戦争

平和ボケ過ぎやしませんか・・・・・・。

あまり難しいことは論じたくないが、隣国の動きに注視する必要があるのではないかと思う。
傍若無人の振る舞いに、怒りを通り越し、呆れているのが、大方の気持ち・・・・・・・・。

平和裏に解決して欲しいと思うのだが。どうも、その一線を越えた気がする。

日本は、戦後60余年、曲りなりにも、平和を維持してきた。それは平和憲法のお陰だと言う人もいるが、私は、それ以上に先の戦争が与えた甚大な被害が、国民に戦争の恐怖(トラウマ)を植え付け、それがトラウマとなって、平和が維持されてきたのではないかと思う。

しかし、戦後生まれが、人口の80%を超えた今。戦争を知らない人に、観念では反戦の思想を持てるが、体験者の持つ反戦への思いには至らない。(残念なことですが)

となると、相次ぐ隣国の軍事的挑発に、薄っぺらな反戦思想などぶっ飛ぶ可能性は高い。たとえば、アクティブ・ミサイル・デイフエンス(敵地攻撃)論が国会で、まことしやかに語られるのもその現われ。

取り分け、与党の国防対策委員会などからは「座して死を待たない防衛策としての策源地攻撃能力が必要だ」と勇ましい。野党からも「外交交渉の期限を過ぎれば、敵地攻撃能力を持つことを国際社会に理解を求めるべき」といった強硬論も飛び出す。

社民党も共産党も、この問題には、なぜか、沈黙を守っている。戦後生まれが原因とは言うまいが。

「備えあれば憂いなし」準備を怠れば、取り返しのつかないことになる。最悪の事態を想定して、議論することに異論はないが。隣国の暴発は、その域をすでに超えたのではないか?と思う。

不穏当な発言は、如何なものかと思うのだが。日本を射程に入れた中距離ミサイル「ノドン」が、首都圏を狙って、発射されたらどうなるのか。韓国は、戦時体制を取ったと言うではないか。

窮鼠猫をかむの例えもある。北朝鮮は追い詰められている。平和ボケの延長線で、敵地攻撃の法整備を論じていてもらちがあかない。その間に、攻撃されるかもしれない。

朝鮮半島で戦闘が始まり、日本海を挟んで、日本も戦火にまみえる。その現実が目前なのに、泥棒を見て縄をなって、どうするのか。戦争が現実のものとなったとき。法整備の議論など、何の役にも立たない。

戦後60余年。初めて経験する戦争。この国は、本当に、大丈夫だろうかと危惧する。

「備えまでも」選挙の具にしているような、政治家に、対処できるのか?
その存在すら認知されてこなかった自衛隊は大丈夫か?

国家国民より省益にしか、目を向けていない官僚で大丈夫か?
マスコミの、軽薄な論調に右往左往する国民、戦火にまみえることが、耐えられるのか?

とても。耐えられるとは思えない。
それが、この国の現実だ。しかし、我々が頼るのは、政治しかない。

乱世に通用する政治家は誰なのか?反戦思想で腹の据わった政治家いるのか?
その選択の時が先に来るのか?それとも、隣国の暴走による戦争勃発が先になるのか?

実は、この国、かなり緊迫した状況下にあると思う。
田舎のおっさんの冷や水だといいのだが〜。
                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年06月04日 06:34


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