2009年10月

サンドバック

2009年10月31日

自民党は路線論争を深める時期ではないか?

国会の代表質問。「こんな私(財政)にしたのは誰なの!!」「あんたに言われたくないわ」こんな刹那的文言で、首相が財源問題を切り返す場面に、思わず息を飲んだのが野党総裁。そんな図でしたね。

さらに、普天間の移設問題を「10年以上も結論を出さなかったのは、どの政権か」とも・・・・・・。この国会どうも、「昔話(前政権)を持ちだされる」と野党自民党の按配は宜しくない。

民主党を「高福祉・高負担」と決めつけ大きな政府路線だと批判する谷垣自民党総裁が「中福祉・中負担」の「中位の政府」路線では、朝日が社説で「谷垣総裁・自画像を示せ」と批判するのもうなずける。

政権交代から、まだ40日。野党になった自民党に国家ビジョンを示せと言うのも、酷なのかも知れない。読売が社説で問う、「衆院代表質問・財源と安保で議論を深めろ」が、精一杯かもしれない。

でも「こんな私(財政)に誰が・・・とか。10年もほっといてどうしてくれる・・・・」と言われては。読売の援護射撃にも無理がある。自分像を描くにはもう少し、時間が掛かるのかも知れない。

自民党の路線。北大の中島岳志準教授が指摘するように、保守リベラル。小さな政府・新自由主義。と「保守」ナショナリズムの三つの路線が生煮えのままで、国会論戦がスタートしてしまった感がある。

複雑な社会、明確な路線が打ち出せないのは分かるが、「マニフェストや、公約は絵にかいたモチ」で、政権与党にはなじまないという、50年に及んだ政権党としての「政策軽視」の姿勢を正さない限りは、路線論議もできないのでは・・・・。

私は、自民党に政権交代可能な野党に早く育って欲しいと思う。それには、分裂さえ辞さぬ覚悟で、三つの路線を煮詰めるべきです。しかし、少なくとも、民主党の路線は三つの路線のうち「保守リベラル」と大差がない。

また、小さい政府・新自由主義は破綻した(私は新自由主義は破綻したが小さい政府論は必要だと思うが)。とすると、「保守」ナショナリズム路線ををしっかり論議して、自らの自画像を描く以外に道はなさそうである。

このままでは、チャレンジャーの自民党が、予算委員会などで、如何に攻撃しようとも「あんたに言われたくないわ」の一言で、逆にサンドバックにされそうな気配だ。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月31日 06:32 | コメント (0)


奇数面

2009年10月30日

変化を見抜く力が必要では・・・・・。

人間の感覚は、不思議なものです。一昨日の話ですが。例によって、6紙の新聞を捲っていて、朝日新聞だけが、妙に違和感がある。うーん。もう一度、一面から捲り直してみた・・・・・・。

新聞を読む場合、通常は、一面から順番に捲っていきます。なかには、最終面のテレビを見て、次に、通称三面記事と言われる社会面(最終面の裏)を開き、そこを読んで終わる人もいますが・・。

新聞は、右開きで読んで行くものと、仮定されて紙面が作られます。ですから、右に捲りますと、左側の面(奇数頁)に記事が出てきます。

朝日、読売、毎日、中日と言った一般紙は、二面、三面が総合面。四、五面が政治、経済。六、七が国際面、株式と続きます。その後は、奇数面に記事、偶数面に全面広告が入る。そんな構成です。

で、なにが、朝日新聞に違和感があったか?と申しますと、通常記事面となる五、七,十一面の奇数面が、記事面ではなく、広告面になっていたのです。

へー。そんなことかと、思われるかも知れませんが。広告の仕事をしている者にとっては、重大な変化です。新聞の編成権は編集局に帰属しています。編集局は、広告を新聞と評価していません。記事の補完物と考えています。

ですから、目に付かないところ。記事の邪魔にならない紙面に掲載してきました。その方針が、変わったことは大変な変化です。昨今の広告出稿の激減。プライドの塊であった新聞社の花形、編集も、そこまで追い込まれたのか・・・との思いです。

私は、この変化に、広告業界の深刻さを象徴していると、心配していますが。実は、硬直しているものが、変化したと言うことは、そこに、大きなビジネスチャンスが生まれたことにもなります。

少なくとも、私は仕事柄、この違和感に「しめた」と思いました。読者は、なにげなく、記事から目を通していた新聞を、広告から目を通すようになったのですから。新聞の広告価値が上がったことになります。

朝日に追従して、他紙もそうなるかどうかは分りませんが。新聞業界も、いよいよ紙面刷新に本腰を入れ始めた。知恵を絞り始めた(今頃では遅いのですが)表れだと言えます。

なにも、この違和感、新聞業界だけに当てはまるものではありません。ちょっとした社会の変化を見逃さないことが、生き残る道ではないかと、朝日新聞の奇数面を、何度も、捲っています。
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↑   10面       9面       15面       14面       25面       24面
右面に広告の載っている10/28読売新聞

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↑    5面       4面       7面       6面       11面       10面
 左面に広告が載っている10/28朝日新聞


投稿者: 後藤 日時: 2009年10月30日 06:25 | コメント (0)


ネバーギブアップ

2009年10月29日

映画に感動。ありがとう。

3時間25分。途中で、10分の休憩付きの超大作映画「沈まぬ太陽」を観た。
全編。涙が止まらないのはなぜなんでしょうか?年寄りで涙線が緩んでいるから何でしょうか?

それとも、閉塞感に包まれ、先の見えないたデフレ経済の真っただ中に位置しているからでしょうか?

長編なだけに、観るには相当な覚悟が必要です。が、「アラカン」世代には。いや「高度成長時代を経験した人」「不況の嵐に立ち向かっている人」には。どうか時間を調整して映画館に足を運んで欲しい。

私の感想です。この映画に「悪人」はいません。勿論、「善人」もいません。しかし、自分の心に潜む「善悪」が登場してきます。その善悪に翻弄された自分が、無性に悲しくもあり、切なくもあります。

それに、平成5年4月19日。花巻空港でDC10墜落事故に遭遇した経験が、御巣鷹に散ったジャンボ機墜落事故の犠牲者と被り、「事故」の悲惨さが胸に迫り・・・・・。涙が止まりませんでした。

主人公が、「不当な報復人事にも屈しない。しかし、それゆえに何度も何度も、飛ばされる」それでも、ネバーギブアップ。男の矜持を貫く。その意志の強さに、過ぎ去った自分の人生とダブり、憧憬が・・・。

還暦過ぎたが、まだ、やらねばならないことも、やり残したことも「山ほど」ある。
主人公のようには行かないが。でも、ここでへこたれるわけにはいかない。

ネバーギブアップ。もうひと頑張りしよう。と、映画「沈まぬ太陽」に涙と勇気をもらった。
感動の映画、ありがとう。                             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月29日 06:59 | コメント (0)


「無血・平成維新」

2009年10月28日

国民は「愚にして賢なり」・・・・・。

昨日のブログの、延長のようですが。やっぱり「ぼやいて」みたいと思います。
何をかと申しますと、昨日のマスコミ報道についてです。

残念ながら私は、鳩山首相の所信表明を生で聞くことができなかった。(午後2時では、普通の国民は、仕事中ですものね)で、テレビのニュースと報道番組を見て。

そして、毎日新聞に掲載された所信表明の全文を読んでの「ぼやき」ですが・・・・・。

まず、テレビ。国民をバカにするのもいい加減にせよ。新政権、鳩山首相の臨時国会での所信表明よりも、「覚せい剤」で逮捕されたタレントの裁判に、ニュース価値があるという神経。私には信じられない。

最近。広告主のテレビ離れが顕著です。私はその原因が、国民の意識と報道内容の乖離にあると思っています。新首相の所信表明には、国民の関心が乏しい。アイドルの覚せい剤裁判の方が興味を持っている。との判断が、テレビ局の編成にある。

果たしてそうでしょうか。ゴールデンタイムには、テレビの向こう側で「馬鹿笑い」するバラエティーを放送すれば視聴率が取れる。その発想と、全く同じで、報道番組でも、所信表明の解説よりも、アイドルの覚せい剤事件だと思い込んでいる。

国民は、「愚にして賢なり」だということに全く気付いていない。物事の価値や大切さは、所信表明だととっくに理解しているのに・・・・・。情けない。この感覚では、テレビ局の消滅も遠くない。

それに、所信表明に関する新聞解説。「理念は分るが抽象的すぎる」「方向は示した(が)具体性がない」「天下り根絶と言う(が)郵便会社に官僚0Bではおかしい」「政治資金の改革を叫ぶ(が)自分の問題で1分は短すぎる」などなど・・・・・。

では、如何なる所信表明なら合格点なのか?政権交代して「政治理念を語らなければ、何を語るのか?」「将来の方向性を語らずして具体策など語れない。」具体策は国会で論戦すればよい。

しかし、後期高齢者医療制度については明確に廃止するとか、財源を確保しながら子供手当の創設、高校授業料の実質無料化、奨学金の大幅な拡充、母子加算の年内復活にも言及するなど、具体策は提示しているのだが??。(本当に演説を聴いていたのだろうか??)

さらには、米国、アフガニスタン、北朝鮮、ロシアなどの諸外国や東アジア地域への具体的な取り組み方法も示しているのだが。なぜ、具体策がないという批判になるのか?不思議だ。

政権交代とは、少なくとも前例踏襲ではないとの理解が出来ていない。ましてや「が」で、前文を翻して批判を付け加える解説姿勢に「心のゆがみ」さえ感じる。批判のための批判がジャーナリズムと言うなら、地に落ちたものだ。

総選挙が終わって、二ヶ月弱。新政権が出来て、40日。50年間続いた前政権の、膿や垢を落として、新しい日本の誕生に期待しているのは、誰よりも「国民」だ。その表れが支持率の高さにある。

私は、国民の大多数は、アイドルの覚せい剤事件の裁判を大きく取り扱うメディアにも。
報道解説を「が」で、前文を否定するメディアの姿勢にも、うんざりしていると思う。

「愚にして賢なる」国民は、軽薄なマスコミよりも、もっと、もっと、素直に、謙虚に、真剣に、鳩山首相の所信表明「無血・平成維新」に耳を傾け、理解し、期待しているのを、メディアは知るべきだ。                                                          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月28日 06:59 | コメント (1)


ぼやき

2009年10月27日

年寄りの冷や水

「ぼやき」の専門家を「ぼやく」のも気が引けるが・・・・・・。
プロ野球。楽天の野村監督。すったもんだの挙句。結局は、名誉監督になったそうではないか?

CSが始まる直前。契約の継続はない。と言われたのか。契約は今期までだと念を押されたのか。
それとも、選手を鼓舞するために、あえて、契約には触れず「今季限りで首を切られた」と自虐的に言ったのか?

老獪な監督の挙動と「ぼやき」に振り回され、マスコミに煽られ、野球ファンならずも火を付けられた感がある。同情を引いて、CSを盛り上げたんでしょうが・・・・。もともと、契約は一年限り。辞めて当然だが。

野村監督74歳。本音はもう一年、区切りの良い75歳までやりたかったのでは・・・と思えるのだが?
私的には、人間引き際が肝心。そもそもが三年契約。それを、一年延長してもらったのだから・・・。

ここは、「楽天球団」に感謝して静かにユニホームを脱ぐべきだったと思う。それが、野球人としても、指導者としても最良の道では・・・・・。それをゴネ得で名誉監督とは・・・・・。

それも、楽天球団と野村監督のしたたかな計算だったんでしょうかね?

75歳で、新たな就職先が決まったのは、結構なことだが。来年もまた、「ぼやき」を聞かされ、振り回されるのは叶わない。と、思っているのは・・・・実は楽天の選手じゃないか??

と、野球ファンを代表して「年寄りの冷や水」に釘を刺しておきたい。それにしても、マスコミも、こんな自分勝手な74歳に引きまわされているようでは・・・・話題が無さ過ぎるのでは・・・・・

でも、日ハム、楽天両チームの選手が、一緒になって野村監督を胴上げしたのには、感動でした。
スポーツの世界って、いいですねー。それに比べてビジネスは・・・・・。                                                                 Goto
追伸
我らが中日と楽天の日本シリーズが見たかったなー.。
あそこで井端がエラーなんてなぁー。ぶつぶつ。

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月27日 05:50 | コメント (0)


国会

2009年10月26日

国家像から論争を始めてもらいたいものです。

いよいよ、今日から臨時国会が始まる。新政権、新首相がいかなる所信表明をするのか?楽しみである。思い起こせば、一昨年。安部元首相。参院選敗北の責任を取って、辞めれば良かったものを・・・・。

直後に開かれた臨時国会で、所信表明を述べたまま・・・・・退陣。代表質問をと、手ぐすね引いていた野党は肩すかし。論戦を期待した国民を裏切った。その結果、自民党政権終焉へ・・・・。

民主党は、この臨時国会で代表質問をしないという。私は正解だと思う。与党が自らの政権を、歯の浮くようなお世辞を並べ立てて褒めるような質問を本会議でやっても、何の意味もない。それこそ、時間の無駄。

そのくらいなら、少数であっても、全ての野党に時間を配分、質問させるべきだ。民主党にはその位の度量と、審議や議論を重んじる姿勢を示してもらいたい。前政権の国会運営を根本から見直して欲しい。

それこそ、この「民主革命」の最も重要な、政変ではないかと思う。

国会論戦で、私が興味を持つのは、自民党のスタンス。小泉構造改革路線(小さい政府)を継承したはずの安部さんが政権を放り出し、「中福祉・中負担」(中くらいの政府)路線を提唱した、福田、麻生内閣が自民党を瓦解させた。

現状では民主党のスタンスは、予算の組み替えによる「高福祉・中負担」の「中くらいの政府」のようだ。では自民党はどのスタンスで望むのか?

そこが、興味のあるところである。谷垣さんの人柄から言って、いたずらにネガティブな問題を争点にはしないと思うが、路線も明確にせず、「政治と金」の問題だけを追求するようでは、自民党の再生は難しい。

政権交代後の最初の国会。与野党とも、この国の将来を語るスケールの大きな国家像論争から、スタートして欲しいものです。まずは、鳩山首相の「友愛」路線の真髄をじっくり聞いてみたいが。
                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月26日 07:01 | コメント (3)


弁護士の集団脱税

2009年10月25日

弱者の上前を撥ねるなんて・・・・・・・・。

日曜の朝っぱらから、こんな話題も、嫌なんですが?
この厚顔無恥。法の扱いを生業とする人達の「ていたらく」をどう判断したらよいのでしょうか?

消費者金融への「過払い金返還請求」の代理人として報酬を得た弁護士697人、総額「79億円」が申告漏れ(脱税)だと国税庁が発表。28億円に上る追徴税を徴収した・・・・。

新聞によると、ある弁護士は、2007年までの7年間に過払い金返還請求で依頼者から、受け取っていた着手金と報酬計約1億1千500万円を全く申告せず、隠した所得を預金や不動産購入に充てていたと・・・・・・。

これは一体どう言うことか?消費者金融が違法な高金利で貸し出していた(許されないことです)。多額の利子を払わされていた借主は、それを取り戻すために、弁護士に救済を求めた。

弁護士は、法に則り過払い金を取り戻した。そこまでは、ご苦労様です。です。しかし(ここからは事件の中身ですが)、たぶん、弁護士は消費者金融から取り戻した金を自分の口座に振り込ませた。

で、その金を借主に返さず。もしくは、法定額以上にピンはねし、その収入を申告しなかった。
そんな、からくりではないかと思われる。

だとすれば、借主(依頼者)は、消費者金融に、むしり取られ。弁護士に上前を刎ねられたことになる。これを「泣きっ面にハチ」「盗人の追い銭」というのではないか。酷い話だ。

弁護士は法の番人だとか、法治国家での、庶民や弱者を守る最も尊敬される職業だと我々庶民は思っている。しかし、などと言うのは、真っ赤な嘘で、悪徳業者の、さらに上を行く極悪人って、ことになりはしないか。依頼者は誰に弁護を頼ったら良いのだ・・・・。そう思いませんか?

弁護士は、弁護士会に入会しなければ、弁護士業を営むことはできないシステムになっている。この事件。単なる申告漏れ(脱税)の話ではない。弁護士が集団で犯した犯罪だ。罪は重い。

マスコミは、697人の弁護士名を公表すべきだ。悪徳弁護士の顔を世間に晒すべきだ。
弁護士会は、何らかのメッセージを発するべきではないか。自浄作用を公表すべきだ。

弁護士が、脱税(この弱者の上前を撥ねると言う極悪犯罪)を犯しても、社会的な制裁を受けないとするならば、この国が法治国家だ。などとは、とても思えない。

やれやれ、日曜の朝っぱらから、嫌な話だ・・・・・・・・。          Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月25日 06:52 | コメント (0)


「龍の瞳」

2009年10月24日

ほっぺ我落ちました・・・・・・・。

岐阜県と聞いて、知っていることを答えてもらえませんか?なんて質問を、年配の方にしますと、大概は「うーん」と唸って、なかなか出てきませんが。「では、全国の三大名泉は?」と・・・・・。

群馬県の「草津の湯」。兵庫県の「有馬の湯」。しばらく考えて「そうだ、岐阜県の下呂温泉」と、やっと、岐阜が出てきます。

飛騨高山も岐阜なんですが。なんて、言おうものなら「へー。飛騨って、岐阜県だったの?北陸かと思った」なんて、トンチンカンな答えが返ってきて、がっかりすることが良くあります。

そのくらい、影が薄いのが、我が愛する故郷、岐阜県なんですが。ちょっぴり自慢したいことがあります。私が最も尊敬する「若き新聞人」。彼が、「ちょっとや、そっとでは、食べらない米があるが食べるかい」と、「龍の瞳」と名付けられた幻の米を持参してくれました。

最近、不況風に煽られて、少々オーバードリンク気味。主治医から、休肝日の奨めもあって、二、三日禁酒。では、頂いた「龍の瞳」なるものが、如何なる米か?味わってみるかと・・・・・久しぶりにご飯を炊いて。

「米がこんなに、きらきらと輝き、一粒一粒が独立して、凛と立ち上がり、気品のあるものか」と茶碗に盛られた姿に驚き「ほうばると、一噛み、二噛み、三噛み。甘みがジワーと口の中で広がる」「うーん。上手い。実に上手い」。思わずほっぺ我落ちました。

久しぶりに頂いた「ご飯」が上手いのではない、彼がくれた評判の「龍の瞳」が、上手いのだ。驚きました。この米「何処で採れた米だ?米どころ秋田か?新潟か?宮城か?それとも、北海道??」

おいおい。袋を見せてみろ。何んと・・・・そこには岐阜県下呂市宮田産とあるではないか。「え??岐阜県産じゃないか」知らなかったな?。岐阜といえば濃尾平野で採れる初霜が有名だが。

まさか、あの南飛騨、下呂温泉の地で採れた米だとは?そういえば、下呂には「天領」という山田錦を地元で栽培して醸造する有名な地酒がある。その影響なのかもそれないが・・・・・驚いたもんだ。

よーし。今度は日本の三大美味米(びみまい)を知ってますか?って、飛騨高山を北陸って、トンチンカンなことを言って奴に聞いてやろう。どうせ「答えられないだろうから・・・・。」

ひときわ大きな声で新潟の「コシヒカリ」でしょ。それに「秋田こまち」だろ。もうひとつ知らないの?残念だねー。教えてあげようか?日本一美味しい米を・・・・・・・。

それはねー岐阜県・下呂温泉で採れる「龍の瞳」だよ。まだ食べたことがないの・・・・ってね。
ご飯党の、あなた。ぜひ、試してみてください。絶対、お奨めですから。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月24日 06:21 | コメント (0)


郵政民営化

2009年10月23日

方針を決めずに、頭だけ入れ替えるのは、乱暴すぎないか・・・・・・・。

あの、あの四年前の夏。あの喧騒は、なんだったのでしょうね?
そうです。郵政民営化、賛成か?反対か?の選択を迫った総選挙です。

我が故郷、岐阜市は、話題の選挙区。郵政大臣経験者で、民営化反対の象徴にさせられ、無所属で戦った美人現職と、岐阜にお嫁に来ましたと叫んで自民党から立候補した刺客のこれまた奇麗な女性候補の熾烈な戦い。

その刺客候補が、岐阜市長と会談、しかし、市長が「握手」を拒んだため、それが、また「岐阜の恥」「男の風上にも置けない」と全国的な非難を受けたり。過ぎ去ってみれば、そんなこともあった。って感じですが・・・・・。

街を二分したしこりは今でも残ったまま・・・・・・。

郵政民営化賛成。完全民営化を望んでいる私としては、麻生自民党前総裁が「私は郵政民営化に反対だった」と「国会で答弁」した時、笑っちゃいました。誰かと同じ・・・・・。

しかし、その流れが、鳩山元総務相の「かんぽの宿」騒動に繋がり。その結果、麻生首相は「民営化推進」に立ち返ってみたりで、結局は、総務相を更迭した。

自民党は、何をやってるんだ。これでは、めちゃくちゃになるなんて、思っていました。

で、政権が交代。民営化反対党の代表が「郵政問題担当相」に就任。その結果、民営化のシンボルである日本郵政社長が辞任に追い込まれました。ここまでは、さも、ありなんと思うのですが・・・・。

私の認識では、民主党は郵政民営化に賛成だったハズ。ただ、ワンイシュウー(一つのテーマ)で総選挙をやるのはおかしいと。民営化は中身が問題だと、当時の岡田代表は訴えていた・・・・。

が、元官僚を新社長に選びました。私は、元官僚が悪いとは思いませんが。退任後の経緯からして、官僚意識が抜ける仕事に就いていたとも思えない?官僚の高笑いが、どこかで聞こえる・・・・。

それは、それとして、閣議決定された見直しの中身が解らない?前回の衆院選以前に戻るのか?新たな方針を打ち出すのか?その基本方針が定まらないのに、新社長を決めても、無理があるのではないか?と、思いつつ・・・・・・・。

郵政民営化の意義を、あの夏の日の喧騒と合わせて、もう一度考えてみたい・・・・・・。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月23日 06:39 | コメント (2)


馥郁(ふくいく)たる季節の到来

2009年10月22日

新蕎麦を肴に、一献傾けませんか・・・・・。

11月号の我社発行の生活情報誌「GIFUTO(岐阜人)」が一昨日より岐阜市内、165000世帯に配布されました。早速に、友人から、携帯にメールが。

表紙が秋らしくていいねー。新蕎麦で一杯やろうと・・誘いを受けました。とても嬉しい。

毎月のことですが、月末には、GIFUTOをはじめ19誌、102万部の生活情報誌が、岐阜、三重、滋賀、福井県の各エリアの家庭に配布されます。

随分と、寒くなってきました。改めて、ポスティングスタッフに感謝申し上げると同時に、どうか、丁寧に、そして、安全に読者のお宅まで届けて頂くことをお願いします。ご苦労様です。

そのGIFUTOの巻頭特集は「フランス人がボージョレを心待ちにするように・・・・・。日本人は新蕎麦の到来に心ときめくのではないでしょうか・・・・」と始まる「新蕎麦」の話題。

子供の頃の記憶では、岐阜では手打ち蕎麦のお店が無かった気がします。むしろ、名古屋のきしめんが近いせいか、蕎麦よりも、うどん。それも土鍋で煮込んだ「赤味噌のうどん」が有名だったと思います。

で、GIFUTOの特集を読んで、なるほどと、理解したのが、明治初期創業の「日本料理 ひら井」の代表の「開業当時(1980年)岐阜には蕎麦専門店がほとんどなく、蕎麦文化もあまりなかった」

「先代が「岐阜の人間が楽しめる蕎麦文化を作りたいと」、7年かけて「美濃そば」を開発し、蕎麦の専門店を開きました」と、蕎麦専門店のルーツを聞いて納得。

今では、岐阜の街にも、美味しい蕎麦専門店が誕生。その味を競ってます。

蕎麦と言えば、そりゃ、江戸の下町。池波正太郎の世界です。「鬼平犯科帳」「剣客商売」の昼餉、夕餉時には、頻繁に登場します。それも、小粋に蕎麦をすすりながら、酒を飲むシーンとして・・・・。

昨日は、江戸でした。会議場所近くに、お洒落な蕎麦屋があったハズ。鬼平気分で、辺りを探しましたが、見つかりませんでした。自分の記憶のいい加減さに、呆れながら・・・・・・。

そうか。岐阜の蕎麦屋と江戸の蕎麦屋の違いは、蕎麦を肴に「一杯飲む」習慣の「ある、なし」かも。
その習慣の違いが、蕎麦文化、蕎麦の歴史の違いではないかなどと、思い付きました。

よし、GIFUTOに掲載されてる蕎麦屋を片っぱしから訪ね、「つゆにチョンと付けて、シュルシュルっとすすり・・・・・」「ふぅーと鼻に抜けるかすかな麦の薫りを・・・」地酒を味わいながら、友人と楽しんでみるか・・・・。

馥郁たる秋の到来。あなたも、「新蕎麦」を手繰りに、一緒に行きませんか。御馳走しますよ。
                                        Goto 
追伸。
馥郁(ふくいく)とは、ここちよい香りが漂っているさま。
我社の編集部の「味のある馥郁たる」文章を楽しんで下さい。(写真参照)

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当社発行のGiFUTO11月号 巻頭特集
 
                                     

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月22日 06:03 | コメント (2)


誤解

2009年10月21日

いつまで、沖縄の基地を放置するのだ・・・・・。

この国は面白い。実に面白いと思うことがある。決めたこと、約束したことは必ず実行せねばならないとする原理原則派と、決めたことでも、状況によっては、変えても仕方がないとする妥協派が、常に攻守ところを変えるいい加減さが面白い。(実は面白がること事態、不謹慎な話なのだが)

知らないことを、知ったかぶりすることは、非常に危険だが、沖縄の米軍基地。普天間の飛行場移設問題で顕著に現れる意見の対立について一言。

この問題、整理しておくと、民主党の基本方針は「県外移設」だそうだが、少なくとも、マニフェストには書かれていない。また、政策集(インデックス2009)の外務・防衛の項にも、この問題は明記されていない。

マニフェストでは、米軍基地の問題を「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」となっているだけである。

連立を組む社民党との合意に基づくのだろうが、私の認識では、民主党のマニフェストの枠は超えなかったと思う。どこで、どうなったのか?鳩山代表当時の発言か?総理になってからなのか?基本方針が曖昧・・・・・だが、。

しかし、いつの間にか、普天間は県外か海外に移設するのが民主党の方針とすり替わっている。さもマニフェストに書かれているかのように、マスコミも報道し、私たちも、そのように理解してしまっている。

不思議であるが、その誤解に基づいて、相手があるだろうが、マニフェストで書いた約束を守れ。守らなければ、新政権は嘘つきだと、原理主義を振りかざす人がいる。

一方で、政治や行政は理想の空論ではなく現実だから、マニフェストの変更もやもうえないとか。マニフェストは時間がたてば変わるという説明がないのが問題と。マニフェストは本来妥協すべきものだと言う人もいる。

で、普天間基地の問題だが、私は答えは一つしかないと思っている。県外移設も、海外移設も簡単ではない。だとすると、沖縄県内「嘉手納基地」に移す以外にない。

そうすれば普天間飛行場はなくなり、新しい基地に移設する必要もなくなる。これが、最も可能な妥協点である。それに反対する理由が、米軍内部の問題だそうだが、明確な理由は聞こえてこない。

問題は、それを誰が、いつ言い出すのか。であるが、私は、来月のオバマ大統領来日時に、鳩山首相が明言すればよいと思っている。「そんな簡単にいくわけがない」。とおっしゃる方も多いと思うが・・・・。

原理原則派も現状維持ならやもうえない。妥協派も辺野古移設が中止になり自然環境を破壊する問題も解決する。日本側にとっては何の問題もない。(現時点では)でも、新政権がそう言い出せば、誤解に基づいた、「県外移設」はどうするとか、安保は?基地は撤去すべきだとか、原理原則派と妥協派が攻守所を変えて、かまびしくなる。

だから、この国は面白い。実に面白い。自分勝手に、攻守所を変えて言いたい放題が言える国だから。でも忘れてはいけないのは、沖縄を今も戦場として放置したまま、この国が繁栄していうという事実だ。

原理原則派も妥協派も何を主張しようが自由だが。所詮は誤解に基づく空論議。
まずは、普天間基地が無くなる、その一点で。新政権に「嘉手納移設」を委ねようではないか。

誤解を恐れずに、この難しい問題をシンプルに考えてみました。
                                Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月21日 06:24 | コメント (0)


売らんかな・・・。

2009年10月20日

親父は背中で勝負せよ・・・・。

データは大切ですが、こんな調査は、如何なものかと思います。私のように、還暦を過ぎ、耳は遠く、目はかすみ、髪は薄くなり、おまけに足腰も弱ってきますと、どうってことはないのですが・・・・。

ある製薬会社が、「父親の薄毛」を父親と子供が、どのように思っているかを調査した話です。
調査方法は、父親500人(平均53,3歳)と子供世代男女同数(平均28,2歳・ちょっと年齢が高いですね)

に「子供は父親の薄毛を気にしているか?」と質問。父親は58%が「気にしていない」と回答。子供は48%が「気にしている」と答え。親子で意識の差が際立ったと分析しているのだが・・・・。

製薬会社によれば、全国で、薄毛で悩む男性は推定800万人(男性の14%にあたる?)。その対策にかける費用は月平均4072円だそうです。これが真実なら、大きな市場には違いない。

でも、子供が「父親の薄毛を気にしている」から、養毛剤を使って、「なんとかしよう」と思っているかと、問われれば、「??」が付くのでは。調査と、「育毛剤を売る」のを結びつけるには無理がありそうです。

父親に権威が無い時代。親父が「やらなければならない」のは、薄くなった髪の毛を気にするのではなく、肩が落ちて、自信無げに見える後姿を、胸を張って、大きく見せることではないでしょうか。

我社も、新しい生命が次々と誕生、おめでたが続きます。
家族が増えることは、生きがいです。背中で勝負できる親父になって欲しいと思います。

それにしても、肉体的な問題をテーマに、「売らんかな」を調査するのは、考えものですね。
                                             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月20日 06:59 | コメント (0)


新聞命

2009年10月19日

新聞週間に考える。

新聞を読もう。が、このブログの主旨です。今週は新聞週間。
新聞についてのご意見を頂ければありがたい。と思っています。

手元に、恐ろしい本があります。10月号の文藝春秋にも同様の一文が寄せられていましたが、毎日新聞の元記者、佐々木俊尚さんが書いた2011年「新聞・テレビ消滅」という題名の本です。

中日新聞の代理店でスタートした我社としては、新聞広告こそが仕事の原点だと思っています。
我社の先代である親父殿は新聞記者の出身。子供の頃から「インクの匂い」を嗅いで育ちました。

私は、「新聞命」で生きてきました。

このブログでも、新聞社の役割や使命についてや報道姿勢などに言及してきました。また、仕事の上でも、なぜ、新聞広告が激減するのかなどについても様々な角度で、考えてきました。

たしかに、新聞社の経営は悪化。朝日新聞ですら、今期の赤字が予想されています。勿論、大量のストックがあります。今日、明日にどうかなるってことは、ありませんが、新聞のビジネスモデルが陳腐化して、その先が見出せない状況にあることは確かです。

ですが、たとえ、新書であっても、面と向かって新聞の将来を「消滅する」なんて言われますと、心穏やかではありません。

今年も新聞大会が静岡で開催されました。その決議文を読んで。私は不本意な内容だと思いました。なぜなら、危機感がないからです。「真実の言葉と文字を紡ぎ、最も信頼されるメディアであり続けたい」と宣言していますが、奇麗事を並べても、経営危機に陥っている本質は見えません。

もはや、読者は新聞報道に正義や真実が凝縮されているとは思えなくなっています。でも、新聞の価値を認めている。そのギャップに気付いていない。つまり、読者の変化に気が付いていない・・・・・。

偽りのジャーナリズムをかざして、新聞週間に呼びかけても、虚しさが残るだけです。

全ての生物は種の保存、継承のために、エネルギーを傾注するものです。
そのために必要なものはどん欲に取り入れ、不必要なものは捨て去ります。

生き残るとは非情なものです。変化しないものは、必ず滅びます。

新聞が、人類が生き延びるために必要な情報手段であるとするならば、新聞は変わらねばなりません。変わらなければ、早晩、佐々木氏の予言どうり、消滅する運命にあると言えます。

残念ながら、新聞に関わる人たちには変化に対する意識も、経営に対する危機感も乏しいと思います。

新聞命の私としては、「新聞が消滅する日」が来ないことを心より願い、一人でも多くの人に、新聞の役割と価値を訴え続けていければと、新聞週間に思っています。                            Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月19日 06:18 | コメント (0)


伝統文化・長良川の鵜飼

2009年10月18日

市民に問うてみる必要が・・・・・・。

10月15日。長良川の鵜飼が、半年間に渡るシーズンを終えました。5月11日から5ヶ月間のロングラン。関係者の皆様には、岐阜市の観光を支えて頂き、今年もご苦労様でしたと、感謝したい。

今年の鵜飼観覧船乗船者数は11万5038人、昨年よりも9654人減少。ピーク時(73年の33万人)の三分の一。「観光岐阜」の目玉がこれでは、寂しい限りです。しかし、これが現実です

残念ながら、今年は「鵜飼」見物に行きませんでした。現場まで、車で5分。歩いても30分以内のところに住んでいながら、ひと夏、一度も河原に足を運ばないようでは、日頃、故郷のためにとか、故郷を何とか元気にしたいなどと・・・・・。

偉そうなことを、言ってますが。いい加減な奴だとのそしりを免れない。
郷土愛が足らないと、お叱りを受けても致し方ないと反省してます。(孫娘に見せてやればよかった)

そう言えば、昔は「市民鵜飼」と称して、市民に鵜飼見物を促進する取り組みがなされていた気がしますが・・・・・。最近はとんと聞かないですね。

これは、反省ですが、疲弊する郷土を元気にしたいと本気で考えているなら、観光事業は活性化の大きな柱です。鵜飼は1300年以上も続く、伝統文化です。岐阜市民の宝であり、伝統行事です。

この貴重な財産を、観光資源として活用し守り育てる感覚が市民に必要だと、改めて思います。
それには、まず、市民が伝統行事に参加する意識を持つことが必要です。

しかし、残念ながら、私が今年、一度も足を運ばなかったように、市民の感覚の中に、伝統行事である鵜飼を、守り育てようとする意識、ましてや参加する感覚は、皆無に近いものがあります。

市民と鵜飼との距離は、想像以上に遠いのではないかと思います。

で、私の提案ですが。少し乱暴です。市民は鵜飼をどのように思っているのか?シーズンが終わったこの時期に、聞いてみてはどうでしょうか?必要ない、関心がないとの声が多ければ、止めてはどうでしょうか。

そうです。鵜飼の運営は市税で賄われています。市民に関心がなくて、必要ないとするなら、それは、一つの結論ですから、止めればよいと思います。

一方。伝統文化は残すべきだとの回答が多ければ、どうすれば残せるのか?市民に考えてもらってはどうでしょうか。「残せ、でも維持、管理は行政でやりなさい」では、余りにも無責任です。

1300年。子供の頃から「ずーと1300年」と謳い文句ですが、1300年以上も、この地域に根ざした伝統文化。これを「止めてしまえ」という、市民はいないと信じます。

だとすれば、市民の手で守り育てる。(市民が生活の一部として毎年、河原に足を運ぶ)その先に、観光資源として活用させて頂く。そんな伝統文化に対する、謙虚な心が、必要なのではないでしょうか。

岐阜の伝統文化、長良川の鵜飼に思う。                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月18日 08:09 | コメント (2)


大丈夫かいな。

2009年10月17日

落ち着いて報道してもらいたいものです。

どうも今週の新政権の話題は、10年度の概算要求についてのようです。過去最大の規模、95兆円を超えたことに対する、評価のようです。

ようです。と、不確定的に言うのは、金額が兆の単位なので、「1丁、2丁」と豆腐を数える以外には想像が付かない額ですので、ようですと。でも、額は別として、過去、概算要求で、こんなに議論がなされたことがあったでしょうか?内容が公開されたことがあったでしょうか?

私の記憶では、例年、9月の初めに概算要求の総額示され、前年に比べ多いとか少ないとかが新聞で報道。12月には次年度予算が決定。語呂合わせで金額を知る程度でした。

つまり、政治の要諦である、税の使い道について、どこで、誰が決めたのか?そのプロセスも、中身も、まったく知らないまま、決められていたことになります。(知らない奴が悪いのなら、いた仕方ないのですが)

新聞の見出しだけ読めば、過去最大の活字や、95兆円と言う額に驚いて、また、借金することになるが「大丈夫かいな」と、不安になるかも知れません。大概の新聞は、そのように煽っています。

が、ちょっとだけ、私なりに解説してみますと。なぜ、過去最大の要求になったか?簡単なことです。新たに民主党が掲げた政策(マニフェスト)を実現するための予算を組み込んだからです。

総枠を、去年と同等の額、88兆円とするならば、去年が過去最高だったので、それを超えれば、過去最高の文字が躍ります。それだけのことです。マニフエストを実行するのが、新政権の使命ですから、過去最高になっても、やもうえない。と言うことになります。

しかし、大幅な借金(国債)をしなくても、マニフェストは実現できるとも訴えてきましたので、予算が増えることは「大丈夫かいな」と、心配になるわけです。

でも、大丈夫です。理由は二つ。一つは、行政刷新会議なるものができ、各省大臣と行刷大臣が、激しいバトルを繰り広げ、過去事業の継続予算を削り、優先順位を組み替えるからです。(これを政治主導といいます。今までは官僚が決めますから官僚主導です)

もう一つは、概算要求はあくまでも概算です。まだ、新政権が発足して1ヶ月。実は、小泉内閣の塩川正十郎財務大臣が奇しくも語った、「母屋(本予算)で、お粥をすすているのに、借家(特別会計)ですき焼きを食べている」と「国会の手の届かないところにある特別会計」を皮肉った有名なセリフがあります。

新政権は、170兆円ともいわれるその「特別会計」にはまったく手を付けていません。
そこには、少なくとも、10兆円以上の無駄があると言われています。

特別会計は「官僚最後の砦(金子元)」。多分、官僚は異常な抵抗をするでしょうが、そこに手を付ければ、マニフェストの実現は、可能です。大幅な借金をしなくても、95兆円規模の予算は組めます。

私がしたり顔で、分かった様な解説をするのも、もおこがましいのですが。

その実例が国交省の「原則として道路関係の新規事業は行わない」として、09年度の当初予算から13%の削減したことですし。仙石行刷大臣の「まだ、特別会計には手付かず」との発言です。

これが、新政権の概算要求の基本的な考え、即ち、自民党政権で旧態依然だった利権構造を変え、経済成長や生活の充実に繋がる予算に組み替えることだと、理解しています。

国家予算、95兆円と聞いても、ピンと来ないのですが、でも、漠然とした「大丈夫かいな」と言う不安は、私にはありません。むしろ、メディアには、概算欲求段階で、そんなに不安を煽らないで、もう少し落ち着いて、丁寧な報道をお願いしたいものです。
                                                 Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月17日 06:40 | コメント (0)


彫刻

2009年10月16日

ユニークな造形の競演・・・・・・。

「右を向いても、左を見ても、筋の通らぬことばかり」は鶴田浩二が歌って、大ヒットした「傷だらけの人生」の歌詞ですが。世の中、特に地方が酷いのかも知れませんが「右を向いても、左を見ても、景気の悪い話ばかり」です。

なんとも、殺伐として、遣りきれない時代です。この不況もそんなに長くは続かない。と、思いたいのですが。景気は「二番底」に入ったのでは、などと耳にしますと。マインドも下がります。

でも、こんな先の見えない時代だからこそ、誰もが焦って、ビジネスに知恵を絞るのですが。「下手な考え休むに似たり」と申します。根を詰めて考えるより、絵画、陶芸、彫刻など、芸術文化に触れて見るのも、新たな知恵を生み出す上では、大切ではないかと思います。

我社の社屋「中広ITセンター」(写真参照・美術館のようでしょ)がある大垣のソフトピア。その二階にある放送用のスタジオ。そこから、水中に浮かぶ野外ステージが眼前に広がります。(あまり活用はされていないようですが、なかなか趣向を凝らした施設です)

その水が張ってある(水槽といえばよいのでしょうか)エリアに、著名な彫刻家の作品が、5点配置されています。芸術品ですから、作品を見て、タイトルを確認して、解説を読まないと、ピンとこないのですが。

とても難解ですが、ジーと、作品を見ていますと、作者の意図が分かってきます。と、言いたいのですが、なかなか理解できません。しかし、それでも無心に眺めていますと、自分自身がおかれている立場のどこかと重なって、妙に納得できる。不思議な思いに駆られるものです。

それが彫刻と言うものなのでしょうか?

街を歩いていて、こんなところに、こんな彫刻がある。とよく見かけます。
それらに、関心を持って、気に掛けて眺めて見ますと、結構面白く、心に感じるものです。

今年で、23回目になるそうですが、国内最古の「現代野外彫刻展」が山口県宇部市で開かれています。10月14日付けの毎日新聞(写真参照)が、優秀作品を解説付きで紹介しています。

写真ですから、本物の迫力は伝わりませんが、ジーと写真を眺め、解説世読みますと、何となく、使ったことのない脳みそが動くようで「なるほど」と、妙に納得できます。

別段、心が洗われるとか、殺伐とした経済環境の重圧を忘れ去るとか、そんな、崇高なものではないのですが。彫刻には「筋の通らぬこと」も、「不況風に腹が立つこと」も、忘れさせ、マインドをくすぐる何かが、あるような気がします。                               Goto

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当社 ITセンター(大垣)       10/14毎日新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月16日 06:34 | コメント (0)


岐阜公園

2009年10月15日

「板垣死すとも、胸像は消えず」

今年は、十数年ぶりに、二度、岐阜公園を訪ねました。友が遠方より訪ね来て、天下を睥睨する岐阜城にロープウェイで登る際、発着場がある公園を通過したと、言ったほうが適切ですが。

岐阜公園は私が通った小学校区にあり、遊び場の一つでした。戦前戦後を通じ、近在の子供にとっても唯一の華やいだ場所。小中学校の遠足地でもあり、連日賑わいを見せていました。

敷地内には、川魚を集めた小さな水族館(夏場など、館内はひんやりして、悪ガキの溜り場)やライオンや虎、猿、ペンギンまでいる動物園がありました。

飼育係が同級生のお父さん。動物たちの生態について興味深い話を、目を輝かせて聞かせてもらったものです。それに県立の図書館もあり、通いましたが、静かに本を読むなんてことが出来ず、よく叱られたものです。

岐阜公園での必見は、昆虫の博物館(世界最高峰の昆虫標本が整っています)と、張子の大仏です。(日本3大仏の一つ、奈良は金属。鎌倉は石、岐阜は竹と紙でできています)

昆虫の博物館と大仏様は健在ですが、図書館も水族館も動物園も、果実の話です。

いやいや、子供の頃遊んだ、金華山麓の岐阜公園を懐古しているのではありません。
二度訪ねた岐阜公園で、二度とも心の隅に引っ掛かる妙な、違和感がありました。

その違和感は、板垣退助(明治15年、自由民権運動の指導者。岐阜公園付近で遊説中、暴漢に襲われ刺殺された)の銅像が、子供の頃のとは、違うのでは・・・・と心に引っかかったのです。

その違和感が、解決しました。それは、12日付地元紙に、「板垣退助の胸像、岐阜公園で発見」との記事を読んで、そうだったのかと氷解しました。

記事によりますと、板垣の銅像は1918年(大正7年)に建立。戦時下の金属供出で回収(これでは、自由が死ぬはずですね)、その後、コンクリート製の胸像に置き換え(制作日不明?)られた。

現在の銅像は50年(昭和25年)に建立。その際、取り換えられたコンクリート製の胸像が、公園の片隅で放置されているのを、市歴史博物館の学芸員が偶然発見したと。

そうだったのか?違和感は、銅像が変わっていたのではなく、銅像の位置が、変わっていたのだ。その元の位置に、人間の形をした、コンクリートの塊があり、それを横目に遊んでいたんだ。。。。。と。

でも、そんなに広くない公園。コンクリートの塊とはいえ、58年もの間、放置されていたとは、驚きです。
まさに「板垣死すとも自由は死なず」、「板垣死すとも、胸像は消えず」ですね。

子供のころの岐阜公園で遊んだ日々が、走馬灯のように蘇り、感慨深いものがあります。
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10/12岐阜新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月15日 06:51 | コメント (0)


「命」とスポーツの祭典

2009年10月14日

広島・長崎での五輪は必要でしょうか・・・・・・・。

平和への願いに国境はない。全世界143ヶ国、3147都市が加盟する世界平和市長会議。その総会が今年の8月長崎市で開催され、その行動計画に、被爆地に20年五輪誘致が組み入れられた。

それを受け、広島、長崎両市長が、五輪招致委員会を立ち上げると発表。大きな話題となっています。なんでも、かんでも、ブログに取り上げるのか?と、批判されるのを承知で、一言。

東京五輪誘致が選考漏れになったのは、いた仕方ない。五輪の輪は、世界の五大陸を意味するのですから、南アメリカ大陸で初めての開催と、08年のアジア・中国に続いて東京では、評価のベースが違う。私も、リオ(ブラジル)が妥当だと思いました。(大方の心ある人はそう思っているでしょう)

JOC(日本オリンピック委員会)では、東京五輪誘致落選の総括も済んでいないのに、広島・長崎が手を上げるのはおかしいとの声も聞かれますが、私的には、総括などする必要はないと思います。

そもそも、東京で開催する狙いが曖昧。環境をテーマにしたのは後付。最初はコンパクトな五輪、経費の掛らない五輪だったハズ。あれだけ民主党を批判していたのに、鳩山さんを強引に・・・・。

最初の投票でパージされなかっただけでも、関係者の努力は評価されるべきだが。
無謀な旗振り役を演じた石原都知事の責任は重いといえます。

知事の残り任期も一年半。都議会も民主党が与党。それに五輪落選。これではレームダック。このままでは、首都の健全な運営もおぼつかない。時代の変化は激しいものがあります。この際です。任期途中ですが、辞任されるべきだと思います。それが、最も分り易い総括ではないでしょうか。

で、広島・長崎の「核兵器廃絶・被爆地で平和の祭典を!」五輪招致に付いてですが、20年は、アフリカ大陸で行われるべきではないかと思います。例えば、南アフリカが手を上げれば、それが、一番だと思います。

スポーツを政治的に利用しないほうが良い。でもオリンピックは政治的に利用されてきた。核兵器廃絶を願って、被爆地で五輪を開催するのは、一見、崇高な理念に基づき、非政治的に思えるが・・・・・。

果たして、そうでしょうか?私はそうは思えません。反戦の名の下に五輪(スポーツ)を政治利用する以外のなにものでもない。これでは・・・・・・・。露骨過ぎます。

五輪は、日本も韓国も、中国もそうであり、ブラジルが、また、そうであるように、先進国を目指す途上国の登竜門との面もあります。それを政治的とも言うのですが。

そう考えますと、果たして、日本の置かれている状況から、この国に、国を挙げてのスポーツイベントが必要かどうか?大いに疑問です。

広島・長崎が五輪誘致に手を上げるならば、世界平和市長会議に加盟する143ヵ国と世界3147都市が、こぞって支援するなら、今までの五輪とは違った意味を持つ五輪になると思いますが・・・。

オリンピックはスポーツの祭典です。国際的、社会的、歴史的背景がどうであれ、スポーツの腕を競い合うアスリートのための大会です。平和が一義的ではないハズです。

どうしても、五輪をと言うのであれば、非核国のみによる「核兵器廃絶・世界平和スポーツの祭典」を新たに創設して、核保有国に圧力をかけてはどうでしょうか?いや、むしろそうすべきだと思います。

その新しい国際的なスポーツイベントなら、広島・長崎を開催地にする意味があります。
私には原爆で亡くなった人の命とスポーツの祭典が、どうもそぐわない。
                                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月14日 06:31 | コメント (0)


コンクリートから人へ

2009年10月13日

変わらなければならないときには、変るべきです。

政権交代による変化が顕著になってきました。「コンクリートから人へ」の意味を考えてみたいと思います。建築土木業がどのような方向性になるのか?ここに一つの指針があります。

「木材住宅産業を地域資源活用型産業の柱とし、地域の自立と振興を推進します。」(産業における建築業の位置づけを、地域との絡みでみています。私はとても重要なポイントだと思います。)

「伝統工芸を継承する技術者、健全な地場の建設・建設産業を育成するとともに、施工者の技能が客観的に分かる仕組みを作り、消費者が安心して注文できるようにします。」(林業の育成をベースに、大工、左官などの建築技術者を育成しつつ、「地産地消」で木造住宅を推進するとの考えです。)


「間伐が遅れているところは、集約化施業によって山村を活性化し、近くの山で採れた木で家づくりができるようにします。」{日本は山国(とくに岐阜は木の国、山の国です)林業重視の姿勢です}

これが、新政権の住宅に関する方向性です。どこに書いていあるかと言いますと、マニフェストの基になる、民主党の2009年度政策集(インデックス)、国交省の項目「木造住宅と国産材の振興で、地域に息づく家づくり」です。

果たして、この通りになるのかどうかは、様々な事情が絡みますので、分りませんが。ただ、言えることは、「コンクリートから人へ」の基本理念にそって、公共事業が削減されます。

その象徴が、143のダムの見直し。見直しとは中止することです。公共事業に関わっている人たちにとっては、死活問題ですが、その分野で働いていた人達に、林業や、木材住宅の仕事に転換するよう促すのも、この政策の大きな目的の一つです。

「コンクリートから人へ」と言っているのですから、産業の転換は求めていますが、人を殺すような施策は取らないのが政権だと思います。建築土木業と言っても、様々です。

そんなに簡単に、公共事業中心から、他に変われるか?との意見ももっともです。
でも、政権が変わるとは、そういうことです。それを犠牲者とか被害者と捉えるのは間違いです。

10月9日付け日経新聞(写真参照)に、ハウジングメーカーの広告が掲載されました。
その中心は、木造建築をベースにしたものです。さすがに、大手企業。めざといです。

政権交代によって世の中は、急激に変わりつつあります。木造住宅の推進などはその良い例です。
そのことを、いち早く理解してのハウジングメーカーの広告展開ではないかと思います。

世の中の変化に付いていけない業界、業種もあるかもしれませんが、社会変化、経済活性化の手助けをするのも、広告の仕事の大きな役割ではないかと考えています。

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10/9 日本経済新聞

 

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月13日 05:40 | コメント (0)


「ごはん」でダイエット

2009年10月12日

食料自給率を上げるにはどうしたら・・・・・・?

あなたはお米を食べますか?私は、子供の頃から「ご飯」をあまり食べません。かといって、パンを食べるわけでもないのです。では、主食は何だ?と問われても困るんですが・・米と麦です??・・・・・。

あえて言えば、米は米の汁、あるいは、麦は麦の水滴を頂きます。つまり、主食の炭水化物は、アルコールで摂るので・・・・米や小麦を食べなくても、食べてることになると、思っています。

私の食生活は、朝食は食べません。昼は、うどんか、そば。もしくは「抜き」、結構昼抜きも多いんです。夜は、大概が、アルコールを飲んで、その肴を頂きますが、最後にお茶漬けなんてことはありません。

てな具合で、日常は米はめったに食べませんし、食事の量も決して多くありません。別段、ダイエットをしてるわけでもありません。が、それでも、腹の周りは立派なメタボ。栄養は行き届いているようです。

米を食べるから、肥るとは思えないのですが・・・・・・。

日本の食品メーカーも色々考えるもので、「ごはん」でダイエットできる新発想の商品が誕生しました。
読売新聞18日付朝刊、5頁と15頁の2ページに分けて掲載(写真参照)。

なぜ、ページが飛んでいるのか?カラー紙面の都合なんでしょうか?それとも、別の意図があるのでしょうか?良く理解できませんが、ベースが同じで商品が若干違うだけ、不思議な紙面組みです。

まーそれはさて置き。この商品。狙いはダイエットなんでしょうが。「米」を食べる人を対象の商品。我々の世代なら、米を食べなければ元気が出ない。そんな「ご飯党」もいますが・・・・。

若い人で、ごはん好き。それが原因でダイエットできない人がどの程度いるのでしょうか?大手の食品メーカーですから、商品開発には、しっかりと、マーケティングされていると思うのですが・・・・・。

それに、米の消費低下が原因で、食料自給率が低下しているのが、日本の食糧事情です。と、考えますと、随分、難しい商品が販売された気がします。

米をあまり食べない私としては、この商品の原料を使用して、アルコール飲料、日本酒とビールを作って頂ければ・・・・。メタボ対策に大いに利用できるんですが。 

でも、食料自給率を上げるには、どうしたらよいのでしょうかね 。
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10/8 読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月12日 07:40 | コメント (0)


さてさて

2009年10月11日

需要と供給のアンバランスを解消する・・・・・・・。

JLAA(日本地域広告会社協会)の仲間からこんな話を聞いた。トヨタの期間工採用、公式発表は1600人だが、実数は2500人。それも、募集は、過去歴のある人たちにDMを打って、瞬時に決定したと。

秋深まれば、景気の先行きが分かる。とは、財務大臣の談話だが・・・・・・。どうも、実感がわかない。広告の仕事は、景気に敏感で、どこかで上向く傾向があれば、反応がでるのだが・・・・・・。

その兆しが無い。地方だからだろうか?どうも、そんな単純な話ではなさそうだ。

景気が悪くなると、どこの企業でも、無駄を排する努力を始める。まずは、経費の見直し。経費と言っても様々あるが、大概の経営者は、広告宣伝費に手を付ける。それが、良いのか悪いのかは、時が判断するのだが・・・・・・。

背に腹は代えられないのか。急激に削減したが、復活させる気配はないようだ。
これでは、広告会社はたまったものではない。

08年だから一年前の日経広告研究所の調査だが、全国4444社の広告宣伝費の削減率は7,33%だそうだ。09年のデータはないが、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌の四大媒体の速報値では、昨対で20%以上落ち込んでいる。

だとすると、大手企業の広告宣伝費削減率は10%以上だと推測される。08年比の10%以上だから、07年度から比べると、20%近くなる。新聞社やテレビ局が赤字になるのは当然と言わねばならない。

で、この調査は、大手の企業が対象。中小企業や地方の企業は、それ以上に宣伝費を削減している。その結果だが、調査会社のデータバンクは、09年上半期、広告関連業者倒産201件と発表した。

下半期にはさらに増えると予想、300社を超えるだろうと。全国で広告会社は、約4000社あると、言われているが、データバンクの基礎数は、3000社を切っている。だとすると、10%では収まらない。

これは08年の広告費削減の影響だろうから、09年の削減比を加味すると、広告会社の倒産は、さらに増えるのではないか。恐ろしい状態になるのは必死・・・・。

秋深まれば・・・を期待するのだが。日本経済の回復の見通しは立たない。2番底も予想される。経営者のマインドが、広告戦略を仕掛けて積極的に打って出ようとするかどうか。そんなに甘くはない。

状況はその通りだが、だからと言って、座して死を待つわけにはいかない。
さてさて、どうしたらよいのか。答えは一つ。

経済が収縮。それが急激に膨らむことはない。つまりパイは小さくなった。そのことを自覚すれば、自ずから答えは出る。需要と供給のアンバランスを解消することだ。

すなわち、小異を捨てて大同に・・・・。再編の波を作り出すこと以外に道はない。
どの業界にもあてはまると、思うのだが・・・・・・。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月11日 06:42 | コメント (0)


江戸しぐさ

2009年10月10日

商道徳をもう一度考えてみたいと思います。

最もアメリカナイズされたテーマパークといえば、東京ディズニーランドだが、そのディズニーへ本場のアメリカをはじめ世界各地の関係者が日本に勉強に来ると聞いた。

勿論、施設の見学ではない。日本風「もてなしの心」の勉強だそうです。もてなしと言えば、ホテル。世界の名だたるホテルのもてなし(サービス)の方が定評がある。

何も、わざわざ、サービスの勉強に、日本まで・・・。と思うのだが。

7日の読売新聞、「よみうり寸評」(私的には、一面の編集手帳より、最近は寸評の方が味があると思うんですが、同じような世相論評が二つあるのも・・・)に「江戸しぐさ」について書かれていて・・・。

そう言えば、東京ディズニーの「もてなしの心」の原点は、「江戸しぐさ」だと、伺った事を思い出した。
「よみうり寸評」には、<傘かしげ>(道行く人がすれ違いざま、傘を傾けて、相手に道を譲る所作)が良く知られた「江戸しぐさ」と、紹介されているが。

「江戸しぐさ」とは(聞きかじりです)、所作を指す「仕草」ではなく、商人道を追求のための生活哲学のことで「思草」と表記するそう。代々江戸の商家で口伝されたもの。

私が、なるほどと納得する「江戸しぐさ」は「時泥棒」(断りなく相手を訪問したり、約束の時間に遅れるなど、相手の時間を奪うのは、重罪)と「うかつあやまり」(相手に足を踏まれたときなど、「すみません。うかつでした」と踏まれたこちらが詫びて、その場の雰囲気をよく保つことです。

まさに、商人道の極意だと思いませんか。「江戸しぐさ」は<傘かしげ>に代表される譲りの所作。それが相手を思いやる「もてなしの心」に通じるのでしょうが。

しかし、それは、一面。実は、時間を守らないものは、ビジネスをする資格がないという冷徹な商人道であり。たとえ、わが身に害が及んでも、そこは「わたしがうかつでした」と我慢して、商売を全うせよとの、商売人の知恵と経験に裏付けされたもの。

実は相手を満足させると言った単純な「もてなし」ではなく、ビジネスを成功させる上での、江戸商人の倫理観、道徳律、約束事です。

どうも、各国のディズニー関係者は、「日本風、もてなしの心」の勉強と称して、東京デズニーランドへ「江戸しぐさ」の真髄に触れるために訪れるのではないかと、思うのですが・・・・。

私も、聞きかじりではなく、越川礼子さんが、書かれた「江戸しぐさ」を読んでみたいと思います。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月10日 06:02 | コメント (0)


モラトリアム

2009年10月09日

天下の愚策に手を染めない方が良いのではないか?

モラトリアム人間。私がこの言葉を始めて聞いたのは、故草柳大蔵氏(作家・ジャーナリスト)の講演でです。自我の目覚めが遅く、無気力で、中途半端な生き方をする若者の代名詞としての表現でした。

誰かに頼って、自分自身のやりたいことや身に付けなければならないことを、怠るような、アイデンティテイ(立ち位置)のないモラトリアム人間になっては、いけない。などと、思ったものです。

新政権誕生から、まだ、一ヶ月もたっていません。ハネムーン期間。最低三ヶ月は成り行きをじっくり眺めていたい。そんな思いですが。亀井金融相のモラトリアム実施のアドバルーンには、疑問符を付けたいと思います。

理由は、「弱きを助け強きを挫く」のが大臣の政治心情なのでしょうが。果たして、借りた物を返さなくて良い「返済猶予」「支払い猶予」を景気悪化を理由に法制化して良いものか?

そもそも、新政権が掲げたマニフェスト(政権公約)は、前政権とは違う哲学を持って推進する役目を担っています。そのマニフェストに「モラトリアム」の思想が入っていたでしょうか。

そりゃ、この不況は、「百年に一度と言われる未曾有の大不況」って言われるくらい大変です。とりわけ、地方、中小企業は、立ちゆかない状況です。だからと、言って、「借りた物を返さなくても良い」そんな法律を作って、救済するのが良いかと言えば、それは愚策としか思えません。

知恵を出せば、金融機関に負担を押し付けるのではなく、政府として、やれることは何通りも方法があると思う。例えば保証協会の活用とか。少なくとも、民主党のマニフエストには、こんな金融政策はなかった気がします。

こんな思い付きの愚策で、金融機関の弱体化を招けば、それこそ、日本経済は壊滅的な状態になります。最近は、「一律に借金を帳消しにするとは言っていない」と当初よりトーンを下げていますが・・・。

その大法螺を吹いて、修正する手法こそ、古い政治家です。私にはどうも馴染めません。連立とは哲学の違う政党が政権を担うのですから、このような事態は起こるのでしょうが、果たして、連立に意味があるのか心配です。

何となくですが。故草柳大蔵氏のいうところの「アイデンティティ」が確立されていないモラトリアム人間と借金の返済を猶予するモラトリアムと、どこか、「人間の根源(哲学)」にかかわる共通点があるのではないかと思うのですが・・・・・・・・・・。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月09日 06:55 | コメント (0)


よい服を世界へ

2009年10月08日

繊維・アパレル産業の再興なるか?

凄い広告だと思いませんか。日本経済新聞の題字付き別刷り、三面見開きの豪快な「ユニクロ」の広告です。秋から冬へ。衣替えの時期に、ざん新なファッションを紹介する「的を得た」広告戦略です。

さすが、ユニクロだとびっくりです。が、ユニクロでびっくりしたのは、10月号の文藝春秋。同志社の浜矩子教授の、誰でもわかる経済学「ユニクロ栄えて国滅ぶ」の論文です。

中身を読んでみますと、破壊的な価格による安売り競争は、ライバルが倒れるまで消耗戦を続けると、企業の利益は減り、労働者の賃金は下がる。結果的にはハイパーデフレを招き、「共食い・共倒れ」の社会になる。その象徴がユニクロ。

なぜそうなるか。それは「市場原理主義」によるもの?。その結果陥っている「自分さえ良ければ病」が世界に蔓延。その対策に保護主義と経済統制が進行している。が、それも行き過ぎると、再びバブル経済の再生を招くことになる。

ではどうすればよいのか。必要な新陳代謝を促しつつも、だが、それによる連鎖的な経済への打撃を食い止める、そんな政策を各国の政府は懸命に錬るべき。と解説しています。

が、私が頭が悪いせいなんでしょうが?経済の収縮の原因が、市場原理主義にあるのも、統制経済が「自分さえ良ければ病」の結果である。との分析は論理の飛躍。あまりにも観念的で意味が解らない?

ましてや、良いものを安く売る、その究極の努力をする「ユニクロ」が、ハイパーデフレを招く諸悪の根源だとするのも、編集者の意図なんだろうが。悪いものを安く売るなら問題だが、ファッション性があって、素材が良くて、価格が安い。そんな商品を作るのだから売れる。それを「国家が滅ぶ」と揶揄するのは、論理の飛躍。

経済学とは、難しいものだが、経済学者が企業経営を成功させたり、国家の中枢で社会変革に貢献した例がないのも、また事実。経済学者の書いたものなど、ほどほどに読めば良いのだが。

広告によると、ユニクロは、いよいよ、本格的に世界に打って出るらしい。

かつて、日本の基幹産業であった繊維産業。日米繊維摩擦以降、長年にわたり厳しい時代が続いた。とくに、アパレル業界は、逆風にさらされてきた。

それが、純日本企業のユニクロが、品質と価格以外に、ファッションも加味して、世界に羽ばたくと言うのだから、嬉しいじゃないか。 他社も負けずに追従して欲しいものです。  
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本当によい服を、世界中の人々へ。

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10/2日本経済新聞 広告特集

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月08日 06:08 | コメント (0)


月の光

2009年10月07日

大自然は大きな財産・・・・。

「君、月を観たかね。月は太陽とは違う、得もいわれぬ情緒があるねー」[月の趣に改めて感じ入ってるよ」とは、米寿を過ぎて尚、意気軒昂。岐阜を代表する指導者に、久しぶりに謦咳の機会を得た折の弁。

3日は中秋の名月。中日新聞が、翌日の朝刊一面に幻想的な写真を掲載しましたが(写真参照)、この街に生まれ、この街に育ち、60年も暮らして山と城と月に出会っているのに・・何と幻想的なんでしょうねー。

私も今年は、大先輩に言われるまでもなく、この日を楽しみにしていました。なぜなら、久しぶりに「月を愛でながら」幼友達たちと一献傾けようと思っていたからです。叶いませんでしたが。

岐阜の街。濃尾平野の北端に位置して、街の中心を長良川が流れ、東には金崋山がデンと構え、その頂きには岐阜城が。まさに、大自然に抱かれた土地柄です。

最近、岐阜の街に元気がありません。(どこの地方も同じかも知れませんが)その原因の一つに、行政予算が無いと嘆く声が聞こえます。その結果、何もやらないで済まそうとしている気がします。

果たして、そうでしょうか?私はそうは思いません。

岐阜は、別段、お金をかけなくても、注意深く探せば、天然資源に溢れています。「山城に掛かる月」の景観も、まぎれもなく、この土地の大切な財産です。活かす発想と努力を惜しまなければ、いくらでもあります。

かの大先輩は、戦後一世を風靡した「商都岐阜」。その岐阜を支えた中小企業や商店を組織化。
岐阜人の気概と誇りを育んだ方です。勿論、今もその一線に立っておられますが。

時代は移り変わります。資本を掛け、まったく新しいものを、創造する時代ではなさそうです。
縮む経済、同業者や団体を組織化して、圧力を加える時代でもありません。

大自然に君臨して、万物を支配する強烈な太陽。その太陽には及びも付かないが、一隅を照らすかのような静かな「月の光」。その存在に思いを馳せるのも、この時代には相応しいのかも知れない。

中秋の名月。「月の趣に改めて、感じ入っているよ」と語られ大先輩のことばに・・・・。
旧友と月を愛でながら、酒酌み交わすことができなかったのが残念だったと、雨空を見上げてます。
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10/4中日新聞                   

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月07日 06:24 | コメント (0)


うましうるわし奈良

2009年10月06日

2010年 平常京遷都 1300年・・・・・。

恒例になりましたJLAA(日本地域広告会社協会・56社)秋のブロック会議が始まっています。
9月9日、福岡を皮切りに、この15日の北海道・東北ブロック会議まで全国6ヶ所で開催されます。

会議の目的は、地域で頑張る全ての仲間(会員)との意見交換です。30数社のトップと意見を交わしましたが、さすが、JLAAのメンバー。創意工夫に学ぶことばかり、大いに勉強になってます。

テーマは「果たして、広告業は生き残れるか?」です。厳しいテーマですが、現状の分析、地域事情、新規事業などについて、可能性を求め、真摯な議論を交わしています。

ブロック会議の楽しみの一つ。それは、忌憚のない意見を交わす懇親会と。初めての土地を訪れることです。先週の関西ブロック会議、去年は和歌山でしたが、今年は奈良市。

岐阜から奈良まで意外に近い。名古屋から新幹線で京都。近鉄特急で35分。二時間弱で着きます。

「うましうるわし奈良」(JR東海のコピー)を訪ねるのは、小学校の修学旅行(京都・奈良)以来です。
懇親会の会場が、近鉄奈良駅のホテル。その最上階から眺める山並み。寺院の屋根、五重塔。

たまたま、雨に煙っていたせいもあるのでしょうが、日本の原風景に触れたようで、心が「キュン」となりました。「うるわし奈良」のコピーがぴったり。不思議な気分でした。

「うまし奈良」ですが。私は運がよい。たまたま、会議に向かう同じ電車に関西地区をまとめて頂いている理事さんと乗り合わせ。氏は奈良のご出身。老舗の奈良漬けのお店で昼食を御馳走になりました。

奈良の「うまし」は奈良漬け。と納得しながら店に入りますと、そこは別天地。「時空を超えた、先人達の高い志を感じる」ような装いの造り。頂いたのは和食「山崎屋膳」。一品一品が、吟味された味付。

これぞ「平城京」の味と感嘆しました。(幸運でしょ)

奈良は来年が平城京遷都1300年。年間を通したイベントが行われます。奈良の仲間の腕の見せ所でもあります。持てる力を十二分に発揮し、培われるノウハウをJLAAメンバーに教示願えれば幸いです。

この24日から11月の半ばまで、遷都1300年イベントの前哨戦として、正倉院展(61回目)が開催されるそうです。(読売新聞主催)必見と伺いました。

岐阜から近いことです。先週は会議が主体、鹿も寺院にも触れることができませんでした。
紅葉の季節には。もう一度、「「うましうるわし奈良」を訪ねてみようかなー。
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10/5読売新聞        9/30JLAA関西ブロック会議 奈良にて

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月06日 06:01 | コメント (0)


再チャレンジ

2009年10月05日

岐阜市が変わりそうです。

この世に完璧な人間はいません。人間である以上、どんなに注意を払っても、ミスは憑きものです。
たとえミスを犯しても、悔い改めれば、寛容であるべきです。

私も経営者の端っくれ。仕事で、ある程度のミスが起こることは覚悟しています。ミスにも色々あります。点検を怠ったり、手を抜いたりする不注意によるミスは、厳しく戒めます。

しかし、積極的にチャレンジしてのミスには、被害を被っても、授業料だと諦めます。また、経験や認識不足によって起こるミスについては、若いスタッフの集団です。寛容であらねばと思っています。

と、偉そうに、言うのですが。自分の過去を振り返ってみれば、まさに、ミスの連続。周りの人に迷惑のかけっぱなしです。たとえ社員であっても、人のミスを戒めるなど、おこがましいと、自覚しています。

多分ですが。私がミスを繰り返しても、許されてきたのは、常に前向きに「志」を持って「チャレンジ」精神を貫いてきたからではないかと、思っています。ですから、ミスでも、許されるミスと許されないミスが、あるのが、解るようになりました。

最近、政治の世界に、若者のチャレンジが目立ちます。日本の将来にとって明るいことです。彼らは、経験も乏しく、危なっかしいい面がありますが、「志」の高さには、敬意を表するものがあります。

先頃、来年の一月末に施行される岐阜市長選に、40歳の青年が「岐阜の元気といのち」をスローガンに、立ちあがりましたので、その集会を覘いてきました。

彼は、03年の総選挙に民主党から出馬落選。選挙違反に問われました。34歳のときです。「電話戦術」を手伝ってくれる支援者に、アルバイト料を払おうとした。厄介な公職選挙法、その認識を誤った実に単純なミスです。

集会では、そのミスを心の底から詫び、深々と頭を下げ、集まった聴衆から、温かな拍手が送られました。岐阜をこよなく愛する私としては、停滞するこの街を変えようと「志」の高い若者の、その素直な姿勢に、心打たれました。

多分、300名近くの岐阜市民も、同じ気持ちで、青年を許したと思います。

ミスを悔い改め、再チャレンジする青年を許す。その寛容さが、この街にあることに、救いを感じたと同時に、若い力で、街の元気を取り戻して欲しいと願う次第です。

どうも、岐阜市が変わりそうです。              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年10月05日 06:22 | コメント (0)


飛球無心

2009年10月04日

16年五輪、リオ大会決定を祝す。

先月18日。7ヶ月ぶりに、ブラジルの「ブロ友」(ブログでお付き合い頂けるようになった友達)が来岐。日本女子プロゴルフ選手権会場となった岐阜関カントリー倶楽部で楽しいひと時を過ごしました。

たかがゴルフですが、スポーツはいいですね。「飛球無心」。ブラジルの事情を伺いながら、旧交を深めることができました。先月末にはブラジルに帰られるとのことでした。無事に戻られたと拝察しています。

リオネジャネイロにオリンピック開催が決定。ブラジルは陽気な国民性。国を挙げて湧き上がっているのではないかと想像できます。心よりお祝い申し上げます。彼曰く「リオには治安の悪い10万人を超すスラム街がある。」「果たして、無事に開催できるか心配な面がある」と。

この決定。東京の落選は残念でしたが、南米にオリンピックを!!のスローガンには、大いに納得でした。64年の東京は日本を近代国家に押し上げました。88年のソウルもそうです。韓国がオリンピックを契機に変わりました。

オバマ大統領誕生の下地も、96年のアトランタ五輪にあったのではないかと思っています。黒人解放の偉大な指導者故キング牧師の生家前をマラソンが走りました。(私はソウル、バルセロナ、アトランタと幸運にもオリンピックを三度見学できました)

リオ大会が、ブラジルのみならず南アメリカ大陸全体の近代化と発展に寄与するならば、シカゴよりも、東京よりも、マドリードよりも価値のある決定だった、と。少なくとも、オバマ大統領と鳩山首相とサラマンチ前IOC会長は思っているのではないか。そんな気がします。

「スポーツに政治を持ち込むな」そんな、古典的なスポーツ神聖論もありますが、オリンピックの歴史が示すように、スポーツは政治に翻弄されています。

でも、政治や商業主義にいかに翻弄されても、スポーツは不偏です。ましてや、「飛球無心」。何処へ行くやら分からないゴルフボールを童心に帰って追い求める、ブラジルのブロ友と私の友情も不変です。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月04日 06:45 | コメント (2)


就職戦線解禁

2009年10月03日

トヨタが、期間工の採用数を当初予定800名から、一気に倍の1600名に増やしました。
吉報です。この地区に活況が戻る兆しであってほしいと、心から願っています。

1日の新聞各紙、一斉に就職戦線オープンの広告が掲載されました。とりわけ、朝日のマイナビ×朝日新聞は圧巻で、見開き108社、QRコード付きで名だたる企業が一挙掲載。力が入っています。

新聞の求人は効果が薄いと、あまり評判は宜しくないのですが、ネット(モバイル)とのコラボで、レスポンスを高めたいとの工夫。ネットを除いての求人広告はありえない時代趨勢の証明です。

今年の就職戦線をどのように分析するかは、リクルート社などの見解を読んで頂けば良いのですが。
大手企業の約半数が、昨年より採用数を減らす。その内10%は採用中止。厳しさが伝わります。

いくら、解禁となっても、地方の企業や中小の企業にとっては、悩ましい季節です。
この不況下では、1年半先の見通しを立てるのは、なかなか困難。簡単に求人とはいかない。

どの経営者も、「企業は人なり」をよく理解しています。買い手市場のこの時期に、よりよい人材が採れるのではと、期待も膨らみます。しかし・・・・・・・・思い切るには・・・・・。そんな状態だと思います。

私は「企業とは雇用である」と考えています。解禁に合わせてとは行きませんが。将来への投資を怠るわけにはいきません。景気に左右される広告業界。難しい状況にありますが。採用を始めます。

時代は地方重視、地方主権です。故郷を愛し、故郷のために。つまりは地方、地域のために広告の仕事、地域密着型の生活情報誌を通じて貢献したい。そんな我社に、ぜひ、応募して下さい。

お待ちしております。

それにしても、就職戦線解禁、一年半前とは「ちょっと」早すぎませんか・・・・。
あまりにも、大企業中心的ですね。                 Goto

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10/1朝日新聞                                           10/1日本経済新聞


投稿者: 後藤 日時: 2009年10月03日 05:53 | コメント (2)


ことによき里

2009年10月02日

「なぜ」についてにの若干の考察・・・・

どこで、どうなったのか?誰もが記憶にあることの一つに、「子供は、分らないことがあると、無邪気に、なぜ、なぜ、なぜ」と何でも、何度も、なぜと聞くものです。それが・・・大人になると・・さっぱり聞かない

我が家の珍客1歳5ヶ月になろうとする「孫娘」。彼女が、本を読み聞かせる内に、「これは?これは?」を「こでは?こでは?」と「れ」の発言ができず、指としどろもどろの言葉で問うていたが。

このところ、「なに?なに?」と質問するようになった。もう半年もすると物事に「なんで?なんで?」と「なぜ」を繰り返し、大人を質問責めにするのではないかと思う。

その芽を摘ままないように、大人になっても、「なぜ」と聞ける素直な人間に育って欲しいと願う。

我社の三重県松阪市で発行する生活情報誌「ふぁみんぐ」(55050部)がこの10月号で、創刊一周年を迎えることができました。関係各位に心より感謝いたします。

その巻頭特集(写真参照)は、故郷・松坂(松坂から松阪に表記が変わったのは明治22年)を「ことによき里」とこよなく愛した偉人「本居宣長」記念館の紹介です。

記事は、編集部の力作。ぜひ、参照写真で一読頂ければ幸いです。記事によりますと、宣長は「19歳でバーチャルな街を作りあげる才があり、それを母親が認め、商人の道をあきらめ医者に」したそうです。

記念館の館長は「宣長は一生を賭けて古事記や源氏物語を研究したが、その源泉は、日々の生活の中で疑問を感じたこと、{なぜ}を解明せざるにはいられない生き方にあった」からではと。

私のような凡人。どこでどうなったのか?子供の頃は、たぶんですが。「なに?なぜ、なぜ?」と孫娘のように質問を連発していたと、思うのですが?

今では、どこかで「なぜ」を捨ててしまったらしい。たぶん、そのどこかは、「恥ずかしい」とか「面子(めんつ)」とか。嫌な大人が身にまとう鎧(よろい)のせいかもしれない。たぶん、それだ。

同号には、資料館の案内の他に、市民の「なぜ」を摘ままないで、一緒に考えたいと語る。
30代の若きリーダー、山中光茂市長のインタビューも掲載されています。

我社の生活情報誌のコンセプトは「地域密着」と、そして、「ことによき里」を読者の「なぜ」に応えながら作ることです。今後とも「ふぁみんぐ」宜しくお願い致します。一周年に感謝して。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月02日 07:06 | コメント (2)


哲学と理念

2009年10月01日

子どもは国の宝なり・・・・・・

政治向きの話も如何なものかと、自分で思いつつも、世の中で名を成し、功を遂げた人でも、政権交代の意味が、今だに分らない、不勉強な人がいるので、ついつい、一言述べたいと思います。

日経新聞、スポーツ欄「チェンジアップ」に毎週木曜日、元に西鉄ライオンズの内野手、豊田泰光さんが、コラムを書いています。毎週読ませて頂きますが、蘊蓄があり、勉強させてもらってます。

先々週になるでしょうか。{才能伸ばした「寛容さ」}と題した一文が載っていました。そこに、水戸商時代、恩師の「特待」のお陰で、授業をサボって「野球」に打ち込むことができた。

その恩師を始め学校側の「寛容」さで「甲子園」行きの切符を掴むことができたと。そして、政権が代わって、公立高校の授業料が無償化されるなら、その恩恵にあずかる生徒は、それなりの責任が生じるのだとの自覚をして欲しいと。結んでいます。

民主党の高校の授業料無料化や子育て支援手当政策について、教育界からこんな批判をする人がいます。年収1000万以上の収入がある人にも、支給するのはおかしい。弱者救済のハズだと。

そんな人を、政権交代の意味が解らない、不勉強な人だと言いたい。なぜなら、授業料を滞納する生徒が多い。子育てにはお金が掛かる。その補償をするのだから、この政策は、社会保障的な福祉政策だと思っているからです。

それは間違いです。この政策は、「子どもはこの国の宝」。子供を健全に育てるための補償は、国の責務であるとの「哲学」に基づいているのです。ですから、福祉政策ではない。だから、親の収入には関係ない。

と、私は思っています。もしも、万が一。高額所得者の「子育て手当支給」を廃止するとの世論の声に押されて、方針を変えることになれば、哲学無き政治は滅ぶ。政権交代の意味が無くなると思います。

政治には「哲学」が必要です。教育には「理念」が必要です。豊田さんの時代の「古き良き高校」教育には「寛容」という、理念があったんですね。素晴らしいです。

公立高校の教師は、国の子供に対する哲学をよく理解して、高い教育理念を掲げて欲しいものです。
生徒は、血税から補償を受けるのですから、その恩恵に応えて欲しいものです。勿論、手当を受けるおとうさんもおかあさんもです。

政権交代とは、哲学が変わることだと理解するには、もう少し時間がかかるのでしょうかねー。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年10月01日 06:13 | コメント (5)