべきです。慮し難きと申すのは、彼の頭には、二次補正はすでに実施されていると思い込んでいることです。

国会とは何ぞや?予算とは?すら、分ってないと言わねばなりません。慮し難いでしょ。

それに、郵政民営化を見直すとの発言です。私は岐阜市に住んでいます。三年半前の総選挙、思い起こして頂きたい。無所属で戦った野田聖子vs自民党から送り込まれた刺客佐藤ゆかり。女の戦いで全国的に話題をまいた選挙区です。

市を二分化する激しい選挙でした。私は郵政は民営化すべきである。との立場でこの問題を考えました。その結果、多くの友人や仲間とぎくしゃくした関係が生じ、今尚、その傷は微妙に残ったままです。

地域社会のしがらみと、政策。小泉劇場に踊らされたのかもしれませんが、既得権益を廃して、国の形を変えるには、改革の本丸、郵政民営化しかないのではないか。

と、多くの市民はそう思ったに違いありません。しかし、しがらみと政策の狭間で、揺れ動き、悩み真剣に考え一票を投じました。日本政治史上に一石を投じた重要な選挙でした。

慮し難き男は、郵政民理化の意味も、先の選挙での民意も、国民の意識の変化もまるで、読めない。
この場に及んで、郵政民営化は間違いだった。見直すべきと言う。信じ難い。

もう、滅茶苦茶です。岐阜市民はどう判断するんでしょうか?郵政民営化反対の野田さんが小選挙区で勝ちました。その後、彼女は民営化に賛成ですと宗旨替えの詫び状を入れて、自民党に復党しました。

その時の彼女に投票した人は、たぶん、彼女が郵政民営化に反対なら反対でよい。賛成に宗旨替えしても彼女がそう決めたのならそれも許す。首相が反対だったとおっしゃるのなら、そもそも私は反対だったんだから、反対だ。とおっしゃるのも認めるんだと思います。

彼女を支持する人は、彼女がどちらに転んでも支持するでしょう。それが、地域というものです。それがしがらみというものです。それはそれで、この国の風土。良さでもあり、問題でもある分けです(私は政策で選びますので、郵政民営化に賛成の彼女は指示します)が、理解できます。

しかし、議院内閣制です。こんな、慮し難き男に翻弄されるのはもう、たくさんです。
彼を選んだ責任は、自民党にあります。

私の勝手な想像ですが。次年度の予算が上がっても、総選挙は、無い気がします。

すったもんだで、慮し難き男の首を据え変え、その後に、選挙管理内閣を発足させ、任期満了、
総選挙と言うことになるような気がします。(あまり当たりませんが)

4度までも、首相が代わって?黙っているほど、国民は馬鹿だと思っているとしたら、
全く慮し難い政党です。
                                                 Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月08日 07:14 | コメント (0)


炎上その2(やっぱり)

2009年02月07日

卑怯な匿名者を容認する大新聞を許さない。

私のブログは一日完結(二日掛りのテーマは・その1・2となる)をモットーにしていますので、昨日の続きは基本的には書かない積りですが。今日は例外的に、「炎上その2」です。

ブログを「炎上」させた匿名者18名を書類送検したと読売新聞がスクープ。次の日、他紙は、追従するかどうか?私はしない。簡単に書いて済ますか。もしくは、匿名者を容認するのではと述べました。

毎日新聞は「やっぱり」で、6日付朝刊には、私が見落としたなら別ですが、記事すら掲載していません。今日の朝刊は分りませんが、この摘発を快く思っていないが故に無視しました。

朝日は、2面の「きょうがわかる」コーナーで特集。しかし、内容は「やっぱり」でした。
やっぱりとは匿名誹謗中傷者の容認です。

犯人達を「全国各地に住み、職業もばらばら、互いに面識もない」だから組織的ではない。集団で摘発するのはおかしいと、この取締りを批判しています。ネット社会だからこそ、なんの繋がりもない輩が、犯罪を犯すのだと思うのですが。

「書き込みを事実だと信じてた」と、目的はブログ炎上でもなければ、犯罪になるという意識も全くなかったと、犯人擁護にしゃかりき。真実も確かめず付和雷同したんだから、罪ではないと強弁もしています。何をか言わんやです。「面白半分」だから、誹謗中傷は許容範囲。摘発は過剰だとも。朝日らしい論陣ですが、これが日本の大新聞の偽善ぶりです。

さらには、エセ知識人の口を借り「中傷と意見の違いをどう判断するか。言論の自由との兼ね合いもあり難しい問題だ」と、お得意の憲法問題にすり替え。「どんなテーマを巡る議論なのかが重要だ」とテーマによっては個人攻撃も当然だととばかり、争点を別方向に誘導しています。

この大新聞のあまりにも「やっぱり」な論調と無視に、あきれるんですが。

私が二日間に亘って、「炎上」を取り上げるのは、匿名で人を批判する卑怯なネット社会を怒っているのです。大新聞が匿名者を擁護することは、匿名犯罪を容認すること。その結果、被害者が出るわけですから、犯罪を助長していることになる、そのことを自覚せよと申し上げているのです。

卑怯にも匿名で発信する「身勝手な正義感」が被害者の人権を奪うことに、大新聞が無関心であることは許されない。人権はまず被害者が守られるべきです。加害者の人権を論じるのは主客転倒も甚だしいと思います。

警視庁によると、07年のネット上の名誉棄損や中傷に関する相談は8871件。03年の3倍。これは表面の数字です。泣き寝入りはその数十倍ではないかと言われています。それらがすべて匿名、卑怯な、恐ろしい社会です。

そもそも、「やっばり」なんて、言葉は最低です。心が荒ぶ言葉です。

日本社会の現状は、世界200ヶ国と比較すれば、びっくりするほど豊かな国です。食糧も豊富です。一定以上の物質的な豊かさも享受されてます。新しい文明の機器は入手でき、情報も共有できます。

上を望めば切りはありません。一つ一つを捉えればまだまだ、不十分です。しかし、治安も保たれ、法に乗っ取り社会が構成され、一人ひとりの考えや意見も尊重される民主的な国だと思います。

高齢社会も進み、大人の数も増えています。日本の社会は十二分に成熟した社会だと思います。
いや、成熟しなければならない社会だと思います。

そんな時代。大新聞はこの国を大人の社会に導くべきなのに。匿名などと言う陰湿で、未熟な子供社会の犯罪を容認するような、論調を張って良いのでしょうか?情けない限りです。

あの新聞は「やっぱり」。そんな言葉で片付けれるような、どこか大人気なくて,幼稚な論調で社会をリードする言論の府であってよいのでしょうか?そんな不幸があって良いでしょうか?私には到底理解できません。

マスメディアの影響は社会を動かします。
朝日さん。毎日さん。子供のように頑なに、変な人権を振り回さないで、匿名で人の誹謗中傷する輩を、許さないネット社会を築きましょうよ。お願いします。

二日も同じテーマで、力んでしまいました。フ〜。        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月07日 07:48 | コメント (3)


炎上

2009年02月06日

匿名ネット社会を憂う

情報過多の時代ですが、その割には、とても恐ろしいと思う事があります。
それは、同じ話題を誰もが口にすることです。

メディアの端っこで広告の仕事をする立場からすれば、国民が同じ話題を口にすることは、マスメディアの浸透率が高い。その結果、広告の到達率も高い。広告効果がある話ですから有りがたいことですが。

話題についての批評も、評価も同じでは、没個性。
平均的で、平凡な民族になり下がってしまう気がします。

読売新聞のスクープですが、警視庁が、匿名で、男性タレントのブログを必要に攻撃した17歳〜45歳の男女18人を名誉棄損容疑で刑事責任を追及しました。

集団でブログに事実無根の誹謗中傷を書き込み、相手を攻撃して、血祭りに上げることをブログ「炎上」と言うそうです。韓国では女優さんが追い詰められて自殺。重罪の「サイバー名誉棄損罪」新設されるようです。

最近は日本でも有名人以外の一般市民に矛先が向けられ、精神的なダメージを受ける人が増えています。恐ろしいことです。私は以前から、匿名社会を日本に蔓延させてはいけない。と、訴えてます。

なぜなら、匿名で人を中傷しますと、そこに快楽が生まれます。その快楽は病に繋がります。想像してみてください。深夜、一人、パソコンに向かい。特定の人間に向って、こそこそしながら、人の批判をする。そんな卑怯な病いを持つ人間を創っては、日本社会が滅んでしまう。

「匿名ネット社会」を放置してはいけない。その立場から警視庁の、この断固たる摘発に敬意を表します。そもそも、ネット上では、匿名は存在しないのです。国家権力がその気になれば、特定できるのです。軽い気持ちで始めたことでも、名誉棄損は許されないことを知るべきです。

私は、古いのかも知れませんが(古いんです)、人を傷つけたり、批判すれば、その報いは必ず自分に返ってくると信じています。めったに批判はしませんが。批判するなら、堂々と名乗りを上げて批判します。

そして、一度批判したら、中途半端で妥協しません。和解するか?
相手が白旗を上げるまで徹底的に戦います。受けるであろうしっぺ返しも覚悟して批判します。

「匿名ネット社会」がなぜ、蔓延するのだろうか?持論です。
一つは、まだ、今日の朝刊各紙を読んでませんが、読売のスクープに、どの新聞が追従するか?たぶん、朝日も毎日も淡々と書いても、社会派と称するエセ知識人が、匿名者の権利とか、国家権力の介入とかを認めないとの論調で、匿名を容認する。この思想が偽善です。悪病を蔓延させます。

もう一つは、そうです。みんなで渡れば怖くない。マスメディアの高い浸透率による、国民の同質化です。その結果、誰かをターゲットに誹謗中傷が始まりますと、それに、こぞって乗ることに違和感を覚づ同調する。没個性化がもたらした結果だと思っています。

世の中は情報社会です。ネットがその中心に位置するのも重要です。しかし、ネットは、その使い方で、人を殺すこともできます。恐ろしいメディアです。文明が不幸をもたらすことは歴史上数多くあります。

警視庁のブログ「炎上」に対する毅然たる態度を警鐘として、同じ話題を誰もが口にする社会、
陰湿な匿名ネット社会の情報過多を、ここらで考えてみる必要がありそうです。
                                 Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月06日 07:03 | コメント (0)


インフルエンザ

2009年02月05日

スピード感がないですね。

最近は景気が悪いわ。厳しいわ。大変だわ。との会話が、巷の挨拶になっています。寂しい限りです。
この職業の方が、この挨拶をするのはちょっといただけない。その職業とは医者です。

医者は、冗談でも、患者が減って、売り上げが落ちたとか、景気が悪いと言ってはいけません。
現実は分かりますが、そこはそこ、医は仁術。医者としてのプライドに掛けて、患者が少ないのは健康な人が多い証拠。素晴らしいことだと、やせ我慢してでも、胸を張るべきです。

しかし、患者減少の原因が、不況の嵐で、持病を抱えている人も、治療回数を減らし医療費を抑えなければならないとなると、それは社会問題です。いや、人権問題かもしれません。

また、この時期、寒暖の差が激しく、体調を崩す人も多い。風邪は早めの治療で治る率が高いと言われますが、これも治療費を心配して、こじらすとなると、取り返しの付かない事態になりかねません。

インフルエンザが流行しています。ノロウイルスらしい。下痢と嘔吐は激しいですが。風邪とは違うので、くしゃみや鼻づまりはなく、熱も出ないようです。その結果、医者へ行くのを控え、我慢すれば治ると思っている人が多いと聞きます。それも原因が不況にあるとするならば、不況も極まれりです。

今年のインフルエンザは、感染性が強いそうですから、周辺の人に影響を与えます。高齢者の死亡例も報告されているようです。治療費など気にせず、治療が受けられるべきです。

自治体の財政が住民サービスにも支障をきたすほど、逼迫しているのは分りますが、
ことは命の問題です。思い切って、医療費を補てんするなどのセーフティーネットを張って欲しいものです。

インフルエンザはシーズン病です。医師の協力を仰げば、些細なコストだと思います。病気の蔓延に歯止目が係り、不況下の不安解消にも繋がります。

これが生きた政治、血の通った行政ではないかと思うんですが。

それに付けても、時空を超えて情報が飛び交うネット社会。
スピード感がないのはどうしてなんでしょうか?

適宜な政策でも、国が大きすぎて小回りが利かない。あるいは制度や規律、規則、規制でがんじがらめで動きが取れない。そんな理由で、実現しないのでしょうか?

何とかしなくちゃ。と、思うんですが、
でも、その前に、最低限、自分の職業には、プライドを持って生きて行きたいものです。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月05日 06:39 | コメント (0)


機関紙

2009年02月04日

暗いニュース。少しは控えてみませんか。

2日から日経新聞の夕刊紙面が大幅に刷新されました。
日本株式会社の機関紙である日経。斜陽傾向が著しい新聞業界で一人気を吐く日経。

その日経、日刊紙が、地方紙から順次夕刊を廃刊する状況下での紙面刷新、如何なる紙面を作るのか、夕刊にどんな新しい息吹を吹き込むのか?とても楽しみに、待ちわびていました。

刷新初刊の2日と3日付を手にして、おや?と思いましたので。慌てて1月中旬の月、火曜日の夕刊と比べてみました。ページを追ってみましたが。

一面は、題字下に六段抜きのカラー広告が加わった程度。レイアウトに変わりはない。中面、海外マーケット情報も証券も変わりない。告知では気合が入っていた「らいふ」のページも内容は平凡。

スポーツ面も社会面も従来と同じ。むしろ、エンジョイのコーナーとか話題のコーナーもなくなった。紙面数も24頁だてから、逆に16頁だてに減頁している。な〜んだ。結局は紙面を刷新するといいながら、他紙と同様、夕刊のコストを削減しただけか。

それにしても、「夕刊紙面大刷新」とは、期待を持たせるような、大仰な社告を打ったものだ。
新聞命の私としては、裏切られたようで、がっかりだね。

待てよ。2日夕刊。一面のトップ記事。景気の良い話が載っているではないか。12月の小売業は歴史的な減収なのに、この記事。「お得感求め、不況下でも拡大続く。モノもカネもネット経由。12月の通販取引過去最高」とネット通販好況を伝える。

3日の夕刊。一面トップ。株価低迷歯止めに日銀が買い取り再開。総額1兆円。政府・与党は既に銀行などから最大20兆円分の保有株を買い取る方針。それに足並みをそろえるとの具体的な株価介入に乗り出した。明るい景気対策の記事。

そうか。日経夕刊の紙面刷新は、この重苦しい経済不況に、明るい話題。前向きなテーマ。元気の出る記事を選んで掲載するように紙面を刷新したということか。断じて経費削減ではない。なるほど。

そうであるとすれば、暗い記事ばかり掲載すると購読部数が増えると、勘違いして、不幸を売り物にする愚かな商業新聞(日刊紙)に対抗しているのかも知れない。

とすると、流石、日本株式会社の機関紙、日経新聞。ぜひ、明るい未来のために頑張ってほしい。
これって、マインドが極端に落ち込んでいる時期、マスメディアに必要なことだと思う。

でも、深読みし過ぎ。二日間だけの偶然かもしれない。
紙面刷新の真意。果たして奈辺にあるのか?今日の夕刊を読んでみるしかないかな〜。
                                      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月04日 06:51 | コメント (0)


ゲバラ

2009年02月03日

人間愛と社会正義

青臭いんですが、私の中では「ゲバラ」は死んでいません。
日曜日。気になって仕方がない映画。「チェ・28歳の革命」と「チェ・39歳 別れの手紙」を観ました。

映像がドキュメンタリータッチで、構成されているせいか。あの時代。あのときは、1960年代後半から70年代前半に掛けて、学生運動が高揚した時代です。私もご多分に漏れず、大いに「赤」(今でも私のことをそんな風にレッテルを貼る田舎の権力者がいますが)かぶれした「あの時代」が鮮明に蘇りました。

「革命」なんて、本当に起こせると思っていたのか?と問われれば。「武装闘争」で権力が転覆するとは思っていなかった。しかし、経済の高度成長とは裏腹に、資本と労働の間には、明らかな搾取が存在するとは、真剣に考えていました。

世の中には強者と弱者が峻別され、弱者を安易に切り捨てる仕組みと思想(手には技術、心に日の丸)が構築されつつある。それと対峙する勢力(労働者)の一員になって、闘いたいと熱くなっていました。

そんな、青臭い学生時代の「英雄」が、米国支配のラテンアメリカに風穴を開け、キューバ革命を成功させた後、南米(ボリビア)大衆の開放のために闘ったリーダー チェ・ゲバラでした。

キューバ革命から50年(キューバの体制がこのままでは限界が来ると思うのですが)。革命の指導者、フィデル・カストロ前国家評議会議長(82歳)が健在である以上、彼と同世代の「ゲバラ」は、今も尚、地球上のどこかで、「一切の妥協を許さず、ブレず、大きな愛で理想社会を求めて、あの時代のままのスタイル」で生き続け、闘っているハズ。生きていなければならないと思いたい。

しかし、映画のラストシーン。彼は革命家のまま死ぬのです。「別れの手紙」を残して。

歳月は、人を確実に老いさせます。しかし、老いは、知らず知らずのうちに、青春時代に追い求めた夢までも風化させ、人の生き方を保守的で現実的に変えてしまいます。

この映画を観て、今尚、私は、時代背景に違いはあるが、あの時代の私となんら変わっていない。むしろ、アラカンにして、熱い生き方が出来ていると大声で叫んでみたい。

死なないと信ずる「ゲバラ」が死んだという現実を映画で見せ付けられて、「ゲバラ」に象徴される人間愛と社会正義は、私の中では永遠に失われはしないのだと、妙に「革命家」気取りで強がっています。単純ですね。(笑)

アラカン世代には、青春回帰、お勧めの映画です。

映画館(シネコンですが)の鑑賞料、1の付く日は特別料金で1000円だそうです。
そのせいか、若い人達で賑わってました。

私の場合、こんなに楽しませてもらって。いつでも還暦料金で1000円です。
本来ならば若い人達の料金を1000円に下げ、映画ファンを増やすべきだと思いますが?
                             Goto
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投稿者: 後藤 日時: 2009年02月03日 06:46 | コメント (0)


津波

2009年02月02日

強靭な意志と力で。

経済が収縮している。それも恐ろしいスピードで。まるで、津波のようだ。
さて、どう対処するのか。なんて、間の抜けた対応では、波に飲まれ水死だ。

なかには、じっとして、嵐の過ぎ去るのを待てばよい。ジタバタしても仕方がない。と、鷹揚に構え、夜明けの来ない夜はない。とか、冬の次には必ず春が来る。と惚けた感覚の人もいるが、とんでもない。

過去の景気動向を参考にしても意味はないが、神武景気の後の「なべ底不況」は12ヶ月。85年のプラザ合意後の円高が引き起こした「円高不況」は32ヶ月。金融引き締めによる不況、2度の石油ショック不況など過去の不況回復に、「円高不況」を除いておおむね1〜2年は掛かっている(内閣府)

人間的魅力も能力も疑わしい我が首相が、思い付きで語った、完治3年が以外に当たっているのかもしれない。が、しかし、この不況。厄介なことに世界同時。日本だけが、そう簡単に好転するとは思えない。

「円高不況」を越え長期化すると予想できる。それに、老後の不安、少子化による人口減も足を引っ張り、底を打っても、そのまま横ばい、さらには下降するかもしれない。

何も、悲観論を並べ立てているのではない。たとえこの不況が永久に続くとしても。まずは、津波に耐えなければならない。それも、縁あって「同じ釜の飯を食う」仲間全員が、一人も欠けることなく生き残らなければならない。

それには、それぞれの持ち場に身体を縛りつけ、梃子でも動かぬ強靭な意志と力(行動力)。チョッピリ品がないが「火事場の糞力」を発揮して津波の猛威に耐えなければならない。

人間って動物は面白い生き物で、極限までの状態に耐えれれば、その耐える状態が日常化する。それを慣れと言うのだが。そこまで、お互いに切磋琢磨し、耐えねばならない。その覚悟が必要だ。

そして、津波に耐えつつ、従来のビジネスモデルを投げ捨て、新しいビジネスモデルを構築する必要がある。そのニューモデルを必死に掴んだ企業のみが、春の来ない冬でも、生き延びることができる。

勿論、長い夜が底を打ち、夜明けが近づく頃には、耐え抜いた個人は鋼のように強靭になり。組織は活力に満ち溢れ、企業は大いなる飛躍を遂げることとなる。

そんな、夢に向かって強靭な意志と力で、この津波に立ち向かおうではないか。
                                       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月02日 06:09 | コメント (0)


立春大吉

2009年02月01日

スピード違反も色々あります。

春眠暁を覚えず・・・。夜来風雨の・・・。一昨夜、この地方は激しい雨と風が吹き荒れました。
その影響でしょう。昨日は、抜けるような晴天、路辺のあちこち、一斉に春が芽吹いた感です。

今日は、2月1日。立春大吉までには数日ありますが、早めの春一番が訪れたのでしょう。
この風雨。地球温暖化の影響だと言えば味気ない。昨年来の災難(不況)を神様がスピードを早めて厄除けしてくれたのではと願わずにはいられない。叶わぬ時の神頼みですが。

しかし、ここで、とやかく言う話でもないが、去年の8月まで、純利益2兆円突破かも。と予想されたトヨタが今期、4000億円の赤字に下方修正。来期予想は生産台数を30%以上のダウンと見込む。

広告宣伝予算は、昨対50%にするとか。日本一の優良企業が予算を半減するとの報に、広告業界には震撼が走っている。その形振り構わぬ経費削減へのスピードは、さすがトヨタと申していいのか?これぞ世界のトヨタと言うのか。凄まじい。

中小企業ではとても、とても。一刀両断する勇気はない。見習うべきか?それとも・・・・。などと、躊躇することが、すでに経営者として甘いのか。悩ましいところだが。

自動車に次いで、連日報道される日本の基幹産業電気メーカー各社の相次ぐ大幅業績修正と人員削減の発表。驚愕の数字だ。あまりの急激な落差に、生産停止と人材削減以外経営者にも打つ手がなさそう。トヨタに右に倣えと、コストカットのスピードを上げることになるのだろう。

となると、内需は益々冷え込み・・・・。だれもが恐れる負のスパイラルに陥ることになる。こんなこと書いていても虚しいだけだが。いくら経済が収縮しても、内需がゼロになることはない。

国内を市場とする広告業。たとえトヨタが広告費を半減しても。まだ、予算は50%もある。
他の企業も広告しなければ商品は売れない。そこに活路があると信じるしかない。

サービス業は人が命。持てる能力を駆使し、知恵をだし、新しい提案を企画する。
そして、真摯に、愚直に、地域社会の為に貢献するという本分を全うする以外にない。

内需拡大に、打つ手は二つしかない。一つはスピード違反覚悟で、政府が大幅な財政を出動させることである。暴走やむなし。(定額給付金だけはやめて欲しい。あまりにも知恵がない。と私が小声で言うのは、私のささやかな矜持だが)

もう一つは。そうです。立春の日に各家の柱に「立春大吉」の張り紙をして、神水清明、神火清明、神風清明と合せ、神財清明を祈り、災難を避けて頂くよう、神様に祈る以外にない。

そうそう、春の芽吹き、隣地の梅が咲き始めました。
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梅一輪、一輪ほどの温かさ(作者不詳)

投稿者: 後藤 日時: 2009年02月01日 06:07 | コメント (2)