ご都合主義

妙に虚しい・・・・

今朝のブログがこのテーマで良いのか?随分悩む。今日が日本の総理大臣を決める・・民主党の代表選挙だからでも、日銀が金融政策で打つ手が無くなったからでもない。

このブログのテーマ。「新聞を読もう」に疑問を持ったからである。三年近くもこのテーマでブログを書くため・・・毎日・・全国紙と地方紙合わせて6紙の新聞に目を通しているが・・・果たして新聞は読む価値がるのか?と思ってしまったからである。

愚痴るつもりも・・・批判するつもりもないが。新聞を読むことで「人間の幅」が広くなり、社会を見る目が変わってくると思っていたが。どうも、そうはならないと気が付いた。

理由は簡単で・・・社会現象の「上澄み」だけを拾って読んでも・・・人間力は全く身に付かない。むしろ頭でっかちで薄っぺらな人間にしかならない。ましてや、社会の深層を知ることなど出きる由もないと思うようになった。

新聞を読むってことは・・・日々情報を押しつけられること。それも、そのば限りのご都合主義で、思想的にも社会的にも、哲学的にも、人間的にも、脈絡も一貫性もない。

惰性で生きる人間のようである。惰性で生きる者が、人間の真価を発揮することなどできる筈はない。だから、新聞を読むことは、情報の渦に巻き込まれ、社会を知ったと勘違いして、自己満足に浸る程度のことでしかない。

抽象的な書き方だが・・・新聞は新聞のご都合主義で新聞を発行しているのであって、系統立てて物事を組み立てたり、深く物事を考えるに何の役にも立たないと言いたいのである。だから・・新聞を読もうとのテーマが無意味に思えてしまった。ので悩んでいるのである。

そのことに・・いち早く気付いたのは。新聞の購読を必要としなくなった読者であり。新聞広告に効果を見いだせなくなった広告主ではなかったのかと思う。新聞経営が曲がり角に来た本当の原因は、新聞が社会の「上澄み」だけを自分達のご都合主義でなぞっているからではと思うと・・・

妙に・・・・・虚しい。       Goto

投稿者: 後藤 日時: 2010年09月14日 07:45


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