新大関・稀勢の里

勝って騒がれる力士より負けて騒がれる力士になれ・・・・

私は大の大相撲ファンです。今年も、去年も、名古屋場所に足を運びました。水を差すつもりはないが、一言申し上げねばなりません。そうです。稀勢の里関の大関昇進について。

彼は大器です。鳴門親方の秘蔵っこ。有望力士です。大相撲の看板力士になること間違いないでしょう。急逝した師匠の遺影の前で「謹んでお受けします。大関の名を汚さぬよう、精進します」との口上も難しい「四字熟語」の口上と比べれば好感が持てます。

「師匠に感謝の気持ちでいっぱいです。まだまだ自分は頑張るし、やるからには、上を目指す」と横綱への意気込みを語ったのも・・・頑張って欲しいと思います。それに、先場所に続いて日本人の新大関が誕生したのも、結構なことです。

千秋楽。テレビ桟敷の観戦でしたが、新大関琴奨菊に寄り切られた相撲。土俵下で、床を両手で叩いて悔しがったしぐさ。本モノです。しかし、33勝が昇進の目安。負けて32勝。1勝分は、横綱白鵬の連勝を止めたので帳消しなのだろう。それで、良いのだろうか?

双葉山の69連勝を阻んだ安芸の海に師匠は「勝って騒がれる力士より負けて騒がれる力士になれ」と諭したそうだが、手塩に掛けた鳴門親方が存命なら・・・・1勝をどう解釈しただろうか。親方が亡くなり、さたやみになったが、鳴門部屋の暴行事件一生懸命の指導が、事件となったこと、忸怩たる思いで、悔しかったと思う。・・・・・1勝に拘ったと思う。

鳴門親方の急逝と愛弟子の大関昇進。美談仕立てだが・・・・私には八百長問題の本質や興行成績などを鑑みて、巷間批判された・・・協会の本質が露呈しのではないかと思えてならない。

それと、この1勝は、大きな意味を持っていると思う。素人評論家では、目利きができないのだが。この夏。稀勢の里の相撲を生で見た限り・・・・琴奨菊は、身体の大きさ、張りと、がぶり寄りの型とスピード相撲などで、こりゃぁ・・・大関になっても良いのでは、と思ったのだが。稀勢の里には、それを感じなかった。

もうひと場所・・・精進するチャンスを与えた方が・・・・名を汚さぬ大関になるのではないかと思えるのだが。とは申せ、大器です。昇進した以上は、負けて騒がれる力士になって欲しいと願い、一言申し上げる次第です。

来年の名古屋場所、稀勢の里が綱を締めての土俵入りを見たいものです。   Goto


投稿者: 後藤 日時: 2011年12月06日 06:43


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