2009年07月

不磨の大典

2009年07月31日

世襲問題はマニフェストでどうなっているんでしょうかね?

報道番組や新聞を楽しみにしている私としては、この一週間ほどつまらない。くだらない。報道も、新聞紙面もなかった。21日に衆院を解散。その後政治的話題は、凪状態だと言わねばならない。

民主党のマニフェスト批判も、財源問題以外に書きようがないと見えて・・・・・・。為にする批判ばかり。書いてる記者が虚しさを覚えているに違いない。昨日の朝のTBS。みのもんた。民主党鳩山代表、マニフュストは正式なものではない。と発言したのを、コロコロ変えるとは何事かと批判した。

それを受けたコメンテーターの女性(名前は知らない)が「イギリスでブレア政権当時、マニフュスト選挙取材を三か月行ったが、発表した内容を選挙民の声を聞いて修正しながら、最終的なマニフュストを作り上げるのが、マニフュスト選挙と言うものです」と発言。

したり顔のみのもんた。の一言にグーの根もでず、息を飲んでいたが。政界にも影響力があると言われるみのもんたもその程度かと、呆れてしまいます。(もう少し勉強してもらいたいものです)

今日、自民党のマニフュストが発表されるそうです。

新聞もテレビもですが、この調子ですと、マニフュストを不磨の大典として、一言一句でも間違えば、鬼の首と取った如く、批判する暑い夏が、一ヶ月も続くのでしょうか?

政権党のマニフュストは、4年間を如何に総括するのか。今後の四年間をどうしたいのか。民主党よりも興味があります。時間を見つけてじっくり読んでみたいと思いますが・・・・。

それにしても、「自民党をぶっ潰す」と言った小泉前首相、その本音は「田中派、経世会を潰す」意味だったと巷間言われていますが、この天下分け目の政権交代選挙の直前に経世会の会長が突然引退。

どうなってしまったのかと、訝しく報道を見ていましたら、結局は自分の息子に世襲したかったから、引退したんだと分りました。国民よりも、自民党よりも、派閥よりも、私利私欲のために、政治家をやっていたのだということが良く分りました。

これが自民党の派閥の正体なんでしょうね。滅茶苦茶ですね。これでは経世会は維持できませんね。小泉さんの思いが遂げられたと言うことでしょうか。そんな、バカバカしい話題が、マニュフエストの内容と関係するようなことはないと思うのですが・・・・・・・・・・・・。

賢明なる記者諸氏には、マニフュストを不磨の大典扱いしないで、冷静で、公正な記事をお願いします。                                                                                                                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月31日 05:51 | コメント (0) | トラックバック (0)


岐阜県ファンクラブ

2009年07月30日

一点突破 全面展開の発想が必要では。

学生時代のこと。「君はどこの出身かね」「岐阜県です」「岐阜県???」「岐阜県って、琵琶湖の西だったか?東だったかね?」日本地図ぐらい頭に入れてよ・・・とぶつぶつ。「滋賀県の東側です」とムッとして答えたものです。

宮崎県と宮城県の区別の付かない人もいましたが、今では九州に県が幾つあるのか知らない人でも、東国原知事のパフォーマンスの影響で、宮崎県が九州の東側に位置するのを知らない人は少ない。

マスコミの力が偉大なのか?彼のパフォーマンスが優れているのか?それとも政治力なのか?宮崎県は彼のお陰で、メジャーな県になりました。(すごいことです)

我が岐阜県は、何十年経っても地味で印象の薄い県のまま。最近では、琵琶湖を例に取るのではなく、飛騨高山は岐阜県ですよ。なんて、説明するんですが・・・。反応は「へ〜飛騨高山は岐阜県だったんですか」てな具合で。

そんな岐阜県を何とかしようと、県の観光交流推進局が打ち出したのが。岐阜県の後援会づくり「岐阜県ファンクラブ」の発足。地域を「人」に見立てて、ファンを作る発想はとても面白い。

問題は、地味で印象が薄いのは、魅力がないからなのか?魅力が発信されていないからなのか?どちらかということ。発信不足なら、やり方次第ではこのファンクラブ方式は大いに効力を発揮するでしょう。魅力がないならば、根本的な問題です。

岐阜県には飛騨高山を始め、何度も足を運びたい魅力的な場所がたくさんあります。

では、魅力があって、発信力が・・・・。だから、岐阜県ファンクラブなのでしょう。でも果たして・・・・

郡上踊りに魅力を感じている人は、郡上踊りのファンであっても岐阜県のファンではない。下呂温泉も、馬篭、妻籠もそうです。だと、しますと、岐阜県ファンクラブは、個々のファンをプロダクションに加入させるようなもの。

ファンを岐阜県単位で括るには無理がある気がします。では、この発想の効果を上げるには、どうすればよいのか。批判を覚悟で申しますと、一点突破集中主義で考えるべきではないでしょうか。

40年前は、岐阜県は琵琶湖の西か?東か?でしたが。今は、飛騨高山のあるの岐阜県に変わっています。私は多くの岐阜県ファンを募るには、「岐阜県飛騨高山ファンクラブ」を作るべきだと思います。

高山を好きな人のファンクラブを作って、その人たちに、下呂温泉も、養老の滝も、長良川の鵜飼も好きになってもらう。逆もありますが。とりあえず。高山に的を絞る。それが一点集中です。

県の立場では、特定の地域を集中的に応援するのは、公平性を欠くことになり、難しいでしょうが。
私に言わせれば、その公平性が印象の薄い県になっているのです。

行政の悪しき平等主義や公平思想をぶち破る。その勇気が必要です。

ここは、観光地としてメジャーになった、飛騨高山のファンクラブを岐阜県が作る一点突破の手法が良いのではと思います。それが、岐阜県全体に最も早く、展開する道だからです。

勿論。私は、印象が薄い岐阜県を何とかしたい。そして、行動しなければならないと思っていますから、この「岐阜県ファンクラブ」の会員にしてもらうつもりです。   

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岐阜県のHPより

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月30日 06:55 | コメント (0)


24vs26

2009年07月29日

番組編成にもう少し工夫を凝らして欲しいものです。

先週の土日。フジテレビ(東海テレビ)で、26時間番組が放送されました。御覧になりましたか?
私は日曜朝の報道2001が中止で、この土日に放送されるんだと知りました。

フジのバラエティ路線を否定するものではありませんが、(番組を見てたわけじゃないので、いい加減なことをいうと失礼になりますが)、たまさか、チャンネルを合わせると、画面の向こうはバカ笑いばかり。

大人には、閉口です。

夏休み恒例のマラソン番組の元祖は、今年31回目になる日テレ「24時間テレビ・愛は地球を救う」だと思っているものですから、二番煎じをフジテレビがやるのか?(今年で23回目(?)だそうですが)

局の人材は豊富。編成スタッフにも有能な人材が揃っているのに。夏休みの特番すら、モノマネするしかないようでは、情けない。他局の成功番組と同じようなものを作って、身の保全を図るような組織なら、明日はないのでは・・・・・。

でも、元祖24時間テレビも、日テレの開局25周年記念の特番でスタートしたそうですが、本当のところは、ニッポン放送(ラジオ・フジ系列)が1975年にスタートさせた「ラジオチャリティーミュージックソン」のパクリだそうですから、どっちもどっち。

放送局なんて所詮は、そんなものだと、思わず苦笑いです。

余計なお世話かもしれませんが。果たして、一夏に、二つのマラソン番組が必要なものなのか?
切磋琢磨は大切ですが・・・。少なくとも、スポンサーは片方で十分だと思っています。

まだ、24時間TVの方は放映されていませんが。放送日の8月30日は「衆院選挙」投票日とバッティング。天下分け目の政権選択の日に、朝から晩まで、馬鹿笑い番組を放映しているのでしょうか?

「24時間TV」は、26時間TVのような「バカ笑い」は少ない。まじめにボランティアの紹介やチャリティー主体の編成。衆院選挙の方が、後から決まったこと。とおっしゃるのかも知れませんが・・・・・。

田舎のおっさんとしては、何となく違和感を覚えます。

衆院選挙は即日開票。比例区もあり、結果が出るのは、翌日になりそう。
そうなると、二日続けての、48時間TVになりそうです。

と言うことは、今年のマラソン番組のvsは、26時間のフジと48時間の日テレってことになるんでしょうか?スタッフには、ご苦労様と申し上げておきましょうか。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月29日 06:36 | コメント (0)


不退転

2009年07月28日

首相の地位を軽くしたのは誰だ・・・・。

真意はなかなか伝わらないものです。ましてや、政治の場は、言論が命と申しますが、選挙を前にして、思惑が絡みます。ただ話を聞くだけでは真意が良く分らない場合があります。

人間は不思議な生き物で、自分が解っていることは、人も解っていると錯覚するんです。だから、言葉足らずの場合誤解を招くことがあります。それを、思いこみ。感違いと言うんですが。

それを解決するには、丁寧に、くどいと言われるほどに、自分の真意を相手に伝える努力をしないと、意思の疎通はままならない。人間社会は面倒なものです。

民主党の鳩山代表が、首相退任後の衆院選には「出馬せず政界を引退」すると発言しました。
その真意に憶測が飛んでいます。が、私はストレートに受け止めて良いと思います。

この場に及んで、散々批判されている小泉前首相は、首相任期中に一年後に首相を辞任するとし、その後、政界からの引退も表明しました。それを、真に受けた政治のプロは少なかった気がします。

しかし、彼の権力に対する潔さと、信念を貫くために不退転の覚悟で臨んだ姿勢に、国民が反応した結果が、先の総選挙でした。男は常に背水の陣を敷き、懐に辞表を忍ばせて働くものです。

誰だとは、申しませんが、自分の都合で政権を放り出し、その後も、チラチラと表舞台に顔をだす、首相の地位を軽くしてしまった、紛いの政治家を見ていますと、情けなくなります。

日本人独特の考え方かも知れませんが、鳩山代表の「その言」やよし、としたいと思います。
真意はなかなか伝わらないものですが、不退転の決意ならば、それは伝わるものです。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月28日 05:42 | コメント (2)


小泉眞人理論

2009年07月27日

広告について考えてみたいと思います。

広告の仕事に携わる私たちが真剣に訴えていかなければならない不況下における広告の役割と価値について、日経新聞が東海大学小泉眞人教授の理論を四回シリーズで紹介しています。

日本の経営者は景気後退で消費が低迷しているこの時期に、あえて、広告宣伝費の予算を増額しようとする選択はないようです。果たしてそれでよいのでしょうか?

広告は経済の尖兵です。広告予算の縮小は、経済の収縮を意味します。

広告宣伝費の削減は当然という風潮が渦巻く現状は、経済を収縮させるのみならず、景気後退が反転した折、回復を遅延させる大きな要因になってしまいます。

小泉教授は、景気後退期に二年連続で企業が宣伝予算を削減すると、景気回復期が訪れても、売上高を後退期以前に戻すには6年間掛かると分析しています。

また、別のテレビメディア分析では、テレビCMを一年間止めると、その残存率は20%以下に。二年間では5%に落ち、過去の蓄積が水泡にきすとの分析もあります。

景気後退期の広告の役割は、成長期と異なる考え方にすべきです。小泉理論では、「広告が社員の誇りや意欲の源泉になっている」とのコミュニケーション広告の考え方や。

「広告を乱気流の中を飛ぶ航空機のジェットエンジン」にたとえ「広告でエンジンの回転数を上げて不況を乗り切る」といったリレーション広告として捉え、社会に認知させる手法も取り入れるべきだと述べています。

広告の一線で働く私たちは、経費削減の風潮に乗って、広告宣伝を経営戦略から外す経営者に、この時期だからこそ、今一度、広告の必然性を真剣に訴えなければならないと思います。

そうしないと、内需拡大による日本経済の未来が見えてきませんから・・・・・・・・・。
広告の使命と役割は重いものがあります。
                                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月27日 06:09 | コメント (0)


異常気象

2009年07月26日

大自然の猛威に抗う。

7月も終わろうとしているのに、気象庁からは一向に梅雨明け宣言が無い。しかし、今朝も近在の樹木からは「蝉」の鳴き声が湧き上がっている。この鳴き声を聞けば間違いなしに「夏」なのに・・・・。

昨日の新聞で、面白い記事を読んだ。四年前あの日本列島が燃えた真夏の総選挙。その年の蝉の鳴き声は「ジージージ」だったのが、今年の蝉は「ミーミーミーン」と鳴いてるそうだ。

そう思って、耳を澄ますと「ジージー」でも「ミーミーミー」でもなく「チーチーチーチェー」と「チェンジ」を叫んでいるようだ。蝉も人間社会の異常を感じ取っているのかと思うと、可笑しい。

心頭滅却すれば・・・・・・。暑さなんてどってことない。と強がっているが。人間なんて所詮いい加減なもの。気象予報で、真夏日だとか猛暑日だとか、表現されると、それだけで、暑い、暑いと思うようになってくる。夏は夏らしくが良いのだが・・・・・・どうもそうでないらしい。

今年は冷夏だと気象庁が予報を出した。西日本の目を覆うような豪雨、土砂に押しつぶされて亡くなった人の心境を思うと自然が腹立たしい。今度は北日本の農作物にの被害が出なければ良いが、何か有効な手立てはないのかと、自然の猛威が心配だ。

大自然は、人間の思うようにはなりはしない。されど、蝉の鳴き声を聞きわけながら、気象予報の表現に一喜一憂しながらも、人間は大自然と対峙して行こうとする情熱を失ってはいない。

異常気象の夏だが、夏バテせず、がんばって乗り切りたいものだ。          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月26日 06:38 | コメント (0)


不満と不安

2009年07月25日

政党の品格が問われる「政治広告」

衆院が解散され、各政党が本格的な選挙準備に入った。追っ付けテレビCMも始まるだろうが。
先行する新聞広告やネットCMでの、あまりにも露骨な他党批判には眉をしかめたくなり、逆効果になることも知っておいた方が良いとおもう。

例えば、22日付の全国紙に掲載された自民党の広告。比較広告の積りなんでしょうが。品格が無いですね。国民の目は肥えています。それも、新聞を読む人は時世に敏感。世の中が良く分ってます。

そんな読者に向かって、過去を棚に上げ、他党を批判するのは如何なものか?政権政党なら政権政党としての王道があると思うのですが。広報の司令塔までピントが外れてしまったのではないかと思います。

そう言えば、去年の10月。麻生総理の就任施政方針演説。まるで、野党のように民主党を批判していましたっけ。そのときも、とても見苦しいと思いました。政党の品格が問われてしまいましたね。

広告屋的に現下の国民心理を分析しますと、「不満と不安」の狭間にあるといっても過言ではないと思います。不満は、不況への苛立ち、先が見えない社会、広がる官民格差などからくる閉塞感によるものです。

不安は、未知なるものへの漠然たる恐怖心です。変化を嫌う保守的な気持ちです。
言い換えれば、自民党に対する不満と民主党に対する不安が、交差する状況だと思います。

にも拘らず、不満を抱かれている政党が、不安を煽って支持を得る手法が、正しいかどうか?
不満解消の手段に不安を増幅させる内容の広告を打つのは、明らかに間違いです。(とてもプロの広告屋が仕組んでいるとは思えません)

不満を解消する手を打つべきです。難しくはありません。簡単です。「改革の速度を速める」内容にすれば良い。「自民党をぶっ潰す」「郵政民営化は、改革の本丸」と分り易いスローガンを掲げて、大勝利したではありませんか。その路線はどこへ行ってしまったのでしょうか?

その改革路線を放棄したのなら、私には見えていませんが、それに変るスローガンが必要です。
路線も示さず、不安だけを煽るようでは、もはや、政権政党とは言えません。

つまりは、政権党に未来がないのが、「日本の未来が、危ない」ことになります。

広告合戦とは、言いませんが、現代の選挙戦では、広告(広報)(教宣)は勝敗を左右する重要な武器です。もう少し、情勢分析をしっかりして、活用しなければ逆効果になります。

ましてや、小選挙区は、地域事情も違いますから、大枠の方針と地域に自由度を持たせる小枠の使い方を上手くミックスさせるべきだと思うのですが。

因みに私の卒論は「政治広告」だったんですがね・・・。
だれも「不満と不安」解消広告の提案を相談に来ませんが・・・・・・・。
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7/22読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月25日 06:00 | コメント (0)


農業法人化

2009年07月24日

イオンの農業参入に思う。

高度成長期に入った農業といえば、じいちゃんばあちゃんと母ちゃんで支える三ちゃん農家に、市場を都市部に求めた近郊農家が主流だった時代が続いた。

その後、減反政策、補助金漬け、それに高齢化が進み、担い手が減少、日本の農業は崩壊の危機にある。その打開策として、農業の近代化、法人化、工業化が叫ばれているが、規制に阻まれ遅々として進まない現状にある。

原因は、食糧問題をどのように考えるのか。第一次産業をどう捉えるのか。と言った国の基本的な政策が論議されないまま、工業製品と引き換えに安易な農作物輸入に頼る政治にあるのだが・・・・・。

ここにきて、外食産業に続き、大手のスーパー、イオンやヨーカドーが農場経営に乗り出した。
理由は消費者が食の安全に過敏になり、中国産の野菜に不安を抱いていること。

不況の影響で、川上から川下まで自社製品を供給することにより究極のコストカットが計れること。
それに規制の緩和により農業の法人化が可能になったことによる。(小泉構造改革によるものだが)

その結果、小規模近郊農家の崩壊。青物市場や農協などの問屋業が崩壊することになるが、時代の趨勢といわねばなるまい。

時まさに、政治の変革期。明治以来続いてきた社会構造が、聖域なく、根本的に見直され、改革される時代と、大手スーパーが、産業の根幹である農業に手を染めるのが一致しているのは偶然だとは思えないと、考えるのはうがちすぎであろうか。

イオンの農業参入が日本農業再生へ起爆剤になればと願いつつ。              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月24日 06:39 | コメント (0)


アウン・サン・スー・チー

2009年07月23日

東南アジア重視の外交に舵を切って欲しいと願うのだが・・・・

何かが出来るわけでもないが。ちょっと酷過ぎると、長年に亘り心の片隅に引っ掛っている国際問題がある。ミャンマーの非暴力民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チーさんの自宅軟禁のこと。

1989年、国家防御法違反により軟禁されてから、20年に及ぶ。「ビルマ独立の父」アウンサン将軍の娘であるがゆえに、民主化運動の象徴的存在となって、ノーベル平和賞まで受賞したのに・・・・・。

1999年にはイギリス人の夫との再会もかなわず死別したという。政治の非常さを感ぜずにはいられない。あまりにも・・・・・。先頃のASEAN(東南アジア諸国連合)の外相会議でも、二年連続スーチーさんの解放を訴えているが・・・・・。国際社会が声を大にしてもは彼女の拘束を解くことができない。

このところの報道では、ミャンマー軍事政権は北朝鮮からミサイルのみならず、核兵器の輸入まで計画していると言う。東南アジアの火薬庫になる危険をはらんでいる。

スーチーさんが、軟禁される前だから、20数年前になるが、戦争末期、日本軍がインパール作戦の最前基地にしたビルマの中北部マンダレーを訪ねたことがある。あの「ビルマの竪琴」の舞台である。

マンダレーの人たちは親日が多く、日本人のことを、当時でも「マスター」と呼んで畏敬の念を持っていたのには驚いたものだった。その影響かどうかはわからないが、スーチーさんも85年から一年間、京都大学「東南アジア研究所」で学んでいる。

戦後、自民党政権は外交の軸足をアメリカに置いてきたが、もしも、政権交代が可能となり、民主党政権が誕生したら、新政権には、東南アジア外交を重視して欲しいものだ。

その手始めに、ミャンマーとの関係を改善して、人道的見地と、アジア重視の象徴として、スーチーさんの開放に取り組んで欲しいと願うのだが・・・・・・・・。               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月23日 06:10 | コメント (0)


民主主義と選挙

2009年07月22日

与党の政策をどのように、総括するのか?

衆院がやっと解散されました。このコラムで、何回、衆院を解散すべきだと書いたでしょうか。
でも、投票日まで、40日。百年に一度の金融危機。政局より政策。政治空白を作るべきでないと。

解散を迫る野党に、そんな説明で延ばしてきた与党。解散したんだから、いいじゃないか。そんな声も聞こえるが。準備が整うまでの時間なんだろうが、この時代、40日はあまりにも長いと思う。

マニフェストが出揃って、本格的な政権選択の議論が始まるのだろうが。
果たして、政権政党にマニフェストが必要なんだろうかと疑問だ。

なぜなら、欧米の民主主義国家の選挙は、与党の既存政策と野党のマニフェストとを戦わせるもので、与党が、新しいマニフェストを掲げるとするならば、与党の政策を与党が否定することになりはしないか?

そうなると、与党の実績の評価はだれが判断するのかが皆目わからなくなってしまう。たとえば、年金改革を与野党が重要課題としてマニフェストに掲げた場合。年金未払い事件の責任は、誰が取るのか?

日本では戦後一貫して自民党が政権の中枢にいたせいで、総選挙で過去の総括をする習慣がない。与野党が、「絵に書いた餅」で、ただ、選挙公約を羅列してきただけ。それで、良かったのだが。

私も大変な誤解をしていたのだが。民主主義は良い政府を実現するための方法ではない。むしろ、説明責任を導きだしたり、悪い政府を罰したりする方法なのだ。良くない政府は罰を受ける。

それが政権交代する意味であって、与野党のマニフェストを論じる場ではない。

民主主義下の選挙とは、本来そのようなものなのだ。いままで、そうならなかったのは、官僚主導の「官尊民卑」政治が一定の機能を果たしていたのと、国民の民主主義に対する未成熟さがそうさせていたからである。

選挙まで40日間。その政治空白が、国民に自民党政治の功罪を考えさせる時間であり、「民主主義」を醸造させるための時間であるとするならば、案外、適切な期間かもしれない。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月22日 05:37 | コメント (0)


北國新聞

2009年07月21日

ローカル新聞の「新聞力」に期待する。

新聞を読まない人には、なんの変哲もない話なんですが、昨日の朝、石川県の旅館で目を覚まし、
部屋のドアーに差し込まれた北國新聞を手にして驚いたことがあります。

昨日は今日が休刊日のせいもあって、各紙ともラ・テ面(ラジオテレビ欄)が二日分掲載。その影響もあり、平日にしては立てページ(最近は広告出向量が少ないため新聞の頁枚数が減ってます)の多い月曜日です。

それでも、大概の地方紙(中日も岐阜新聞も)は、32ペーシ立てですが。北國新聞は36ページ立て。それも、ラ・テ面と、一部の全広ページ(6頁)を除く、30ページが、カラー印刷です。

30頁がカラー印刷されてることは、記事面の全てにカラー写真が使われているってことになります。新聞紙面は、深夜に作られ、早朝には配達されます。つまり、北國新聞は、全頁カラー印刷の技術と設備に投資が行われたことになります。

新聞命の私としては、購読者の減少、広告出向量の低下等により、新聞のビジネスモデルが崩壊の危機にあるといわれる折、北國新聞が全面カラー化を推し進め、地方の話題をふんだんに掲載するなど、地域密着を標榜する姿勢に驚きました。

地方紙として、北国新聞の占有率が圧倒的である理由が、よくわかります。

何事でもそうですが、必要なものは、必ず生き残ります。しかし、生き残るには、普段の努力、貪欲な姿勢、そして、何よりも高い使命感がなくてはなりません。

新聞の役割と使命は重いものがあります。とりわけ、ローカル紙の発信する力は、地域活性化の源でもあります。地方紙の「新聞力」が、革新的であればあるほど、その地方のエネルギーが醸造されます。(北國新聞が革新的であるかどうかはわかりませんが)

北國新聞が、地域の為に「新聞力」を発揮し普段の努力を続けるならば、新聞経営の新しいビジネスモデルが構築されるでしょうし。北陸の未来を明るくさせることにつながります。

全国のローカル新聞にエールを込め、北國新聞のフルカラー化に敬意を表します。
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7/20北國新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月21日 06:06 | コメント (0)


ナラーバー・リンクス

2009年07月20日

趣味に規定など、ありはしない。

上場させていただいた直後の話である。若手の経営者の集まりで、「IPO(株式公開)について」の経緯と問題点を話させてもらった。今から思うと、ずいぶん知ったかぶりだったと、赤面の極み。

日々の大半が、反省の人生。許していただく意外はないのだが、口を吐いてしまったものは、仕方がない。特に不味かったのは、「この中で、趣味がゴルフの人は、手を上げて」と。100人ほどで、約半数が手を上げた。

「では、シングルの人。それも片手(ハンディ5)以上の人は?」と。「誰も手を上げない」。「う〜ん」その後が行けなかった。「趣味と言うなら、シングルプレーヤーでなければ・・・」

「何事でもそうだが。極めるにはそれなりの努力が必要」「ゴルフは、シングルになるまで(80前後のスコアーでラウンドできる)努力してこそ、趣味と言うんです」と。

目標を決めたら、期日は多少伸びても、最後まで遣り通せ。それが、たとえ、趣味であっても。
それが、経営者と言うものだ。と、話を結びぶための枕言葉だったのですが。

会場は冷めた雰囲気になってしまった。(後の話が上手く続かなかったのは当然)

連休を利用。気の置けないゴルフ仲間と年に一度のゴルフツアーで北陸に来ている。
メンバーは24人。そのうち、シングルは20名。(ハンディ5以下が10名、内ゼロが3名)

勿論(と言うほど上手くもないが)。私も去年まではシングル(8)の仲間だった(ずいぶん無理をした)が、今年のHcpは10台にダウン。ゴルフを趣味と言えなくなったが、和気藹々仲間に励まされ楽しんでる。

ハンディキャップが幾つでも、スコアーが幾つでも、ゴルフを楽しめればそれが趣味。それをシングルでなければ趣味と言うな。などと、偉そうなことを、「言った」未熟を恥じている。

さ〜。今日一日。存分にゴルフと戯れ、英気を養うぞ。
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追伸 
そんな、ゴルフ仲間もびっくりするゴルフ場の話しがでましたので紹介します・・・・・・。

「ナラーバー・リンクス」18ホール。パー71。全長1365km。隣のホールまでの移動に最長二時間半はかかるとてつもないスケール。コース建設にはオーストラリア政府の予算も充当されたとか。

このコースを回るには最短三日。観光をかねれば一週間はかかるそうです。(来月完成)
これでは、趣味を通り越して、命懸けで、出かけねばならないですね。

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月20日 05:34 | コメント (0)


ことわざ

2009年07月19日

なぜ、この地方の学校には冷房設備がないんでしょうか・・・・・・。

この地方でも夏休みの入りました。子供には学校から解放され、自由を楽しめる時期ですが、親は大変です。私の疑問ですが、この地方の小中学校に、なぜ?冷房の設備が無いんでしょうか?

中国四川省の大地震で学校が崩壊。多くの子供が犠牲になりました。それを受けて、全国の小中高校に耐震化の予算が付き、改修工事が始ました。その際、冷房設備を付ければ、良いのに・・・・。

この国で最も重要な社会政策はなにかと、問えば、社会保障がトップに上がります。果たして、それでいいのでしょうか?私は、如何なる状況であっても、トップは教育でなければならないと思っています。

子供は国の宝。親は子供の教育のためには、身を削ることをいとわないものです。国も自治体も、おなじ筈です。にも拘わらず、なぜ、温暖化が進み、年々真夏日や猛暑日が増えるのに、冷房設備を設けないのか?不思議です。

冷房を完備すれば夏休みは要らないかも・・・・・。年中快適な環境(温度)で授業が受けられるなら、寒暖をきにせず勉強に打ち込めると思うんですが。教育とは、臥薪嘗胆でなければとでも・・・・・・・。

私の台湾の友人に、実にユニークな日本語をしゃべる人がいる。「今日は一日歩いてくたくただよ」「犬も歩けば棒に当たる」。「夕べ飲み過ぎて頭が痛いよ」「後悔先に立たず」。「もう少し勉強すれば良かったんだが」「ちりも積もれば山となる」てな具合で、会話がことわざ。

「なぜ、そんな、ことわざ、なんで知ってるんだい」彼曰く「日本語の勉強で手にした辞書が、故事、諺大辞典だったから」だと。日本人も知らない蘊蓄に驚かされたものです。

読売新聞、135周年を記念して3月から連載が始まった「ポケモンと一緒におぼえよう!ことわざ大百科事典」が好評。関東の小学校では、新聞をめくって「ポケモン探し」が授業に使われていると言う。

子供が「ことわざ」を知ることは、国を知ることにもなる。それに、新聞を捲るので、新聞に親しみ、活字離れの歯止めにもなる。とてもユニークで良い企画だと思う。

日頃、子供との距離のあるお父さんには、夏休み、子供と一緒に、ことわざを題材に、親子のコミュニケーションを深めるならば、関係者の思うつぼだろう。

この企画の関係者には、学校に冷房設備を付ける必要性を訴えるキャンペーンを張って、もらえないだろうか?そうすれば、夏休み、親子で、学校に行って、ことわざ研修ができるから・・・・・・。

そういえば、かの友に久しく会ってないな〜「去る者は、日々に疎し」なんて、言われそうだ。                                                             Goto

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                      7/14読売新聞 左下に「ことわざ大百科」
       

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月19日 05:40 | コメント (0)


泡盛

2009年07月18日

ラガーとモルツ、攪拌したら、どんな味に?

呑んべ〜の私が、今月に入って、酒を控えています。別段、体調が悪いわけでも・・・・・・・。
酒について、考えさせられるからでも、願掛けて、何かが成就するためでもありません。

サントリーとキリンが年内にも統合、世界一の酒・飲料メーカーが誕生するのに驚いています。
収縮する経済。生き残りを賭け、淘汰・再編の嵐が吹き荒れるのも、分りますが・・・・。

サントリーは、自由闊達を旨とする社風。社名も社長の鳥井さんをひっくり返して、サントリー。赤玉ポートワインの寿屋に発し、トリスでウイスキーのストレート飲みを。角ではハイボールを。そして、オールドでは水割りと、日本人の洋酒文化を創造してきました。

広告の業界でも、「やってみなはれ」精神で、多くのヒットを飛ばすサントリーの宣伝部は、今も注目の的です。一方のキリンビールは、アサヒのスーパードライに抜かれるまでは、ビールの王様として君臨。国策企業にして、官僚的な組織の印象があります。

これは私の持論です。酒とは、そもそも、地域に根ざしたもの。そこの風土から生まれたもので、そこに住む人たちが冠婚葬祭を司るための神聖な「貢物」です。

ですから、世界中にその土地の酒があります。酒は発祥の地で、「賜る」ものであって(その土地の肴と飲むのが一番美味い)その酒の一つが販路を拡大して、世界を席巻するのは、間違いだと思っています。

語弊があるかも知れませんが。「だるま」と呼ばれ、水割り文化を定着させたサントリーオールド。あの酒は、どこの酒か?普通、ウイスキーには地名が付いている。スコットランドだかスコッチ。

コハク色はキャラメル。香りは香料で、産地はサントリーの醸造所では、答えにならない。私的には、アルコール飲料ではあるが、ウイスキーすなわち、酒とは呼ぶべきでない・・・・。それがオールドです。

ビールをこよなく愛するある大先輩は、頑なにキリンラガーしか飲まない。なぜですかと問うと、キリンビールは味噌味、おふくろの味。日本の味だからだと。日本を席巻するガリバーたる所以でしょうか。

この文化の違う二つの企業。味噌味のキリンラガーと欧風のモルツが攪拌されると、如何なる味のビールができるのか?呑んべ〜としては、大企業同士が歩む統合へ難問と合わせて、新たな酒文化が創造されるのではないかと期待します。(規模の追及は考えものですが)

そうそう。なぜ、酒を控えているのかと、申しますと、先月末、梅雨明けの沖縄で、照りつける太陽と紺碧の海との開放感に、ミミンガー、テビチを肴に、泡盛をしこたま頂き暴飲。前後不覚の酩酊。

周りに迷惑を掛け、「いい歳をして」と叱られ、その反省で、控えているんです。

その土地の酒は、その土地で頂くとずば抜けて美味いのですが。
酔っぱらわない、保証はないようです。                    Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月18日 06:10 | コメント (0)


日本鶏卵生産者協会

2009年07月17日

民主主義とは何かを、考える時ではないでしょうか。

新聞の読み方や見方も色々ある。特に、衆院の解散が予告され??、総選挙の日程が決まり??(いずれも疑問符を付けたいのだが)政治的緊張が高まったこの時期は・・・・・・。

朝日新聞のスクープで、毎日新聞が後追い。読売新聞が無視した記事がある。読売が無視した理由は二点、一つは昨年の2月の話では、すでに劣化、内容的にも古すぎるのと、

この時期に、問題にすれば与党批判の材料を提供することになる。と判断したのだろう。
各紙を読み比べていないと分らないのだが、随分、露骨なニュース隠しだと思う。

内容は農水省が、業界団体(日本鶏卵生産者協会)の大会に民主党を来賓として招待するなら、大会を中止せよと圧力、「自民党が怒っている。中止しないなら卵価予算(補助金)を切らざるを得ない」と露骨な圧力をかけた話。

これぞ、まさに、族議員と業界団体、官僚の癒着構造そのもの。酷い話である。
これが、バブル以降。官僚が思考停止状態になっている証左である。

最近の読売は、自民党・官僚側に立ち、政変阻止に躍起になっている。このような問題の核心を突く話は、与党を不利にする。だから、読売は乗れない。記事にはしない。のです。

戦後、50年、同じ政党が政権を維持してきた。世界の民主主義の国では、選挙とは政権選択のために存在するものである。なぜなら、権力機構は放置すれば必ず腐敗するからである。

日本人が我慢強いのか。それとも、民主主義そのものが育たなかったのか?官僚機構が増長し、国益を無視して、ひたすら省益に走るようになってしまった。それも、族議員と結託してである。

イギリスのジャーナリスト・ビル・エモットは、民主主義は良い政府を実現するための方法ではない。むしろ悪い政府を罰したり、政権の座から引きずり下ろすための手法である。と述べている。

この場に及んで、族議員と官僚が振り回す既得権益に加担する読売に、民主主義的な新聞だとは言えないだろう。かと言って、朝日や毎日のように、やったことが無いのだから、評価のしようがない。にも拘らず、平等主義なのか、正義面なのか知らないが、変な平等主義を振りかざし、民主党に政権能力があるかと問うのも、為にする論調でしかない。

読んでいる新聞で、政治的判断基準が決まる国民は、まだまだ、非民主的な国民と言わねばならない。真の民主的な国民は、自分の主義主張によって、新聞を選ぶものだ。

今度の総選挙は、民主主義を受け入れるかどうかが試される選挙であり。腐敗した権力機構を是正する能力が日本人にあるかどうかが問われる選挙だと言えるのではないか。

因みに、日本鶏卵生産者協会は、生産者の大会なのに役所の圧力に屈するのはおかしい」と主張、予定通り民主党の議員も呼んで大会を開催したそうだ。

それにしても、族議員と官僚の結託を書かない読売新聞には、呆れたものです。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月17日 06:38 | コメント (0)


ケープコート

2009年07月16日

「二度と戻れぬ扉」と「労働は自由への道」

もう何年前になるだろか?20年以上だろう。底冷えのする12月中旬。ポーランド、オシベンチム市を訪ねたのは。あの時ほど、心に衝撃を受けた場所はない。

薄く積もった雪を縫うように走る引き込み線路。どこまでも続く鉄条網の塀。簡素なレンガ造りの兵舎が並ぶ。その入り口の門には「労働は自由への道」と書かれてある。

中に入ると忘れてはならない悲惨な現実が展示されている「義手、義足の山。打ち捨てられた眼鏡のつる。シャワー室と称したガス室とその前後の部屋に置かれた服。それに、人の脂肪で作ったと言われる石鹸」が。

人間の尊厳とは何か。人間はどこまで残酷になれるのか?政治権力のおぞましさと、その果てに起こるものの現実の姿。僅か40年ほど前、国家と民族が犯した極悪非道を眼のあたりにして・・・・・・。

オシフェンチム市は、ナチスによってユダヤ人を大虐殺したアウシュビッツ強制収容所の地名です。
人類が忘れてはならない、20世紀最大の悲劇の現場です。

私は彼の本気度を疑っていましたが、核廃絶へロシアの大統領との真摯な話し合いに次いで、ラクイラのサミットでも、核軍縮を訴えたのには感激しています。米国オバマ大統領のことです。

そして、あえて家族。それも、黒人奴隷の子孫でもある夫人と二人の娘をつれて、アフリカ各地から集められた奴隷を米大陸に労働力として売った拠点となったガーナのケープコースト城の地下牢をを訪ねた記事を目にして。

彼は、命を賭して、人類の恒久平和と平等を願う大統領だ。人間の尊厳を考える事の出来る政治家だと改めて、敬意を表しました。

悲劇は2度と繰り返すまい。その心根にこそ、政治家としての要諦があると思うのですが。

広島、長崎と2度も核攻撃を受けた日本の政治家が、オバマ以上に人間の尊厳に反すりことに怒りを覚えないのはなぜでしょうか?反戦の思想を持たないのは・・・・・。私には不思議でなりません。

日本は世界唯一の被爆国。あの悲惨な被爆者の現状を忘れ去ったとは言わせない。
オバマの核軍縮に、ノーモア広島の思想を世界い訴えることこそ。日本の政治家の仕事だろう。

オバマ大統領が娘たちに、ケープコースト城の「二度と戻れぬ」扉に触れさせた記事を読んで。
アウシュビッツの強制収容所の風景が蘇りました。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月16日 05:56 | コメント (0)


天声人語

2009年07月15日

小さな改善の先に見えてくるもの・・・・・・

一時持ち直すかと思われた株価も、ここに来て9000円台前半で低迷しています。株価は経済の先を読み込むものです。先行きに明るい材料がない証です。先の見えない難しい時代ですね。

こんな時代には、庶民の鬱積がマグマとなって、大改革を求める声が澎湃と上がるものですが、都議選で地滑り的な変化があったものの。どうも高揚感が無い気がしませんか。

マスコミの論調、窮余の策である「告知解散」に妙な評価を与えている(朝日のオピニオン)のも人心を複雑にしているかも知れませんが。やはり、先の見えない経済が足枷になっているのでしょうね。

政治が変われば経済の見通しも立つ。そんな思いが募りますが、経済はますますグローバル化しています。日本の政治的変化で回復するほど、単純なものではない気がします。

当面は、アメリカがインフレ政策を強硬に推し進めてくれる以外に道はない気がしています。が、これもあてにならない他力本願。変えないよりも変えた方が良いのですが、政権が代わっても、憂鬱は当面続くとの、覚悟が必要だと思っています。

新聞命の私は、目に付いた記事を切り抜き、スクラップにしています。
その際、日付を書き忘れると、整理が不能になります。

最近は随分切れ味が悪くなった(人間的な温かみがない)と思っていますが。朝日新聞の天声人語。
その欄下に日付が入るようになりました。

何千万人と言う読者の要望に応えることはできない。と、高を括っていた独善的な新聞社が小さな改善に踏み込んでくれたことに、ちょっぴりですが嬉しく思っています。

行き詰まれば、物事をダイナミックに改革すべきでしょう。しかし、それだけで、明るい未来が見えるわけではありません。常に、貪欲に、コツコツ、コツコツと諦めることなく、小さな、改善を繰り返すことも、大きな改革なのではないかと、思うのですが。

他力本願の前に、自己点検、自己改革に取り組んで努力を続ければ、経済の先もおのずから見えるのでは・・・・・・。でも、株価、1万円は超えても良いと思うのですがね〜。
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7/14朝日新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月15日 05:50 | コメント (0)


赤鰯

2009年07月14日

「いっぺん 代えてみるか」

おもわず。「う〜ん」と唸る川柳に出会った。日本人の感性は、なんと素晴らしいのでしょうね。
「宝刀の切れ味トギの出来次第」。研ぎと都議を掛けた一句です。

麻生首相が、都議選の結果を踏まえ、「私自身」で決めさせて頂くとした「伝家の宝刀」解散権を、ついに抜いて、8月30日の総選挙を決めたようです。

この宝刀「抜けば玉散る氷の刃」なのか。それとも・・・・。「抜けば錆散る赤鰯」(読売川柳)か。解散権の前倒しなんて・・・・?どうやら赤鰯のようだ。

都議選の結果からして、自民党分裂含み。このまま、すんなり、総選挙と行きますかどうか?

されど、赤鰯を振り回す人を、途中で代えるわけにもいかず。かと言って、やたらと、振り回されても、困まるし。鰯だから、「弱った魚は目で分かる」とばかり、座して死を待つのも・・・・・。

辛い判断ですね。しかし、自民党は戦後一貫して政権の座にいる政党。鯛が腐って鰯になるのを聞いた事が無い。本来なら、ここは総括して、保守バネを効かせ、鯛の底力を見せるところだが・・・・・。

ここまで来たら、逆風どうにも止まらない気配。ここは一番、下野を覚悟するしかないのか。

でも、そんな中、10年以上にわたり連立政権を組む公明党は、全員当選を果たした。凄いと思う。その強さを、どう総括してら良いのか?「負け知らず鰯の頭も信心から」などと言えば叱られるだろうね。

奈良市でも33歳の「若鮎」が自民党の衆院議員で、それも親子二代にわたる市長経験者、知名度抜群のプロ(鯛)を大差で破って市長に当選。「若鮎に食われた鯛が大慌て」

どうも、国民は、政治に対する見方を変えたようですね。古いもの。いかめしいもの。長く続いたものを打ち捨てて、若いもの。新しいものに「いっぺん。代えてみたい」と思っているようです。

それにしても、東京で投票率が54、5%とは、「鰯の群れ」暴れはじめましたかね。
日本人の感性が蠢きだしたんでしょうかね。凄いことになってきました。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月14日 05:41 | コメント (0)


倒産件数

2009年07月13日

保証協会の融資条件を緩和せよ

帝国データバンクは、岐阜県下の上半期(1〜6月)倒産件数が前年同期比70%増の112件。負債総額は約2,8倍と著しく増加したと発表。不況型といわれる販売業績不振による倒産が91件、86%を占め景気が依然として、厳しい環境を脱していないことを裏付けた。

更に同社は「傾向的には小規模倒産が増えているのと、統計の数字に表れない任意整理も相当数に上り、中小零細企業の置かれている立場は、極めて深刻な状態にある」と分析している。

不況下における政策論議も、社会保障と雇用に重点が置かれ、中小企業対策がおざなりにたっている気がする。とりわけ、雇用問題は、中小企業の業績不振に起因するのだが、全く理解されていない。

中小企業が雇用を維持するには、運転資金を融資する意外にない。それには都道府県や市町村にある信用保証協会がリスク覚悟で保証枠を緩めるべきである。(補正の枠は実施されているのか!)

仄聞によると、融資を求める中小零細企業に対して、保証協会は、三年に遡って決算書の提出を求めている。で、赤字の場合は貸し出さないとしている。なんと、愚かな判断基準か?

赤字だから運転資金を求めるのであって、黒字なら保証協会に申し入れなくても、市中金融機関が融資する。それが、出来ないから・・・・・・・・。保証協会の制度があるのではないか。

また、保証協会は、三年先の事業計画を示せとの条件を付けるそうである。考えて欲しい。あのトヨタさえ来年度の見通しが立たなくて、再来年には何とか黒字にしたいと発表している状態なのに。

地方の中小企業。それも大企業孫請け、ひ孫請けにどうして、将来の見通しが立つのか?つまり、為にする条件を付けて、何とか雇用を守り頑張ろうとしている中小企業を見殺しにしているのである。

金融機関には「雨が降ったら傘を取り上げる」などと言う、表現があるが、地方のフェースツーフェースの地域密着型の金融機関はそんなことはない。金融庁の締め付けにさらされても、保証協会が判断すれば、リスク承知でも引き受ける覚悟でいる。

政府は、中央や大企業では景気が底を打ち、回復の兆しが現れたと言うのなら、中央と地方では時差があり、大企業と中小企業では温度差があるのだから、地方の止血(倒産)を止めるべきだ。

それには、ここは一番。政治力を発揮して、保証協会の条件を大胆に緩和し、中小零細企業への貸し出し条件を緩和すべきである。そして、金融庁の地域金融機関への締め付けを止めさせるべきである。

このままでは、中小企業の倒産はますます増えてしまう。
そうなれば、日本の経済も地域社会も、本当に立ち行かなくなってしまう。

それが、政府。与党の政権維持できる唯一の方策なんだと、教えてあげたい。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月13日 06:39 | コメント (0)


胡瓜封じ

2009年07月12日

夏野菜の美味しい季節になりましたね。

沖縄に次いで、九州でも梅雨明けの気配。東海地方に太陽がじりじりと照りつける季節もそこまで。
夏といえば、噴出す汗をぬぐい。もぎたての胡瓜に味噌を付け。頭からボリッとかじり。冷えたビールをググッと飲む。

まるで、ビールのCMだが。この季節、家庭菜園で作られた野菜を、お裾分けと、よくいただきます。昨日も、生ごみを発酵させた有機肥料で作ったと。胡瓜にトマト、それになすびとジャガイモ、さらにピーマンと玉ねぎを。

スーパーに並ぶ野菜。輸入と温室栽培で、何でも、年中あり。めっきり季節感がなくなりましたが。この土地で、季節に合わせ、丹精込めて作られた立派な野菜を眺めてますと、改めて、大自然の恵みに感謝です。

胡瓜といえば、岐阜の善光寺さんに、今年も大きな胡瓜(高さ4メートル)が御目見えしました。
お寺にキュウリ。何の関係があるのか?不思議ですが。「胡瓜封じ」が行われるからです。

「胡瓜封じ」とは、弘法大師が一切衆生の病苦、業苦の根を絶ち、病苦を和らげ丈夫で長生きできるようにと業病、難病を胡瓜に封じる加持祈祷したことに起因するそうです。(京都・五智山・蓮花寺資料)

なぜ、なすびでもトマトでもない胡瓜なのか?と言えば、弘法大師の時代から、一番ポピュラーな野菜が胡瓜だったからではないか?と、勝手に推察しています。

今年の夏は、猛暑の予感。スタミナ料理を食べてせいを付け、乗り切らねばなりませんが。
同時に、ビタミン豊富な、夏野菜も多めにとる必要があると思います。

そう言えば、胡瓜は、◎かじりでも、酢の物でも、塩揉みでも、漬物でも、酒飲みには持って来いの素材。祈祷を受けた胡瓜を酒のつまみでいただけば、胡瓜とアルコールで、体内が消毒され、夏ばて防止になるね。

「こら〜。罰当たり目」。祈祷を受けた胡瓜は、川に流したり、土に埋め、病苦を封じ込めるものだ。

それは失礼しました。でも美味しい新鮮な夏野菜をいただけるのは、ありがたいことです。                                                             Goto


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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月12日 06:40 | コメント (0)


腐の世界

2009年07月11日

趣味にもいろいろあるものですね。

腐るに女子と書いて、何と読むんだね。と、私は彼に尋ねた。なぜなら。彼の卒論欄に「腐女子について」と書いてあるから。「ハイ。ふじょし。と読みます」と・・・「腐った女?変わったテーマを選んだね?」

高貴な女性を「貴婦人」とは言うが「貴腐人」とは言わない。腐ったもの?例えば、豆腐の研究にしては変だし。腐の研究では漠然としている。女性の研究でもおかしい。彼の答えから推察するに「女性の地位とか立場の深層」を研究しているらしい?

「この世には男と女しかいないので、女性の研究もしかりだが」「腐った女性の研究とは??」
流行語だとしたら、私にはチンプンカンプン・・・・。

腐女子とは「男二人をカップルに仕立て上げ、めくるめくる同性愛の世界を妄想する女性」のこと。
自虐的に「腐った女だ」と自身をあざけたのが言葉の由来だと毎日新聞で読んだ。「ふふ〜ん」

オタク族のように部屋に閉じこもって、男の同性愛を妄想するのがマニアの女性を、田舎のおっさんとしては想像することが出来ない。そんな女性は「腐った女子」だ。と思わずにいられない。

そうそう。それが「腐女子」なんだと、改めて言われれば。なるほど。そうですかと頷きたいのだが。
頷くに頷けない。趣味の世界なんだ。文句があるか。と開き直られれば。その通りだが。

しかし、趣味の世界。それも暗い趣味は大概が、オタク族やマニアと言って男性の世界としたもの。女性の趣味ではない。と固定的に考えていたが。男性であれ女性であれ、「暗い趣味」を妄想するのに男女に差があると考えるほうがおかしい。

だとすると、闇に隠れていた女性の「腐の世界」が「腐女子」という奇妙な呼び名で表面に出てきたのは、男女平等社会が一歩前進したことになるのだろう。

彼の卒論は、まさに社会の深層に迫る意義深い研究と言うことになる。

もう、卒論が仕上がったのか?それとも、思案中なのか?わからないが。
「腐の世界」の深層に何処まで迫ったか?完成の暁には是非、読ませて欲しいものです。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月11日 05:48 | コメント (0)


厚顔無恥

2009年07月10日

いっぺん。代えてみなあかへんな〜。

正直、政治の話にはうんざりですが、解散権は総理大臣の選任事項なんて、もっともらしいことを言っていた与党の幹部が、ここに来て「重要法案を処理してから解散すべき」だと、解散権に言及するのは、不思議ですね。

要は、内閣支持率低下で、これでは総選挙が戦えない。解散は任期いっぱいまで延ばし、その間に敵失を誘う。それでもだめなら、総裁の顔を変えるのを狙っているのでしょう。

大衆食堂の日替わり定食じゃあるまいし。毎年首相が変わるなんて。国民をバカにするのも・・・・。
選んだのは、与党の幹部たちじゃないか。これを厚顔無恥と言うんですね。

何と言われ様が、それでも権力の座にしがみ付きたいのだから、権力とは恐ろしいものだ。
サッカーの監督ほど過酷な地位はない。連敗が続けば、立ちどころに、交代させられる。

日本代表の岡田監督も、ワールドカップ出場を決めたウズベキスタン戦で負けたら、たぶん、交代だっただろう。勿論、彼は最終予選時から「南アフリカでベスト4」と言う高い目標を掲げていた。

結果的にはその高い目標が、予選突破に繋がったんだと思うが、その掲げた目標は一度も「ブレ」ていない。もしも、彼が、その目標を達成できないと判断したとき、自ら監督の座を降りるだろう。

それが、リーダーと言うものではないかと思う。
熊本県の話だが、昨年当選した知事が、マニフェストに、裏金の有無を調査すると公約した。

当選後の調査では「熊本県には一切存在しない」と結論付けたが、
その後の検査院の指摘で1億円近い裏金が発覚。知事は、その落差に、驚き、苦悶した。

約600人の職員を処分。その大半が文書や口頭による訓告処分。大甘との批判が噴き出たが、3年後、知事の任期が切れる前に、不正が行われていないか、再調査すると発表。

万が一、不正が起きていると分かれば、政治的責任を取ると。裏金調査を公約に上げた以上は政治生命を賭けて解消に努めるとの決意である。実に潔い。

スポーツの世界にも、地方自治体にも、権力者としての矜持を持ち、掲げた目標を貫徹できなければ、潔く身を引く覚悟を示す、腹の据わった指導者がいるのに。

国政では、解散権までもてあそぶ、厚顔無恥な政治家ばかり。これでは・・・・・・・・・・・。
なにはともあれ、いっぺん。代えてみなあかんな〜。
                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月10日 06:23 | コメント (0)


旅の宿

2009年07月09日

常在戦場。因果な時代に生きたものです。

彼の「生」を学生時代に一度だけ聴いたことがあります。吉田拓郎最後の全国ツアーと銘打ってスタートしたコンサート。大阪公演が開始一時間前に中止になったとか。妙に心に引っ掛かります。

還暦を過ぎますと、身体のどこかに故障があったり、持病を抱えている人が多くなります。
人は、それを気力や経験でごまかしながら、生きてゆくものだと、思っています。

元気な時、若い時には、相当な無茶も、一晩寝れば、ケロッと・・・・。
忸怩たる思いですが・・・・・・・。

このコンサートに賭ける彼の思いを語る番組をNHKで見て、テレビ嫌いの彼の心境の変化に驚いたものです。(人は何かを決意したときには、事前に予告するものです。)

その番組での発言に、同世代だから感じたのかもしれません。道は違いますが、自分なりに人生を完結してやろうとの決意と申しますか、執念を感じました。病との戦いの果てが背景にあったのでしょう。

湿っぽい話をしているわけではありません。生き方を考えているのです。
人は、誰も必ず死にます。死なないと思っている老害もいますが。

吉田拓郎最後の全国コンサート。この最後と言う言葉に、ケロッとしない現実との狭間で、もがいた挙句、自分の生き方を問い詰めたのでしょう。時間と相談して。それが、最後の・・と、なった気がします。

「常在戦場」という言葉があります。我々の世代は、スローライフとか、くつろぎ、ゆとり、潤いのあるゆったりした人生には、どうも縁がない。戦場での緊張感が身体に染みついているようです。

因果な時代に、せこせこと生きてきたものだと。吉田拓郎の、最後のコンサートの中止に、わが身を振り返っています。公演は、中断を繰り返しても、最後まで、全うして下さいね。

「旅の宿」で一息入れて。    快癒を祈り。                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月09日 06:42 | コメント (1)


岡林信康

2009年07月08日

歌は世に連れ 世は歌に連れ・・・・・・

年末から断続的に開村されていた派遣村が閉村されたとの報道に。
何となくホッとした気分になるのはなぜだろうと、思っています。

リミスキーさんに、マイケルジャクソンンの音楽についてご指導をと、お願い、そのリターンを頂いたにも関わらず返事も書かず恐縮していますが。実は、音楽って・・・・・・と、考え込んでます。

音楽と歌(流行歌」)との区別も付きませんのでピントが合わないかも知れませんが。「歌は世に連れ  世は歌に連れ」と申します。私の場合「歌は世代とともに」の印象が強いです。

私の青春世代の音楽(歌?)といえば、フォークソングになるんでしょうか?当時歌われた反戦や反社会的な思想が詰まった曲を耳にしますと青春が蘇り、心が熱くなります。歌詞が口から・・・・・。

フォークの神様といえば「岡林信康」。差別の谷間で、貧乏と風習に母親が耐えかね娘を置いて・・「うちがなんぼ早よう起〜来ても。父さん靴トントン叩いては〜る」(チューリップのアップリケ)を聴くと涙が溢れてきます。

今日の仕事はつらかった」「ど〜せ ど〜せ山谷のどや住まい〜」と下積み労働者の悲哀を歌った「山谷ブルース」(68年)。学生でいいのか。この社会はどこかおかしいなんて・・・・・・。

岡林の曲と学生時代が今も重なります。その岡林フォークの復刻版がブレークしていると聞きます。
団塊世代が買い求めるのかと思いきや。岡林を知らない若い世代に共感を呼んでいると。

そうか。派遣村に違和感があったのは、無味乾燥で音楽がない。派遣村発の歌詞や曲が生れていない。何故か。それは、人間の怠惰、逃避の果ての、まがい物だからです。

もしも、派遣村で、「岡林信康」が・・・。音楽が生れ、集った人たちが、肩組みあって歌を歌ったら。そんな光景になったなら。派遣村から明日が見えたかもしれない。
                               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月08日 06:40 | コメント (1)


ラクイラサミット

国際会議、ネットで済ますわけには・・・・・。

自省していることがあります。会議が多すぎるのと、長すぎることです。
我社はもともと、会議が極端に少ないのを自慢していました。それが、景気悪化のせいなのか?

それとも、話し合えば、成果が上がり、解決策が見つかると錯覚するのか?集って、仲間の顔を見ていれば、何とかなる、そんな安心感で自己満足しているのか?やたらと会議が増えました。

もう忘れているかも知れませんが。去年のサミットは、北海道洞爺湖でした。ホストは、福田前首相。「低炭素社会の実現」に向けてCO2削減目標を定めたのが唯一の評価と言われた首脳会議でした。

しかし、僅か1年前ですが、その福田さん影も形もない。削減問題では思惑の違いが表面化、一向に成果が上がらない。そんなこんなで、サミット形骸化が叫ばれて久しいのですが・・・・・・・・。

去年の金融危機以降、世界の20ヵ国の首脳が集い、金融サミットも2回開催されました。経済危機克服に財政出動が行われましたが、危機の火種は残り、世界経済が好転した兆しはみられない。

他にも、あの朦朧会見が話題になった蔵相会議。外交問題を話し合う外相会議など、国際会議は目白押しです。顔を見ての会議はある程度は必要だが。多すぎるのでは。ネットで済ますわけには・・・・・。

このイタリアサミット。開催地「ラクイラ」は3か月前に大地震が襲い、二千人を超す死傷者が出たところ。したたかな、イタリア首相は、各国首脳からの復興支援を呼び込む下心があるとか。

北朝鮮の核実験。中国のウイグル自治区の暴動などなど。難しい国際問題は山積しているのですが、果たして、実績の上がる会議が開かれるのかどうか?オバマ大統領、ロシアメドベージェフ大統領と核軍縮を話し合ってから、初登場。期待したいのですが・・・。

少なくとも、我が首相殿。国際会議に臨むだけの力量と、背景があるのか?と、問えば、各国首脳の顔を見て、「バカ笑い」。自己満足だけでは、サミットに行く意味があるのでしょうかね。

我社の会議も、もう少し内容を精査して、短時間で、済むようにせねばと思う次第です。
「え。何ですか?」「お前が、頻繁に、長い会議を開くんじゃないか」「ですって」。

赤面の極み。     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月08日 06:26 | コメント (0)


読売教育賞

2009年07月07日

新聞社の文化的なコンクールを考える。

新聞を読む楽しみの一つに、書籍広告がある。官僚出身で、首相まで務めた故宮沢喜一氏の追悼記で、「父は色んなことを勉強し、博学でしたが、芸能ニュースにも熟知してました」と令嬢が。

「ある時、なぜそんなことまでも?と、聞きましたら、新聞の週刊誌記事だよ」と言ったとか。
書籍紹介は、日曜が定番ですが、いつも、月曜の週刊誌の見出しには、ドキッとさせられます。

新聞広告は、大方、記事の下に付いていますので、紙面の下半身と揶揄されますが、広告は新聞社の重要な収入源と同時に、記事には勝るとも劣らない立派な情報だと思っています。

しかし、新聞広告は宣伝であって、記事とは違う。情報ではないと勘違いしている人がいます。読者なら仕方ないのかも知れませんが。新聞関係者、取り分け編集局に多いのは不思議です。

記事とも広告とも違うが、新聞社が発信する情報で、社会的に意義のある活動があります。
それは、新聞社が主催する文化的なコンクール(賞)です。実に様々な取り組みをしています。

私が最近認識したコンクールに、読売新聞社主催の「第58回読売教育賞」があります。
年間を通じ学校教育現場での教師たちの真摯な取り組みを評価するものです。(58年間とは凄い)

教育の荒廃が社会問題化されていますが。私は、むしろ、この賞のような地道な活動をする教諭達により高い評価を与えるべきだと思います。

新聞社には変な縄張り根性があって、他社主催の文化活動は報道しないようにしています。

けつの穴(失礼)の小さいことです。時代は随分変わりました。何時までも、そんな料簡では、新聞離れがますます進むのではないかと、危惧します。

この賞は、国語教育、算数・数学教育を始め、学校ずくりや地域社会教育活動など13部門に渡り、全国の小中高校を対象に実施されています。が、残念なことに応募はわずか、133件に止まっています。

各紙が協力体制を引き、広告紙面を割いて宣伝すれば、より多くの国民に認識されます。そうなれば応募者の数も増え、教諭陣にも力が入ります。

書籍広告と同様に、新聞広告の役割が高まると思うのですが。
新聞社の文化的事業の共有化は、到底無理なんでしょうね。

それにしても、全国からの応募が、133件とは、寂しいですね。
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7/6読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月07日 06:03 | コメント (0)


岐阜市制120周年・その3

2009年07月06日

知的な香りのする街に・・・・・。

岐阜市制120周年への思いを二度書いた。その3は、ビジョンを示そう。
批判は誰にでも出来る。しかし、ビジョンを語るのは難しい。ましてや、実現可能なビジョンとなると。

広報では「7月1日は岐阜市が輝き夢あふれる未来への飛躍する記念日」「明治22年の市制町村制施行より、大正、昭和、平成へ、変化と困難を克服、中核都市へと発展を遂げた」

「120周年を契機に、先人の叡智と努力に感謝し、先人が残した歴史や伝統、文化など誇るべき財産や魅力を再発見、再認識しよう」と述べている。

私は、この見解は正しいと思う。その通りだとも思う。ただ、では、先人が残した、何を再発見して、何を再認識するのか?その具体的なものが、何も書かれていない。つまり、何をどうするのか?

で、その先に、どんな輝いた岐阜市が見えてくるのか?どんな夢と未来が待ち受けているのか?それが、広報のどのページからも、読みとれない。つまり、ビジョンがない。

私は、岐阜市が輝き、そして夢あふれる街になるには「岐阜市を知的な香りのする街」に変えてはどうかと訴えている。それを、街の活性化と言っても良い。

その方法は、創立77年の歴史を有す、日本有数の薬学単科大学である岐阜市立・岐阜薬科大学を、岐阜市の中心部(岐阜大学医学部跡地)に移転させる。(現在は岐阜市の北部にある)

そして、学生数を一学年の定員500人に増員する。6年制だから3000人になる。それに、大学院を併設、バイオテクノロジー分野の研究施設を設け、医薬、食品など「命」に関わる民間の研究機関を誘致する。

そうすれば、岐阜市の中心地に、5000人規模の大学関連の人材が集うことになる。活性化とは人が集うことである。若者と教授陣、研究者の家族が岐阜に暮らすようになる。正に活性化である。

つまり岐阜市は薬学を中心としたバイオテクノロジーのメッカとなり、「知的な香りのする街」になる。街は輝き、夢あふれる未来が見えてくる。

なにも、目新しい発想ではない。77年前に先人が切り開き、関係者の努力と市民の支持で、築き上げてきたものを、再発見、再認識し、活かしただけである。これが、財産の活用であろう。

土地は公有地で空地。大学は公立で岐阜市立。時代は、高齢化を迎え「命」「健康」の時代。それに関連する産業振興の可能性は高い。移転に問題はない。

近隣には、薬草園も、健康食品の企業群も、製薬会社の研究施設もある。それに、濃尾平野は歴史的に、養蜂が盛んな地で、蜂蜜、プロポリス、ローヤルゼリーなどの生産技術やノウハウは今も世界有数であり、歴史的な土壌もあるではないか。

岐阜市制120周年。未来へ飛翔する記念日だと言うのなら、岐阜大学医学部の跡地に図書館と市役所を作るなどと、とぼけたことを言わずに、岐阜薬科大学を移転拡充し、「岐阜市を知的な香りのする街」に変貌させてはどうか。と、ビジョンを示すが、如何か?                                                                  Goto

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広報ぎふ7月1日号

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月06日 06:14 | コメント (1)


日中不再戦

2009年07月05日

「米寿の巻」を拝読して・・・・。

街には語り継がなければならない歴史がある。岐阜市、金華山の麓に小さな「日中友好」と名付けられた公園がある。入り口には龍門があり、そこから仰ぎ見ると岐阜市のシンボル岐阜城が望める。

なぜ、ここに日中友好の公園があるのか?「中日両国人民世世代代友好下去」と書かれた碑のルーツを知る市民は少ない。

一昨日。我社の創業者の一人で、親父殿亡き後、指導を受けた方から、謹呈(米寿の巻)「生かされて 感謝の極み 永らえては 斬魏の至り」との一文を添えて「大正生れの体験秘話集」を頂いた。

その秘話には、親父殿と同じ大正11年生れで学徒出陣した軍隊体験と実兄を南方戦線で亡くし、慰霊に訪れた鎮魂や、陸軍の歩兵連隊で最小に覚える歌「歩兵の本領」が戦後は「聞け万国の労働者」と歌詞を変えた話などが語られている。

中でも圧巻は、中国語に堪能な氏が、ライフワークとして日中友好に心血を注いだ心温まる体験が経験が綴られている。その一話「不戦碑物語」は岐阜人ならば、記憶留めねばならない。

昭和37年、中国毛沢東、周恩来の時代。岐阜市では日中友好を目的とした訪中団(団長・山田丈夫・岐阜新聞社長)が組織され、その団長秘書兼通訳と報道特派員として参加。

その折に岐阜市と中国・杭州市は姉妹都市を結ぶ礎を築き、碑文を交換し、友好平和を誓った。松尾吾策岐阜市長は「日中不再戦」を揮ごうし。王子達杭州市長が岐阜市の日中友好公園の碑に刻まれている「中日両国人民世世代代友好下去」を。

国交もない時代、郷土の先人たちは、地方から両国民の恒久平和を願う気概を示し、具体的に行動した。その秘話を興味深く拝読した。(実は書けないもっと面白い話も載っているのだが)

街の片隅に佇む小さな公園。その公園設置の秘話に触れ、戦前、戦中、戦後を生き抜き、米寿を迎えた大正生れの生き様の一端を学ばせてもらった。

しかし、まだ、まだ、語り継がねば成らない、物語があるハズ。
この街を愛する一人として、「秘話」その2が上梓されるのが楽しみだ。

米寿、心よりお祝い申し上げます。
                                      Goto
追伸
杭州市西湖畔「柳浪聞鶯」公園には、「日中不再戦」の碑があるそうです。
是非、親父殿と同級の氏と一緒に、足を運んでみたいと思っています。


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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月05日 06:01 | コメント (0)


岐阜市制120周年・その2

2009年07月04日

中途半端な県都の原因は・・・・・。

私は岐阜市で産まれ、育まれ、生かされてきました。郷土を愛し、誇りに思っています。
市民が、この街を好きだと、公言できる故郷・岐阜市に、なればと、願っています。

この街に60年。市制120年ですから、歴史の半分を生き、それなりに見聞したことになります。人口42万余りの小さな市です。隅々とは申しませんが。この街の大概のことは知っています。

特に、政治や経済、行政については、何らかの係わりがあり、それなりの見解を持っています。街の歴史や風土もかじりましたのでそれなりに理解している積りです。また、散々悩ませられましたので(今でも)、この街の習慣や因習、人間性などについては、身を持って語ることができます。

そんな私が、現在の岐阜市を分析すれば、「岐阜県の県都でありながら、中途半端な街」になってしまった。と言わねばなりません。

商業都市を標榜しながら、主力産業(繊維)は衰退。観光事業を推進しながら、観光資源を活かせず。名古屋圏の衛星都市だと言いながら、生活環境の整備を怠り。産業整備を謳うが、振興策を取らず。

新しいものを創造する市民性は潰え、お互いの顔色を伺う疑心暗鬼が蔓延し。旧知の仲間だけで徒党を組み。批判はするが行動せず。指導者は我田引水しか考えず。まさしく中途半端な、焦点の定まらない市になっています。

その結果。産業は興らず。有能な人材は、街を離れ。残ったのは・・老人ばかり。活気も活力もなく。街は疲弊。閉塞感に包まれています。(これって、日本の地方都市の縮図そのものかも知れませんが)

その原因はどこにあるのでしょうか。

市は、120周年記念の式典で金崋山、長良川を始めとする風光明媚な自然を称え、県都として、政治、経済、文化の中心として栄えたと振り返り。「新たな出発となる今こそ、先人の技や知恵を見直すとともに、類をみない岐阜市らしさを創造していかなければならない」と呼びかけました。

主催者の岐阜市に中途半端な県都になっているとの認識を持て。とは酷な話ですが。原因はひとえに「人」にあると、思っています。それも行政マンも含め指導的な立場の「人」にあると。

指導者は我田引水しか考えず。と書きましたが。裏を返せば、指導的立場の人に「街を愛する」哲学が欠如しているのが原因だと思っています。この15年ほどの間に、特にそんなリーダーが増えました。

その結果、この街が好きだと公言して憚らない市民が少なくなってしまいました。
自分が、産まれて、育ち、生かされてきた街を愛せないのは、最も不幸なことです。

抽象的ですが、自分を大切にできない人は、周りを大切にできません。そんな人は郷土を愛することもありません。日本人全体に言えるのかも知れませんが、自分さえ良ければを、行動の原点にする人は、自分を大切にできない人です。

そんな人が増えたのが、この街を疲弊させ、中途半端な街にしてしまったと思っています。
市制120周年を祝うのも結構です。しかし、街は「人」で持つものです。

この街に住む「人」の現状を、冷静に分析して「明日の岐阜市のビジョン」を示す必要はないのか?と
記念式典の新聞記事を読んで思う次第です。
                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月04日 05:48 | コメント (2)


岐阜市制120周年・その1

2009年07月03日

市民・学問・産業共同の思想を・・・・・・。

少子化の影響で、大学の定員割れが続出しています。各大学は生き残りを賭け、学部や学科を新設、特徴を競い合っています。私の世代では、学部名だけでは、何の学問を究めるのか分らないのもあります。

学問も時代を投影するのでしょうが。例えば、岐阜大学の地域科学部って?どんな学問なのか?説明を聞いても判然としません。地域は人が住むのですから、社会科学で文科系。科学の文科系と言えば経済学。科学そのものは理科系。では、地域科学は何系か?

そもそも、と、考えることが古いのか?それとも、経済学部と謳えない他の理由。たとえば、文科省の縛りとかが、あって、あえて、地域科学部と呼称しているのか?さっぱり。高校生には分かるんですかね?

地域科学部のことを、言いたいのではありません。学問の分類も時代に連れ変化するのでしょうから、様々な学科が生まれるのは理解できますが。学部まで、時流に合わせるのは如何なものかと・・・・。

私でも理解できる学部で、この処、学生に根強い人気のある学部は、薬学部だそうです。高齢化の影響もあるのでしょうが。命(バイオ)を扱う学問ですし、薬剤師という国家資格もあります。学問の本命の一つですね。

読売新聞(東京ローカル)の広告(写真参照)です。18日の土曜日。「高度化する薬学界をめざす方へ・主要大学の薬学部が全国から一堂に集結」と銘打った、全国26大学の薬学部への進学相談会が東京で開催されるそうです。

学生のみならず、もう一度勉強してやろう。と言う社会人にも人気が高く、応募者が殺到していると聞きます。定員割れに悩む大学にとっては、羨ましい限りの話です。

今年は、岐阜市制120周年。7月1日には盛大な式典が催されたようです。
各家庭に配布された広報「ぎふ」を捲りますと、明治22年市制施行からの沿革が掲載されています。

その中で、一際、輝く沿革は、昭和7年4月の岐阜市立薬学専門学校(現岐阜市立・岐阜薬科大学)の開校です。今年で創立77年を迎えました(岐阜市の最大、最高の財産だと思っています)。

薬学部ブームに便乗するわけではありません。学問と市の活性化を同一視する積りもありませんが、少なくとも、77年にわたり市税を投入して共に育み、ともに生きてきた「岐阜薬科大学」を正面に据えた街づくり、活性化を考えても良いのではないか。と、思うのですが?

この発想に真摯に向き合ってくれる大学関係者(地域科学部)や政治家はいませんかね。
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6/29読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月03日 05:25 | コメント (0)


タイムラグ

2009年07月02日

辛抱、我慢、根性、努力で乗り切るしかない。

別段穿ったものの見方をする分ではありませんが。このところ、景気悪化に関する情報が減って、上向きのデータが、頻繁に流れているような気がします。

日銀の6月企業短期経済観測調査(短観)では、3月に比べ、大企業の業況判断指数がマイナス10ポイント改善したと発表。日本経済も最悪期を抜け出しつつあると印象付けています。

政府も4段ロケットで取り組んできた経済対策が功を奏し、景気は上向き傾向にあるとの楽観的な見解です。地方のおっさんとしては、そんな実感はまるでない。むしろ、状況は悪化傾向にある気がします。

しかし、厚労省は5月の有効求人倍率0,44倍で過去最低。完全失業率も5,2%5年8ヵ月ぶりに高水準を記録と発表。我が岐阜県、製造工場の多い土地柄ですが。有効求人倍率は過去最低。それも4ヵ月連続で更新中の有様です。

就職難も最たるものですが、雇用危機の不安は何も解決していない。ましてや、地方では、中小企業の倒産や廃業が相次ぎ、疲弊状態に拍車が掛かっているのが現状です。

が、岐阜県労働局は、事業都合による退職者が四月から6,1%減で「徐々に景気が上向く兆しも出てきた」とみているようです。日銀の統計や政府の景気見通しと、厚労省の過去最悪の「雇用統計」と、そして実態経済とのギャップにどうもすっきりしません。

そんなことはできないのですが。総選挙も迫り、政府が意図的に楽観論を流し、情報操作で、世論を混乱させているのではないかと疑いたい気持ちです。

そのギャップが統計によるタイムラグだすれば、そこはそこ、辛抱、我慢、努力、根性で頑張れるのですが。意図的な情報操作となりますと、やっぱり根本的な対策が必要です。

それに付けても、仕事が無いほど、辛いことはありませんね。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年07月02日 05:45 | コメント (0)


マイケル

2009年07月01日

「サングラスにスリラーの影残し逝く」(朝日新聞・平成落首考より)

音楽に疎い私ですが、国際的なピアノコンクールで優勝したお陰で購入した「心の目で弾き、聴かせてくれる」辻井伸行さんのCDを楽しませてもらっています。心が洗われるとはこのことです。

今更でもありませんが。尊敬するブロ友、リミスキー・コルサコフさん(ラジオは心のビタミンC)のように、若い頃から音楽に親しんでいれば、生活に潤いが生まれ、心も豊かであったろうにと悔やんでいます。

これまで、何に時間を使ってきたのか?自分でも不思議です。音楽のみならず、芸術、映画、芸能などの分野にも乏しい。還暦の手習いで、文化に造詣を深めたいと思っていますが。

奥の深い分野。急場しのぎで、取り繕うこともできませんので、高い評価を受けた作品を新聞の文化欄などで目にしたら、片っ端しから見てやろう。聴いてやろうと思っています。(その考え自体、文化度が低いんでしょうね)

音楽の分野も色々あります。最近の話題は、マイケル・ジャクソンさん。謎の死にメディア報道も過熱気味。興味が無かったのと、世代が少し違ったからなのでしょうか。彼の代表作「スリラー」すら聴いたことがない。ファンからすれば、不謹慎な奴ってことになるのでしょうか。

しかし、折角の機会です。彼の奇妙な私生活には関心はありませんが。
死を悼み、一世を風靡したジャクソンズ時代を含む彼の音楽を聴いてみようと思います。

辻井君に次いで、マイケルのCD・DVDの販売も急伸中だそうです。
私のみならず、日本人の文化度を高める意味でも、音楽に関心が集まることは素晴らしいです。

リミスキーさんには、マイケルについての蘊蓄も聴かせて頂ければと願います。
                                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年07月01日 05:55 | コメント (1)