2009年03月

蝮の道三

2009年03月31日

第3の創業にあたり

我社の決算は三月。今日で今期も終了。一年を振り返れば反省点ばかりだが。
経済は生き物。その時、その場面で、持てる力をフル回転させて、獲物と格闘する以外に道はない。

経済収縮の度合いは、想像を絶している。昨年の結果やデータが、まったく役に立たない。
「あると思うな親と金」と言うが、「あると思うな去年の仕事」だ。

今までの仕事のやり方では生き残れない。すべてをゼロベースで見直す。
その覚悟と心構えが必要だ。それは天が与えた千載一隅のチャンスでもある。

そこで、私は、新年度にあたって、そのチャンスを「第三の創業」と位置づけた。
昨日の我社はない。もはやない。あるのは、このスタートを一緒に生き抜くスタッフのみである。

創業にあたって、まず必要なことは、企業理念「地域社会への貢献」を共有すること。
何のために我々は存在するのか。何のために我々はこの仕事に取り組むのか。

そして、質の高いサービスを提供する。
「そこまでやるか」とお客様に満足頂き、社会を唸らせる仕事をする。

さらに、昨日までは、広告会社として、その営業姿勢が余りにも淡白だった。
今日からは、しつこく、粘り強い「諦めない」営業スタイルを構築する。

美濃の国主だった斉藤道三はその執念深い生き方から、別名「蝮の道三」と言われた。
この時代。淡白な営業では生き残れない。営業スタイルを「蝮の中広」と言われるようにする。

中広32期「第3の創業」は、狙った獲物は確実に仕留める。
「蝮の道三」ならぬ「蝮の中広」で行く。

そういえば、今週の土日は、満開の桜の下で、通称「道三まつり」と呼ばれる岐阜祭りが催される。
                                           Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月31日 06:53 | コメント (0)


レッテル

2009年03月30日

社会を活性化するアドマンに!!

今週からいよいよ四月。我社にも、若鮎が10名加わります。
26日から新人研修が始まり、4日に入社式。アドマンとしてスタートです。わくわくします。

活性化とは何か?と、問われれば、私は即座に「人が集う事だ」と答えます。
例えば、山村僻地が賑わいを取り戻すのは、故郷を離れた人達が帰省する、盆暮れです。

吹き荒れる不況は、経済を収縮させています。企業は雇用調整を促進したり、新戦力の加入を取り消したりと、人員削減に躍起です。やもう得ないことですが、とても悲しい現実です。

人が減れば、企業も街も、そして国も急激に元気が無くなります。そんな折、若い仲間を迎えることができるのはとても幸せなことです。新人の加入は我社が大いに活性化し、不況の嵐を撥ね返してくれると、確信します。

あまり、意識していませんでしたが、社会経済生産性本部なる有っても無くても良い陳腐な機関が、新入社員のタイプを1973年から毎年、命名(レッテル貼り)しているそうです。

06年が従順だが時に大胆な自己主張する「ブロック型」
07年が損得勘定で早期転職が予想される「デイトレーダー型」
08年が配慮や指導が必要な「カーリング型」

そして、今年は、環境問題に関心が高く節約志向で、無駄を嫌う傾向。折り目正しく小さくたためて便利だが、使う時には大きく広げる(育成)必要がある。

酷使すると長持ちしない(早期離職)。意外に耐久性に優れた面もあり活用次第で有用となる
「エコパック型」だそうです。面白い表現ですが????

人は一人では生きられません。周りの人たちに助けられ、生かされるものです。
特別に個性のある人を除いて、助けられた人達の影響、即ち、時代を反映して育つものです。

この団体の指摘もあながち、間違ってはいないと思いますが、
現下の不況は、昨年の9月以降。環境問題、特にエコバックが問題になったのはこの一二年ではありません。もう少し前です。どうもすっきりしません・・・・・・・?

単に、時流と若者とを結びつけ、レッテルを貼っただけの試みです。
若者を迎える側の社会が巣立つ若者にいい加減なレッテルを貼ってどうするんだと、思うんです。

別段、目くじらを立てているわけではありませんが、
レッテルを貼りますと、人はその目で見ます。見られますとそうかな〜などと思ってしまいます。
それが社会パッシングになる場合があります。

貼らなくて良いものにも、面白半分で、レッテルを貼ってなんの意味があるのでしょうか。

我社に集ってくれた、若鮎たちは、研修が終われば、立派なアドマンです。
社会に翻弄されることなく、社会を活性化する逞しいアドマンに育って欲しいと願います。
                                            Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月30日 06:26 | コメント (0)


心意気

2009年03月29日

機を見て敏。広告の鉄則。

昨日の全国紙、久々に迫力ある全頁広告が溢れました。
それも、クリエーターの心意気が読み取れます。なかなかの力作ぞろい(写真参照)。

例年なら、三月は年度末。企業が決算調整も兼ねて、イメージアップや新年度に賭ける思いを紙面に反映させる企業広告が多いのですが、日経は立て頁40、全面広告が3頁しかありません。こんなところにも不況が色濃く出ています。

しかし、朝日が36頁で3分の1が全面広告。読売が38頁で25%。毎日は28頁で3頁ですが、スポーツ欄には五段の見開きカラーもあり、各紙とも広告紙面で賑わいました。

広告は経済を写すバロメーターです。出稿量や紙面の内容によって、社会、経済を読み解くことができます。私なりに、解説してみます。

日本中がフィーバーしたWBC侍ジャパンの世界一。機を見て敏なり。広告の鉄則です。
オフィシャルスポンサーのMACが二日間限定ですが、全国一斉値引きの告知でアピール。力作です。

どういう訳か?野球に合わせたのか?侍なのか?それともウイスキー党のお父さんなのか?
サントリーも山崎で、侍ジャパンを意識した男っぽい構成、タイミングを狙いました。

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読売新聞      読売新聞   日本経済新聞    毎日新聞     毎日新聞

トヨタの新車の広告。見開き全五段。優雅さが漂い、エコカーに流れがちな消費者の目を、高級車に向けさせる。さて、レスポンスの具合はどうなりますか?クリエーターの傑作。奇麗な広告です。

円高還元。消費者にお肉をどうぞ。と、読売に掲載されたオージービーフの広告。流通名を列挙。
給付金を意識した内容です。今夜は牛肉にするかと。

私が、これぞと、驚いたのが毎日に掲載されたパナソニック冷蔵庫の広告です。
写真、一番右です。ちょっとクリックして、紙面を大きくしてみて下さい。

私は間違えて、新聞を捲ってしまいました。そのくらい写実的です。印刷技術も大したもんですね。
白菜を包もうとしている新聞の活字を読んでみて下さい。凄いでしょう。この広告のために、新聞を作っちゃったんですよ。クリエーターの心意気を感じます。

まだ、他にも趣向を凝らした広告がありますが、全体的には生活に一番近い、食品関係が多いのも世相だと思います。

不況は企業から広告予算を奪っています。しかし、経済を元気にするには広告が必要です。
企業も商品やサービスを動かさねば、業績は上がりませんからね。

新聞に広告が溢れますと、なぜか、元気が出てきませんか?
広告の役割を再認識しています。        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月29日 06:44 | コメント (0)


残心

2009年03月28日

公務員採用条件に武芸を必須に。

勝負の世界で、「下駄を履くまで分らない」ことがよくあります。
勝ったと思って安心したら、反撃を喰らって形勢が逆転するなど。

最近は、仕事でも「決定」した事項が、予算削減を理由に、簡単に覆る場合がよくあります。
不透明な時代。読み切れない時代ですから、計画の変更はやもう得ないのでしょうが・・・・・・。

現場は大変です。詰めが甘いからそうなるのだとか。契約書をしっかり交わさないからだとか。後付けで、叱責。でも相手がノーと言いだせば、如何ともし難いのが、サービス業の辛いところです。

毎日新聞の余録に掲載されていた一文です。
東京の総合周産期母子医療センターを備える病院が、産科医不足でセンターの指定を返上すると、都に申し入れたそうです。

理由は、労働基準監督署から受けた、夜間の医師の超過勤務の是正勧告に、医師の確保が出来ない。現医療体制を維持したままでの是正は不可能だと、判断したからとのこと。

労基署が法に則って勧告するのは当然ですが、労働にも様々あり、その価値観も違います。
それを、杓子定規に「問答無用」で、勧告すれば、事業そのものが成り立たなくなる場合があります。

この勧告は、センター指定返上を招き「角を矯めて牛を殺す」例えそのものです。
役人が職務を全うしても、それは仕事は遣ったが。不幸な結果を招いたことになります。

商売の世界でも、成約をキャンセルすれば、自己の利益は損なわれませんが。取引先には損害を与えます。長い目でみれば、信用を失墜すること。後で、しっぺ返しを喰らうことになりかねません。

武芸の作法の一つに、動作を終えた後でも、緊張を維持する心構え「残心(ざんしん)」があります。
勝負が付いても「決して油断」してはならない。との武芸の教えです。

最近、日本人の伝統文化、取り分け、武芸に対する意識や評価が低くなったと言われます。
几帳面で、勤勉な民族が、事後まで、物事をしっかり処理しなくなったのは、そのせいかもしれません。

私に武芸の才も経験がないのに、偉そうなことを言うのも、気が引けるのですが。
民間人はさて置き、責めて役人採用の条件に、武芸の心得を必須にしてはどうでしょうか。

伝統文化への関心も高まり「残心」の所作を身に付けた国民が増えるのではないでしょうか。
そうなれば、伝統文化も根付き。心構えのしっかりした民族に立ち返るのでは・・・・。
                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月28日 06:13 | コメント (0)


説明責任

2009年03月27日

分ろうとしない限り人は、分らないものです。

人の言葉に、上げ足を取る積りはありませんが、何となく耳障りだな〜と思う表現があります。
スポーツ選手がよく使う「応援よろしくお願いします」などです。

応援なんか、お願いするな!!。頑張ります。とか、一生懸命努力しますとか。言えばよい。
私の知る限りでは、一流の選手は「ファン」に媚びることは言わないものです。

それに、国会議員の「議論が尽くされていない」も嫌な言葉ですね。
意見が明らかに対立しているものを、いくら長時間話し合ってみても、解決しないものです。

その違いが到底埋められないことを分かっているのに、審議をもっとやれ、議論が尽くされていない。と常套句のように声高に叫ぶ。耳障りったらありゃしない。こう言うのを、茶番劇って言うんでしょうね。

茶番でも、マスコミの「説明責任」が果たされていない。との主張にはうんざりです。
自分達がおかしいとか。納得がいかないことは、すべて「説明責任」が足らないと言う。

例えば、民主党の小沢代表が、建設会社のダミーである政治団体からの献金を受けたことに対して「背後に建設会社の存在があった」と認めなければ、説明責任を果たしていないと追及する。

そんなこと、認めてしまったら、それこそ、犯罪になるじゃないですか。どこに、マスコミに質問されて、悪いことをしました。犯罪行為に手を染めましたと、言う人がいますか。説明責任が足らないと言う方が虚しくありませんか。

企業の不祥事でも、役員がうち揃って、カメラの前で「申し訳ありませんでした」と頭を下げさせて、
それが「説明責任」を果たしたことのように書く。謝罪すれば説明責任でしょうか?溜飲は下がるかもしれませんが、説明責任とは違いますね。

「説明責任」って、一体何なんでしょうか?不都合なことを認めることでしょうか?内容を微に入り細に入り、詳しく述べることでしょうか?それとも、対象者が理解するまで何度も同じ説明を繰り返すことでしょうか?

私の持論ですが、分らない人は、何にを説明しても分らないものです。分からなくても説明すれば、それが説明責任です。乱暴ですが、そもそも人は、分ろうとしない限りは何も分らないものです。

応援よろしくとか、議論を尽くすべきとか。説明責任を果たすとか。さも、もっともらしい言葉ですが、所詮は相手に強要することでしかない。私には耳障りで、仕方がありません。

「え〜。お前の言っていること、さっぱり分らん。説明責任を果たせ」ですって?????。
                                            Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月27日 06:44 | コメント (0)


表と裏

2009年03月26日

巨悪を眠らせるな!!

まずは、お詫びをしよう。WBCで侍ジャパンは勝てないと評したことに。
よくぞ、連覇。おめでとうございます。そして、失礼の段、お許し願います。

もう一つ、お詫びが必要です。秘書が起訴されれば、民主党の小沢代表は議員辞職すべきと述べたことに。現時点では、続投を表明しました。予想が外れたお詫びです。

世の中には、表と裏があります。
政治献金に纏わる犯罪は、大方が斡旋利得か、贈収賄。それ以外は裏金献金と相場が決まっていました。それが「表の献金」に裏があるとの理由で、起訴したのがよく理解できません。

合法が表の献金で。違法が裏です。日本は法治国家です。法律に違反していなければ、その背景に「不届きな」魂胆があろうとも、その「不届き」を裁くわけには行きません。

それが、許されるなら、企業、団体献金を受けた政治家は、金額の多寡によらず、全て違法であるとして、会計責任者を逮捕、起訴せねばなりません。

人間社会はそんなに、単純なものではありません。「魚心あれば水心あり」と申します。
水心を犯罪だと言われれば、人間社会そのものが、犯罪社会です。それが、政治の世界でなくとも。

表には裏があるものですが、その裏に犯罪性があるとするなら。その裏を表に引きずり出して、犯罪であることを実証しなければ、法治国家ではありません。それは検察の責務です。

最近の風潮は、薄っぺらな大衆迎合で政治を論じるきらいがあります。
「巨悪を眠らせない」と大見えを切った検察が法の番人を逸脱して、大衆に迎合。
法理論を変えるとしたらこの国はおしまいです。

たぶん、この事件で、裏に潜んでいる本当の悪は、WBCの世界一は、本家本元のアメリカだ。
そのアメリカがWBCに送り込んだ選手は、大リーガーといっても二流ばかり。本当の一流選手は「裏」に隠してある。と、うそぶく米野球関係者。

その理屈と同じように、陰に隠れてジ〜と、成り行きを見守っているに違いない。
マスコミが「曖昧な」同義的責任を追及するあまり「巨悪を眠らして」しまうのではないかと危惧します。

時代は変わりました。大衆も事と次第によっては、巨悪になる可能性があります。
果たして、巨悪は、個人だけでしょうか?関係者も、組織も、集団も巨悪たりえる気がします。

でも、小沢代表がいくら頑張っても、この事件で「過去」のイメージは消せませんよね。
私は、やはり、議員辞職するのが、政権交代を可能にし、巨悪を震え上がらせる一番の道ではないかと思うのですが。

このままではね〜。       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月26日 05:47 | コメント (0)


かまいたち

2009年03月25日

越後の七不思議が現れたのでしょうか?

私は実に多くの先輩、仲間に囲まれて、生かされています。
「あの時」も、先輩から、それは「かまいたち」のしわざだよと教わりました。

三か月の間に二度も、飛行機事故の話を書くとは、思いませんでしたが、前回は1月18日付けのブログ。「奇跡」のタイトルで、花巻空港での墜落事故体験を踏まえ、ハドソン川に軟着陸し、全員が奇跡的に助かったのを喜んだ。

で、一昨日の成田でのフェディクスの貨物輸送機事故。乗務員が亡くなったのが残念でならないが、
事故の原因を、ウインド・シア(気流の乱れ)だと位置づけているようです。

テレビニュースでも、もう、15年以上前になりますが、私が体験した花巻空港の事故(私も写ってました)の模様が「あの事故もウインド・シアだった??」と放映されていました。

しかし、花巻の事故では、「ウインド・シア」などという概念がありませんでした。
運輸省(当時)調査委員会では、原因を規定違反の副操縦士が操縦桿を握ってたことによる人災と決めつけようとしていました。

私は、あの時の体験を、「風の間に間に」(このタイトルで文庫本になってます)と言う簡単なレポートにまとめました。それを、航空会社のスタッフに渡した結果、調査委員会で取り上げられたようです。

そのレポートの主旨は、この事故は人災ではない。春、奥羽山脈から吹き下りてくる強風がロール現象を起こして、空港付近で気流が乱れ、真空状態(上空でのエアーポケット)になった結果の墜落事故である。

(私ももの好きで、実は京都大学の工学部で、気流の研究をする教授を訪ねて、調べたものですから)空港の設置場所に問題がある。このまま放置すれば、事故は再発する。との勇ましい素人結論をだしました。(そのレポートが役立ったかどうか?分りませんが、事故は天災扱いとなりました)

たぶん、今でも花巻空港は、風速が、一定以上になると、離発着を制限していると思います。
そのロール現象を、先輩は、「鎌いたち」だよ。と一発で私に教えてくれました。

「かまいたち」とは「突風で突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような傷ができる現象。とくに雪国地方でみられる。昔はいたちのしわざだと信じられ、越後の七不思議のひとつ」「空気中に真空状態ができた時、それに触れて起こるといわれている」

死者がでた事故ですから、軽軽なことは、控えなければなりませんが、
報道では「ウインド・シア」だと結論づけたいようですが?

テレビのニュースを見た限りでは、一度着陸して、再度機首を上げた、それが原因で強風に煽られ、横転した。私は、どうも、この事故は、操縦のミスではないか?そんな気がします。

「ウインド・シア」と「かまいたち」別物なのか?同じものなのか?素人の私には分りませんが。
15年前の花巻の事故は、間違いなく「かまいたち」のしわざだったと、私は信じてます。

「かまいたち 萱(かや)負う人の 倒れけり」((秋桜子)
無くなられた方のご冥福をお祈り致します。
                      Goto                           

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月25日 06:27 | コメント (0)


ほっといて

2009年03月24日

還暦男の妥協なき戦い。

このブログ、ちょっぴりズレているのをお許し願いたい。
日曜の話です。人は、それを50肩だと笑うのですが、私は還暦、それを言うならアラカン肩とでも。

肩が痛くて腕が上がらない。これでは、ゴルフは無理と、悪友の誘いにも乗らず、肩の養生に努めることにした日曜。生憎の大雨。「お前が来ないから、雨が降った」と叱られ、ほっといて欲しいのに、次回は断るなと、どやされる。

そんなことで、午前中は名古屋(岐阜〜名古屋間はJRで18分)まで出掛けたが、午後からは、日暮れまで降りしきる雨を眺めながら、「新年度の方針について、あれこれ」と頭を巡らせ過ごした。

夕食を済ませ、NHKニュースでも見るかと、テレビのスイッチを入れたら。番組宣伝、BS2で「復活!吉田拓郎・明日に向って〜」「名曲から最新曲まで12曲熱唱」を放送すると。

私は音楽はからっきし駄目。ダサイ人生を送ってきました。私の音楽情報は、パソコン「お気に入り」に「ラジオは心のビタミンC」と題した、尊敬する友人のブログからのみ。毎日チェック、友の音楽に対する深い造詣と蘊蓄に感心させられるのが、唯一の音楽との接点。

友は、この「復活!吉田拓郎」を見てるかな〜。あのテレビ嫌いの拓郎が、NHKに出演するとはね〜。大病を患ったからか?心境の変化でもあったのか?

私も青春時代にフォークソングぐらいは聴いた事がある。吉田拓郎を口ずさんだこともある。還暦を過ぎたハズ。吉田拓郎の復活!懐かしいではないか。などとぶつぶつ言いながら聴いてみるかと、1時間半。

音楽的な感想は無理だが。09年の「真夜中のタクシー」ユニークで面白い曲だった。拓郎らしくて、おもわず身を乗り出した。07年度の「がんばらない」をテーマにした曲は、説教臭い。ちょっぴり弱気になってるかなと、思ったが。

石原裕次郎の「夜霧よ!今夜もありがとう」を歌ってくれたのには、高校時代の一こまが浮かんで、思わず目頭が・・・・・・。音楽って、音痴でも、不思議なものを思い出すね〜。

バンド仲間との楽しそうなリハーサル風景が何度も出てきた。しかし、そこには40年近く、一流のミュージシャンとして生き抜いてきた男の、音楽に対する妥協を許さぬ厳しさを垣間見せている。

番組最後のインタビュー。「拓郎さん、ファンへのメッセージは・・・・」。ニタリと笑い、一呼吸置いて、「ほっといてくれ」と。吉田拓郎に、団塊世代のこだわりを見たのは、私だけだったろうか?
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追伸
因みに、この番組、ビール片手に、名古屋名物「山ちゃんの手羽先、あられ」をつまみながら、楽しませてもらいました。このつまみ、ビールにもってこいでした。紹介頂いた「ラジオは心のビタミンC」の友に感謝です。

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投稿者: 後藤 日時: 2009年03月24日 06:22 | コメント (2)


意地

2009年03月23日

読売新聞が創刊135年になるそうです。

たぶん、この地方だけかもしれませんが、土曜日の読売新聞スポーツ面には驚きました。(写真)
結構、革新的な私でも驚いたんですから、業界の関係者は腰を抜かしたんじゃないですか?

記事の真ん中に、4段2分の1の広告が、ドカンと掲載されるのですから?
過去の例では、エントツ広告と言って、スポーツ面の端に、縦長の広告を載せるのはありましたが、紙面の中心に、このサイズで・・・・・・。

大胆だと言えば、大胆ですが、広告出稿の落ち込みに、ついに、記事を割いて広告紙面を作る所まで、冒険するようになったかと思うと、新聞経営の深刻さがジワリと伝わります。

今回は、スポーツの面ですから、冒険ができたのでしょうが。この広告にレスポンスが期待できたとなると、他の紙面にも、たとえば政治面の真ん中に、ゼネコンの広告が掲載されるってことになるかも。

そうなれば、記事と広告を鮮明に分けるという、今までの紙面づくりの思想が変わることになります。
必要は発明の母ですから、如何なる試みがなされようと、それは自由でしょうが。

スポーツ面ならば、何をしても良いと考えるなら?「貧して鈍する」です。
読者を甘く見過ぎのような気がしますが。考えすぎでしょうか?

読売新聞は、今年で135周年を迎えるそうです。それを契機に紙面の刷新を図るならば、それはメディアの中核である新聞の役割をより強固にするものとして評価できます。

しかし、昨今のネットの台頭は、新聞を改革、刷新するにしても、
中途半端では、低落傾向に歯止めを掛けることはできないと思います。

私は広告屋です。広告を扱う立場から、なぜ、新聞広告に効果が表れなくなったのか?
その原因が、巷間言われる活字離れだとか。購読部数の減少だとかではない気がしています。

むしろ、日本人の生活様式が変わったことに起因していると考えるべきではないでしょうか。生活様式とは、文化です。昨今の携帯電話の普及、パソコンの浸透は、日本人の情報収集手段を根本から変えました。勿論、テレビもワイドショーや報道番組などが増え新聞の必要性を薄めています。

IT社会は日本に新しい文化を齎したと考えるべきだと思っています。
その新しい文化は、少なくとも新聞を飲み込もうとしている気がします。

新聞とは一体何であるのか?果たして新聞は社会の公器たり得ているのか?
今までのように、中立とか正義の旗を振りかざしていれば通用するのか?

135年続いている読売新聞は、果たして日本人の生活様式に合致しているのかどうか?
日本の文化足りえるのか。いい機会です。新聞人には、大いに議論してもらいたいものです。

少なくとも、記事を読むついでに、広告を読ませようと考えるのは、最早、時代遅れではないか?
新聞広告には少なくとも記事に匹敵する広告の役割、使命があるハズです。

135周年の読売新聞スポーツ面の中心に、デンと構える広告を見て、時代の変遷を感じながら、
チョッピリですが。広告屋の意地みたいなものが、湧いてます。
                                         Goto


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3/21読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月23日 05:55 | コメント (0)


いまあるもの

2009年03月22日

そんなに、慌てて咲かなくても、良いのに。

故郷岐阜の山里にも、例年より二週間ほど早く、桜が咲きはじめました。
会社の借景。目前の金崋山にある一本の山桜。私は「孤高の山桜」と呼んでますが、ほぼ満開です。

毎月心のこもった通信を頂く先輩の今月号は、「毎年よ彼岸の入(いり)に寒いのは」との正岡子規の句に添えて、温暖化で季節の代表句も変わってしまいましね。と。足早に訪れそうな夏を心配。

先輩の通信は、子規の句もそうですが、NHKの月刊誌「ラジオ深夜便」からの一文が寄せられています。雑誌の売り上げが激減。出版業界は頭を抱えていますが、NHK出版は、順調と聞きます。

「深夜便」はラジオとの連動ですが、「きょうの料理」「おしゃれ工房」「住まい自分流」「趣味の園芸」「今日の健康」など教育テレビの番組と連動させた月刊雑誌は、視聴者を読者へと誘導しているようです。

ネットと既存のマスメディアとを連動させるのが、メディアミックスと呼ばれ、最近の広告手法の主流になっていますが、このNHKの試み、番組の二次利用ですが、りっぱなメディアミックスだと思います。

紙に落とし込む際。テキストとして日常生活の手助けに利用させようとするアイディアは、ひと工夫あって、とても面白い発想です。これは、あるものを利用すれば新しいものが生まれる例かもしれませんね。

視聴料で番組を制作し、その二次利用で稼ぐのは如何なものかとの批判もあるやに聞きますが、資源を有効利用する、年配の方が楽しんでおられる、なにも目くじらを立てることもないと思います。

ただ、発行部数とか、売り上げとか、実績を発表すれば、誤解が解けてよいのでは、と、思いますが。

広告業界もネットに押されるばかりで、有効な広告手段を提起できない時代です。
既存の手法にしがみつくのではなく、角度を少し変えてみれば、違った景色が見えてきて、人の心に響く媒体が生まれるのではないでしょうか。

広告業界のみならず、革命的な商品が矢継ぎ早に生まれる時代ではありません。
「いまあるもの」を見直し、加工する知恵が、必要なのではないでしょうか?

先輩から送られた通信に目を通し。
「そんなに慌てなくても良いのに」と、焦って咲く、桜を眺める日曜の朝です。
                  Goto

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3/21 日本経済新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月22日 07:31 | コメント (0)


虫けら

2009年03月21日

いい加減にもほどがある。

別段、イライラすることもないんですが、社会の閉塞感に耐えられないのと、役人のいい加減さが原因なんでしょうが、妙に、神経が高ぶって、眠れぬ夜が続きます。

坊主憎けりゃ。袈裟までと申しますが、自己保身以外に何も考えていない役人に腹が立ちますので。

政府の肝煎りで始まった地方分権改革推進委員会。私の記憶では農水省と国交省の出先機関を統廃合して、約3万5千人の職員削減目標を決め勧告したハズです。

それを受けて工程表を作れと指示したのは首相。それが、官僚の抵抗と自民党族議員の大反対とが呼応して、勧告の骨格部分である削減人数を盛らない行定表で、お茶を濁すという。

巷では、中小企業の親父さんが資金繰りで首を括らねばならない状態が続いているというのに、なんとも、自分たちの身の安全のためには、政府の方針も捻じ曲げ、骨抜きにしてしまう役人。また、それが、平気で通用するこの国。なんとも腹立たしい。

昨日、私の手元に、ねんきん特別便が届いた。内容は被保険者記録照会回答票なるものです。
ことの発端は、今年の一月、私にも「年金記録」の通知が届きました。

私は、職を幾つも変わっているわけではありませんので、別段問題があるとも思えず、何気なく、見てみますと、「あれ〜」。職が移った際の僅か一ヶ月ですが、微妙に欠落しています。

記憶を辿っても、空白が生じるはずはありません。社保庁に問い合わせてみました。そうしましたら、届いた回答票には、その空白の一ヶ月は厚生年金ではなく、国民年金に加入していたと記してありました。

「お申し出に基づいて調査した結果、確認できた記録については、加入制度欄の左側に”◎”を付けています」「う〜ん。国民年金」そんなハズはない。おかしい?

もう一度問い直すべきか?これでも良いか?と迷ってますが。
はっきりいえることは、厚生年金に決まっています。面倒だから適当に国民年金として、回答してきただけです。この結果そのものが、実にいい加減である証拠でもあります。

私ですら、この体たらく。これでは、どれだけの国民が泣き寝入りしたのか。

国民の年金を預かる社保庁は、いかに杜撰で、いい加減なのか。
他の省庁も地方の自治体も、役人はすべて、いい加減ではないかと思ってしまいます。

その証拠に、政府肝煎りの行政改革ですら、勝手に骨抜きにしてしまうのですから、国民一人の年金がいくらであろうが、そんなことは、別段、どってことはないのです。

そう思うと、「回答票」を握り締めて、無性に腹がたち、イライラします。
社会閉塞のはけ口を持ち込んでいるのでしょうか?大人げ無いのでしょうかね〜?

でも、所詮、役人から見れば、国民は虫けらなんでしょうね。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年03月21日 06:45 | コメント (0)


デフレ

2009年03月20日

モノの値段は、一体幾らが妥当なんでしょうね?

ユニクロ、ジーンズ980円。驚きです。
従来の良い品を安価で。から、普通の品を廉価で。と、新たな事業展開をスタートさせるそうです。

広告屋として、なるほどと唸るキャッチコピーは廉価な家具で仕掛ける「お値段以上・ニトリ」です。
海外生産による、円高還元を利用しての低価格商法で売り上げを伸ばしています。

いずれも、勝ち組の代表ですね。

イトーヨーカ堂がこの3月から、PB商品を中心に、20%程度のダンピングを決めました。
ここにきて、スーパー最大手、イオンが、約5100品目を今日から2〜4割値下げすると発表しました。

それも、他店に比べ安くなかった。お客のニーズに応える売り場ではなかった。サービスの改善も怠っていた。と、「イオンの反省」と題した新聞広告を大々的に打って値下げ宣言しました。(写真)

日本列島は、生活必需品の過酷な値引き合戦に突入。ものの値段がメチャクチャになりました。
不況の波は、物価の下落で、いよいよ、出口の見えないデフレ状態に陥りました。

ものの値段は、一体幾らが?妥当なのでしょうか?今までの価値観では判断できない状態です。
昨年春の、原油高騰による物価の値上がりがウソのようです。

モノの価値が分らなくなりますと、従来のビジネスモデルが成り立たなくなります。
そうなれば、雇用の維持が難しくなり失業者は更に増加します。

金融は梗塞状態に陥り市場に資金が回らなくなります。そして企業は生産調整に入り、商品の縮小は避けられなくなります。私はデフレーションの怖さを知りませんが、このまま、通貨が収縮しますと、本当に日本列島が沈没するのではないか?と、不安です。

物価が下がると喜んでいる場合では無い気がします。
今は、勝ち組のユニクロもニトリも、デフレの壁に息詰まるのが目に見えています。

日本中の経済学者の先生様。
今こそ、デフレ脱却の処方箋を教えて下さい。お願いします。
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3/19読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月20日 06:23 | コメント (0)


時差ボケ

2009年03月19日

やっと動き始めた経済対策。果たして、間に合いますかね?

責任の取り方とは、問題や事故が起こった時の処し方を差しますが、本来の意味は、トラブルを起こさない正常な状態を保つことが、責任を取ることだと思います。

もっとも酷い責任の取り方は、火事で燃えているのに、どのように火を消すかを延々と論じていたり、瀕死の人を前に、治療方法を考えていたりで、何の対策も打たず、被害を拡大させることです。

景気の良し悪しには、地域差があります。地方では、好況な自動車産業に支えられていた東海地区を除いては、すでに3年ほど前から、「火事だ」と悲鳴が上がっていました。

その対策を立てるのが為政者の責任の取り方ですが、昨年9月のリーマンショック以降、日本全体が沈没しかけているにも拘わらず、その対処も中途半端。まるで、危機意識がありませんでした。

その原因がどこにあるのか?私なりに考えてみますと、為政者が責任ある立場にいる自覚がない。自分の資産なり、収入に影響がないので他人事だと思っているなどの、時差ボケした姿勢にあるのではないかと思っています。

それが、ここに来て、外圧は強まる。衆院の任期も半年を切る。おまけに、支持者からの支援も渋られ。政治献金は集まらない。尻に火が付き、やっと、この不況が我が事となった故なのでしょうか?

日銀は自己保身の殻を破って、自己資本比率の低下に歯止めを掛けるため、非常な貸し剥が行われている大手銀や地銀の資本増強に1兆円の資金を貸し出すとの手を打ちはじめました。

経産省も、経済効果10兆円、雇用規模11万人の数値目標を設定。太陽光発電産業の競争力強化に向けて総合対策を発表しました。私はこのような、国民に夢と期待を与える産業振興策を次々に打ち出すことが、有効な不況対策だと思います。

第二次補正も何とか動き始め、21年度予算も年度内に成立の見込みです。

しかし、地方は三年も前から瀕死の状態。果たして、この治療で間に合うのか?燃え盛る炎に、賃金カットにまで踏み込んだ大企業の火消しとなるのか?

為政者の時差ボケが、経済危機に対する責任を取る機会を逃して、民を苦しめているとしたら。
我々は何とも情けない為政者を選んでいることになります。

その責任は我々が取らねばならないんでしょうね。
                                           Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月19日 05:25 | コメント (0)


世代交代

2009年03月18日

時計の針を反対に回していませんか?

この季節。日経新聞には連日、トップ交代のニュースが掲載されています。
先行きの見えない時代です。誰が舵を取るのか?その組織のカラーが出ますので、興味があります。

今期7000億円の赤字計上を発表した日立。62歳のから69歳へのバトンタッチ。
経営責任の明確化と人心一新で、70歳に手の届く方に代えるのは、如何なる内部事情があるのか分りませんが?

日立ほどの大企業。人材が枯渇しているハズもないのに。常識的には、若返るのが普通では・・・・・・。未曾有の危機に立ち向かうには、老獪な手腕が必要なんでしょうね。

人間力は計り知れないものです。年齢でニューリーダーを評価するのに意味があるとは思いませんが、
人心一新と言えば、大概は若い人に代わるものだと思うのですが。

変則な交代ですが、日テレの社長がインチキ報道番組発覚で引責辞任しました。(我が岐阜県の裏金誤報で)64歳の社長から68歳の会長が社長兼務となりました。放送局の倫理が問われる問題ですから、トップの更迭はやもうえない。と思うのですが。

何となくきな臭く思います。
この事件。まず、報道取材では絶対にやってはならない。金銭が動いた気がします。情報を金で買ったことになります。これでは、報道機関ではありません。そのことが表に出る前に辞めたのなら、捜査当局の動きも筒抜け???。恐ろしいことです。

日テレには4人の代表取締役がいて、一番格下である社長が「トカゲの尻尾切り」にあったとも言われています。ことの重大さからして、最高権力者が責を負うべきだと思うのですが?これも日テレのカラーなんでしょうね。

4月から、各局が競って、報道番組を増やすそうですが。
80歳過ぎの権力者が、64歳の社長に詰め腹を切らせ、68歳の雇われマダムに、チーママもやらせるでは、日本のマスコミ界も相当な、高齢化。これでは、報道番組も大丈夫かと心配です。

何時の世も、トップの交代は非常に難しい問題です。ましてや、経済成長が見込めない時代には。
そんな折。日立と日テレ、二つの大企業のトップ交代。あなたはどう思われますか?

最近の傾向を思うんですが。一度権力の座で甘い汁を吸った人は、なんだかんだと理由を付けて、死んでもその地位を離さない人が増えたのではないでしょうか。

その老害の頑張りが、時計の針を平気で逆に回すようなトップ人事をに表れているのではないでしょうか?これでは、なかなか組織のカラーが変わりませんね。

私は次世代のエネルギーに期待したいと思います。
                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月18日 06:04 | コメント (0)


感動

2009年03月17日

不況こそ、スポーツで、元気を!

広告屋の仕事の一つに、スポーツビジネスがあります。
現下の経済状況では、企業にスポンサー度する余裕がなく、プロスポーツも難しい環境にあります。

J2のFC岐阜。日曜、ホームでの今期初試合があった。惜敗でしたが、はつらつとしたプレーに6千人を越す観客が集まり、大いに盛り上がったようです。

ユニホームの胸にも、背中にもスポンサー名が付いていません。財政難の経営を強いられます。広告屋としては努力不足。申し訳ない気持ちですが。ここは歯を食い縛って、頑張って欲しいものです。

スポーツって、不思議ですね。人の心に感動を与えますね。国際試合で、サッカーの日本代表が勝利しますと、深夜のテレビ中継でも、次の日、眠くても疲れがありません。

WBCで侍ニッポン、負けるかも?と、不安気に、見てたキューバ選で、先取点を上げますと、なぜか、わくわくしてきますね。俺たちもやれるんだと。自分に置き換え、気合が入ります。

別に、団体戦だけではありません。
ゴルフでも、相撲でも、マラソンでも、贔屓の選手が活躍しますと、我が事のように、嬉しくなります。

三重県の東建多度カントリークラブ名古屋で、中部地区の男女ゴルフシード選手の激励会とコンペがあり、参加させてもらいました。

その表彰式で、主催者の東建社長。「春、いよいよゴルフシーズンが始まります。中部地区では東建ホームメイトカップ。中日クラウンズ。東海クラッシックの男子の試合。中京レディース。ゴルフ5レディース。が開催されます。(全試合の主催代表者が一同に参加)

東建カップも今年は賞金総額を上げました。エキサイティングなプレーで、ファンを魅了して下さい。地元のプロが活躍してくれれば、地元が元気になります。地元に夢を与えてください」と激励の挨拶。

若い人にはスポーツは自分でやるものだと、思う人もいるかも知れませんが。
還暦過ぎたおっさんとしては、自分の若かりし頃の夢をプレーヤーに乗せるものです。

ましてや。不況下で、国民の心身が萎えている時代こそ、
特にプロスポーツの役割、使命は、大きいのではないかと思います。

この国を支えるのは、経済です。経済を担うのは企業です。企業のトップが、目線を下げているようでは、話になりません。じっと我慢のしどころだと、縮んでいては、世の中元気になりません。

この時期だからこそ、積極的にスポーツを支援して戴きたいものです。

また、スポーツ選手も、自分のプレーが、多くの人に感動を与えるとの自覚を持って欲しいものです。
広告屋もスポーツビジネス成功のため、さらに努力しなければと、気合を入れています。

ガンバレ!FC岐阜の若きイレブン達。中部のプロゴルファー達。
ガンバレ!広告屋達!春はそこまで来ているぞ。
                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月17日 06:50 | コメント (0)


曖昧

2009年03月16日

まだ、まだ、灯りが見えませんね。

スピードが勝負はスポーツに限らない。
ここまで、経済が冷え込みますと、対策には何よりもスピードが必要です。

酔っ払いの財務相が失墜、日本経済の舵取りは政界随一の政策通?にバトンが移りました。
その新財務相の国際舞台デビューが英国で開催されたG20(主要20ヶ国財務相、中央銀行総裁会議)です。

国際経済、難しいことは、なかなか分かりませんが。景気後退が世界規模で深刻化している事態を打開するには、それぞれの国が大規模かつ効果的な対策を早急(スピードを上げて)に実施しなければならないことだけは、確かです。

で、我が財務相。オバマ政権の財務長官との初会談で、景気回復を最優先するとの認識で一致。麻生政権の追加対策により財政出動は、GDP比2%超になるとの考えを表明したと、報じられています。

ことは、G20に先立っての会談。国際経済に影響を与え、各国の期待も高まり、スピードと規模が要求されます。が、「GDP2%超」発言を受けての、新聞各紙の見出しがバラけています。

共同通信は、09年度補正予算で総額10〜20兆円の大型対策を求める与党に理解を示したとして、財政出動の規模は10兆円〜20兆円規模と報じ。朝日は、追加対策で少なくとも3兆円の財政出動を実施する考えを伝えたと報じています。

毎日も、経済紙である日経も「財政出動2%超」と報じるだけで、額には言及していません。このバラつきは一体どう言うことなのか?私の読解力が不足しているのか?経済記者の認識が違うのか?それとも、新財務相の手法なのか?曖昧模糊。よく理解ができません。

財政出動の額と時期が巧みにぼかされているような気がします。
日本政府の弱腰、官僚の本音がチラチラ見えるのですが。

GDP2%超とは?09年度の補正が10兆円以上規模を示すのか?だとすれば、共同通信の報が正しい。08年度の一次、二次、09年度の補正と合わせての額ならば、真水で、朝日の3兆円になる。

そのいずれかが、定かでないとすれば、額と規模を提示できない、毎日、日経のように、ぼやかすしかない。日本の新聞ですらこの発言を正確に理解できていないのですから。

各国にこの緊急時に際しての日本のスタンスが伝わるだろうか?とても伝わるとは思えない。この国内を睨んだ官僚的曖昧さでは、国際社会の理解は得られないだろうと心配です。

だとすれば、内需拡大によって世界経済のけん引役を果たさなくてはならないハズの日本。
その影は、相変わらず薄いって、ことになります。

年度末を控え、少しでも灯りが見えないかと、G20の会議の行くへにも、じ〜と目を凝らす田舎のおっさんとしては、先の財務相は酔っ払い。今度は曖昧さが売りでは、大丈夫かいな?と不安です。

リーダーには決断力と判断力が必要ですが、スポーツでも政治でも、推進力(スピード)がなければ、この複雑な国際社会に生き延びるのは難しいのでしょうね。

やれやれ                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月16日 06:20 | コメント (0)


偶然?

2009年03月15日

カーネル・サンダースの呪い

時の話題にこだわり過ぎかもしれませんが。
世の中には偶然ってあるんだな〜と、少々驚いています。

イスラエルの文学賞、エルサレム賞を受賞した村上春樹さんの、「壁と卵」のスピーチが気になったと、ブログで書いたところ、若き友人達が「ノルウェイの森」と「海辺のカフカ」を届けてくれた。

「ノル・・・・」を読んで見たが、スピーチの背景はいま一つ見えなかったとも、書いた。文芸春秋の4月号、この問題について「僕はなぜエルサレムに行ったのか」とのタイトルで村上氏のインタビュー記事がスピーチの全文と共に掲載されている。

そこには、父親を通して反戦の思想が芽生えたこと。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生き残った人との会話で、「ナチに抵抗できず同胞が収容所で殺され、目の前で「石鹸」にされてしまった。だから決して無抵抗であってはいけない」との、イスラエル建国の経緯にも触れている。

なのに、総論として「壁」をシステムと片付けには、いささか疑問が残りますが、「還暦を迎えた我々は、日本の戦後史に集合的な責任を負っている」「その責務の取り方は、理想主義を掲げるべきだ」との還暦を意識した故の発言には、やっぱり。との思いで、大いに納得です。

済みません。何のことだか分らない方は、申し訳ありませんが、2月20日と26日付のブログを読んで頂ければ幸甚です。

で、何が偶然かと申しますと、先週、テレビの報道番組を付けたまま、その頂いた「海辺・・・・・」を読んでましたら、新潮文庫の下巻「67頁」です。

「ホシノちゃんとその老人は呼んだ」。星野青年は呆然としてその男の顔を見ていた。「あんたは・・・」
「そうだ。サンダース大佐だ」「そっくりだ」と青年は感心して言った。

文章のそこを追ってるとき。テレビが「カーネルおじさん」が道頓堀川から引き揚げられた。と耳に届いた。「う〜ん?????」小説は「そっくりではない。わしがカーネル・サンダースだ」「あのフライド・チキン」のと続く。

「え〜」偶然にしてもあまりにも偶然。こんなことが、あるんだな〜。と思わず驚きました。
読んでる本の読んでるページにでてくる人物(それも架空の)と報道番組のニュース(それも人形の話)がまったく同じ!!!!!。不思議な事があるもんです。

それも、小説「海辺・・・・」の内容をお読み頂けば良いのですが、(氏の小説、やっぱり還暦の私にはちょっとね)15歳の少年が父親に掛けられた「呪い」を解いていく物語。

テレビは、阪神タイガースが24年間優勝から遠ざかっているのは、「カーネル人形の呪い」のせいだと言われていた。これで、「呪い」から一転、福の神となって、阪神は優勝できるかも、と解説。

この偶然、人物だけではなく、呪いまでもが?????

村上氏のスピーチした場所は、天国に一番近いと言われる三大宗教のメッカ、エルサレム。
そして、なんの関係もありませんが、その日の我が家の夕食が「鶏の唐揚」(フライド・チキン)でした。

ここもでくると、偶然にも、神秘性がありますね。驚きでした。
                                 Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月15日 06:05 | コメント (0)


経済主義

2009年03月14日

安易な「市場原理主義」批判にモノ申す。

どうも腑に落ちない。
不況の原因を「市場原理主義の破綻」にすり替えることが。

高名な経済学者宇沢弘文(80歳)氏は金融危機の本質を「もうける機会がれば、何をしてももうかれば良い」と言う考え方にある。危機は市場原理主義の結末であり、世界経済を破壊した打撃は計り知れないと、不況の原因を市場原理主義にあるとする。

更に、規制緩和が金融機関を放漫経営に走らせ、劣悪な金融商品をあたかも安全な商品であるかのように装い世界中にばらまく要因となった。と、レーガン、サッチャーの自由主義経済路線も市場原理主義によると批判する。

不況批判の大方は、この論理だ。果たしてそうだろうか?規制撤廃、市場開放による自由な経済活動を保障することが、「諸悪」の根源なんだろうか?私にはどうしても・・・・・・・・。納得が行かない。

英国病を克服した市場主義が間違いだったとは思えない。双子の赤字を抱えるアメリカ経済を立て直し「自由経済」の推進軸だったレーガン政策が経済史の汚点だと片付けられないハズだ。

氏は自由には二通りあると言う。一つは市場原理主義の「フリーダム」だと。「へ〜。驚きだ」原理主義がフリーダムだとは?硬直した考え方が原理主義だと思っていたのが?

もう一つの自由は人間の尊厳を守り、市民の基本的権利を最大限に享受できる社会にする「リバティー」だと。「リバティー」を望まない民主主義国家があるだろうか?ブッシュのアメリカは民主主義を放棄したのだろうか?

氏はさらに、市場原理主義は「自国の経済成長を追求し、他国はどんな被害にあっても構わない」、イラク戦争も含めた米国の単独行動主義が、金融危機で跳ね返ってきた。と。

ここまで来ると、市場原理主義の批判ではない。単なるブッシュ政権の批判である。
つまりは、9・11で世界経済のプライオリティが混乱した未熟政権であるが故の結末であったと言えないか?全ての原因を「市場原理主義」に持ち込んでいるとしか思えない。

氏は近代経済学者。日本人で最もノーベル経済学賞に近い人物だと言われているそうだが?
経歴を見ると、もともとは数学者。統計学、計量経済学が得意分野だと記してある。

そんな、偉大なる学者にケチを付ける積りはないが、劣悪な金融商品の開発を正当化したのは、金融工学であり、その源は、近代経済学の計量経済学ではないのか?

それが、なぜ、金融危機に端を発したこの不況の原因を、市場原理主義にすべておっ被せるのか?氏の経歴と合致しない。市井のおっさんとしては、なんとも、理解できない。

おまけに、氏の逸話では「時間に極端にルーズ」だと言うではないか?
時差を上手く駆使した、不況原因の単純批判は、何となく見苦しい気がする。

では、世界は如何なる経済主義で未来を描けば良いのか?
批判のための批判では、どうも腑に落ちない。
                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月14日 06:50 | コメント (0)


京の風

2009年03月13日

国のかたちを変えるのは、地方からですね。

早春の京都を訪ねて日本情緒を味わって来ました。と、申し上げたいのですが、
京都滞在わずか、4時間弱。折角、久方ぶりの京都なのに・・・・・。

でも、京都は、やはり日本の心、日本人の原点だと感じました。不思議な風ですね。

還暦過ぎても、仕事しか頭にない経済成長期の企業戦士のまま。ただ老兵になっただけ。
何とも、味気ない人生だな〜と、苦笑いしながら、トンボ返り。

上洛の目的は、我社が加盟するJLAA(地域広告会社協会・57社加盟)の総会での基調講演をPHP研究所(京都駅前)の江口克彦社長に依頼、快諾を頂きましたので、ご挨拶に上がりました。

江口氏は地域主権・道州制の推進者で、この国の「かたち」を中央集権から地方分権に移行させるべきだとの、最も先鋭的な提唱者。具体的な提案をし、あえて、過激な議論を挑んでます。

JLAAは、地域に根を張る広告会社の共同体。地方分権の受け皿としての役割を担う立場にある集団です。江口氏の地域主権・道州制の考え方を学ぶことは、地方広告会社の将来を示唆することでもあると考え、講演をお願いしました。

氏とは、JLAA岸田事務局長(京都・日商社)と面談させて頂きました。
お目に掛かっての私の率直な感想。「国のかたち」を変えることは、明治維新よりも難しい。この提唱は平成維新と捉え、「坂の上の雲」を目指す志と命を賭す覚悟がなければできない。氏にはある。

地方主権とは、権力奪取の戦い。それを担うのは、地方のリーダー(主に知事)とそこに住む者達でなければならない。地方の広告会社にはその資格がある。

それに、この主張が氏の本拠である京都から発せられたことに、大きな意義と価値を覚えた。
地方の時代のシンボリックを感た。講演が楽しみです。

JLAAの総会は今年で7回目ですが、設立総会は、清水寺で。五周年の記念総会は平安神宮で開催しました。今回の講演が京都のPHPの代表者であることに、協会の歴史を感じます。

そうそう。大変なことを忘れるところでした。
氏との面談後、岸田事務局長の日商社にて、総会への事務局打ち合わせを行いました。

その際、お昼を御馳走になりました。創業享保、老舗「勝長」さん(定かではありません)の仕出し弁当。さすがに京都ですね。上品で、美味しかったです。格別でした。

僅かな時間でしたが、老兵は、京の味と、そして、日商社のスタッフの方の「もてなしの心」と。
京の風を堪能させて頂きました。ありがとうございました。                                                           Goto

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企画・構成:日商社の京都東山花灯路散策マップ

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月13日 06:08 | コメント (0)


長寿

2009年03月12日

日本の経常収支13年ぶりの赤字に思う。

日本が世界に誇れる冠たるモノは何だと思いますか?
基幹産業の自動車ですか?それとも半導体をはじめとする電気関連の産業ですか?

それとも、四季が織りなす日本の自然ですか?日本人の独特の文化である「もてなしの心」でしょうか?産業は近代国家日本が明治以降、民族の優秀さと勤勉さに裏打ちされて成し得たものですが、果たして世界一かどうか?疑問ですね。

自然は天の恵み。文化は農耕と村社会の産物です。冠たるものではなさそうです。他にないでしょうか?私は、現代日本が世界に誇れる最も素晴らしいモノは、「長寿」だと思っています。

最近、高齢社会の弊害が取沙汰されていますが、そんなことはありません。人類の恒久の願いは不老長寿です。世界一の平均余命の国であることは、全世界の憧れです。

それも、健康で老いることのできる社会は人類の理想です。これこそ、人類が追い求めているユートピア社会ではないかと思います。

日本はなぜ、世界一の長寿国になったのでしょうか?医学の進歩、発達。公衆衛生の徹底。食の改善など、様々な要因に基づくでしょうが、根本は、戦後「貿易・投資立国」として、国に富をもたらしたからです。

外国との間のモノやサービスの取引収支や対外投資に伴う海外からの配当・利子などの所得収支が一時期を除き、高度経済成長期以降、経常収支が大幅に黒字だったからです。

その豊さを背景に、社会インフラを整備し、医療・食料環境が充実してきた結果、国民は長生きができるようになったのです。衣食住足りて礼節を知ると申しますが、国富んで、寿命延びるです。

その国の経常収支がこの一月、13年ぶりに赤字に転落しました。この赤字は、異常な外需の冷え込みからして一過性のものではありません。「貿易・投資立国」日本に陰りが訪れたと言っても過言ではないと思います。

まだ、大半の人たちは、経常収支の赤字転落が持つ深刻さに気付いていませんが。国が豊かになるには何十年もの時間が必要ですが、国力が衰退し、国民生活が脅かされるのは、崖から転げ落ちるようなもの。アッと言う間です。

百年に一度の経済危機だから、時間が経てば、そのうち回復するだろうなどと、安穏としていますと、世界に冠たる日本の誇れる長寿なんて、すぐに吹っ飛んで終います。

高齢者の入り口に佇む団塊世代としては、国際収支をとやかく言える立場でも無いのですが、
我々が後期高齢者になる頃は「楢山節考」時代に戻るかもしれないと思うと。

この経常収支の赤字を睨んで、経済の豊かさを維持するには何ができるのか?豊かでなくなったらどう対処するのか?を一人ひとりが、真剣に考えなければならない、由々しき事態だとの、認識が必要だと思うんですが。

所詮、資源のない日本。
人がすべてなんだとの、原点に返る時かもしれませんね。
                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月12日 06:38 | コメント (0)


コラム

2009年03月11日

「書くといふこと何かヒキョーに似たりけり」

新聞を読まない人は別にして。時々読む人に、どのページから読みますか?って聞いてみますと、
大概は「スポーツ面とテレビ欄」って、笑って答えます。

毎日読む人に聞きますと、一面です。って、真顔(大方の人が)で答えます。なぜ、スポーツ欄が笑ってで、一面が真剣なのか?不思議ですが、私の知る限り、広告から読みますって言う人には出会ったことがありません。

どのページからでも、どの記事でも構いませんが、ぜひ、新聞を読んで下さい。と
新聞命の私はお願いするばかりですが、私の新聞の読み方は、三度読み(見)です。

名古屋名物のうなぎ料理「ひつまぶし」みたいですが。まず、広告を見(読)るために、一度、すべてを捲ります。二度目は、記事(主に見出しとリード)にざ〜と目を通します。その次は、目に止まった記事を読むのと、スクラップの為に印を付けます。

これは、私の日課でもあり、仕事への仕込みでもあります。
二度目ざ〜と、読む際。ブログを毎日書き始めたせいもあるのですが。

一面下段のコラムは欠かさず読みます。読売の「編集手帳」。朝日の「天声人語」。毎日の「余録」。日経の「春秋」。中日の「中日春秋」。岐阜の「分水嶺」です。

新聞社の主張は社説です。社説は新聞社の正面玄関ですが、コラムは、勝手口って感じで、筆者の日常や心のひだが現れたりして、心に沁みる内容が多いと思っています。

各紙が何人の手で書かれているのかは知りませんが、「編集手帳」は一人。「天声人語」は二人の筆者が担当、年に約180本ずつ624文字書いているそうです。

最近の編集手帳にこんな内容が。「書くといふこと何かヒキョウーに似たりけり」と徳川夢声の一句を添えて、「日々のコラムに後ろめたさを感じる時がある」と新聞配達の途中、転倒、落ちた新聞を拾い集めていて、事故で亡くなった配達員を思い。

その配達員に恥じることのない、心のこもったコラムを書いているかどうか。読者には関わりない話だが、他の何も論じる気にもなれぬまま。と心境を発露しています。

新聞の記事、面白くないかもしれませんが、
すべてが大上段に振りかぶって書かれている分ではありません。

新聞を読まない人にも、スポーツ欄を読むと照れ笑いする人にも、毎日欠かさず読む律儀な人にも、一面のコラム、まじめに書いてるってことを、知って欲しいと思います。
                                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月11日 05:33 | コメント (0)


衣料

2009年03月10日

季節ものの商品を扱うって難しいですね。

最近の天気予報。良く当たると思いませんか?春に三日晴れなしと申します。
週間予報は不確かな面がありますが、明日の天気なら大概は、予報通りです。

13歳の予報士も誕生したようです。気象研究が更に進化して、季節予報をバッチリ当てて欲しいものです。そうなれば、季節商品を扱う衣料メーカーも、暖冬だからと泣かなくて済みますから。

「え〜。それでは、商売を競う面白味がないですって!!」そうですよね〜。でも、ものは考えようです。
随分昔のことですが、台湾の友人に贈り物を届けた折の話です。

台湾と言えば、亜熱帯の気候。冬でも暑い。冬に「夏物のポロシャツ」をプレゼントした事があります。その際、彼曰く「ありがとう。夏に着させてもらいます」と。「なぜ????」

人間の身体は良く出来ていまして、台湾の人が団体ツアーで北海道など寒冷地に出かけますと、殆どの人は、寒くて身体が思うように動かず、ホテルから外に出たがらないそうです。

そうなんです。私が台湾は冬でも暑いと思っているだけで、台湾の人にとって、冬には冬物の服を着るのです。女性は、冬のファッションを楽しむのです。それを知らずに冬に夏物を届けるのは、ピントの外ずれた贈り物なのです。

この暖冬。気象情報も2月に静岡で夏日が来るとの予報は難しいかもしれませんが。責めて、新しい情報として、例年との冬比較ぐらいは、一年前の春には、発表して欲しいと思います。

そうすれば、衣料メーカーも無駄に冬物を創らなくてもいいですから。

「え〜。何ですって?」「そんなものは、分ってるはずだって?地球温暖化傾向で、日本の冬が冬らしくなくなって来ていることなんて」。衣料は機能とフアッション。

「冬物のフアッションだが、夏物の生地で創るとか。暖冬用の衣料を開発するとか。このとこる毎年、暖冬だからの理由で、冬物が売れないと、冬商戦で泣くようでは、知恵がないよ。」そんな、手厳しいこと言わなくても・・・・・。

でも、暖冬だと春が早く来ることになります。花粉症の季節が早まります。
花粉が纏わり付かない生地の春物衣料って、できないんですかね〜。

カラーマスクと、花粉が纏わり付かないお洒落な春物衣料だったら、
暖冬でも売れるような気がするんですが?広告屋の先走りですかね!

しかし、今年の夏も、冬に負けない「猛暑」になることは、気象予報士じゃなくても、解るんですが。
その際は、夏物が間に合わないって、泣くんじゃないでしょうね。

「え〜。猛暑では、衣料品そのものが売れないですって??????」
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投稿者: 後藤 日時: 2009年03月10日 05:58 | コメント (0)


寛容

2009年03月09日

人間は弱いから美しい

新年度を迎える準備で、鳩首会議が続いた先週。頭を一つ「ガツン」と殴られた気分です。
迎える準備とは、一年間の事業計画、予算に沿った組織、人事などの体制を決めることです。

この経済環境では、前年踏襲、あるいは前年比で予算が組めない状況です。
しかし、経済論理の渦中にいる以上は、何としても右肩を上げねばなりません。

本来の私の性分では、気合いでエイ!ヤー!と決断するのですが。そんな大まかが許されるような状況ではありません。データを分析し、無い知恵を絞りますが、なかなか結論がでないのが現状です。

長時間に亘る会議でしたが、問題点が見つかり、努力すれば、その解決が可能なところまで、見えてきました。御蔭さまで、新年度を迎える大方の準備は整ったと考えています。

とは、申せ、会議の内容を振り返りますと、仕事とはいえ、「業績のため、収益を上げるため」には許されるのかも知れませんが、随分乱暴で横柄な物言いに、反省仕切り。赤面の極みです。

本来ならば、数字を追うのではなく。こんな時代だからこそ、新年度の心構えとして、何のためにこの仕事をやるのかを論じるとか。目的意識を整理するとか。

人ひとりの特性や能力を磨くための教育に力を入れるにはどうすべきか。と言った本質的な話し合いをすべきなのに。現実に追われ、その余裕やゆとりがないのが残念でならない。

企業は右肩を上げ続けなければならないのだが、その根底には、強くあること、可能性をとことん追い求めることこそ、美学だと言った、高度経済成長以降の価値観が存在しています。

自分でやっていることですから、それが、間違いだとは思いませんが、
「人間は弱いから美しい」と言った美学を忘れてはいけない気がします。

「人生、努力すれば報われるなど、うそなのに、諦めては駄目という。人生そんなもんではない。人間はそれぞれ限界を持っているし、基本は不平等だ」人間の弱さを知ってこそ、他人に寛容になれると思う。と語る脚本家山田太一さんの連続ドラマの筆を置く際の弁には、「この未熟者めが」と、頭を一つ殴られた気分です。

新年度、「殴られた痛み」忘れずに寛容な精神で迎えるようにしたいものです。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年03月09日 06:35 | コメント (0)


議員辞職

2009年03月08日

男子の本懐

民主党小沢代表の秘書が逮捕された件。もう少し時間が立たねば全容は分りませんが。
現時点で、市井のおっさんとしてのコメントを述べてみたいと思います。

その前に、この処の政治の動きで二点申し上げたいと思う事があります。
一点は、郵政民営化を阻止して郵政利権の復活を狙う総務官僚の大逆襲についてです。

鳩山総務相の「かんぽの宿」一括売却契約を破棄させる。東京中央郵便局の建て替え工事を強引に差し止めさせる。など、一連の民営化阻止の動きは、郵政を国有に戻そうとする郵政族と官僚の暴挙です。

自らの省益利権のためには、国会で決めたことでも簡単に覆す。国民の審判を受けたことでもなし崩し的に潰す。とても法治国家の対応とは思えません。これでは、行政のフアッショです。国民は何を信頼して良いのか分らなくなります。

もう一つは、財務相が言及した09年度政府経済見通しの下方修正です。「あらゆる経済指標は下向きである。いつまでもこれを、放置するのは誠実でない」との発言です。

今まで、財務担当が年度途中に、その年度の経済予想の下方修正に言及することはありませんでした。なぜなら、下方予想すれば、マインドが下がり、さらに景気は悪化するからです。

それを承知で、あえて下方修正に言及したのは、まだ21年度予算は参院で審議中にも拘らず、その後の大型補正予算を組むためです。私にはよく理解できないのです?だったら、審議中の21年度予算を大型にすれば良いハズです。が、

この発言の意図は、大型補正の審議で時間を稼ぎ、経済対策を人質に、人気のない現政権と政権にしがみ付く与党の延命工作。つまりは衆院解散を任期満了まで先延ばしするための発言です。

政治は国民のためにあるもので、官僚や与党のためにあるのではありません。

で、小沢民主党代表の秘書逮捕についてのコメントです。
秘書が起訴されたなら、その時点で、潔く「議員辞職」すべきです。民主党代表を辞任するのではありません。「議員を辞職」政界から身を引くべきです。

時代は移り行くのです。日本の高度経済成長最後の遺物である、自民党的体質の政治家の引退です。彼が政界から身を引けば、本家自民党内に巣食う同質の遺物も一蓮托生です。

政治とは非情でなければならないと思います。小沢氏が目指した政権交代可能な二大政党は、自らの辞職をもって可能になるでしょう。民主党は彼の屍を乗り越えて進めば良いと思います。

それが、自民党を飛び出し、新しい政治の時代を作ろうとした彼の政治信念であり、生き様と合致し、末路に相応しいと言えます。時代が変わるということは、誰かの犠牲の上にしか成し得ないと歴史は証明しています。

と、考えますと、小沢氏が変えようとした日本の政治は、国民不在である、郵政民営化の針を逆回りさせることに顕著に表れている官僚政治、利権と延命に汲々とする自民党政治を終焉させることです。

それが政権交代です。自らの政治生命を絶って、政権交代可能な状況を作り上げるべきです。

彼は、現体制を倒した後、日本を如何なる「かたち」にすべきかについて言及していません。
彼の役目は、そこまでだと、自分で認識しているハズです。

だとすれば、歴史の皮肉なのかも知れませんが、自らの政治的役割を、自らの辞職で果たすことになります。そうなれば、それこそ、それが、彼の本望、「男子の本懐」ではないかと、思います。
                                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月08日 05:58 | コメント (2)


自転車

2009年03月07日

どうせ三日坊主でしょ!!

隣地の梅林も満開。偏西風に乗って黄砂も飛来(かなり迷惑ですが)。スギ花粉も飛び交い、花粉症で苦しむ人には辛い季節ですが、アスファルトの割れ目からタンポポが芽を吹き、鳥はさえずり、虫は穴から顔をだし、そして、桜花は膨らむ。

春、弥生。こんな陽気に、冬を引きずっていては、もったいない。
何か、陽光を浴び、健康管理も兼ね、汗を流せる運動はないモノかと・・・・・・。

そんな折。テレビコマーシャルが、目に止まりました。超軽量(アルミニュウム製)の自転車が27000円で発売されたと。う〜ん。自転車か?過激な運動は無理。散歩は苦手の私。

自転車なら、知っているようで、以外に知らないご近所も気軽に探索できそうだし、足腰の(ゴルフの距離があまりにも落ちたので)強化にもなりそうだし。一念発起。「自転車探索」を運動にしてみるか!

そう言えば、三年前、股関節の人工関節手術を受けた時、主治医から、リハビリーには、水泳か?自転車が良い。とアドバイスされたが、水泳は、服を脱いだり着たり、面倒だと三日坊主で止めてしまった。

自転車にはチャレンジしていなかった。よし。この超軽量自転車を買うか・・・・。チョッと待てよ。
ちょっぴり古い話題だが思い出したことがある。え〜と、電動自電車の販売が加速しているという記事。

昨年の12月、道路交通法施行規則が改正され、モーターの補助力アップが可能になり、自転車メーカーが発進時や坂道でもこぎやすく改良された新タイプの電動自転車が相次いで発売されているという。

折角、買うなら、軽量も良いが。運動したいときには、人力で。疲れたら、モーターの力で。これなら、無精者の私に打って付け。価格も(各メーカー)8万〜10万と許せる範囲。

よし。これにしようと、家人に伝える。すると、家人曰く「10年前に買って、倉庫の奥でさび付いてる室内(トレーニング)用の自転車は、どうするんですか?」「あれを引っ張り出せば、雨降りでも自転車に乗れますが!!」「どうせ、三日坊主で止めちゃうんでしょうから」「あれ〜?????」

でも、自転車協会によると、08年度の電動自転車の出荷台数は、バイク(50CC未満の原動機付き自転車)を大きく上回って、大ブレーク中。省エネ時代。街の手頃足になること請け合い。

家の中で、自転車こぐより健康的だし。環境にも良いし、爽やかな春の風を満喫できるし。
いいと思うんだがな〜と、ぶつぶつ。        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月07日 06:48 | コメント (0)


残酷!

2009年03月06日

たかが鶉(うずら)の卵、されど鶉の卵

私の唯一の趣味ゴルフ。そのホームコース岐阜関カントリー倶楽部の食堂。経営は岐阜グランドホテル。最近コックさんが変わったのか?特段に吟味された料理を提供してくれます。

是非、ゴルフ愛好家の皆様。改修なったチャンピオンコース(7000ヤード)でプレーを堪能頂き、
美味しい料理を楽しんで頂ければと、ご案内申し上げます。

関CCの食堂。お勧めの料理は、大皿に盛られた焼きそばです。二種類ありまして、通称「バリバリ焼きそば」空揚げしたそばに、中華飯のアン(野菜を片栗粉で炒めた)がたっぷりか掛かっています。

もうひと品は、そばを焼いて、たっぷりの具を混ぜた通常の焼きそばです。
両方とも大皿で出てきます。一人前の量がとても多く、おっさん一人では食べ切れない。

メンバーの大半は同伴プレーヤーと分け合って食べます。
関CCの食堂、どれも美味しいんですが、焼きそばが名物料理だと思っています。

ちょっぴりセコイ話ですが。何となくこれがサービス精神かなって、思う事があります。その焼きそば、テーブルの人数に合わせ「鶉のゆで卵」の数が違うんです。

一人前を二人で注文すれば二個の卵。三人なら三個。四人なら四個と出てくるのです。私が卑しいのかも知れませんが、取り分けて食べる際、何となく安心しませんか?四人で分け合う場合。卵が三個の場合、誰がハズれるのだろうか?なんて、気になりませんか?

「え〜。そんなせこいこと考えている奴はお前だけだ」ですって?そりゃ失礼しました。
でも、「たかが鶉の卵、されど鶉の卵」サービスって、そんな些細なことなんじゃないかな〜って思うんですが。

それに、「鶉の卵」って、鶏の卵より、淡泊な感じで、見た目にも可愛らしく、おまけに一口で食べれます。料理方法を工夫すれば、楽しく頂くことができます。私は結構好きです。

その鶉。愛知県の豊橋市にある「養鶉場」で鳥インフルエンザ(弱毒性)の陽性が発見され、鶉舎内の全鶉を殺傷、廃棄しました。人に感染させないとの断固たる処置、行政の危機管理に敬意を表しますが。

丹精込めて育てて来た養鶉場の関係者達、不況に追い打ち、その気持ちを思うとやり切れない。
一所懸命卵を産んで、私たちの食卓に貢献してくれた、罪のない「鶉」を思うと、何とも残酷です。

聞くところによると、鳥インフルエンザの菌は144種類にも及び、更に進化?していると言います。
人類は病原菌との戦いですが。こんな悲しい犠牲がでないよう、早く予防方法が見つかればと願います。

次回、「バリバリ焼きそば」を頂く折には、感謝して頂きます。
でも、残酷な現実ですね。         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月06日 06:35 | コメント (0)


マインド

2009年03月05日

大企業よ!!企業魂、憂国の志を奮い立たせよ。

毎年、三月に入ると、企業は年度末の慌ただしが何処かしこにと漂うんですが。今年は状況が随分違うようです。理由は、不況の底が見えず、次年度の計画が立たないところに・・・・・・。

新聞には連日、年度末、派遣労働者40万人が解雇されるとか。大企業も相次いで正規社員のリストラを発表するなど、厳しい労働環境が報道されています。

何処を切り口に探しても、景気はまだ下降中。これでは、暗い新年度を迎えねばならないと、各企業落ち込んでいますが。新入社員も加わる時期。そんな情けないマインドでは、ダメです。

窮地に活路を見出してこそ、企業価値です。この処の長いトンネルで、その価値にも、おおよそ方向が見えてきました。それは、環境を正面に据えた商品の開発であり、その商品の低コスト化です。

最近、雇用の問題で、派遣切りなどを理由に大企業を責める風潮がありますが。
ノー天気な論評だと言わねばなりません。

日本はこの9月から12月まで4ヶ月連続で国際収支が赤字です。たぶん、今年の12月までの月次も赤字が予想されています。大黒柱のお父さんの収入がマイナスなんですから、大変なことです。

本来なら、国を憂う官僚が大騒ぎしても良さそうですが。彼らは、自分さえよければと、思っていますので、国家が滅ぼうが、民が困窮しようが。政治家に、何も進言しません。恐ろしい事態です。

マスコミも「派遣村」のニュースばかり追い「木を見て森を見ず」、国の衰退に目が向いていません。
この危機を脱するためには、売れる商品を作って「稼がねばならない」と考えているのは大企業だと思うのですが。どうも、それが理解されていない。とても残念です。

私は広告屋ですから、毎日企業が発信する広告を読んいます。
その中には、心が浮き立つようなチャレンジ、企業の魂とか憂国の志を感じるものがあります。

最近では、旭化成の日経新聞に掲載された3頁全面広告。そのコピーは「問題。石油に頼るな。石油の埋蔵量には諸説ある。確かなのは、無限ではない、ということ」凄いと思いませんか。

「石油を使わずに、プラスチック・繊維をつくる。旭化成による世界初の試みが、2010年から稼働します。」と、感動もんです。常にチャレンジする日本の大企業魂に。

それも、そのプラントは、韓国で実証運転し、タイで稼働を開始する。さらにコピーは、20世紀は石油の時代、しかし、21世紀は違う。変わらなくてはいけない。少しずつでも、確実に」と。

もう1社紹介します。読売新聞3月3日付の東芝の見開き広告です。
1890年東芝は日本で初めて一般白熱電球を実用化した。2010年、その電球の製造を中止すると。

凄い決断です。なぜか。「LED電球」を実用化させたいからです(世界初です)。白熱球と比べ、消費電力8分の1。寿命40倍。省エネと長寿で地球温暖化防止に貢献する。そのためには、主力商品と決別すると。覚悟を感じませんか。私は悲壮な決意を読み取ります。

まさに、東芝は憂国の志を持つ企業じゃないですか。
環境を正面に据えた「LED」商品が世界に普及すれば、環境ニッポンの復活です。

問題は日本での大量普及、それに手を貸す国策が必要です。
そうなれば、コストが一気に下がり、世界に普及します。

電機は自動車と並んで日本の基幹産業です。普及の速度が上がれば電気メーカー各社が技術を競い合い。さらに効率の良い商品が開発される。

そうなれば、輸出も可能になり、企業の経営計画性高まり、雇用が創造されることになります。

どこかで、歯車をかみ合わせれば、まずは、マインドが上向き。
そして、景気回復へと反転るのですが・・・・・・。

なぜ、そうならないんでしょうか?どこに原因があるんですかね〜。
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3/3読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月05日 05:48 | コメント (0)


報道番組

2009年03月04日

行政も報道に対して毅然とすべきは、すべきです。

テレビ全体の視聴率が上がっています。それも、50代後半以上世代の。
理由はリタイアが始まった団塊世代と、高齢者の視聴が増えたからです。

その社会現象を敏感に嗅ぎ取ったキー局。この4月の番組改編から、高齢者が好む?報道番組をプライムタイムに組み込むようです。日頃、ニュースか報道番組しかテレビを見ないおっさんとしては、あのバラエティーと称して馬鹿騒ぎする番組が減るのは、結構なことだと思っています。

が、果たして、高齢者の好む番組と報道番組がマッチしていると考えるのは、多少短絡的ではないかと思います。それに、キャスターによりますが?政治色の強い報道番組にスポンサーが付くかどうか?疑問です。

テレビ業界も不況の影響と視聴率の低下で収入源が減少、経費削減の波に揺れてます。
番組制作の予算を削減し過ぎますと、粗雑な報道番組が横行する可能性もあり、心配です。

日曜日。たまたま、食事をしながら、日テレの報道番組「バンキシャ!」を見ていましたら、昨年の11月に放送した「岐阜県庁で新たな裏金作り」があるとの放送に「内容は誤り」だったと謝罪していました。

翌日の朝刊各紙に「詳細」が掲載されましたが。読んでみて、なぜ?こんな「虚偽証言」(嘘)に乗っかって、日テレともあろう放送局が、インチキ報道をしたのか?さっぱり分りません?

放送局の報道番組なんてこんなものだ。と、思えばそれだけのことなんですが。
常識では、裏付け取材が行われるはずですが?それがない。始めから岐阜県には裏金作りが行われているとの、予断に立って取材が進められたきらいがある。

岐阜県は前知事時代大規模な裏金が作られ、組織的な事件として発覚。その再発防止策を講じている矢先です。先入観に基づき報道されたとするなら、真面目に取り組んでいる県職員が可哀そうです。

なぜ、裏付けをしなかったか?の理由が、取材源の秘匿にあるとの説明だが。謝罪では、中津川市の土木会社の某役員がうそを付いたと、取材源を特定している?それでは説明になっていない。

どうも納得できない。他に、恣意的な意図があって裏付け取材なしに、県を陥れようと報道したならば、最早、報道ではなく悪質な犯罪だと言わなければならない。

政治が劇場化され、面白可笑しく取り上げられることが、悪いとは思いません。報道番組が増え、政治に関心が高まるのも良いことだと思います。

しかし、この番組のように、行政に対して、偏向や先入観、恣意的なもで、番組が編成されるとしたら、視聴者のテレビ離れはますます、加速するのではないかと危惧します。

キャスターの謝罪に「視聴者、岐阜県、県議会に大変なご迷惑をお掛けした」とありますが。
メディアは詫びることが好きではないようですが、一番最初に詫びるのは県民にじゃないかと思います。

県側が会見で「公共性の高い番組で、このような報道がなされたのは、残念、遺憾。今後はこのようなことがないことを望む」と、報道の在り方に警鐘を鳴らしたのは、敬意を表します。

報道番組の視聴者が増えますように・・・・・・・・。
                                    Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月04日 06:23 | コメント (0)


特権

2009年03月03日

名古屋市長選挙が面白い。

次年度の予算が衆院を通過しました。マスコミをリードする大新聞は、朝日が27日、毎日と日経が28日に。なぜか読売はまだですが。相次いで、早期解散を求める社説を掲載しました。

田舎のおっさんとしては、「そうだ。そうだ」と頷く以外に、術はないのですが?
雲行きは、そう簡単に行きそうにありません。

土曜日の朝刊各紙。一斉に「中小企業の資金繰りを応援します。」「融資・保証枠を30兆円規模に拡大しました。ぜひご活用下さい」との政府広報(経産省・財務省・厚労省)が掲載されました。

やっと中小企業支援が動き出しました。不況の嵐は昨年から吹き荒れています。如何にも遅いと思いますが。この制度が本格的に稼働すれば、中小企業は、なんとか年度末を乗り越え、次なる対策が立てられます。窓口は大変でしょうが、ぜひ、迅速なる対応をお願い致します。

まずは経済対策優先と、政局を封印して頑なに推し進めてきた政府。その対策が動き始めれば、新聞の社説の通り、解散総選挙で良いハズなのに、その気配は低い。

本当の理由は良く分りませんが。遠目では、「解散は総理の専権事項。私が決めます」と野党の質問に啖呵を切るのですが?本音は度胸がなくて、自信が持てず出来ないのではないかと思います。まるで特権にしがみ付いているようです。みっともないったらありゃしない。

これではだめだと分っていても、与党には総理大臣を交代させる勇気もない。議会制民主主義の崩壊なんでしょうが。任期満了まで、このままズルズルと行くのではと、思います。

となりますと、国政の改革が進まないことになります。だと、しますと、大阪の橋下知事。横浜の中田市長のようにポリシーを持って、国とも戦える首長に頑張ってもらう以外にありません。

岐阜は愛知の経済に左右されます。とりわけ、岐阜市と名古屋市とはJRで18分。名古屋が元気になれば経済圏の岐阜も元気になります。その名古屋の市長選挙が4月に実施されます。

この選挙に注目してみたいと思います。
候補者は自民支持のエリート通産官僚の細川昌彦氏と民主推薦の河村たかし氏。

河村氏は衆院議員で自称「総理を狙う男」とメディア露出の多いユニークな人材。その政策も「議員定数削減」「地方議員年金廃止」「議員報酬の寄付金化推進」など市議の特権にメスを入れる。面白い。

そのせいもあって、母体であるはずの民主党市議団の反対を受けている。
これが地方議員の本音なんでしょうね。政治家の本分が分かって良いですね。

私的には、河村氏が「総理」ならぬ政令都市の首長として、国に堂々とモノ申し、地方改革に爆進し、あらゆる「特権」(既得権益)に大胆にメスを入れる「市長」になれば、面白い名古屋、地方が生まれると思います。

彼が、国の政治を揺さぶってくれればと期待するのですが?
この人物なかなかの難物。市民にとっては、悩ましい選択になるかもしれません。

しかし、名古屋市長選の行方が、衆院選を占うのだけは、間違いなさそうです。
                                      Goto

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2/28朝日新聞 朝刊

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月03日 06:09 | コメント (0)


侍ジャパン

2009年03月02日

プロ野球。ワールドカップ級の大会、WBCが盛り上がっているようです。

野球ファンの、いや、間違い。ドラゴンズファンの私でも、イチローや松坂それに岩村など、大リーグで活躍する選手が一堂に集まって繰り広げられる真剣勝負を見てみたいと思います。

興行元は、読売新聞。キャンプ、練習試合、強化試合などで、経済効果がすでに550億円との試算も発表され、イベントとしては大成功の兆しです。

何かに付けて、文句を言いたい私としては、WBCを何倍も楽しむ意味でケチを付けてみます。

まず、なぜ、松井は出場しないのか?アメリカはドリームチームを組むのか?あの興ざめオリンピックでは、アメリカチームは学生選抜だったが、果たして、可能な限りのベストメンバーなのか?そこが、知りたい。二線級相手で世界一では????

この後に及んで、横浜の村田が。西武の中島が。湧井までもが、個性的なファッションだと、自負している、あの汚らしい茶髪を黒髪に、見苦しい剃り込み止め、長髪を短髪に変えるそうです。

その理由が、サムライらしく。と、監督やコーチが注意したからだそうですって。笑っちゃいますね。プロの集団ならば、侍らしく、個性と自己主張を貫きなさいよ。日の丸を背負ったからって、大人しくなるなんて?まるで、徴兵に取られた兵隊みたいじゃないか。

それに、よく分らないので知りたいのですが。日の丸を背負ったからボランティアってことはありませんよね。興行主も収益を得るんですから。では、代表選手は一体いくらの収入があるんですかね?
イチローも松坂も破格の高給取りです。どなたか、教えて下さい。

我がドラゴンズの選手が、一人も参加しなかったのを、批判する評論家が多いようですが。
負けた責任をドラゴンズに被せるための布石ではありませんよね。

オリンピックでドラゴンズは、4人も代表を出しました。それもシーズン途中に。その結果、酷使された岩瀬は後半踏ん張りがきかず。荒木も井端も調子を崩し、結果的にはペナントを逃しました。

プロの選手が「遊び」で酷使され、シーズンを棒に振るなんて?私には理解できません。あのオリンピックで落球した某籐選手をもう一度、使って、名誉挽回させてあげた方がよいと思います。が。それもなさそうです。

まだまだ、文句を垂れたいことが、一杯いありますが、我が落合監督の奥さんのように、言い過ぎ、出しゃばり過ぎますと品格が疑われますので、止めます。が。

二点だけ申し上げておきます。まず、日本チームの優勝は絶対にない。ありません。理由は述べませんが。もう一点。今年のペナントレースの優勝は中日ドラゴンズです。理由は、WBCに代表を送らなかったからです。

でも、日本人の元気に貢献してくれるなら、ありがたいイベントです。
TV中継にスポンサーが付いて頂ければありがたいことです。

ガンバレ!!「侍ニッポン」!!チャチャチャ。
                                      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月02日 05:59 | コメント (0)


ノルウェイの森

2009年03月01日

青春の一コマ、一コマが走馬灯のようによぎる。

子供のころ、一番嫌な宿題は、作文でした。
それも、読書感想文を書いて来い。って言うのが一番苦手でした。

ブログで、村上春樹氏のイスラエル・「エルサレム文学賞」の授賞式でのスピーチ。若干疑問を持ちましたので、作品を読んで論評したいと書きましたら、若き仲間から「ノルウェイの森」を頂きました。

ありがとうございます。
朝の読書タイムを利用して読ませてもらいました。

で、頂いた手前、読書感想文が必要なので、とりあえず。

氏と私は同じ1948年生まれ。同じ年に上京。同じ時代の東京で、同じ空気を吸って過ごしたことになります。文字通り主人公の「ワタナベ君」に私を置き換えることができます。

どの場面も私の学生時代とは一致しませんが、しかし、どの場面にも私自身の学生生活が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。そんな不思議を味わいました。それが同じ空気を吸ってた証何でしょうか。

ワタナベ君はノンポリ。私はセクト主義。彼はオタク。私は行動派。彼は読書家、音楽愛好家。
私は・・・・・ただの音痴。随分違いますが。

息が詰まるような友情。心が張り裂けるような恋。そして死に直面、困惑する彼。
モヤモヤとした朧月のような青春。私の青春時代、そんなに周りを突き詰めたことはなかったな〜

「努力もせずに不平ばかり言う。主体的に目的的になされるものを避ける奴ばかり」と寮仲間は言う。
「自分に素直に、欲もなく、感情の赴くままを引きずり出して、正直に生きようとする」彼。

しかし「自分のことを他人に理解してもらいたくない」のではない「理解されたくても、そのすべを知らない自分」にジレンマに陥る彼。私は毎晩のように友と酒を飲み交わし、議論を吹っ掛け理解の押し付けの日々でした。

弱いようで、決して弱くない。投げやりのようで、決してあきらめていない。
そして、我慢も辛抱も青春には付きものだと、妙に分別臭い彼。私にそんな強さはなかった。

そして、精神の病んだ人達の深層に迫りながら、社会の矛盾と退廃を鋭くえぐる。そこがこの小説の神髄かもしれない。読み終わり、私の青春の軽薄さを棒で殴られたような痛みと、同じ時代、同じ場所で同じ空気を吸ってた奴が居た、のが確認できたようで、妙な安堵感を持ちました。

でも、私は、この時代には、戻れないのですが、戻りたいとも思わない、そんな苦味を感じています。
「ノルウェイの森」から、なぜ、村上春樹氏がイスラエルで「壁と卵」のスピーチに至ったかは、解せませんでした。

やっぱり、読書感想文は苦手です。              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年03月01日 08:40 | コメント (0)