2009年11月

電子新聞

2009年11月30日

パソコンの画面上で記事と広告はなじむのか?

さー。さー。いよいよ、新聞の電子化が本格的になってきました。
どうするか?じっくり考えねばなりません。

日本経済新聞社(日経)が来春に従来の新聞とは違う電子新聞を創刊すると発表しました。
新聞業界も転換期に入ったと言えます。

今でも、インターネットを開くと、新聞記事が載っていますが、それは無料で提供されています。
しかし、日経が創刊する電子新聞は、有料です。

仕組みは、英国のフィナンシャル・タイムズ(FT)に倣い、記事内容の質を変えることによって、読者を無料読者(従来と同じ)と登録会員(無料)と有料読者の三種類にわけるようです。

日経の解説では、特ダネや独自ニュースを24時間発信、速報性のあるものにする。朝刊、夕刊が新聞紙面の形で読めるようになる。携帯電話でも利用できるなど様々な機能が併設されると、利便性をうたっています。

当分は紙(新聞)と併用(セット販売)ですが、将来は紙がなくなる想定で電子化を進めるようです。

時代の趨勢はネット社会。理想の「電子新聞」を世界有力紙も模索していますが、現実は購読部数の減少、広告単価の下落など従来のビジネスモデル崩壊のスピードに、電子化が追いつかない状況にあります。

日経は、経済専門誌です。その特徴を生かせば、記事の質を変えることができます。しかし、一般紙(朝日とか読売)のニュースに、果たして、有料化が可能かどうか?疑問の残るところです。

広告の観点から見ると、紙での記事と広告はなじみが良かったのですが、ネット上の記事と広告がなじむかどうか?パソコンの画面に広告の窓を作って、記事のついでに広告を見せたり、読ませたりする発想は、従来型の新聞ビジネスモデルの延長でしかありません。

折角、新聞が電子化されるのですから、広告掲載(こう呼ぶのが正しいかどうか分りませんが)の有様も、記事は記事、広告は広告と明確に区分するなど根本から考え直す必要があろと思います。

新聞の将来に不安を持つ一人として、日経新聞が試みる電子新聞の成行きを注視したいと思います。                                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月30日 06:38 | コメント (0)


幸せの新聞

2009年11月29日

連日報道される、暗いニュースや重い話題に、へきへきしてませんか?別段、理想主義者でもユートピア待望論者でもありませんが、明るいニュースしか載せない。こんな新聞に心が和みます。

この新聞。毎週日曜日の発行。401号ですから7年以上も続いています。皮肉ってはいけませんが発行元は、嫌なニュース(現実だから仕方がないのですが)の掲載が多い読売新聞社です。(勿論、他の日刊紙も同様)

題字は「幸せの新聞」(四つ葉のクローバーがシンボルマーク)。
悲しいニュースは一行も載せないのが特徴です。罪滅ぼしの積りじゃなさそうですが。

月に一度とは言いません。一年に一日でよい。その日の新聞は全ての紙面が「幸せ」に溢れている。そんな新聞は出来ないだろうか?編集者は不幸なニュースを載せるより、よほど大変だと思いますが。

しかし、そんな楽しい新聞はない。そうなれば、新聞離れの読者も戻ってくるかも知れませんよ。

我社が発行する生活情報誌「さるぼぼ倶楽部」(飛騨高山地域・52000部)の読者クラブには、毎号読者の便りから「心に残るとっておきの言葉」が掲載されています。

私の飛騨高山の友人は「さるぼぼ倶楽部が届くと、まず最初に{心に残るとっておきの言葉}から読むよ」と言ってくれます。先月号から二題紹介します。

「歳をとっていくことから逃げてはいけない。限界は自分で引いた、いい加減な線なんだから、先に進むことを止めてはいけないよ。20年ほど前、スポーツインストラクターから聞きました。」高山市花岡町 Iさん(46歳)

「見えないモノは見えない!!見えるモノだけ信じれば良い」彼と遠距離恋愛になってしまい、毎日不安で淋しいと泣いていた日々に、友達がかけてくれた人ことです。そのおかげで彼とラブラブです。岩手県盛岡市 Tさん(24歳)「岩手県から葉書を頂くんです。彼が高山の人だそうです) 

このコーナーは大好評です。
これこそ、ユートピアの世界なのかもしれませんね。                Goto

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ガリ版刷り「日刊十三次」   当社発行「さるぼぼ倶楽部」10月号
                   左ページ中段:心に残るとっておきの言葉

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月29日 06:43 | コメント (0)


宝モノ

2009年11月28日

仕分けの次は、再発見、再活用。

景気が悪くなると、新しい事業に投資するのが難しくなる。ましてや、仕分けと称して、国の事業を再点検、廃止だ、見直しだと、連日報道されると、本当に無駄が多かったんだなぁと思うのと同時に・・・・・。

新政権が新年度の予算編成をするには、どうしても通らなければならない関門なんだとは、解るのだが。どうも、経済のデフレ状態と相俟って、マインドが後ろ向きになっていけない。

早めに、未来が展望できる「国家戦略」(宝モノ)を示して欲しいものです。

国の方向が定まらないのに(実はマニフェストで示されているのだが)、地方や企業が先行して、新規事業に取り組むのは益々難しい。が、そんな、お上任せではいけない。

地方は地方なりに、地域の未来を見据え、新たな手を打たねば、それこそ、沈没してしまう。
私の持論だが、お金が無くて新規事業ができない場合は、あるモノを再発見、再活用するしかない。

ましてや、この国には2千有余年の歴史と文化、それに、四季折々の自然がある。それらを、徹底的に総点検(仕分け)すれば、そこには必ず素晴らしい「宝モノ」がみつかるハズです。

我社が発行する生活情報誌「GIFUTO」(岐阜市内・16万5千部)の12月号。巻頭特集で岐阜市民の意識から、少し、遠いところにあった、岐阜市の「宝モノ」を紹介しています。

岐阜市立(公立)の岐阜薬科大学です。岐薬大は、昭和7年創立。77年の歴史を有し、1万2千名の卒業生を排出。全国の薬科系大学に先駆け東大、京大とともに大学院を設置。日本初の大学付属薬局も開設するなど、常に薬学界をリードしています。

ただ、県外の学生が多かったのと、学舎が市の中心部から、北部山間部へ移転して、40年。何となく山陰に隠れた感じで、市民の目に触れる機会が少なく、関心が薄れていた。

特集では、岐薬大設立の経緯が詳しく書かれています。是非お読み頂きたい(写真参照)。時の市長の熱い思い。それに応えた素封家。更には、議会と関係者の惜しみない協力が綴られています。

世の中は、高齢社会。社会保障、とりわけ医学、薬学の医療分野は、とても重要。77年にわたり、育まれてきた岐薬大は、まさに、時代が要請する分野。

決して新しい事業じゃないが。あるモノを再発見しただけだが。この岐薬大を知の宝庫として、産業と結び付ければ、岐阜市活性の起爆剤になるかもしれない。

そうなれば、地域密着型の生活情報誌の役割もあるというものです。
岐阜市の未来が展望できる「宝モノ」の話ですが、全国的な方向かも知れません。                                                             Goto

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当社発行「GiFUTO 12月号」 巻頭特集:岐阜薬科大学

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月28日 06:32 | コメント (0)


真の科学者

2009年11月27日

波紋が巻き起こることは良いことだ・・・・・・。

文系の私としては、とても縁遠い人種である理系の学者。その大家(ノーベル賞受賞者)5名が雁首そろえて、予算の無駄を洗い流す行政刷新会議の「事業仕分け」に注文を付けた。

注文の中身は「知の積み上げが、中断されると、人材が枯渇し、取り返しのつかない事態に陥る。科学技術立国とは逆の方向」だと、いささか、感情的に決めつけている。

私の感覚では、理系の人は物事を感情抜きで、合理的に、いや、冷静に考えることができる人。ましてや、ノーベル賞まで受賞した人たちなら、社会に対してもじっくり物事を考えることができると思っていたのに、以外と、感情をむき出しにするのものだと、驚いている。

彼らの主張はおかしい。いや、世の中がよく理解できていないのか?それとも、研究費が削減されると勘違いしたのか?学界の頂点に立ち、やっと掴んだ地位と名誉を侵害される怒りなのか?私には、なぜ、緊急会見まで開いて、怒りをあらわにするのか?全く理解できない。

とにかく、日本のノーベル賞受賞者の社会常識の無さに呆れている。

私は彼らに問いたい。まず、なぜ事業仕分けが行われていると思うのか?800兆円を超す借金を抱える、この国の財政事情をどのように考えているのか?と。

それに、なぜ、新政権が知の集積継続を中断すると、考えるのか?科学技術立国と逆な方向にこの国が進んでると、言いきれるのか?前政権はどうだったのか?そんな政治家がいたら、いや、そんな政党が、先進国にあるなら教えて欲しい?あまりにも表面的、短絡的な決め付けではないか。

科学を志す人材が枯渇すれば、取り返しのつかない事態になるとの認識だが、科学者である反面、教育者でもある各位の、教育者としての責任は、ないのか?解消のための提案はないのか?

私の認識では、科学者とは革新的でなければ、科学者ではない。彼らのヒステリックな声明の底流には保守的、保身的な姿が見え隠れする。この仕分け、若い科学者たちはどう思っているのだろうか?

たぶん。硬直した科学立国論をぶち壊す良い機会だと、喜んでいるのではないだろうか。鳩山首相の「受賞者の皆さんの、お気持ちが奈辺にあるのか聞いてみたい」とのコメント。私も同じ気分だ。

「真の科学者」は、政治の波紋などに右往左往しないものなんだが・・・・・。
                                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月27日 06:16 | コメント (1)


復活

2009年11月26日

もうひと踏ん張り、ふた踏ん張り・・・・・・。

最近はすっかりご無沙汰になった岐阜の歓楽街「柳ヶ瀬」。「常連だったお前が、帰宅部(仕事が終わり、まっすぐに家に帰る)では・・・」と悪友に誘われて、久しぶりに夜の歓楽街へ繰り出したが。

一足早い忘年会でもないのだが・・・・・・・・。

そこには確かに街はある。しかし、様変わりとは・・・・・。あの路地を入ると。「チジミ」でマッコりーを飲ませてくれた元気のよいアジマのいる店が・・・・ない。5人も座ればカウンターは満杯。

ドラゴンズの大ファンで、往年の名選手の色紙が自慢のおでん屋がない。「よぅ!」と声を掛けのれんをくぐると「ごちゃん元気だった」と笑顔が嬉しいお茶漬け屋の女将がいない。

電気の灯らぬ看板。点滅を繰り返す蛍光灯。パタパタと通り風に煽られる閉店の張り紙。柳ヶ瀬の裏町横丁の賑わいなど、僅か5,6年の間に、変貌してしまった。

街はある。たしかに。でも、空虚な街があるだけ。そこには人がいない。あのすえた臭いもない。
あの柳ヶ瀬はどこへ行ったのだ・・・・?裏寂れた柳ヶ瀬の露地の角に立ち・・・・・。

俺の姿も、ひょっとしたら、エネルギーを失ったこの街のように、黄昏ているんじゃないか?
ふと、そう思った時。「冗談じゃねぇ!!」もうひと踏ん張り、ふた踏ん張りして、この街を復活させるぜ。

そして、男の香りを漂わせ、「よぉ!」って、復活したこの街を闊歩してやるさ・・・格好よく・・。
あまりの、寂(さび)れように。おもわず、裕次郎になりました。             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月26日 07:03 | コメント (0)


ツイッター

2009年11月25日

ブログを超えたネット社会の新しい媒体・・・・・・。

このブログも800回になろうとしています。「お前のブログは長すぎる」「ブログじゃなくて、コメントじゃないか」とか「コラム」的だとか。何かとご批判を受けるようになりました。何事も、続けるもんですね。

ネットと申しますか、ITの移り変わりは激しく、ブログも一時の勢いはなく、ブームは去ったと言われています。が、私は「お気に入り」に10名ほどの方が入っていて、同世代の「独り言」を毎日楽しんでます。

不思議なもので、私のような、時代遅れのおっさんが、楽しむようになると、大概、ブームは去って行くようで、ブログ熱は下火です。では、今のブームはと・・・申しますと、「ツイッター」だそうです。

なんだそれ?って感じなんですが。140文字の「つぶやき」をネット上で交換する、新しい交流手段「ブログ」の簡易版でしょうか。「ぼやき」なら74歳の野村前楽天監督なのだが・・・・。

いま起きたこと、いま感じたことが読める「ツイッター」は「人のぬくもりが感じられる」新ツール。とは日経の春秋欄。文字数が少ないので、携帯でも気軽にやり取りができる。

要は、井戸端会議、床屋談義、銭湯での会話など世間話をネット上で交流する、新しいコミュニケーションツール。米国発で日本からの利用者も200万人を超えたそうです。

広告の仕事に携わる者としては、どんなコミュニケーションツールも立派な媒体。「ツイッター」が新手の媒体に育つのかどうか?注意深く見守りたい・・・。

今更、ブログからツイッターに変更するのも億劫。新しいものの研究・調査は若い人に任せ、何かと批判の多い、長ったらしい「ブログ」ですが、1000回を目標に、書き留めたいと思っています。

面倒でも、しばし、時代遅れのおっさんにお付き合いを願います。             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月25日 06:52 | コメント (1)


広告は科学

2009年11月24日

広告費の削減は経済の収縮に繋がる。

景気が悪化すると、経費を削減しなければならない。普段から無駄遣いできるような余裕があれば良いのだが、普通の企業や家庭では、つつましく生きているのだから、経費を削減するといっても・・・・・。

しかし、でも、減収になれば、支出を削らねば成り立たない。で、どこから手を付けるかと言えば、大概、削減順序は決まっている。普通の企業では、まずトップや幹部の報酬、そして一般経費に切り込んで行く。

その際。なぜかしら、広告宣伝費が最初にやり玉に挙がる。広告会社としては辛いところだ。その結果が、昨対での総広告費20%削減である。二割削減して、経済効果が変わらないはずはない。

あまり語られないが、デフレ状態が続く要因の一つに、広告情報の減少が原因であるのは間違いない。なぜ、経費削減の最初に広告費か?理由は簡単。広告効果(レスポンス)が数値化されていないからである。

広告には常に「イメージ」という曖昧なものが付きまとう。人間の感情とか感性に触れるもの。これを数値化するのは難しい。だから、数値化しなくてもよい。との風潮が、業界ではまかり通っている?

私は、その理屈に組みしない。曖昧さを残してはいけないと思う。この曖昧さに妥協してしまうと、不況になるたびに、広告費は経費削減の「いの一番」にされてしまう。

この長引くであろう不況。切り詰められる広告宣伝費。業界には更なる逆風が吹き荒れるだろうが、逆境だからこそ、原点に立ち返り、効果のない広告は価値がないのだとの認識を持つべきだ。

そして、費用対効果を数値化する努力をすべきだ。私の敬愛する友人(JLAAの仲間)は「広告は科学」だ言う。私もその通りだと思う。

今からでも、遅くはない、広告を科学と捉えて、企業が存続する上で必要不可欠な経費が広告宣伝費であることを、勇気を持って証明しようではないか。

お陰さまで、我社の生活情報誌・19エリア・103万部(全戸配布)は、掲載効果は抜群で、企画の内容。スペースのサイズ。価格いずれをとっても、費用対効果が明確だと、スポンサーに認知頂いている。
                                                     Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月24日 06:34 | コメント (0)


新嘗祭

2009年11月23日

仕事選択に我欲が強すぎないか??それが心配です。

今日は何の日。改めて、カレンダーを見ました。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝し合う」勤労感謝の日です。

20日の朝日新聞。来春卒業予定の大卒就職内定率が大幅悪化と報じています。大学が62,5%。短大29,0%。文科省、厚労省の調査以来最大だそうです。

地方では、新卒の求人もさることながら、中途採用も(我社も生活情報誌に求人コーナーを設け、求人紙を発行して就職案内を続けていますが)雇用の現場は目を覆うものがあります。

学生の就職活動が本当に、厳しい環境にあるのが解ります。勤労感謝の日に就職難を話題にしなければならないのは、さびしい限りです。

政府もデフレ経済に陥っていると発表。国会も足の引っ張り合いはほどほどにして。早急に景気対策の手を打つべきです。マスコミも、新政権(60日)の揚げ足ばかり取ってないで、本気で景気対策の後押しをすべきです。

国民の喫緊の課題は、働く場「雇用」を確保することにあります。それには、インフレに舵を切るしかありません。それなのに「経済は回復基調にある」なんて、とぼけたこと言ってるに日銀。誰か強烈に尻を叩いて欲しいものです。

勤労感謝の日は、そもそも新嘗祭から来ています。新嘗祭とは、五穀豊穣を感謝し天神地に祈る神事(天皇が執り行われます)です。最近、お腹いっぱい食物を頂ける事がおざなりになっています。

まずは、毎日食事がいただけることに感謝する。そして、天の恵みを育んでくれた農業従事者に、加工し流通し手元まで届けてくれた人に、感謝する。その心があれば、如何なる仕事にも感謝できると思います。

大学生の働き口がないのは現実でしょうが。しかし、私の見るところでは、仕事に、自分の欲望やわがままが入りすぎてはいないでしょうか?働くということはもっと、謙虚で神聖なものだと思います。

それにしても、デフレを解消、景気を回復して、雇用の場を確保するのは為政者の重要な仕事だと思うのですが・・・・・。
                                             Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月23日 08:24 | コメント (0)


仕分け

2009年11月22日

ウェブ中継、回線がパンクしたらしい・・・・・・・。

日曜の朝。予定がなければ、フジテレビの報道2001とNHKの日曜討論、それに朝日テレビの田原総一郎さんのサンデープロジェクトを見る。見れない場合は、ビデオに収め、日を変え見ることにしている。

ビデオは、実に便利が良い。見たいところ以外はスキップすれば良いにだから。しかし、広告会社としては、困ったもので、CMをスキップされては、身も蓋もない。

私的には、少しうるさいかもしれないが、ビデオで見る人を狙って、画面の右下あたりに、提供スポンサーのクレジットを入れるぐらいは許されるにではないかと思うが・・・・。簡単ではなさそう。

いやいや、ビデオの話ではない。報道番組の話。今日の話題の中心は、先週一番マスコミをにぎわした「事業仕分け」になるのだろうが、内容が上滑りしなければ良いがと思う。

なぜなら、仕分けは今週、後半戦が行われるのだから、全体像が見えていない。それを、途中でコメントしても、意味がないからだ。意味がないが、日曜日の朝は報道番組を流さねばならないからやる。仕方がないと言えば仕方がないのだが、無駄だ。

この仕分け。私の理解では、50年間続いた自民党政権の政策を総点検するものであって、民主党のマニフェスト実現のための予算をひねり出すものではない。そこの理解が薄い。

政権が代わるということは、それ以前の政策や仕組みが見直されること。つまり自民党政権のしがらみを断ち切ること。それがなければ、政権交代の意味がない。

それを理解せずに、「短時間の結論は乱暴だ」とか「廃止、見直しの結論ありきはおかしい」という筋合いのものではない。新政権が次年度の予算を組む上で、前政権の予算の精査なしでは作れないではないか。

したり顔の識者(コメンテーター)は事業仕分けを毎年やるべきだと言うが、それも、間違いだと思う。本来、国会の場でやるべきことだ。政権が組んだ予算を吟味するのは野党の仕事。仕分けは今回限りにすべきである。

この事業仕分け。インターネットで生中継された。そのアクセスが許容量を超え、回線が何度も繋がらなくなったそうだ。私の率直な感想だが・・・・。明日、じっくりとビデオで番組を見たいと思うが・・・・。

報道番組。仕分けの本来の意味を正しく理解して番組を組み立てないと、国民の支持を失うと思う。国民は「批判のための批判」あるいは「ピンとのぼけた批判」では、報道番組を見なくなってしまうのが心配だ。                                              Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月22日 06:53 | コメント (0)


ことん

2009年11月21日

いがみ合っても、反発してても・・・・・触れ合っていれば・・絆ではないでしょうか?

このところの寒波襲来で、飛騨地方では雪が舞い。美濃地方にもみぞれが降りました。いよいよ冬本番です。私の目覚めは、新聞受けに新聞が投げ込まれる「ことん」と、走り去るバイクの音です。

5時少し前です。寒くなりました。「毎日ごくろうさまです」と感謝しながら、起きます。

この程。09年度 新聞広告クリエーティブコンテスト(日本新聞協会主催)の結果が発表されました。このコンテストは若いクリエーターに新聞広告の可能性を広げるような独創的で、斬新な作品を作って欲しいとの趣旨で実施されています。

09年度のテーマは殺伐とした世相を反映して「絆(きずな)」。入賞作品(写真参照)をじっくり見てみますと、どれも心がホンワリと温かくなってきます。

新聞広告の特徴は、何度も、何度も眺め、読み返すことができることです。受賞作を見ての私の感想は、新聞広告はデザインや構図も大切だが、コピーが決め手だとの印象です。

テーマがそうさせるのかもそれない。選者の思いもそこにあるのかも知れないが、どのコピーにも優しさが滲んでいる。「絆」=優しさ、あるいはふんわりとした温かさなんだろうが・・・・・・。

果たしてそうだろうか?遠くに暮らす「家族や友人」を思い、「一人で生きているのではない」と、訴えるだけでは・・・・。たとえ、反発し、いがみ合って暮らしていても、ふれ合いがあれば絆はあるのではないでしょうか?

と、思うと、1465作品が応募されたようだが、優しさと温かさだけが入選の基準になった気がするのは、選者のクリエイティブ力(独創的で斬新さ)が問われるところかも知れない。

私は、コピー賞を受賞した「となりのおじいさんの新聞受けは、ちゃんと今日も空でした」と、目覚まし変りの我が家の新聞受けに「ことん」と、落ちる新聞の音とがダブって、この作品に心打たれました。

来年は、我社のクリエイティヴ部門が、このコンテストに出品して欲しいと思う。
そして、願わくば、入賞作品に名を連ねてくれれば、嬉しいのだが・・・・・・。                                                            Goto

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11/18中日新聞夕刊

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月21日 07:14 | コメント (0)


稚拙

2009年11月20日

18歳の国民的人気者と証券取引所・・・・・・・・。

東京証券取引所が今年の大納会で、プロゴルファーの石川遼(18歳)選手に、打鐘してもらうと発表した。何事にも噛み付くようで、恐縮だが・・・・・・。この人選、果たして妥当なんだろうか?疑問だ。

彼は、100年に一度と言われる逸材。ゴルフ界の天才だと言われている。このまま伸びてくれれば、米国の賞金王やマスターズを制するかも知れない。

インタビューの受け答えなど、とても18歳には思えない。同世代は元より、ゴルフをやらない世のお父さんやお母さんからも絶大な人気がある。

国民のだれもが好感を持ち、彼の活躍に称賛を送ってやまない。いまや、国民的英雄。スーパーヒーローである。彼の人気と実力に目を付けた企業が、こぞってCMに使いたがるのも分かる。

だからと言いて、何に使ってもよいのだろうか?取引所は「新人時代から活躍した石川選手のように、東京市場にも新しい企業にどんどん来てもらいたい」と述べている。

新人を誘致するのは良いが、新人の中にベンチャー企業が入るのかどうかはわからないが?ベンチャーには至って門戸の狭い東証。石川君は不言実行。東証も有言するならば、実行願いたいものだ。

で、私が噛み付くのは、大納会といえば、一年間、株に神経をすり減らした投資家達の悲喜交々を納める日。果たして、「お金の切った張った」を治める日に、いくら国民的に人気があるからと言って、18歳の高校生を、打鐘に使うのは如何なものか・・・・・・。

東証も焼きが回ったという他ない。新星遼君が穢れるような気がする。商いが少なかったから、若い人に投資を勧める積りなのか?それとも、取引低迷の責任を、人気絶頂の18歳で清めたいのか?

なぜ、大納会が石川遼君なのか?私にはさっぱり分らない?日本経済の景気低迷に証券取引所がこの発想では「貧すれば鈍す」としか・・・・・・・。あまりにも稚拙と言わねばなるまい。

が、ヘボゴルファーとしては、遼選手の活躍には大いに期待したい・・・・・・・・・・・・・・・・・・。  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月20日 07:07 | コメント (0)


オバマとオバナ

2009年11月19日

我らがドラゴンズに手ごわい相手が現れた・・・・・・。

アメリカのオバマ大統領来日の折、天皇・皇后両陛下に謁見。その握手の際、深々とお辞儀している写真が米国の保守系メディアで問題になっていると報じられた。

礼を尽くす大統領の姿に、我々は好感と敬意を持って写真を観たのに・・・・・。何をほざいているのか。
前政権と蜜月だったアメリカの保守系は、日本を従属国だとみているのが、その報道でよく分かる。

勘違いしてもらっては困る。日本人は、紳士的で、人間味溢れ、長幼の序を示すオバマ大統領を尊敬する、そして、彼を選んだアメリカ国民に心よりの敬意を捧げるものである。

オバマ大統領。こんなことでは、ビビりも、気にもしないだろうが、こんな素晴らしいリーダーを、批判する保守系勢力に屈しないで頑張って欲しい。それにしても、品位のなさには、呆れる。

まったく話は変わるが。プロ野球横浜ベイスターズの監督にオバナ氏が就任した。自由な気風で知られるベイスターズ。それが個性とばかりに、茶髪にヒゲ、主砲の何とかなども、頭に剃り込みまで入れて粋がってる。履き違えている。

それで、巨人に勝てれば良いのだが。二年連続最下位。オバナ新監督「薄汚い格好では・・・」とヒゲと茶髪に一言。その苦言に、全員「髭を剃り、髪を元に戻し」さっぱりしたそうだ。

なんだ、なんだ。オバナの一言でビビるくらいなら、始めから「身だしなみ」ぐらいは野球選手らしくせよ。
ベイスターズ主力選手の根性と品位の無さには呆れるが・・・・・。

オバナとオバマ。何の関係もないのだが・・・・・。
身だしなみを正し、礼を重んじる二人の指導者に心から敬意を表す。

我がドラゴンズとしては、来年は、巨人よりも横浜が手ごわいかもしれない。
が、坊主頭の落合監督の身だしなみも良い。最近、私も坊主頭にしたが???????
                                      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月19日 07:31 | コメント (0)


GDP 4,8%増

2009年11月18日

ちょっぴり、心ウキウキして・・・・・・・。

慌てる必要もないのかも知れませんが、もう少し、大胆にアジアに舵を切ってはどうでしょうか?
内閣府が7から9月のGDP前期比1,8%。年率4,8%増と発表した。

内容は別にして、2期連続のプラスは、経営マインドを明るくします。マイナス要因を考えれば、どのようにでもなりますが。ここは一番、年末年始に向かって、上昇すると考えましょう。

誤解を承知で申しますと、マスコミは、必ずマイナス面を強調します。たとえば、実質GDPの伸び率は回復しているが、08年1から3月に比べると実額は大きく下回り、水準は低いとしている。

そりゃ。良かった時の数字をあてはめて、それより悪いと言いだせば、きりがない。

名目GDPは消費低迷で企業の価格競争が激化、物価下落でマイナスだと。でも、市井のおっさんにしてみれば、実質が良ければ、名目で悪くても・・・・・と、思うのだが。

悪い方も書かなければ公平性を欠くと思っているのだろうが、おっさんからすれば、不安を煽って、メディアに注目させなければ、商売にならないんだろうと思う。因果な商売だと理解しよう。

好調の原因は、政府の経済対策(前政権の二次補正)効果で自動車、薄型テレビなどの個人消費が前期比0,7%増と内需拡大したこと。

輸出が6,4%の伸びで。各国政府が巨額の財政出動を行った効果が出てきた。米国経済も久々にプラス成長に転じたとも分析している。景気付いたのなら、このまま突き進んで欲しいものです。

それに、景気回復が顕著な中国などアジアへの電気関連製品の輸出が増えたとも。アメリカの景気が継続するのを望むのですが・・・・・・・。

新政権。折角、東アジア共同体構想をぶち上げたんですから、日米同盟への配慮も必要でしょうが、この際です。ASEAN・プラス3(日・韓・米)で自由貿易圏を強化してはどうでしょうか。

勿論。中国との政治的関係の強化も図りながら。その路線を明確にすれば、民主党が手薄だと言われる、経済成長戦略が見えるのではないでしょうか?

GDP年率4,8%に、ちょっぴり、心ウキウキして・・・・・・。               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月18日 06:26 | コメント (0)


ズレ・・・・・。

2009年11月17日

もう少し、真摯な取材、謙虚な報道姿勢を・・・・・・。

取材中のTBS社員が、逮捕されました。果たして、国民はそんなに、興味本位でしょうか?
報道取材の過熱ぶりに眉をしかめているのは、私だけではないと思います。

英会話講師のイギリス人女性遺体遺棄事件で、逮捕された容疑者移送取材での話です。

「現場で記者やカメラマンが、互いに「どけ」「じゃまだ」などと口汚く怒鳴り合っている光景が、メディア不信の一因になっていることを自覚すべきだ」(元共同通信論説委員長)。私もそう思います。

マスコミの取材に比較的寛容な警察が、取材中の報道関係者を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕するのは「異例なことです」。背景に、行き過ぎた報道姿勢に警鐘を鳴らしたのではないかと、思えます。

この不幸な事件は司直の手によって、解決されねばなりません。私が問題にしたいのは「事件」ではなく、マスコミのニュースに対する感覚の「ズレ」です。あまた起こるニュース。その報道の優先順位が国民の意識と乖離しているのではないかという疑問です。

逆説的ですが、一つの事件を過熱報道すればするほど、国民はメディアを冷めた眼で見るようになります。結果的には、それが、テレビ離れ、メディア不信に繋がっている気がします。

「取材活動に対して警察が安易に公権力を行使して、刑事責任を問うことは、報道の自由の点で問題だ」との声も聞かれますが、容疑者の写真を撮るのに過熱になることが、報道の自由だとはとても思えません。それこそ、取材報道を履き違えたズレです。

昨今の取材に、スクープがないのは、なぜなんでしょうか?

取材現場で怒鳴り合っているようでは、国民が知りたい取材ができるとはとても思えない・・・・。
もう少し、真摯な取材、謙虚な報道姿勢が必要なんでないでしょうか。特にテレビには・・・・。

それにしても、報道する側に興味があって、国民の側に興味がない「ズレ」た報道ほど、虚しいものはありませんね。                                                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月17日 06:35 | コメント (2)


新聞広告

2009年11月16日

背に腹は変えられない・・・・・・・・。

どうも、最近、考えてみることが多いのですが。スポンサーと申しますか、クライアント様が、あまりにも、急激に、新聞広告の価値を認めなくなっていますので、改めて新聞広告について考えてみました。

なぜ、スポンサーは新聞広告に出稿するのをためらうのか。私は二つ理由があると思います。予算がないは理由になりません。最近の経済状況で、広告予算がふんだんにある企業などないからです。

一つは、広告効果が期待できないからです。つまり、反響がないからです。

なぜ、反響がないのか。簡単です。読者と広告内容がマッチしてないからです。新聞は家庭に配られます。家庭に配られるから、家族全員が読むものだと錯覚しています。しかし、いや、果たしてそうでしょうか?

つまり、新聞の読者は誰なのか?どの層で、どのような人たちなのか?が分析されていません。昔とはライフスタイルが変わり、新聞は家族みんなで読むものではなくなりました。

つまり、新聞という媒体価値の変化を理解せず、広告紙面を作るから、そこにミスマッチが起こって、新聞広告は反響がないと、なっているのではないでしょうか。

内容を吟味せず、出稿するからです。勿論、その責任は我々広告会社にあります。
が、残りの半分は、スポンサーにもあります。たとえば、商品を紹介する場合、自己主張するだけでは、読者は納得してくれません。

はっきり言えば、この国で新聞を毎日、時間を割いてじっくり読む人は、知的レベルの高い人です。その人たちに向かって、押し付けがましい内容の広告を掲載すれば、拒否反応にあいます。

そのことを、もう少し考えれば、広告効果は顕著に表れます。こんなことを、言うと叱られますが、最近の新聞広告料金は、数年前に比べ、とてもリーズナブル(お洒落な表現ですね)になりました。

手法と内容を間違えなければ、新聞広告の効果は高いことを、ぜひ理解頂きたいと思います。

もう一つの理由。これの方が、重いのですが。新聞広告は、じっくり読んでもらえるので「説得力」が高い。それに、掲載基準が厳しいので「信頼性」が高い。さらには、確実に読者の手元に届くので訴求対象への「到達率」が高いのが特徴です。

そう言われてきましたし、今もそう言って営業されています。果たしてそうでしょうか?私は疑問です。少なくとも、以前に比べれば、掲載基準は曖昧に。発行部数の齟齬は指摘され続け、解説記事などの内容は軽薄(批判のための批判に終始)になった気がします。

最近の新聞社は、自らが築きあげてきた信頼を、自ら放棄しているようです。背に腹は変えられないと言いますが、新聞広告落ち込みのもう一つの原因が新聞社の焦りに起因している気がしてなりません。                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月16日 06:19 | コメント (0)


ありがとう

2009年11月15日

おこがましいのですが・・・・・お言葉を私なりに、理解しました。

新聞の素晴らしさは、何度も記事を読み直すことができることです。読売新聞(13日付)に掲載された、天皇陛下の即位20年記念式典での「お言葉」全文を、何度も読み返して、感動しています。

私如きがお言葉を解説風に述べるのもおこがましいのですが、陛下の20年の思い(1500文字)に触れ、思わず涙が出てきましたので、あえて、お許し願いたいと思います。

ゴルフの石川遼君や体操の内村君ら平成生まれの若者がスポーツをはじめ様々な分野で活躍するようになった。と、20年の歳月に思いを馳せられ・・・・・。

即位以来、国内を訪ね「国と国民の姿を知り、国民と気持ちを分かち合うことを、大切なことである」と皇室の有様を・・・・。そしてこの国が抱える「高齢化」の課題を察せられ・・・・・・。

「人々が助け合い、自分たちの住む地域を少しでも向上させようと努力する姿を楽しく見てきた」と疲弊する地域に「和」の尊さの必要性を示唆されている。

ベルリンの壁崩壊で、それまで外部からはうかがい知れなかった東側の歴史的事実が明らかになり、その結果、透明な世界が築かれていくことに喜びを持ったと、20年間の国外の出来事を総括され・・

先の戦争を風化させてはいけない。若い人に正しく伝えることが、この国の歩みにとり大切であり、世界の人々がともに平和を享受できることに繋がると・・・・恒久平和を祈念された。

そして、困難な課題に直面しているが、絆を大切に、英知を結集して、相携えて努力すれば困難は克服できると、国民への信頼を述べられ・・・・・。

さらに、平成2年の即位礼の日、午後の日差しが国会議事堂を茜色に染めていた光景を思い出したと、政治の有様を諭され。これまで寄せられた国民の善意を顧み、自分のあり方と努めに思いを致す。と・・・・・・。

最後に、今日の式典に厚く感謝し、国の繁栄と国民の幸せを祈ります。と結ばれています。

我々地方にいる庶民は、式典の模様は報じられた新聞で知り、国民の祭典はテレビのニュースを観て奉祝に参加させて頂くのみですが、「お言葉の全文」を読んで、改めて、両陛下の慈悲に触れた思いです。

テレビでの「国民祭典」の模様。最後にマイクの前に立たれ「寒くはなかったですか」「どうも ありがとう」との「ありがとう」に、万感の思いが伝わります。心に沁み渡りました。

果たして、私の「ありがとう」は、感謝した相手の心に感動を与えるような「ありがとう」だろうか・・・・・。
                                                   Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月15日 07:29 | コメント (1)


ゆがみ

2009年11月14日

年齢と行動様式に固定概念はないか・・・・・・。

高齢社会の歪みについて考えてみます。最近40歳前後の人たちの活躍が目立ちます。
40前後の世代は、20代から見ますと、若者ではないとの印象があるようですが、やはり若い。

特にスポーツの世界では、40代の世代が頑張っています。サッカーのゴンこと中山選手が、チームから不要の烙印を押されましたが、まだ、現役で頑張ると宣言。40代の心意気を見せました。

一世を風靡した選手。もう、ぼちぼち引退した方が良いのではとの声も聞こえますが。
私は、その気力と体力と心意気に敬意を表すとともに、社会のゆがみを感じます。

40代のスポーツ選手が活躍できるのは、日本人の体力が、随分、変わった表れではないかと思います。私たち還暦世代も、一昔前と比べれば、随分、若くなったのではないかと思います。

60歳と言えば、とんでもない老人だと思っていましたが、身も心も充実していて、若者には、まだまだ、負けないと気合い十分です。それが、若い人の成長を阻害する要因になっている面はありますが。

長寿社会とは、ただ、長生きするだけの社会ではありません。長生きの分だけ、若さが持続できる社会でもあります。年齢と行動様式に固定した概念があるとすれば、そこには「ゆがみ」が生じます。

若者とは概ね20代だ。と規定したままですと、40代は若者ではないとなります。となりますと「ゴン中山選手」が、現役でいることに無理があるということです。その固定概念が「ゆがみ」の元です。

人生80年時代。たしかにそうなりました。しかし、その現実に、人々の意識が追いつかない「ゆがみ」を、どこかで、誰かが修正する努力をしない限り、社会保障など、高齢化対策に応じられなくなるのではないかと考えます。                                      Goto

追伸            
43歳。若きゴン中山選手の活躍に期待します。
それと、来年40歳になる、我らがドラゴンズ「谷繁捕手」がFA権を行使せず、「この球団で、巨人を倒したい、その為に力になりたい」との若さに敬意を表します。 

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月14日 07:04 | コメント (0)


健康が一番

2009年11月13日

来年こそは、落合名監督率いるドラゴンズ・・・・。

おめでとうございます。タイミングがずれましたが、ジャイアンツの日本一奪回と、ジャイアンツファンに心からお祝い申し上げます。強かったですね。今年は・・・・・・。

合わせて、我らがドラゴンズの大健闘に敬意を表します。良く頑張りました。主砲のウッズもエースの川上も抜き、大型の補強もせず、さすが、落合監督の采配。ますます、冴えわたりましたね。

それと、野村監督。まだ、楽天の監督がやりたいと、CSの最中にだだをこねましたが、それも愛嬌。彼が「日本シリーズの勝敗は?」とのインタビューに「難しいこと聞くな・・・・4勝2敗で巨人だな」

との一言。結果はその通り。さすが、伊達に50年以上もプロ野球の世界にはいない。と、改めて感心しました。そうそう、それに来年の話ですが、1月に落合監督が講演をやるそうです。絶対に聴きたいと思っています。

いけない。いけない。ジャイアンツ日本一のお祝いを書こうとしたのに。どうしても、落合中日の話になっちゃいます。原監督。日本シリーズでの采配、随分大胆でしたね・・・・・。WBCが大きかったのかも。

去年のシリーズで、ノーヒットノーラン(完全試合)寸前の投手を、代えた落合監督の執念に、原監督も少しは学んだようで、さすが、落合監督ですね。いや、原監督ですね。

そうそう。ジャイアンツ優勝の最大の要因。監督の采配は兎も角として、野手陣の健康管理が徹底されたのが大きいと聞きます。遠征先でも入念なストレッチが日々行われたと。

「故障やけがの予兆を決して見逃さず、将来的には故障者ゼロにするのが目標」フロントの姿勢に強さの秘密が伺えます。日本ハム、ヤクルトの不注意による、インフルエンザ騒動と比べると、雲泥の差です。

こうなると、来年のジャイアンツの死角はなしか?唯一あるとしたら・・・・・WBC遠征の間、チームを組みたてたのは、ヘッドコーチの尾花さんだそうです。彼が、横浜の監督になった。首脳陣が代わる、それが不安材料じゃないかなー。

スポーツの世界に限らず、ビジネスの世界でも。なにより大切なのは、健康。健康管理ですね。人間、健康ならば、どんな試練にも耐えられる。いい加減な采配でも日本一になれる。失礼。

ドラゴンズ、故障者さえ出さなければ、来年こそは日本一間違いなし。監督が監督ですから。
あとは、健康管理だけ。健康一番、是非、健康には気を付けて下さい。                          

ジャイアンツの日本一奪回を祝して・・・・・・・・・・・。                        Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月13日 06:45 | コメント (0)


民意

2009年11月12日

新政権は、責任を持って、決断すべきです。

問題を複雑にしてはいけない。民主主義とは手間暇掛かるのだが、すべての国民が満足できる手だてなどあろう筈はない。とりわけ、政治的課題については・・・・・・・。

沖縄の米軍基地は日本に返還すべきだ。これ以上、沖縄県民に負担をかけるのは良くない。独立国としては、外国の軍隊が日本国内に基地を構えているのは、おかしい。だから、基地を撤廃すべきだ。

普天間の米軍飛行場を県外か海外に移すべきである。まさに正論である。では、極東を含めた日本の安全と平和を誰が守るのか?日米安全保障条約は見直すのか?

羽田の騒音を許すことができない。その結果、首都圏の国際空港は成田へ移った。で、何が起きたか?日本にハブ空港がなくなり、国力の低下に繋がった。で、新政権は、羽田のハブ空港化を打ち出した。

しかし。周辺住民の反対の声は、以外にも、あまり聞こえない。ハブ化になれば、近隣住民は24時間騒音に悩まされることになる。では、その騒音問題をどう解決するのか?答えはない。

住民が反対すれば、ハブ化も難しいだろう。でも、ハブ空港がない以上、国際社会での日本の国力低下はますます進むだろう。沖縄も同じである。基地がなくなれば、安全は保障されるのだろうか?

答えはない。私はこの問題を複雑に考えてはいけないと思う。現時点では答えは一つしかない。
それは、普天間の移設先は、沖縄県内の嘉手納基地に統合する案しかない。それしかない。

そして、時間をおいて、グアム、米国本土に移転。嘉手納の戦闘機は一部を他基地(日本国内の)に移す。それ以外に方法があるのだろうか?新聞報道によると、嘉手納の町長が、この嘉手納統合案反対の共闘を呼びかけたのが、米軍嘉手納基地の司令官。???

敵の敵は味方と言うところか。先日、統合案反対の集会が大々的に行われたと聞く。
沖縄県民にとって、耐えられない思いがそうさせたのはよく分かる。

しかし、現実と理想の狭間を埋めることは難しい。門外漢の私如きがとやかく言う問題ではないのだが、すべての日本人が、自分の問題だと認識して、安全保障、基地の問題に真剣に考えなければいけない。

我々は、戦後60余年、沖縄の人たちの犠牲の上に平和と繁栄を築いてきた。
そのことに、思いを馳せながら・・・・、現実を直視する必要がある。

様々な意見が交差するのは分かるが、民意が一つにまとまるとは思えない。しかし、歴史の針を前に進めなければならない。これ以上問題を複雑にしてはいけない。

誰かが、しっかりとした意志を持って、決断しなければならない。
私は、国民の一人として、新政権の方針を固唾を飲んで見守って行きたいと思う。                                                                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月12日 06:43 | コメント (0)


心身医療

2009年11月11日

偶然にしても、あまりにも、偶然です。

世の中には不思議な事があるものだとつくづく思う。
2日の夕方(5時頃)、突然、左の目にもやが掛かり、暗くなってきた?

「あれー!。秋の夕暮れはつるべ落とし。そのせいか」と思いつつも、でも、おかしい。
左目の左上から、絡まった糸が下りているようで、異常事態じゃないか・・・・・・と。

慌てて、眼科に飛び込んだ。眼底など、詳細検査してもらったが、異常なし。「ホッとした」が、
モヤモヤも、薄暗さもなくならない。「加齢による何とか」だろうとの診断。

老化なら付き合うしかたあるまいと、半場諦めたが、活字を読むのが辛い。
メガネでも買い替えてみるしかないと・・・・・。思いつつ。

7日。飛騨の高山に総本山がある「崇教真光 御立教50周年 秋の大祭」のご案内を頂いていたので、世界中から集われた約1万人の参拝者の皆様と、一緒に元主晃大神宮でお参りさせてもらった。

三代教え主「光央」様の地上天国創造への力強い御教示を、偶然一緒になった友人と並んで賜った。

で、その帰り道。岐阜から飛騨高山までは、高速道路で約1時間余。往路は、目のモヤモヤが気になって、新聞を読むのが、面倒だと思いつつだったが・・・・・・。

実に不思議なことに、帰路。読みかけの本を読み始めて、高鷲(郡上市)辺りで、ふと気付いた。
何をか?と申しますと。「そうです。眼に掛かっていたモヤモヤが消えていることに」「活字が読み易すくなっていることに」気付いたんです。

加齢ですから、突然悪くなり、突然治ることもあると、思われるかも知れませんが。偶然にしても、あまりにも偶然です。「崇教真光 50周年秋季大祭」参拝の帰路ですから、不思議な事があるものだと、思っています。

日本は世界に類を見ない超長寿国家への道を歩んでいます。

高齢者医療がますます重要になってきますが、御教示で西洋医学と漢方、それに宗教を組合わせた「心身医療」の充実の必要性を伺いました。妙に、納得できました。
                                      Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月11日 06:46 | コメント (0)


放送局考

2009年11月10日

経営改善は、まず視聴者のアップから・・・・・・・・。

チョッピリ嬉しい話だが、業界では低迷を続けていた放送局(キー局)のCM収入(スポットCM)が、このところ、増えてきたと報じられた。広告は景気のバロメーター。本当なら嬉しい・・・・・・。

しかし、先ごろ発表された放送局キー5局(東京の放送局)の上半期決算は軒並みに減収減益。果たして、スポットCMが増えれば問題が解決するのかと、言えば?どうもそうではなさそうな気が・・・・・・。

たとえば、この四月から、各局がリタイアした団塊世代を狙ってスタートした夕方(17から20時)の報道番組。放送局の命は視聴率。その視聴率が何処も振るわない。なぜなのか?

私は、この答えに放送局の減収減益の本質があると思う・・・。まず、団塊世代が夕食時食卓を囲んでテレビの前に座ると思うか?そんなライフスタイルだと考えているか?一体誰が、そう決めているのか?

多分、放送局の要である編成局だろう。私の知る範囲では、放送局の編成部は、最も優秀な人材が揃っていると聞く。彼らが、国民のライフスタイルと番組編成をそう考えているなら。彼らの感覚が、狂っているとしか思えない。

いや、いまだに官僚が国民の平均家庭を、夫婦子供二人の四人家族で、奥さんは専業主婦(戦後の成長期の理想の家庭モデル)で考えているのと全く同じ発想で、60歳を過ぎれば平日は夕方に食卓を囲んで、報道番組を見ると思っている。(信じられない感覚です)

つまり、放送局隆盛時代(昭和50年代)の成功体験から抜け出せず、時代の変化。社会の変化に付いていけないのである。放送局と聞くと、「情報」を扱う企業、時代の最先端の企業だと想像するが、実は許認可に頼る陳腐な企業に成り下がっているのです。

だから、ゴールデンタイムは若者がテレビを独占する。だからお笑いのバカ番組を放送する、となる。団塊世代が大量にリタイアすれば、夕方は政治好きな高齢者がテレビの前に座る。だから、報道番組を放送すれば視聴率が取れる。となるわけです。

つまり、放送局の収入源であるCM収入が落ちるのは、不況も多少は影響しているでしょうが、本質は、国民のライフスタイルとテレビ番組が合致していない事に気付いていないことにあるのです。

もう少し辛らつに言えば、放送局の驕りが、視聴者を見失ってしまっているのです。

各局の上半期の決算を見ますと、各局とも本業外の収入を得るのに四苦八苦しているのが読み取れます。本業がダメなら、他に収入を求める。出来もしないことに熱くなる。映画やアニメのDVD、イベントぐらいは分かりますが、不動産とか、カタログ通販、飲食にも力を入れている。

そんなのは、無理ですよ。所詮は、ぬるま湯人種なんですから・・・・・・・・。失礼。

企業は収益を上げてこそ、企業です。増益のためには何でもありでしょう。しかし、放送局は、公共電波使用の許認可を受けて成り立っている事業です。そのことを忘れないでもらいたい。

不況の原因は、人々のマインドが大きく左右します。放送局が、営利主義に走るのも致し方ないご時勢ですが、まずは、国民が納得する良質な番組(国民の心を豊かにする)を提供し、国民の元気に寄与すると言う、本来の使命を貫く気概が欲しいものです。

それが、視聴者のアップにつながり、テレビスポットCMが増え、放送局の経営改善になるのではと、思います。・・・・・・・・批判覚悟で放送局について考えてみました。                                                                         Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月10日 06:33 | コメント (0)


夢の実現

2009年11月09日

社員力、組織力、企画力・・・・・がフル回転すれば。

約束は守る。人間社会のイロハのイである。ましてや、ビジネスの世界では、当たり前のことである。
では、夢はどうであろうか?ビジネスの夢は目標達成である。目標もまた実現しなければならない。

私には三つの夢。目標がある。

一つは東証に上場すること。(現在は、名証セントレックスに上場している)
二つは、地域密着型の生活情報誌を250万部発行すること。(現在は19エリア103万部である)
三つ目は、社員の初任給を業界「No1」にすること。(現在は中位にある)

この目標を実現すると、社員やスタッフに約束している。

日本の社会、とりわけ地方の経営者は、閉塞感に包まれ、目標どころか、現実に追われ、理想を放棄し、希望さえも無くしている感がある。私も収縮する経済の渦中にあり、ややもすると夢を忘れ、目標を見失いがちである。

それではいけない。と意を強くする。
ここに、改めて、三つの目標(夢)を、3年以内に実現することを、約束したい。

政治の約束はマニフェスト(政策の数値目標、実施期限、財源の裏ずけ、工程表を明示した選挙公約)を実現することである。企業が事業計画を実現するのと同じだ。

第4回マニフェスト大賞が発表された。応募団体は1003団体・個人から1539件。大変な盛況である。政策本位の政治が広がりを見せ、有権者との約束が政治を変えようとしている。

約束を実行に移し、大賞を受賞した神奈川県藤沢市長は「市民力、職員力が認められてうれしい」と受賞の推進者を讃え、喜びを語った。

8月30日以前の政治の世界では、公約は守るものではなく。飾るものだった気がする。しかし、新政権も、発足以降、マニフェスト実現に向け、内閣が一丸となっている姿が見て取れる。

従来の政権では考えられなかったことである。国民力、官僚力、政党力が、発揮されれば、新政権のマニフェストは必ず実現できる。そうなれば、政治への信頼が回復し、国民の幸せが実現できる。

わが社も、社員力、組織力、企画力がフル回転すれば、三つの目標(夢)実現は可能である。
一昨日。来春入社する若き仲間たちと懇親した。素晴らしい人材を得たと感謝している。

夢(目標)実現への決意を新たにしている。
                                                  Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月09日 06:37 | コメント (2)


商都岐阜

2009年11月08日

ヒートテック5000万枚。世界で販売・・・・・・・・。

日曜の朝の話題でもないのだが。頭は仕事のことしかない因果な性分。自分ながら、もう少し優雅に、おおらかに、せかせかしないで生きていきたいと思うのだが・・・・・・。

日経の企画「経済危機からの教訓  新たな活路を探る」をテーマにしたフォーラム記事を読んだ。

我が古里岐阜市は、過去に商都と呼ばれた時代がある。信長が「楽市楽座」を岐阜で始めたことに由来するのだ。と、おっしゃる先輩もおられるが、今年は岐阜市制120周年。

その記念行事が、行政主導で散発的に行われているが、そこには商都岐阜をイメージする催事はない。私が知る限りでは、戦後「岐阜駅周辺」に闇市が立ち、そこで中国(満州)から引き上げてきた人たちが、衣料品を扱った(近在には戦前から機織り工場が点在していた)。

それが講じて、岐阜に既製服の産業が花開き、岐阜駅周辺にアパレルの問屋街(今でもハルピン街と呼ぶ)が誕生。(往時は2000軒を超す問屋が軒を連ねていた。今でも400軒が営業している)

活発な商いが展開された。その繁栄ぶりを称して、岐阜を商都と呼んでいた。
残念だが、今では、その面影はなく、市の玄関口が寂れ・・・・活路を見いださなくては街が滅びる。

「既存の繊維産業は魅力のない斜陽産業だが、斜陽産業も自分たちで新しい産業につくりかえれば、世界にチャレンジできる」「我社の目標は、2020年に売上高は7倍の5兆円。経常利益は10倍の1兆円を目指している」(凄まじい目標だ)

「本当に良い商品。良い社員。良い企業をつくれば、顧客獲得の競争に産業の境も、国境もなく、世界で伸びる企業になれる。世界のあらゆる産業、メーカーと競争したい」と語るのは、「ユニクロ」の社長。

この10月1日。パリの中心部オペラ座の目前にユニクロの大型店がオープンした。1ヶ月経っても週末は入場制限を行うほどの盛況。ニューヨークやロンドンでも同じ現象が続き、日本のアパレル業者が世界のファッショウン界をリードし始めている。(繊維産業の奇跡だ)

また、ユニクロが開発した発熱保温肌着(ヒートテック)を今シーズンは世界で5000万枚販売すると発表した。ものすごい数字を世界で販売するという。5兆円も夢ではなさそうである。

まさに、ユニクロ社長の発言どうり「良い商品。良い企業」をつくって世界に羽ばたいている。
私たちは、ややもすると、斜陽産業だから活路はない。とか、景気が悪く消費者の財布のひもが固いから、活路を見いだすのは難しいとか・・・・・。簡単に言いすぎる。

商都岐阜。主力の繊維産業の若いリーダーたち。何も憶することも、縮こまることもない。世の中には斜陽産業なんてない。ましてや、衣服は生活の必需品。需要がなくなることなどない。

高い目標を掲げ世界に羽ばたく同業者「ユニクロ」。そのユニクロに追いつけ、追い越せの気概と理想と情熱を持って立ち向かえば、かならずや、道は拓ける。と、信じる。

私は、第二、第三の世界を駆けるユニクロが岐阜のアパレル産業から誕生すると確信する。
我社も、商都岐阜再興のために、そのお役に立ちたい。                    Goto

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11/7読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月08日 07:05 | コメント (0)


陳情

2009年11月07日

日本改造計画(小沢一郎著)を読んでみました。。。。

誤解を恐れずに、申し上げると、なぜマスコミは民主党小沢幹事長を「権力の権化」のように、決めつけるのでしょうか?その決めつけ方が「教条主義」(ドグマチズム)的だと思えて仕方がない・・・。

先日。ある町で、10年ほど前に三期町長を務めた方にお目に掛かりました。「町長時代。一番の仕事は何でしたか?」と質問しますと、間髪入れず「そりゃー君、陳情だよ」との答え。

「陳情って、どこに行くんですか?」「そりゃー君。地元選出の国会議員を頼って、霞が関で予算を配慮してもらうようお願いするのさ」「大臣だとか、副大臣、政務官に会って頼むんだよ」

「陳情って、全国の首長がやるんですよねー。簡単に、大臣に会えるもんですかねー」「そりゃー。簡単じゃねーさ」「順番があるからな。何時間も待って、だよ。変更もあるから、一両日も待たされることは普通だな」

「へー。待ってるのも仕事ですか?会ってどの位話すんですか。」「そうだ。それが仕事だからな。10分ぐれぇーだな」「で、陳情って、効果が、あるんですかねー」「ねぇーな。あんなもん。儀式だからな。行かなきゃ。金が下りてこん時、言いわけができんからな」「どこの首長もだいたい同じだ」?????

で、与党となった民主党が地方自治体など各方面からの陳情窓口を幹事長室に一元化することを決めた。理由は「政務三役」の仕事は陳情を受けることではない。「政府と党が一体化するのだから。陳情は党務として扱う」とのこと。元町長の話を伺えば、陳情一元化も、至極もっともだと思うのだが・・・・・。

ここに、1993年(平成5年)小沢一郎氏が書いた「日本改造計画」がある。最近、民主党が国会改革や、党運営改革をすると、マスコミは二言目に、小沢幹事長の新たな権限集中策だと批判するので読んでみた。

「第一部 いま、政治の改革を。与党と内閣の一体化」の項に、「政府のポストに付かなかった与党議員は第一に、国会関係の委員会や議運の仕事」を「第二に選挙を戦うための態勢づくり(陳情を受けるなど)」を行うように、改革するべきだと明記してある。

マスコミ諸氏は、小沢氏のやることはすべて「権力の亡者だ」と報道するが、その方が、国民受けするからだろうが?それはどうかと思う。「権力の権化」に祭り上げて、政治がよくなり、国民が幸せになれるなら良いが。

果たして、記者たちは彼の著書を読んだことがあるのだろうか?

読めば。素直に読めば。政治改革への情熱が伝わるはずだ。それを理解し上で、彼を批判すらなら、それはそれで良いのだが。先の町長ではないが「何の効果もないのを承知の上で、いまでも陳情だと称して、霞が関でうろうろしている首長がいる」ことを、なぜ、批判しないのか・・・・・疑問だ。

私は、小沢流、日本改造計画が始まったと、実感している。                  Goto

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投稿者: 後藤 日時: 2009年11月07日 06:46 | コメント (0)


富有柿

2009年11月06日

さもしい時代になったもんだ・・・・・・・。

さびしい話だが、どうしても書かずにはいられない。
我が古里、岐阜。取り立てて、名産、特産がない街でもある。

あえて言えば、名産は和傘に提灯。傘は、江戸時代、貧しい藩だった、岐阜市南部に位置する加納藩の藩士と喰いつめ浪人の内職が育んだ。卵型をした岐阜提灯は、今も祭り提灯として、市内の軒下に掲げられるが、盆提灯やインテリアとして、親しまれている。

特産といえば、枝豆ともりぐち大根ぐらいしか、無いのだが。岐阜市周辺の瑞穂市、本巣市で栽培される富有柿は有名。母親(85歳)の在所が、本巣市糸貫町の農家で、叔父が富有柿を栽培している。

毎年この時期になると、叔父が「大きく実った甘くて美味しい」富有柿を軽トラックに積んで、届けてくれる。それを母親が、自慢げにご近所に配るのが、我が家の年中行事の一つとなっている。

「桃栗三年。柿八年」。柿の栽培には長い年月と、手間がかかる。私は食べるだけで手伝ったことはないが、一粒、一粒に袋を掛け、害虫や不順な天候から守りながら手塩にかけて育てる話を聞くと、美味しさも倍増する。

その、富有柿を盗む。山形のサクランボ。新潟のこしひかり。が盗まれた話を聞いたことがあるが、岐阜の特産「富有柿」を盗む奴が現れたとい言う。(写真参照)

「今年は、日照時間が少なかったで・・・甘味がいまいちじゃわ」。古希を過ぎた叔父の優しい顔を思うと、許すことができない。何時から・・こんなにさもしい日本人が横行するようになったのだ・・・・・。

さびしい話ではないか。                            Goto

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11/2中日新聞        叔父が育てた富有柿

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月06日 06:53 | コメント (0)


新聞の未来は?

2009年11月05日

読売新聞創刊135周年(11月2日特集から)・・・・その2。

私は、常々読売新聞の文化、芸術、芸能欄や家庭、家計欄。それに歌壇、俳檀や囲碁・将棋欄などの大衆面は、他紙と比較して圧倒的に充実していると思っています。
(この地方では読売新聞の販売部数が少なく、なじみが薄いのですが)

特集「200部で創刊」(1874年)の項に、その理由が載っていた。創刊時、幹部らは「政治論議中心の新聞とは異なる庶民向けの平易な紙面を目指し、漢語に話し言葉のルビを付けるざん新な工夫を凝らした」と。

創刊当初から、庶民目線、庶民感覚の新聞づくりを伝統としているのが分ります。

新聞は毎日読むものだと思っていますが?あなたは新聞をどこから読みますか?私は一面の最下段にある、「編集手帳」(読売新聞の場合・朝日は天声人語ですが)から読みます。

記念号には、この編集手帳が、珍しく2題掲載されています。
一面は4コマ漫画の「コボちゃんのお母さんが妊娠したことを取り上げ、漫画での子育て支援を」と・・。

特集面に、筆者「竹内政明」氏の写真付でもう一題が掲載されている。「1日一本458字で暮らす良い男」と強がっていますが、「せめて、一面のコラムは青空の見える窓でありたい」との自戒の念に、新聞の顔を担当する姿勢がうかがえる。

私もこのブログ。一日一回を決めて書いてるが、毎日、458字に思いを込めて書くとなると、
さぞや、大変だろうと・・・・・・。楽しみにしています。是非、頑張ってください。

因みに、読売新聞の社名についても、なるほどと思ったので。毎日配達するから毎日新聞。朝日の出る前に配達するから朝日新聞。読売は江戸時代のかわら版の販売方法を「読売」と呼んだのにちなんで「読売新聞」と命名したそうです。

特集号で、読売新聞が、時代を動かす言動も、衝撃のスクープも、庶民派を自認する読売ならではの135年の歴史も、よく分ったが、分らないのは、なぜ、135周年なんでしょうか?

150年でも、200年でもない。節目の年にしては。135年は中途半端な気がしますが、なぜ、135周年で(15から26頁まで)大特集を組んで、こんなに派手に、ぶちあげるのでしょうかね???。

新聞の価値をもう一度検証するのは分りますが・・・・・・・・。問題は、そのビジネスモデルの限界が見えたことだと思います。折角の周年行事。新聞の未来と展望を示して欲しいものです。
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11/2読売新聞          15面      26面       16面      17面

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月05日 05:51 | コメント (0)


自浄作用

2009年11月04日

読売新聞創刊135周年。おめでとうございます。

新聞の使命とは何か?新聞の信条とは何か?
この疑問に読売新聞が創刊135周年の特集紙面で答えてくれたが、私には良く理解できない。

ここに読売新聞社の社論の基礎である「読売信条」を紹介します。
読売信条は1946年9月「真実・公平・友愛」「左右の独裁思想と戦う」など非常に分かり易い4項目だったのを、01年1月、以下の基本理念に53年ぶりに一新した。(2日付・特集紙面から)
           
     「読売信条」

  読売新聞は  責任ある自由を追求する。
        
           個人の尊厳と基本的人権に基づく人間主義をめざす。
          
           国際主義に立ち、日本と世界の平和、繁栄に貢献する。
       
     真実を追求する公平な報道、勇気と責任ある言論により、読者の信頼にこたえる。

新信条は「責任ある自由」を謳い。「人間主義」「国際主義」を標榜している。

ぼんくらな私には、自由と責任の関係の関係については、野放しの自由ではない。節度ある自由をと謳っているのだろうが。どうも、新聞社のいう責任も自由も、理解できない。

新聞社が描く人間主義とは・・・・・??人間を大切にする。人間尊重の意味なんだろうか?それならば当たり前のことを言ってるに過ぎない。もう少し、深い意味があると思うが。それも知りたい。

さらに、国際主義とは?如何なる主義か?国際社会の平和と繁栄を願うことを意味するのが?国際主義なんだろうか?読売が標榜するナショナリズムとの関連をどう整理すれば良いのか?分からない。

特集に、読売新聞の発行部数(朝刊)。94年5月に1000万部を超え、01年1月1031万部の最高部数を達成と記載され、一面の社告には、創刊135周年を迎えた報告と合わせて、94年以降、世界最大の発行部数1000万部を維持していると高らかに謳いあげている。

この表現は、多少回りくどいが、読売新聞は現在も1000万部を発行していると読める。しかし、巷間、新聞の発行部数に「水増し」があるのではないかとの疑いが、待たれ、業界は疑心暗鬼にある。

私は、読売新聞に限っては、そのような「欺瞞」はないと信じるが。真実を追求する公平な報道を旨とするならば、それこそ、勇気と責任ある言論を展開して、自社の問題であればあるほど、真実を追求して欲しい。

自浄作用ができるならば。新聞の使命と信条が、如何ほどかも、分かろうというものである。
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投稿者: 後藤 日時: 2009年11月04日 06:34 | コメント (0)


祝・各務原市

2009年11月03日

音楽が溢れる街づくりに 心から敬意を表します。

まずは、おめでとうございますと、お祝いを述べたいと思います。何のお祝いかと申しますと、岐阜県各務原市が「住みよい都市づくり国際コンクール」で銀賞(三位)に輝いたからです。

このコンクールがどの程度権威があるのかは解りませんが。世界から200を超える都市が応募。チェコ共和国のブルゼニ市での最終選考会で、市長が、公園整備や希少動植物の保全活動、中山道鵜沼宿の再生事業を英語でアピール。二度目の挑戦で銀賞を勝ち取ったのです。素晴らしい。

各務原市は05年に「緑の都市賞」(財団法人都市緑化基金・主催)で最高の内閣総理大臣賞。08年には「日本まちづくり大賞」(NPO法人日本都市計画家協会・主催)も受賞しています。

また、各務原市は、全国の地方自治体が財政をひっ迫させていますが、国からの交付金を受け取る必要のない優良財政団体としても高い評価を受けています(岐阜県下では唯一)

そんな、各務原市で、街の元気に貢献し、市民生活をエンジョイさせる唯一の生活情報誌は、我社が発行する「たんとん」(各務原市・55,500部・全戸配布)です。誇りに思っています。

その「たんとん」の11月号。巻頭特集には市内の全中学8校が参加する「各務野吹奏楽アカデミー」(市教育委員会が設立・目的は技術向上と音楽を愛好する心情を育む)の活躍が掲載されています。

また、今号で58回目を数える「ドラマシティー各務原」コーナーでは、森市長が「各務原は音楽がとても盛んな都市です。{音楽の街 各務原}をスローガンにさまざまな音楽事業を展開し、市民に心のゆとりを持ってもらいたい」と・・・次なる一手を披露。

音楽の街って、素敵ですよね。市長の「住み良い街づくり」への飽くなき追求に心から敬意を表すと共に、市民で築く「音楽の街 各務原」。とても、素敵で楽しみです。

各務原市が受賞する次なる「賞」は、「音楽が溢れる都市」大賞でしょうね。
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↑当社発行生活情報誌「たんとん」11月号

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月03日 06:55 | コメント (2)


読書週間

2009年11月02日

寂聴さんに改めて、勉強させてもらいました。

歳を取ったんでしょうかねー。一昔、といっても、ほんの数年前・・・・ですが。素晴らしい人物に出会ったり、書物を読んだりすると、自分の無能さや、欠陥が目に付いて、焦りのようなものを感じていましたが・・・・。

最近では、ホー。ホー。凄い人がいるなぁーとか。なるほど、なるほどと、思わず感心してしまい。自分との比較など、とうに及ばないと、畏敬や、感嘆する自分に変わった気がしています。

今年で、何回目の催しなのかは解りませんが、朝日新聞が子供たちに人気のある本の作家(オーサー)が全国各地の学校を訪問(ビジット)する「オーサー・ビジット2009」をスタートさせました。

岩手県二戸市、浄法寺小学校4年生(33人)の教室を訪れた瀬戸内寂聴さん。子供たちに「お母さん」をテーマに作文を書かせ「貴方達は、お母さんの一生懸命さをよく見ている。素晴らしい。その自分以外の誰かのことを考えたり、気持ちを想像したりすることを「思いやり」といいます」と。

また「世界で苦しんでいる子がたくさんいます。そういう子に思いやりを持つことはとても、とても大切」「花に水を上げないと枯れるように、心に栄養をあげないと、思いやりは小さくなってしまう。その栄養分は何かと言うと、本を読むことなの」とも。

瀬戸内さん。9歳の子供たちに語りかけた「思いやり」の心。「本」は心の栄養素。子供達は、この話に心の底から納得したようだが。還暦過ぎのおっさんも、おもわず、何度も唸ってしまった。

この「思いやり」の心。最近、何度も耳にしませんか?「人の幸せが、自分の幸せだと感じることができる、人の痛みが我が身の痛みになる、支え合いを大切にする社会が、私の目指す「友愛社会」だ」と寂聴さんと同じことを語るのは、鳩山さん・・・。

私たち大人は、少し、ずるくなりすぎた気がします。素直な心。人の話に耳を傾ける謙虚な気持ちが薄れてしまっています。鳩山さんの「友愛」にも理解を深めてみる必要がありますね。

瀬戸内さんのビジットの結びは「こちらが好きになれば、本もきっと、みんなを好きになってくれるから」でした。凄い宗教家。素晴らしい作家がいるもんですね。改めて敬意を表します。

そう言えば、何となく読む気がしなくて、本棚の隅に瀬戸内さんの「源氏物語」(講談社文庫・全10巻)が積んだままになっている。朝日新聞の「オーサー・ビジット」企画と寂聴師に敬意を表し・・・・・。

折角の読書週間。今日から、チャレンジしてみようかなー               Goto

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月02日 07:48 | コメント (0)


年賀はがき

2009年11月01日

日本郵便の広告、なぜ?

もう年賀葉書の売り出しか。まだ、正月に食べた餅が喉につかえていると言うのに(笑)。
時の移ろいが、あまりにも早いのに、驚いています。

民営化された郵便会社。郵政民営化反対大臣の就任で、まずは、社長が交代。役員も入れ替えと大幅増員で民営化の原型がぐしゃぐしゃに壊れてしまった。

新社長は就任の挨拶で「公的(行政)なサービス」を強調。まさか、折角、民営化した職員を、再び公務員に戻すとは思わないが、脱官僚と公務員の削減とは違う様だ。

民主党政権。大きい政府を目指すのか?それとも、中くらいの政府を目指すのか?鳩山首相は「大きな政府とか、小さな政府とかの問題ではない。政治は弱い人々立場にある」と代表質問で答弁。
大小論は古いと、政府の形(すなわち国の形だと思うのだが)を曖昧にしたままでいる。

私的には、弱い立場の人に手を差し伸べる政府ならば、「大きな政府」にならざるを得ないのだが。
それすら、民主党的には、古い考え方なのだろうか・・・・・・。

インターネットや携帯メールの時代。いまどき。年賀状なんて、古臭いと言う若者も結構多いのだが。
私は、郵便党。月に、30通は封書で手紙を送る。年賀はがきも毎年送っている。

今年の年賀状はがき売り出しの新聞広告(写真参照)。随分手の込んだ、味わい深い紙面に仕上がっているが。広告屋的には・・・・分らないことが多い。まず、なぜ、新聞社によってモデルが違うのか・・・・・・・

毎日新聞が寺尾聰さん (62歳1947年生まれ)で、朝日新聞と日本経済新聞と中日新聞が小栗旬さん (27歳1982年生まれ)で、読売新聞は、榮倉奈々さん (21歳1988年生まれ)。不思議だ?

それに、なぜ?朝日と日経と中日の三紙が同じ、小栗旬さんがモデルなのかも分からない。
どなたか?広告の分かる人。教えて欲しいものだ・・・・。

でも良い広告だが、メール、ネットの時代、年賀はがきが増えるとはとても思えない。
郵便会社を健全な民間企業にしないと、古くて重い荷物になりかねないが・・大丈夫かなー                                                             Goto


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10/29毎日新聞      朝日新聞      読売新聞       日本経済新聞      中日新聞

投稿者: 後藤 日時: 2009年11月01日 07:26 | コメント (0)