2013年04月

テレビCM

2013年04月30日

経済成長を悪と考えるって、おかしくないですかねぇ?

4月はテレビの番組改編時期。広告を生業とするものが・・・テレビはニュースと報道番組以外NHKの大河ドラマをビデオで見るぐらいでは、何がどう改編されたかさっぱり分からない。それでは行けないと反省しています。

その罪滅ぼしの意味も兼ね・・・朝日新聞に連載される天野祐吉さんのコラム「CM天気図」は毎回スクラップして、CM事情をキャッチアップしている。そんな程度ではテレビに出稿頂くスポンサーに申し訳ないんですが。

天野コラム。先週のタイトル「さよなら経済大国」・・・旭化成グループの企業姿勢を示すブランドCMシリーズを高く評価して・・・(ごめんなさい見たことがないので、中途半端なコメントになるかも知れませんが)

作家のなだいなださんの日本は「強い国」にならなくても良い。「賢い国」をめざすべきとの説を引用しながら。経済大国や軍事大国は米さんや中さんに任して・・・日本は「生活文化大国」になれば良い。旭化成の技術やモノづくりを紹介するCMは「経済大国さようなら」を訴え、文化度の高い「賢い国」になろうと視聴者を誘っているのではないかと・・・天野節を披露・・・

地下鉄を24時間走らせようとする国よりも・・・ぼくは「賢い国」に住みたい・・・・とひと捻りしてコラムを結んでいる。旭化成の宣伝上手は新聞広告で認識しているのでCMを見なくてもイメージが湧いてきます。なるほど、CMをそこまで掘り下げるとはさすが、天野御大。

しかし、経済至上主義を問題だとは思うんですが、果たして強い国と賢い国は別物何でしょうか?経済的に成長することと生活文化大国とは反比例の関係なんでしょうか。そうは思えないんですが。なぜ天野さんは経済成長を敵視するのでしょうか?優雅な生活をされているんでしょうね。

だってテレビ局が春秋二度も番組改編するのは、民放の経済活動を促進するためでしょ。経済成長しなくちゃ。企業も味のあるCMで訴えることなどできないと思うんですが、などと考えると天野祐吉さんの住みたい「賢い国」のイメージがまったく湧かないんです。旭化成のCMが「さようなら経済」なんて、訴えてはいないと思うんですが。こじつけですね。

私も・・・テレビを見ないんです。なんて寝ぼけたこと言ってないで、もう少しテレビチャンネルを回し、勿論、改編番組もちゃんと見ながら・・・CMを観察、CM事情を自分で把握して、天野さんとは見方が違うコメントをこのブログに書いて見たいと思います。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月30日 05:49 | コメント (1)


超大型新人・松山英樹君

2013年04月29日

異次元の話は、日銀総裁だけではない。

今日はウォーキングをいつもの半分にします。そして、朝の腕立て伏せとスクワットは中止です。勿論、素振り用の重い棒も振りません。理由はホームコースの委員会メンバーがシングルプレーヤーになったお祝いのコンペに参加するからです。

還暦すぎたおっさんでも。明日はゴルフとなりますと、子どもの遠足のようにソワソワ、キャディバックから、パターを取り出し絨毯の上でボールを転がしたり、何度もスタート表に目を通したり、ウキウキしてます。

それに、ドライバー飛距離を20ヤード伸ばしたいと意気込み、ひと冬精進を重ねた成果も試せるとあっては、気分は超大型新人プロ「松山英樹」君です。松山君といえば今月男子プロ開幕戦の東建ホームメイトカップでプロ初デビュー(昨日2戦目で優勝しましたが)・・・身近で彼のプレーを観戦しました・・・・・

それはそれは・・・大胆な金融緩和に踏み込んだ日銀黒田総裁の発言・・・「異次元の世界」が、彼にもあてはまります。真後ろで、ティーショットをみていたのですが。ヒットの瞬間は勿論わかるのですが「その後・・・ボールが何処へ飛んだのか」まったく見えません。

曇り空でしたので、白いボールが雲に吸い込まれて、わからなくなるのですが。それにしても。去年は石川遼君のドライバーショットを同じ位置で観戦しましたが。彼と比べても初速、音、飛球線、距離、スイングのスピード(石川君の方が速く見えました)などなど「異次元」です。

本人に直接請求聞いたのですが。プロ転向の理由は東北福祉大で震災ボランティアに積極的に参加「東北に勇気を与えられるような人間として、可能性に挑戦したい」と。苦手は何か?・・「人前で話すことと、インタビューです」とはにかむ笑顔に、朴訥な人柄が滲み好青年。プロずれしないで真っ直ぐ伸びて欲しい。

いやいや。そんな異次元の話ではない。今日のコンペ、優勝インタビューは苦手ではないが、問題はパター。松山君のパター、3m以内はカップの向こう側に「ゴツン」と当たり跳ね上がってインする。私も「ゴツン」とはいかないが、ショートして届かないパターだけは打たないようにしたい。・・

さあさあ、いざ出陣、気分は松山君・・いや、66歳でエージシュートした尾崎将司プロの積もりで頑張ります・・・・・結果は後日ブログで。 Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月29日 07:32 | コメント (0)


ペンの花

2013年04月28日

たまには大自然の巡りに・・・触れた方が良さそうですね。

今日からゴールデンウイーク。いや、昨日からでした。この歳になりますと、休みにじっくり休もうとか、何かをしたいとか、しようなんて思うことがありませんので。いつも通り5時前に起きブログを書いて、いつものコースを何時ものように、ゴミ袋とゴルフの素振り用の棒を持って・・・スタスタとウオーキング・・・何ですが。

風薫ると申しますが。春はいいですね。雨上がり・・故郷の街にデンと構える金華山の峰に・・「ツブラジイの白い花」がこんもりと咲き。街路樹の「ハナミズキ」は溢れんばかりにピンクの花を付け。車道歩道の境には「ツツジが咲き乱れ」県営の総合運動場の垣根には「真っ赤なサツキ」連なり・・・

思わず・・・ウエアーを脱ぎ捨て、アンダーシャツを捲り上げ。トレーニングパンツを短パンに履き替え。肌も露わに爽やかな季節に浸りながら、スタスタと歩くのは快適。歩きながら・・ふと・・・

2月の大分市議選で当選した「覆面レスラー議員」の議場入りに「品位に欠ける」との理由で「NO」の決議が本会議で突きつけられ・・・渋々「議員の仕事がしたい。大人の対応をする」と覆面を脱いだ事件で・・・毎日新聞の特集「記者の目」を担当した若い記者が「覆面の着用を支持する」としたうえで、

「外見だけで「ダメ」と言うなら、品位どころではなく差別だ」「議会が「言論の府」であるならば、見た目で市民の代表を門前払いしてはならい。覆面でも良いとする有権者の声を無視すべきではない」と大上段に振りかぶり・・・憤っていますが・

覆面議員が如何に覆面姿で様々な活動してきたからといっても、そもそも覆面とは、顔を隠すための道具。他地域の先輩覆面議員は議場に入る前には素顔本人であることを確認することで着用が認められたましたが。若い記者は、「品位に反する」とは何事だ、大分市議で「自分は品位がある」と胸を張れる奴はいるのかと、記事で捨て台詞はいている。

顔を隠すってことは・・品位とは関係ないかも知れないが。私は匿名で掲示板に人の批判を平気で書く輩と同じ、卑怯者がやることだと思う。政治を志すモノは後ろ指さされるような事があってはならない。「大人の対応をする」と覆面議員が言ってるんだから、それが賢明だと思う。にも拘らず、支持し擁護する若い記者の心理がわからない。

私はあえて申し上げたい。路上のタンポポはコンクリートの割れ目から這い出して咲く。木枯らしに耐えた樹木は季節の巡りに逆らうことなく、春の訪れと共に目一杯の花を付ける。新聞記者の花はペンである。風雪に耐えずして身勝手な花を咲かせると、ペンの花は人の心には映らない。

この若き記者君、これから様々な経験を積んでペンの花を咲かしてくれるだろうが、ゴールデンウイークです。仕事が忙しいかも知れないが・・もう一度、身の回りの自然をじっくり観察して、正義を論じて欲しいと願う。Goto


投稿者: 後藤 日時: 2013年04月28日 05:40 | コメント (0)


恋する豚

2013年04月27日

手間暇掛けて、モノづくりすることが、原点・・・

新聞はこうでなくっちゃいけないと、納得しています。
毎日新聞、4月からの紙面刷新。活字を大きくして情報量が減れば、購読料金を下げるべきじゃないかと、屁理屈を述べましたが、さすが、毎日様・・失礼しましたと申し上げたい。

新聞命の私としては、ネットの普及で新聞の価値が下がったとの評価に、いやいや、そうではありません。毎日新聞が火曜日にスタートしたオピニオンのページは、素晴らしいです。記者の気概と申しますか、熱を感じます。新聞ここにありです。

4/23付・オピニオンの「論説委員が行く」で野沢和弘論説委員が、千葉県香取市の養豚業者を丁寧に取材、重厚な内容に思わず納得の解説記事でした。そもそも論説委員の仕事は社説を書くこと。政治や経済、社会を読み解き論じることです。

この「論説委員が行く」のコーナーは、掲載した社説の取材現場で感じたことの紹介。つまり、社説を書くに当たっての背景、根拠が証明されています。タイトルは「恋する豚と障害者就労」。養豚業者の廃業が相次いでいるのは、飼育料の価格高騰と安価な輸入豚肉のせいばかりではない・・・

衰退を招いた理由は養豚業自体にあるのではないか。この業者は、エサを工夫して豚の事故率を下げ、努力を重ねている。「同じものを毎日食わされているのは豚だって嫌だろう」「美味しいものを食べ、免疫力を高め、元気に遊び、恋をしなければ豚だって面白くないハズ。それが恋する豚です」と・・・手間暇惜しまぬ姿勢が・・・TPPに抗うことに。

この業者は「就労継続支援A型事業所」として障害者らが豚肉の製造加工を行っている。その製品の販売や食材を使ったレストラン「恋する豚」を営業している。障害者雇用促進法や自立支援法によって障害者の就労は進んできたが。必要なのは制度だけではない・・・

グローバル競争に生き残るために、余分なものをそぎ落として効率化を図ってきたが、何か大事なものまでそぎ落としてしまったかもしれない。働く喜びを素朴に全身で表す障害者を見ていると、自分たちが見失ったものがくすぐられる。これまで就労から阻害されてきた障害者を触媒に、自らが見失った原点が見えてくると障害者就労の意義を語る。

いずれも。2/22オランダの福祉事業を紹介した社説に読者が応え・・・論説委員殿が千葉に取材しての記事です。私は経営にとって合理化には問題があると思ってますが、効率化は図らねばならない考えてきましたので、この障害者就労と効率化の考えには疑問ですが・・・

しかし、手間暇掛けて飼育する姿勢が、安価な輸入豚肉に負けないとする点と、その姿勢が働く喜びを素朴に表す障害者の就労に繋がっていると読み取ると・・・、手間暇を惜しまず制作する我が社の「地域みっちゃく生活情報誌」に我が意を得たりと・・・毎日のオピニオン欄「論説委員が行く」に元気づけられました。新聞って素晴らしいですね。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月27日 06:11 | コメント (0)


違憲議員

2013年04月26日

一票の格差が2倍を超すと1京倍・・・国民は損害を被るんですって???

4/22付・日経朝刊に、なかなか迫力のある意見広告「違憲議員」が掲載されました。(写真参照)
凄い迫力ですねぇ。まるで、天地がひっくり返ったような大事件の見出しです。何ぜそんなに興奮しているのか?何を訴えたいのか?面倒でしたが、折角の広告。丁寧に読んで見ました。

私の率直な感想です。
11年・12年の最高裁大法廷の判決、本年3・4月の各高等裁判所の判決は一票の格差は投票価値の平等に反するので、現行選挙で選ばれた国会議員は憲法違反である。従って無資格者。
違憲国会議員が現在国会で行っている立法行為は憲法秩序の根本破壊であり「国家レベルの異常行為」である。と広告は力んでいるのですが・・・・

もう、何十年も前になりますか。自衛隊違憲判決に。自衛隊は憲法違反だ。解体せよと叫んだ・・今回と同じような・・・「国民有志」がいましたが。自衛隊は現在も存在しています。その人達の考えと、違憲議員の追放を声高に叫ぶ人達がダブるのですが。

この広告主である「国民有志」はこんなことも主張しています。
有権者有志は国会が速やかに最高裁判決に従って法改正しない場合は第一次(第二次、第三次を計画してるのでしょうね)の国家賠償訴訟提起する。有権者の損害は1人当たり5,000円、2000万人が原告になる予定・・・1000億円の大訴訟になると。誰を脅しているんでしょうかねぇ。勝訴しても、国民が納めた税金で2000万人の国民に支払うんですかねぇ。

済みません。法的に考える能力がないものですから。
ついでに、もう一つ。数字にも弱いものですから。公職選挙法ではこの種の訴訟は100日以内で判決せよとのルールがある。判決が出てるにも関わらず「今日も明日も、明後日も違憲国会議員によって立法活動が行われる「異常な状態」は・・・・(難しいですよ)

国家権力の正当な行使に与えるマイナスの影響を1とすると、「違憲」の選挙区割で当選した「違憲国会議員」が国家権力の正当な行使に与えるマイナスの影響は、その1京倍(10,000,000,000,000,000倍)に値する破滅的なものになる。そうな。なんで、一票の格差が、2倍を超すと、国家権力行使に関する被害が1京倍の損害を国民が被るのか?さっぱり理解できません。

法曹界の人達は優秀だから私が無能だと、笑われるのは一向に構わないのですが。
一票の格差を限りなく0にすれば、本当に、法の元に平等なんですかねぇ。国会議員の大半は都会から選出されるってことになりますよねぇ。地方切り捨てとは申しませんが。人数がすべての考え方は腑には落ちませんね。

それから。この国の権力者って誰ですか?私には国会議員だとは思えないんです。むしろ、主権者である「国民」の名を語り・・・「国民有志」と称して・・法を振り回す人達の方が権力者のように思えてならないのですが。

それにしても。お得意の第三者機関を作って、選挙制度の抜本的見直しすれば良いのにそれも、しない政治家に鉄槌を下したい「国民有志」の考えもわからないではないですが。Goto


4/22日本経済新聞

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月26日 05:40 | コメント (0)


中国国防白書

2013年04月25日

北朝鮮の挑発行為とどっこいどっこいじゃないのか?

大上段に振りかざすのも、気が引けるのですが。日中関係について、私はどちらかと申しますと、親中派の積もりですが、少々目に余る気がしますので・・・。08年87,000人の死者をだした四川省で、また地震が発生しました。被災状況は報道でしかわかりませんが・・・

習主席は被災地に入った軍に「戦えば必ず勝」の精神で取り組めと檄を飛ばすなど、中国政府の必死の体制が伝わってきますが、中には、習新政権の迅速な対応を強調するあまり「報道の主人公は被災者ではなく、指導者になっていないか。主客転倒だ」などとの批判も聞こえますが。思惑が透ける様ではよろしくありませんね。

日本政府も、支援を申しでたそうですが、中国側は支援を申し出た諸国に謝意表した上で「現時点で救助・医療要因の数や救援物資は足りている」として支援隊派遣などは辞退しているそうです。安易に支援を求めないところが中国らしいですが、報道の映像に写し出される被災者の姿に・・・頑なは宜しくないのではと思わないでもありません。

中国国防白書。「海洋強国の建設は国家の重要な発展戦略である。断固として海洋権益を守ることが軍の重要な職責だ」と海洋への膨張路線を強調している。夢を語る習主席は「中華民族の偉大な復興の夢とは強軍の夢だ」と強軍路線が夢だと語っている現れでしょうか。

海軍の基地を視察した折にも「強軍の目標を胸に刻み、その実践に身を捧げよ」と命じたと読売新聞の社説は論じている。読売がことさら中国の軍事大国路線を煽るのも如何なものかと思うのだが。この時代に軍拡路線とは・・・やっぱり頂けない。

海洋強国建設なんて・・・尖閣問題が標的・・まるで火に油を注ぐようなモノ。これでは北朝鮮の挑発行為とどっこいどっこいじゃないでしょうか。中国は一党独裁で人権も無いし、まともな国じゃないと批判する人達の声が大きくなるばかり・・・。今時、軍拡路線を強調するなんて・・・何を焦っているのか。何を血迷っているのか。弱ったものです。

日本と中国は一衣帯水。中国5000年の歴史に学びたいと願う市井のおっさんとしても。
四川省の被災者に思いを馳せれば馳せるほどに・・・受け入れ難い、習新政権の国防白書である。Goto


投稿者: 後藤 日時: 2013年04月25日 05:47 | コメント (0)


新型うつ病

2013年04月24日

人間の尊厳とは・・・他者の痛みに思いを馳せること。

とても難しい問題ですが。私なりに考えて見ます。
文藝春秋5月号に連載されている「新型うつはサボリ病か」についてです。

この筆者の分析は、新型うつの特徴は「若者に多い」「職場以外は元気」「他罰的」である。
従来のうつは30代後半から急増。あらゆることに興味を失くし、自分を責め、外出も難しくなり抑うつ気分が続くのだが・・・

新型うつは20代が多く40代以上にはない。職場では元気がないが、自宅では趣味など楽しく過ごす。休職中にもかかわらず遊んで歩く。自己中心的で「うつになったのは上司や家庭が悪いから」と他罰的である。自ら積極的に「自分はうつ」だと医者に訴えるのも特徴。

「本人の性格と環境相互作用で起こった、現代日本の若者を象徴する病だ。患者本人がそのことを認識することから始め、治療に取り組めば、社会の新たな場所で活躍することは充分に可能である」と結論づけている。

蔓延する「うつ」をどのように捉えたら良いのか。

日本社会の長期における閉塞状況が生み出した現代病と捉えるべき。
そこそこの経済的豊かさがハングリー精神を枯渇させ甘えの構造を生み出した結果である。
医師の安直なレッテル貼りが、無為の若者を患者にしたてあげている。

人は弱いものです。自分を逆境に追い込むよりも、安易に怠惰に享楽に流れ易い。
外敵要因がそれを、助長してくれれば、我が意を得たりと、弱音を正当化できる。
一度、精神が緩み、気が抜けると、そこから抜け出すのは至難となる。

それを、メディアが現代病「うつ病」と煽り、その解決方法をより複雑化させることで、社会問題化している。メディアの作るメディア病と呼んでも良いのかもしれない。それに医師の勉強不足によって生じる最も簡便な病名である「ストレス」では、勉強不足の露呈になるので「うつ」と軽々に診断する。その結果、患者連鎖を招き「新型うつ」がさも、重大な現代病であるかのように社会に蔓延する。

すべての生きとせ生けるモノ・・・生物は、自然環境に翻弄されながらも・・・生き抜くモノのみが生き残れる。人間だとて例外ではない。ただ、人間には他の生物にはない尊厳がある。それは、他者の痛みを自らのものと感じ、他者のために何ができるかを考え、行動できること。

新型うつなる病が、適応障害なのか。現代病なのか、私には判断が付かないが。
人間の尊厳である他者の痛みを自分に置き換えることができれば「うつ」に悩むこともないだろうと思うのだが。余りにも一面的な分析だろうか。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月24日 06:19 | コメント (0)


サッチャー

2013年04月23日

キリスト教的合理主義って・・・?

日本と欧州とでは死者に対する考え方が違うらしい。日本人は死すれば、すべて仏になる。だから、死者に鞭打つことはしない。仏教の精神からきているのでしょうか。キリスト教は死者を悼むのと、生前の功績を論じるのとは別だと考えているのか?私にはわからないのですが・・・

サッチャーさんが亡くなっての欧州の反応に考えさせられる。
「鉄の女」は「私は意見の一致を求める政治家ではない。信念の政治家だ」と首相になった年に語った。瀕死の状態にある英国病の克服に「大ナタを振るい、対ソ強硬策を通じて冷戦終結の立役者」となり・・・

「市場原理を重視、小さな政府目指す新自由主義(?)の政策潮流」をレーガン大統領とリードしたサッチャリズム。不況克服のため、徹底した民営化を断行、金融・サービス業を重視、基幹産業だった製造業の衰退を招き、失業者の増加と貧富の差を拡大したとの負の評価もあるが、

彼女が政治の表舞台から去って17年。死亡した彼女に対して・・・今尚「救世主か?破壊者か?それとも両方か?」などと議論している英国。下院では「葬儀のために議会を中止するな。国葬として1000万ポンド支出は認められない。サッチャーはチャーチルではない」と死者に鞭打つ発言も多いと聞く。

17日の国葬には欧州統合で対立した独の元首相は「信頼し合える有効的な関係は、一度たりとも築けなかった」と振り返り。仏は「欧州連合創設や通貨統合は国家主権をそこなう」と対立したサッチャーさんを認めず、葬儀に政府派遣を拒んだ。

私は反サッチャーの人達に問いたい。
では、あの英国病に対する処方箋は、他にあったのか。少なくとも、英国の野党にその妙案と行動力がなかった故に、サッチャリズムが生まれたのではないか。批判をするのは簡単である。しかし、製造業の必要性を最も理解していたのがサッチャーじゃなかったのか。でなければ、日産が英国で成功するはずはなかった。

EUは英国が加入しないから、経済危機が訪れているのか?そんなはずはなかろう。
「独は再び欧州支配しようとしている」と批判してEU加盟を拒否したサッチャー。ドイツのEU経済一国集中の現実を予見したと取れないだろうか。

いや。死にあたり・・その人の功績を論じるのは易いこと。でも、今どうなのか。過去の指導者に引きずられているとしたら、何とも情けない話である。国内外の批判を一笑に伏し、86歳のエリザベス女王がチャーチル首相以来、政治家の葬儀に参列する・・・その一点で、彼女の功績は本物だったと思う。

死者に鞭打つのはキリスト教の精神ではなく。排他的合理主義の為せる技と言えないだろうか。
エッ・・・それが、キリスト教的合理主義だって???サッチャーさんのご冥福を祈る。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月23日 05:58 | コメント (0)


馬込文士村

2013年04月22日

文筆に頭を悩ませながら・・新たな作品を創造する姿に思いを馳せ・・・

温故知新という言葉があります。「古きを尋ね、新しきを知る」の意味ですが、「尋ねる」はなぜ「温」なのでしょうか?六代桂文枝を襲名した桂三枝師匠は「それは、古いものの良さを自分なりに温め直した上で、そこから自分なりに作っていくことだと思う」と述べています。

全国各地から会員58社が集い、JLAA(日本地域広告会社協会)の第11回定期総会が東京・大森で開催されました。昨年は10周年記念総会。京都の国際会館で「10年偉大なり」と10年の足跡を辿り、新たな10年を「20年畏るべし」と社会に誇れる「エリアNo,1広告会社」の共同体をつくっていこうと、呼びかけました。

この一年。「20年畏るべし」に向けJLAAは大きく脱皮しました。(総会プログラムから抜粋)
JLAAは「一般社団法人・日本地域広告会社協会」に法人化いたしました。平成20年12月から施行された一般社団法人に関する法律では、非営利が徹底される場合、会員の公益的な目的のための活動が認められ、税が優遇されます。

従来の団体ではしかるべき法人等とは契約も交わすことができず、その地位は社会的な認知を受けていませんでした。一般社団法人化によって社会的信頼と価値を一気に飛躍させることができるでしょう。因みに日本新聞協会も一般社団法人です。

JLAAは地域の広告会社の存在意義である「地域社会を活性化し、地域を元気にする」との目的のため・・・会員相互が切磋琢磨して努力を重ねる日本で最も活発な広告会社の共同体に育っています。

広告業界はネット中心とする多様な情報ツールの時代を迎えています。新たな広告手法や技術を身につけ、クライアントニーズに応えるべく進化するのは勿論ですが。それぞれに地域で育まれてきた「広告文化」を「温め直す」つまりは「古きを尋ね」ることが、新たな時代に対応できる。そんな思いから、今年のテーマを「温故知新」とし決意も新たに11年目をスタートしました。

全国からご参集いただいた、会員各位に改めて感謝いたします。

総会の朝。大森駅のビジネスホテルで、目を覚ました。
この辺りには、明治・大正の文豪たちが多く住んでいて「馬込文士村」と云われていると、教わりましたので、それならばと、ウォーキングを兼ね・・・

北原白秋・尾崎士郎・和辻哲郎・山本周五郎・室生犀星・小林古径・宇野千代・稲垣足穂・川端康成・石坂洋次郎・川端龍子(日本画家)・倉田百三・山本有三・広津和郎・藤浦洸(作曲家)・三好達治・今井達男などなどの居住地を尋ねました。

・・何と多くの文豪がこの狭い地域に暮らしたか?不思議です。彼らがこの地で、文筆に頭を悩ませ、新たな作品を創造して行く姿に思いを馳せながら・・1時間半ほど、古きを尋ね歩きました。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月22日 05:45 | コメント (0)


律令国家

2013年04月21日

日銀の常識は世界の非常識だったのか?

さて、あなたはどう思われますか?15年間もデフレ状態が続いた原因は、ひとえに日銀の「自分たちは貨幣量を増やしているのにやっぱりデフレのままだ」と自己正当化しながら「金融政策はデフレに無力」とデフレを放置し続けた責任は犯罪的行為だ・・・・との論に・・・

経済学は難しいと、何と無く敬遠して、デフレ不況に「貨幣政策はモノ・サービスには影響を与えない」とか「貨幣量を増やしても物価は上がらず、デフレ退治にはならない」という同志社大の浜矩子教授や一橋大の斎藤誠教授などの論に納得しながら・・・日銀を肯定してきた・・・

リーマンショック以降米・英国は金融緩和で貨幣量を3倍に。韓国も大胆に紙幣を刷り景気を刺激。世界中が貨幣を市場にどんどん供給する中、「人口減少を始めとする人口構成がデフレの一因」と貨幣量を抑制してきた日銀白川方明前総裁の世界と真逆の政策が、デフレ不況の根本原因だとするリフレ派の浜田宏一イェール大学教授の説・・・

黒田東彦日銀総裁が「異次元の金融緩和」貨幣量を2倍にすると発表しただけで、100円を伺う勢いで円安が加速し、株価も40%近く値上がり一気に景気回復基調に経済が一変してしまう現実に。・・・経済学を知らないとは情けないと思いながら・・

朝日新聞などは、まだ、リフレ政策が実体経済には反映していないにも拘らず「景気回復を実感していますか」などと、ピントの呆けた街角世論調査で70%の人が実感してないなどと早計な結論で紙面を賑わしている・・・新聞も未だに・・リフレ派の論が私程度しか分かっていないのではないかと思えるようになってきた。

文藝春秋5月号で、浜田教授は「経済発展には人間の幸福との両立に最大の配慮」が必要であると数学者の藤原正彦さんとの対談で語っている。だとすると、貨幣の番人であるとする大官僚・日銀は、なんのために日銀たり得ているのか?日銀の常識は世界の非常識だったなどと、歴史が証明したとなると・・・

さてさて・・・・日本は律令国家です。日銀もまた、その最たるモノと考えれば、我々市井の民がもう少し経済について真剣に学ばねばならないってことになりますかねぇ。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月21日 05:35 | コメント (0)


着物文化を

2013年04月20日

日経、アートレビューに「絣模様」熟練の技を学ぶ・・・

私たちの日常から着物が消えて久しい。親父殿は正月の三ヶ日は着物で過ごしていたが。一昔前までは一般家庭でも寝間着に絣(かすり)模様の浴衣を着用していた。昨今ではそれもパジャマに。あえて着物といえば、若者が連れだって花火見物に浴衣で・・・程度だろうか。

日経新聞。毎月第二木曜日にアートレビュー「身近に潜む「美」の発見」のタイトル紙面がある。これがなかなかの力作。私は大好きで、毎回欠かさず読んでスクラップする。4/11付では、和服の素材として日本人を包み込んできた織物・・・「絣(かすり)」について武田健太郎さんが執筆している。

真っ白な糸の束に何百ヶ所もヒモを括り付け、藍で染める。その後、括ったヒモをほどくとそこに白い染め残しができる。糸のどこに染め残しを作るかを設計図(絵紙)で決め、それに従って括り、染め終えた糸を順番に並べ織りあげると、設計された柄が浮きでる。そんな緻密な工程を繰り返し・・「絣」は誕生する。

「絣の糸は生き物。機嫌を見ながら対応を変えなければいけない」自然の変化に呼吸を合わせ、糸に命を吹き込み。織り方にも熟練の技を加える。それでも、模様のズレや染め具合の違いが生まれる。糸が気まぐれだからである。それで生じる色や柄の微妙なづれが合わさると優しく自然な風合いが生まれる。その模様が「かすれ」てしまう・・それが、絣の語源になっているそうな。

絣の起源は6世紀。インドが発祥。琉球王朝に技術が受け継がれ、そのかすれの曖昧さが日本人の好みに合い江戸時代に各地に広がったとアートレビューは伝える。絣の着物といえば、寝間着か、モンペの生地、茶摘み娘のファッションのイメージしかなかったが、そんな伝承の歴史と熟練の技が醸し出すものとは知らなかった。新聞って凄いですね。

そういえば思い出した。我が社の大垣市にある中広ITセンターの落成(1996年)に・・・黒の紋付袴で、「敦盛」を一指し舞ったとき以来、着物をきていない。着物は文化、それも身近な美の文化ですよね。来年の正月は、親父殿の着物引っ張り出して・・過ごしてみようかな。Goto


4/11日本経済新聞

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月20日 06:04 | コメント (0)


人前で話すってこと。

2013年04月19日

自分の考えや、意見、主張をしっかり持つことが大切ですね。

人前で話をするの難しい。ましてや自分の考えや意見を多くの人に理解しもらうとなると容易ではない。それなりの訓練や経験を積まないとなかなか上手く話せない。私なんぞ齢65歳になるというのに、赤面症で、人前に立っただけで、上がってしまって、思いの半分も伝えることができない。

威風堂々。己の論を滔々と語り大向こう唸らすような大演説のできる人には、感嘆と敬意を覚えると同時に尊敬してしまう。朝日新聞に名古屋の高校の「弁論部」の記事が掲載されていた。
岐阜の高校には弁論部があったかどうか?定かでなないが。創設が1947年っていうから、66年の歴史がある。凄いね。

高校生の時から、こんな部活で「自分の日常体験からテーマを見つけ、思いや考え方を論理的にまとめて、聴衆に伝わるように訴える」訓練を繰り返すのだから。彼らは人前で話すことが苦痛よりも、快感なんだろう、何事も若いうちに努力や経験を積んでおかないと、大人になって苦労するのだと、改めて思う。

因みに、この「弁論部」・・言葉をはっきり発音する必要から「滑舌」の訓練として「長音発生」「早口言葉」を繰り返すそう。そうですよね。小さな声でボソボソと話しても相手に伝わりませんからね。年に数回ある・・・・

全国弁論大会では、論旨、声量、態度、聴衆の反応が審査され・・・点数を競うそうですが、最も配点がおおきいのは論旨。テーマに対してどれだけ矛盾なく、起承転結をはっきりさせて論を説くかが鍵を握るそうです。話し方の技法よりも中身ってことでしょう。

であれば。人前で上がってしまって、上手く話せないのは。それは経験不足や技法の問題ではなく、論旨があやふやだからと言えなくもありませんね。本気で伝えたいこと、伝えねばならないことがあれば、そのことを自分の言葉で語れば伝わるものですから。

ということは。なぜ、人前で上がるのか。思いの丈の半分も話せないのかといえば、伝えねばならないことが本物でも、本気でないからなんでしょう。どうしても伝えたい論旨があってこその技法の修得だと思えば、齢65歳でも、弁論部で修行しなくても、人前で威風堂々話ができるってことになりますね。Goto


投稿者: 後藤 日時: 2013年04月19日 06:04 | コメント (0)


共通番号制度

2013年04月18日

反対の為の反対の議論は止めて欲しいものです。

日本ほど民主主義が発達した国はないと、つくづく思うのですが。あなたも議論の輪に入りますか?政府は国民ひとり一人に番号を割り振る共通番号制度関連法案(マイナンバー法案)をこの国会に提出、議論が始まっています。

この法案は、そもそもが民自公の3党合意上で昨年の2月に民主党政権が提出、11月の衆院解散で廃案となりましたが内容は民主党案とほぼ同じ。であれば、さっさと成立させれば良いと思うのですが。それが、それ、民主主義とは手間暇掛かるもの・・・・

導入には「共通番号は国家が国民を管理するためのものだ」とか「個人情報が漏洩した場合の責任は誰がとるのか」だとかお決まりの「エセ人権主義」の反対論が、本来憲法で保障されている権利を守り、公平、公正で利便性の高い社会を構築するために役立つ制度にも拘らず・・・行く手を妨げています。

共通番号推進協議会の北川正恭会長は「今の行政は本人から申請がないと動かない申請主義。サービスを受けることを知らないと放置されたままになります。番号制度で対象者には通知が行くようになり、受け身の行政から積極行政に体質改善を可能にします」と行政の改革にも言及しています。

私的には、今国会で道州制への法案が提出される予定ですが、共通番号制度は、基礎自治体の住民管理面からもグットタイミングだと思います。残念なのは、反対論を牽制する意味で(この態度が、民主主義的なんですが)・利用範囲が社会保障と税の行政手続きに限定されていることです。

高齢社会です。医療分野での活用。年金の一元管理。それに、税負担の平等性。社会保障の給付の削減、移民対策など、その活用の拡大に期待したい。民主国家としての成熟度が増します。議論に議論を重ねるのも良いのですが。3党合意なのです。

反対の為の反対にエネルギーを費やす愚は止めてもらい、もう少し、建設的で、前向きな議論で法案成立のスピードをアップして欲しいものです。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月18日 05:34 | コメント (0)


敗軍の将、兵を語る

2013年04月17日

これぞ絵に描いた老害じゃないでしょうか。

現役である以上、経済戦争に勝ち抜かねばなりません。その為には、無理にでも詰め込まねばならない情報があります。日経新聞を読むのもそのひとつですが。注目されてる経済の話題を深堀するには日経ビジネスも辞める訳にはいかない情報ツールです。

定期購読を始めて何年になるでしょうか?4/1発行で1685号。創刊から35年近くなりますが。
創刊して数年後から購読してますので、(途中辞めたりもしましたが)かれこれ、30年になるでしょうか・・・・企業をベタ褒めする「提灯記事」が目立った頃もありましたが。

最近は編集長がいいですね。毎週の特集にハートが入っています。編集長の視点、切れ味が抜群でなるほどと、巻頭のコラムには唸らされます。何となくですが。で、必ず目を通してしまうのが長期連載のコーナー「敗軍の将、兵を語る」です。

将たるもの、敗北をどのように総括するのか。「兵を語らず」が「語る」にしてあるせいか。以外と自己責任の認識が薄く、環境や周り、部下の責任にする将が多いのが面白いです。だから「敗軍の将」なんですが。

4/1号の「社長公募後継者は見つからず」は、まさにその典型で、笑っちゃいました。
メディアでも話題になった1926年創業。資本金120億。売上611億。従業員3800名の自動車部品メーカーが07年「社内に人材がいない」と「年齢が若く、英語が堪能で、国内外を飛び回る体力があって、主導的に買収交渉を進められる手腕」のある人材を社長候補として公募・・・

結果は1700名の応募から、社長候補と副社長候補を選んだのですが。社長候補(実名で書いてあります)は社長代行に就いたが。官僚出身で商売人じゃない。それが原因で違和感を覚え、退社させた。副社長候補も私が求めるレベルに程遠かったと取締役から退任させた・・・

公募では上手くいかなかったので。今はヘッドハンティングで候補者を探しているとも。社長公募探しに敗北した・・・「将」である齢80歳の会長兼社長の弁。原因は、元の会社で高く評価されてる人物が、その組織をわざわざ辞めて転職するはずはないってことだったんでしょうとも・・

・・・1700人の応募の中から、これはと選りすぐって決めたご本人が・・・メガネ違いをした自分の否を棚に上げ、「将」として「兵を語っている」(日経ビジネスって、辞められませんよね)

3800人の従業員の中に後継者がいないと思い込むこの経営者。
「企業は人なり、人づくりを通じて信頼される企業づくりの推進」を企業理念に掲げているのですから。笑っちゃいますよね。これぞ絵に描いた老害というと、叱られますかねぇ。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月17日 06:11 | コメント (0)


ネット選挙解禁

2013年04月16日

公職選挙法の抜本改正が必要ではないでしょうか。

私は何を隠そう、選挙のプロです。いや、若い頃、岐阜社会党の書記局にいましたので、負け戦ばかりの選挙を何度もくぐりました。その経験から公職選挙法の矛盾や盲点をそれなりに熟知しています。その立場から、ネット選挙について考えて見たいと思います。

まず、現行の公職選挙法の最大の矛盾は、戸別訪問の禁止です。
問題点は、お金がなければポスターやパンフレット、チラシなどの教宣物が作れないことです。
ですから。政党本位か。現職が優位な選挙活動になります。

その改正が、ネット選挙の解禁であるなら、それはそれなりに、画期的ことですが。私には、ピンと来ません。ネット選挙導入とは、選挙期間中に禁じられていた政党や候補者のHPとブログの更新や「ソーシャルメディア」を利用した選挙運動ができるようになるってことだけです。

そんなことは、公職選挙法はネットが情報ツールとして普及する以前にできた法律なんですから。それを時代に合わせて変えるだけ。なぜ、国会で反対の意見があるのか?メディアが大騒ぎをするのか?私には理解できません。

日常的に「ソーシャルメディア」を活用して、自分の意見や政策を論じるのは政治家として、あるいは、政治を志す人にとっては当たり前のことです。また、その考え方に反対の人も賛成の人もネット上で意見を戦わせるのに何の矛盾も問題もありません。それを規制していたことが問題であっただけです。

改正では、メールによる選挙運動は他人の「なりすまし」や中傷の温床になりやすいとの理由から禁止していますが。これもネットが理解できない頭の硬い連中のたわごと。ネットは恐ろしい情報ツールです。ネットでの誹謗中傷はつきもの。しかし、匿名でも誰が誹謗中傷したかは、簡単に把握できます。個人情報を保護することは本質的にできないのです。

その部分だけ、切り取って禁止しても意味のないことです。
ネット選挙を解禁すれば、今までの選挙風景がガラッと変わって、新たな民主主義が生まれるような話ですが。そんな、バラ色なんてどこにもありませんし、取り立てて、何の変化も起こりません。だって、有権者の質が変わった訳ではないのですから。

政治はそもそも、フェイスツーフェイスでなければならないと思っています。ポスターやパンフレットのコストを考えればネット選挙の解禁は悪くはないですが。戸別に訪問すれば、金銭の授受が起こると、性悪説的に禁止している戸別訪問も同時に解禁すべきではないでしょうか。

ネット選挙の解禁よりも、不透明で、解釈が曖昧な点が多すぎる現行の公職選挙法を抜本的に改正すべきだと思います。それにしても、総選挙を始め各種選挙での投票率の低さに呆れています。Goto


投稿者: 後藤 日時: 2013年04月16日 05:31 | コメント (2)


列島パレット

2013年04月15日

夕刊は文学的価値の高いメディアです。

夕刊が廃止される傾向が一段と強くなっている。
考えてみれば、昨日のニュースはお出かけ前の朝食時にお父さんが。子供を送り出し、家事を済ませたお母さんがページをめくる、それが朝刊。深夜から翌日の午前中までの出来事はお父さんが夕食を挟んで読み。お母さんは後片づけを済まして開くのが夕刊。

そんな庶民のライフスタイル新聞っていつの時代なんでしょうか。今ではニュースはテレビが主役。朝のワイドショーで新聞の記事が紹介され、お母さんには昼下がりのワイド番組で。高齢者には夕方の報道番組で粗方のニュースはわかる。もちろん、ネットを開けば・・・いつでも話題のニュースが最新で・・・

そんな時代に。夕刊を届ける必要があるのか?と、疑問を感じるのに不思議はない。廃止も時代の流れかも。しかし、最近の夕刊は各社とも、なかなか味がある。発行部数が少ないので日常的に目にする人が少ないでしょうから紹介しますと、毎日新聞夕刊は良いですよ。2面に掲載の特集ワイドはすばらしい。先日、小沢一郎さんの現況インタビューが。

森喜朗さんと鈴木宗男さんの北方四島めぐる対談も、彼らのロシアとの外交姿勢、歴史、経験など本質をついていてなかなかでした。金曜日・朝日の夕刊は文化欄が充実。映画の紹介やbe,eveningでの名作の主演俳優の声を拾うのも読み応えがある。日経の夕刊は16頁で構成。世界の経済状況に朝夕はない。必需情報が満載。それに最終面の「夕刊文化」は奥が深い。

この地方の読売の夕刊は配達されないので分からないのだが。
圧巻は中日新聞。最近の特集で、一面に掲載されている「列島パレット」は圧巻です。今週は、「むらさき」色を題材に「紫のキャベツ」「紫の風呂敷」など、日常と色を生活の中から丹念に選び出し風景や生活様式絡めて丁寧に紹介する。

新聞印刷技術の進歩なんでしょうが。新聞紙面を「色を切り口」に飾るとはなんと素晴らしいことか。思わず写真に見入ってしまう(写真参照)。日頃、仕事から帰って夕刊を手にする。思わず心が和みなす。これぞ、夕刊の醍醐味でしょうか。感動ものです。

夕刊の特徴で、私が捨て難いのは、海外のスポーツ情報です。大リーグ。欧州サッカーなど、朝刊では味わえない。新鮮さがあります。

たまには夕刊も開いてはどうですかと、お勧めはしませんが。
しかし、ライフスタイルと違っているから夕刊には目もくれないとはもったいない。最近の夕刊は、新聞の概念を覆す文学的、芸術的価値の高い読み物だと思います。短にこんな素晴らしいメディアがあるのに、見過ごすとは・・・Goto

 
3月4月中日新聞 夕刊

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月15日 05:51 | コメント (0)


打倒!直木賞

2013年04月14日

その心意気や良し・・・でも、ボチボチ店じまいですかねぇ?

「いろいろ批判はあるが、出版社推薦に関係なくお面白い本を選んでいる」「我々の賞も直木賞へ不満から始まった」・・・・本屋の店員が読んでもらいたい本を選ぶ「本屋大賞」が今年で、10回目を数えた。

第一回大賞「博士の愛した数式」・・・面白かった。江夏の背番号28・・とても印象的でした。
「告白」も迫力満点。衝撃的な作品でした。「天地明察」これは、逸品。最高の作品でした。流石に、本屋の店員は違うわいと、感心したものです。「船を編む」も文章と構成はイマイチでしたが、題材が宜しい。

で、今年、第10回目の大賞「海賊とよばれた男」・・・日本男児の心意気を示した作品だが。小説だと思えば駄作。実在の人物描写なら、中途半端。いじめられ、それでも立ち上がる姿には感動でウルウルしましたが・・・そこが本屋の店員に受けたのかな。

大賞になると、ミリオンセラー間違いなし。だから、出版社もあの手この手で、店員を懐柔するそうですが。大体が選者の「書店員」基準がよくわからない。どんな仕組みで選ばれるのかも。朝日新聞の記事によると書店員が「お客さんに薦めたい作品を1人3作選ぶ。上位10作を2次投票で決めるそうな。「もしも猫がこの世にいなかったら」なんて作品がノミネートされた。

書店員なら、書店用のコード番号(こんなモノがあるんですねぇ)をネットで入力エントリーすれば投票できる。今回は1次598人。2次307人が選考したそうです。書店員なら、本を読むってことなんでしょうかねぇ?これでは、書店に籍があれば、誰でも良いってことかな?話題づくりになれば・・基準はどうでも良いてな感じがする。

そもそも始まりが。文学賞の選考は一般読者の関心とかけ離れている。「打倒、直木賞」だそうですが。そういわれれば「芥川賞」なんて、文学的に疑問に感じる作品が多いですね。顧客と接している売る側の立場からすれば反発もわかります。その心意気や良しとすべきでしょう。

でも。文学賞にしても、本屋大賞にしても。斜陽の出版社業界盛り上げの一助に過ぎないのではないでしょうか。本屋大賞も鼻に付いて来た。10回は良い区切り、ボチボチ店じまいの感がしないでもないと私は思うのですが。

そんな素人の声に・・・実行委員会は「不満がある人はまた新しい賞を作って出版業界全体が盛り上がればよい」と意気軒昂。だが月1回開かれる実行委の出席率は5割を割っているそうな。モノを売るって難しいことなんですよ。Goto



4/11朝日新聞

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月14日 05:26 | コメント (0)


政党の存在意義

2013年04月13日

好むと好まざるとに関わらず地方分権・主権にならざるを得ない。

地方分権は政策の一丁目一番地であると叫んだのは民主党政権でした。地方主権を訴えるPHPの社長が参院選で当選した政党はみんなの党です。大阪都構想をぶち上げ地域再生を掲げる政党が日本維新の会です。

この10年ほど、この国の閉塞状況を打破するには、構造改革が必要。取り分け、中央官僚の権限を地方に移管する以外に道はないと、地方主権を唱える政党が力をつけてきました。勿論、自民党も中央集権から地方分権を政策の柱にしています。

しかし政権交代以降、民主党の政治主導が否定され、自民党政権は再び官僚主導に祖先返りした感が随所に見られます。その方が、国が安定し、国力が増すのであれば、律令国家、官僚政治でも一向に構わないのですが・・・

毎日新聞の「風知草」(毎週月曜)に地方主権とか分権など叫ばなくても、人口動態の予想から・・・都会と田舎は逆転する・・・との面白い分析が掲載されていました。

話はこうです。2010年を基準とする2040年の65歳以上増加率は神奈川県が60%。東京都54%に対し、島根県マイナス2%。概して大都市部で激増。田舎は安定傾向にある。

「高齢者が6割増えれば老人ホームも6割増やさねばならない。島根は高齢者が増えないのだから施設を増やす必要はない」「田舎は高齢者の働き口も支え合いシステムもそれなりにできてるが都市部にはない」「これまで地方が抱えていた問題に大都市はこれから直面する」

「都会へ行けば働き口があるという時代は終り、地方へ人が逆流する可能性がある」松谷明彦政策研究大学教授。都会の高齢者が急増するのは当然。高度経済成長時代田舎から押し寄せた、若者たちが老いるのだから。全国では40年までに20・30代が4割減る。人口移動はもうない。

だから、分権だ主権だと地方が騒がなくても、必然的に・・・そうなると。

安倍政権は「矛盾は経済成長によって消滅する」とアベノミクス絶対主義、この自民党の伝統を強引に突き進んでいますが、この路線を突き進んだ帰結が東京一極集中です。それを祖先返りと心配するのですが。政治が再び中央集権を強めれば強めるほど・・地方を切り捨てれば捨てるほどに・・・・

これまで地方がほそぼそと続けてきた地域福祉、地域の社会保障システムが、人口動態統計を分析すれば・・・・必然として・・・地方主権や分権にならざるを得ないってことになります。実に不思議な現象です。政党って、一体なんでしょうかねぇ?Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月13日 05:47 | コメント (0)


新聞週間

2013年04月12日

衣の下に鎧が見えて仕方がないのですが?

今年も「春の新聞週間」が明日で終わります。取り立てて特別な行事があるでなし。何か物足りないのですが。今年の特徴は「新聞の役割と消費税」ついて論じられたことでしょうか。

元総務相の片山善博慶大教授は「新聞には権力に迫り、情報公開させる役割がある」と役割を強調。消費税の軽減税率適用には「人間には身体の栄養と心の栄養が必要、心の栄養部分である新聞、書籍が課税によって縁遠くなってはいけない」と賛成の意見を。

日本NIE学会長を務める広大の小原友行教授も「新聞を読むことは、普段から健康な体をつくるようなもの、社会や人間への関心が深まれば学習意欲も湧く」と片山氏同様、その必然を説いている。軽減税率については、情報は生活必需品。東日本大震災の際、食べ物と同時に石巻日日新聞の壁新聞に代表されるように情報が求められたことでわかる・・・欧米各国で新聞に低い税率が適用されているのは、その理由からと。

お二人の説く新聞の役割については理解できるのだが。

ドナルド・キーンコロンビア大学教授は、親交のあった作家高見順を引き合いに「戦前、真実を伝えず、大本営発表を垂れ流した。敗戦に対する責任は新聞にだってある」「新聞は報道の自由を自らは勝ち取れず、敗戦後の占領下、米国によって与えられた」高見はそれを「恥」としていたと「新聞の本質に迫り」手厳しい。

新聞協会にとって、消費税の軽減税率の適用を政府に認めさせることは、民主主義を育て平和を守る上でも譲れない一線であろう。であるとするならば。ドナルド・キーン教授があえて「新聞週間」の寄稿に高見順の憤った「恥」に恥じる紙面はないのか。筆を曲げることはないのか。そのことに真摯に向き合ているのかとの問い掛けこそが、課税の問題よりも「新聞週間」で新聞が問われていることでは・・・

私は消費増税賛意の論陣を張った新聞各社が軽減税率を求めるのは、自己矛盾だと思っています。欧州と日本が、消費税に対する考え方で一致せねばならない理由はどこにも見当たりません。むしろ、税の公平性から、軽減税率そのものを否定すべきではと思っています。

話は全く変わりますが。私が求める「新聞週間」の取り組みは、例えば、毎日新聞の月曜日。週間のテレビ欄が2頁に渡り毎週掲載されていますが。その紙面。読者は読んでいるのでしょうか。見ているのか。利用しているでしょうか。私は誰も見ても読んでもいないと思う。にも拘らず、毎週掲載するのはなぜなんでしょう。

毎日の編集部には、一度決めたことは無駄でも、誰も読まなくても変える情熱もエネルギーもないってことでしょうか。時代は変わりつつあります。ネットでもテレビからでも週間の番組など見ることができます。にも拘らず。旧態然と・・・紙面の刷新こそが、新聞週間のテーマであってしかるべきでなないかと思います。

それと、「新聞週間」に新聞の役割を語りながら、軽減税率適用の賛意を語らせるのは頂けません。これこそ我田引水ではないでしょうか。大義名文の衣の下には、消費増税で、読者離れが進み、経営圧迫を恐れるあまりの・・・鎧が見えて仕方がないのですが、下衆の勘ぐりでしょうか?Goto


4/8毎日新聞

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月12日 06:23 | コメント (0)


マラソンブーム

2013年04月11日

それにしても参加料が高すぎませんか?

私は毎朝、健康管理とゴルフの飛距離20ヤードUPを目的に、ウォーキング楽しんでいます。3年近く続けますと。もう少し早足で。いや、ウォーキングじゃなくて、ジョギングしてみようか。そして、シティーマラソンにでも、なんて思わないでもありませんが・・・

身のほどをわきまえる私目としてはジョギングにエスカレートする気は毛頭ありませんが。それにしても、最近のマラソンブーム。とんでもなフィーバーぶりです。わが郷土もシドニー五輪で日本女性初の金メダリストに輝いた高橋尚子さんを冠した「高橋尚子杯・ぎふ清流ハーフマラソン」が今年も開催されます。我が社の社員も多数参加予定です。

4/3付、読売新聞に・・・10/27開催される「第三回大阪マラソン2013」の参加者募集の見開き広告が掲載されました。2月に開催される東京マラソンの向こうを張っての大阪マラソン。いまやマラソンはランナーだけの大会ではなく、支えるボランティアや応援の人達を含め都市全体が盛り上がる一大イベントです。

岐阜県内だけでも遅きに失してはならじとあちらこちらで開催されています。全国でどれだけのマラソン大会があるのか?教えて欲しいほどです。大阪マラソン参加者募集の広告を(写真参照)4/3に掲載。それが。驚くなかれ翌日には28,000名の応募枠を突破したそうです。

驚きついでですが。参加料は個人1万円。ペアで申し込む場合28,000円。グループ(3から7人)場合は98,000円。チャレンジランと称して8,8kmの部は5000円を徴収するそうです。雨天などで、中止の場合でも返金はないそうです。単純計算でも3億円は軽く越えます。

多勢が一斉に走るだけなのになぜ、そんなに費用が掛かるのか?疑問です。
勿論。安全を期すべく、万全の注意を払わねばなりません。全地域を警備するのですから。何かともの入り、お金が掛かるとは思いますが。それにしても。参加料が高すぎませんか。

春になりました。健康管理にはジョギングも良いですが。
まずは、参加料も要らず・・・日常暮らす街並みを楽しみながらのウォーキングをお勧めします。Goto



4/3読売新聞

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月11日 06:21 | コメント (0)


2番じゃダメですか。

2013年04月10日

「シロ」も悪けりゃ「クロ」も悪いじゃ・・前には進まんわ。

もう忘れてしまったでしょうが。国の無駄使いにメスをいれるべく「事業仕分け」が盛んに行われていたのは・・・ほんの数年前。その際・・・流行語大賞になったかどうかも忘れましたが。都知事の有力候補にも上がっていた蓮舫参院議員の「2番じゃダメなんですか」でした。

鋭い切れ味。政権交代の高揚もあって、メディアも賞賛したものですが。予算をカットされることへの憤りと、学問や研究の分野は常に1番を目指すものだとの学者達の真摯な声も上がり・・事業仕分けと別次元に火が付き・・・「2番論争」が燃え上がったものでした。

それが、ここに来て、事業仕分けどころじゃない。この国がデフレ経済から脱却するにはジャブジャブにお金をばらまけ。「2番じゃなきゃダメ」とまくしたてる人が現れたじゃないですが。そうです。日銀のクロダ総裁が放った「量・質とも違う異次元の金融緩和策」のキーワード「2」です。

物価上昇率2%のインフレ目標を2年で達成する。金融調節の目標も短期金利から資金供給量に切り替え、長期国債、株価指数連動型上場投資信託の保有額を2年で2倍の270兆円と極めて巨額にすると・・実に明確に対策を示した。まるで「2番じゃダメですか」の蓮舫さんのように。

新聞各紙は、2%のインフレ目標を2年で達成するのは難しいとしながらも「デフレ脱却に向けた第一歩だ」と賛意を示したのは読売だけ。諸手を上げて支援するかと思った日経は意外に冷静。日銀が政府の尻拭いしている印象を与えれば、日本経済運営に対する信用が失墜すのが心配。政府も消費増税や社会保障改革に責任を持ち、強い覚悟で財政再建取り組めと、注文をつける。

毎日は御多分に漏れず「危険を伴う大きな一歩だ」株価は上がり、円安に触れ一見、結構な滑り出しだが、極めてリスクの高い賭けが始まった。金融政策の手段に新鮮味はない。価値が目減りする資産を買うことになる。償還年数の長い国債を買うのも危険だ。政策委員会が全会一致で合意したのも危うさを感じると、ここぞとばかりに批判している。

勿論。朝日も毎日と同様。大規模な金融緩和には副作用もつきまとう。まずは「資産バブル」の発生だ。株や土地を持たない人への恩恵は少ない。バブルが崩壊すれば一気に景気が冷え込み、悪影響は資産を持たない人にしわ寄せが行く。資金が穀物相場に向えば円安と相まって原材料の原価が跳ね上がり、家計を圧迫する。賃金が上がらねば物価上昇で生活苦が・・・と、朝日らしい批判を展開している。

いかんいかん。長くなってしまった。

クロダさんはインタビューで、「現時点で長期金利が上昇するとか、資産バブルが膨れ上がる懸念は持っていない」「財政赤字の穴埋めでもない」「懸念に対して必要な措置はすべて講じている」と「キーワード2」に自信のほどを見せている。

私は新聞が、新聞の使命として、懸念を紙面で書くことになんら問題はないと思っているが。しかし、昨日まではあれだけ、慎重居士のシラカワさんがデフレの元凶ように批判していたのに、その舌の根も乾かぬうちに、今度はクロダさんを、白も黒も滅多斬りするのは如何なものかと思う。

明日変調が起こったら、ほら見たことかとでも、嘯きたいのであろうか。
私は、やったらええがね。どんどん緩和したらええがね。「2番でええがね」とエールを送りたい。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月10日 05:57 | コメント (0)


ハッピーメディア®

2013年04月09日

新聞も月に一度ぐらいは、HAPPY NEWSしか掲載しないようにしてはどうか。

毀とは「そしる」ことを。「誉」と「褒」は字の如く褒めることであり「貶」は「けなす」ことを意味する。日々、新聞のページをめくって、よくもまぁ。これほどに世間は毀誉褒貶に溢れているものだと感心する。新聞とは毀誉褒貶であるとは、まことに、言い得て妙である。

新聞をしてこんな風に評する人もいる。
スポーツ欄には人間が肉体を駆使して達成したこと記録が報じられ・・・
一面は人間がしでかした失敗ばかりが臆面もなく綴られていると。

新聞は一面とスポーツ欄だけではない。経済も国際も文化や健康、教育も、三面記事いわれる社会面もあり、更には「社会の写し絵」である広告面もある。だが。新聞を購読する大概の人は。一面の見出しをチラッと眺め、スポーツ欄と社会面に目を転じてしまう。

なぜか。性善説を取る分けではないが。人は人の不幸や失敗をある程度は許容して受け入れるのだが。そんな記事では心が満たされることはない。むしろ、心に響き、感動するのは、不幸を跳ね返し敢然と生きる姿や、陰徳を積む奉仕の精神が披瀝される記事である。

あまり知られていないが。読んで幸せを感じた新聞記事とその記事へのコメントを募る「HAPPY NEWS 」なるコンクールがある。今年で9回目。日本新聞協会が主催している。2012年の受賞者が決まった。応募は過去最多の1万5935件。その中から25人が受賞した(読売新聞)。

最優秀の記事は「聴力と視力を失った女子大生が治療を続け、人間関係築いて行く姿を紹介した」朝日新聞。寄せられた感想は「懸命に自分人生を歩いている人がいるという事実が私を幸福感でいっぱいしてくれた」が選ばれた。

新聞協会の「HAPPY NEWA」の取組は素晴らしい。願わくば、受賞記事を書いた記者にも最高の名誉を与え表彰してあげればと思う。私は月に一度で良い「HAPPY」を感じる記事ばかりの新聞を発行して欲しいと願う。毀誉褒貶の毀と貶を排除し、誉と褒ばかりの記事が掲載された新聞が届けばどんなに楽しいかことか。

我が社の「地域みっちゃく生活情報誌®」(11県・47誌・292万部・全戸配布)の目的は、手にとってページめくって頂くファミリーの一人ひとりに「HAPPY」感じ、利用してもらうことにあります。ですから「地域みっちゃく生活情報誌」には毀と貶は掲載されません。

だから、我々は地域みっちゃく生活情報誌®を「HAPPY. Media」(ハッピーメディア®)と呼んでいます。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月09日 05:58 | コメント (0)


地域みっちゃく生活情報誌4月号

2013年04月08日

全国1000万人にご利用頂けるメデイアに育ちつつあります。

我家の庭・・・と言っても。道路を隔てた公園ですが。
やっとです。やっと、桜が満開のなりました(春の嵐で一瞬に散りましたが)。東京から満開のニュースが流れて、20日ほど遅かったでしょうか。

我が社の「地域みっちゃく生活情報誌」4月号が元気に出揃いました。

満開の桜をバックに「創刊号」・・・大きく「つばさ」を広げ・・・山陰地方に初お目見えは・・・・元気はつらつ全国大会で連勝の「城北高校相撲部」を特集・・・「つばさ」(鳥取市内・61,000部・全戸配布)が創刊しました。「つばさ」の創刊で、我が社の地域みっちゃく生活情報誌は、岐阜・愛知・三重・滋賀・福井そして鳥取の6県・40誌・2,456,195部になりまし
た。

また、姉妹誌も2誌創刊されました。地元の元気人を特集した山形県・村山市、東根市、尾花沢市、大石田町を全戸配布する「きたにゃ」(アイン企画発行・35,000部)です。東北地方で初登場の「地域みっちゃく生活情報誌です。

そして、もう一冊は。凛とした佇まい尾張の名刹曼陀羅寺を特集した愛知県・江南市、大口町、扶桑町に配布された「Kureyon」(ケイクリエイト・58,000部)です。表紙には満開のチューリップ畑を掲載・・・賑々しく誕生しました。

この2誌を加え姉妹誌(VC)は、福岡・山梨・兵庫・和歌山・愛知・山形の6県、7誌・468,000部に達しました。その結界。地域みっちゃく生活情報誌の総発行部数は300万部に手が届く、2,924,195部となりました。まだ、桜の便りが届かぬ山陰地方や東北地方にも一足早く・・・桜が咲き、全国11県をネットワークするにいたりました。

推定ですが。「地域みっちゃく生活情報誌」は約1000万人のお手元にくメディア成長しています。ご利用のご感想や、ご意見も月々1000通以上いただけるようになりました。また、うれしい悲鳴ですが、姉妹誌を一緒に創刊したいとの全国各地からのお問合せも急増しています。ありがたいことです。Goto




3/28創刊「つばさ」(鳥取県鳥取市)

当社地域みっちゃく生活情報誌®40誌


※VC創刊
 
きたにゃ       kureyon


投稿者: 後藤 日時: 2013年04月08日 06:13 | コメント (3)


素直に。

2013年04月07日

馬には乗ってみろ、人には添うてみよ

最近、どれだけ肩甲骨回を繰り返しても。首の周りが凝る感じです。
なぜかと、考えてみましたら。どうも。ブログの内容に、あちらこちらと、よく言えば配慮。悪くいえば。気を遣って、思いの丈を抑えているからではと・・・

肩に血液が滞留。それが属にいうストレスですが。肩が凝り、首の周りが重たく感じるのではとの思いに至りました。で、ちょっぴりストレス解消で、羽目を外して見たいと思います。

日銀は短観で「業況判断指数(DI・全国1万社以上を対象に景況感を調査した指標)」が大幅に改善したと発表。日経も地域経済500調査(全国の有力企業、団体トップ対象に景況感を調査)発表。アベノミクスで、全国10地域のうち9地域で景況プラスに転じたと報じている。

私の率直な意見を述べれば。日銀やメディアの景況感が増しているとの情報。素直に聞いた方が良いと、思うのだが。田舎に暮らしていると。「それは円安、株高効果で特定の話」だとか「地方が景気を回復するのはまだまだ、時間がかかるのでは」とか・・・

はたまた。「地方は高齢化がますます進み。景気回復など程遠い」とか。兎角、マイナーな雰囲気や発言が目立つ。「人には添うてみろ」「馬には乗ってみろ」というではないか。いくら実感できないからといって、足元ばかりを見つめ。全体的な動きが見えぬと・・・

「バスに乗り遅れてしまう」。現況に目を塞いでいようが。乗り遅れようが。そう考えている人が選択するのだから、それはそれで構わないのだが。しかし「アベノミクスは長続きしない」だとか「好況だが・・・このやり方には限界がある」だとか・・・

さも、したり顔で、批判や批評する評論家や、経済学者は「そう発言する」ことによって。商売をしているのであって。ご本人達は「アベノミクス」の高揚にちゃっかり乗っかっている。そんな連中のマイナーな言に惑わされてはいけない。

私は。この国の景気はもはや、5合目に差し掛かっていると思っている。マイナー発言に惑わされ。攻勢に打って出るのを躊躇している人達は、チャンスを逃がしてしまった人達だと思っている。今から。慌てて・・・体制を整え。投資に舵を切っろうと思っている人達は、もう遅い。

世の中。「人に添う馬に乗ってみる」ことができない人は。残念だが。負け組と言わねばなるまい。負け組が悪いとは思わないが。負け犬は遠吠えで自分を正当化して。尻尾を巻いてすごすごと退散するモノ。負け組に入り込んでしまえば、その出口はなかなか見つからない。

私は負け犬にはなりたくない。世の中の動きを丁寧に観察するが。少なくとも。物事には色眼鏡をかけず素直に。率直に向き合わないと社会から相手にされなくなると、いつも緊張している。その緊張が、毎日肩甲骨回しを繰り返しても。首が凝る原因だと思っている。Goto

ここまで、書いて。返って肩が詰まってしまった。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月07日 05:56 | コメント (2)


民間日刊新聞

2013年04月06日

一層・・・電子新聞にしてはどうだろうか?

喜ばしいことではあるが。色々と考えさせられます。
日本では、言論・出版・集会・結社の自由は憲法で保障されています。
ですから、誰が何を言おうが、論じようが全く自由です。

そのせいで、政治は混乱から抜け出せず。経済は混迷をきたしているともいえます。しかし、世界には一党独裁、あるいは軍事政権下で、言論どころか。出版物も厳しく検閲される国が、中国や北朝鮮など数多くあります。

62年に軍事クーデターが起こり、言論を封殺したミャンマーもその一つです。
民間移管後、解放政策で民主化を進めるテイン・セイン政権は、検閲制度を廃止するなど報道に関する規制緩和策を推し進めていましたが。このほど、50年ぶりに計16の民間紙に「日刊紙」の発行を許可したそうです。喜ばしいことです。

「国営新聞が載せない記事を書く民間新聞が増えることは、ミャンマーの民主化が進む」と期待が高まっていると毎日新聞は報じています。

この喜ばしいことで、私が考えさせられるのは。
16紙に下りた許可で、4紙しか4/1に発刊できなかった。その理由が記者の育成やデリバリー準備が整わなかったからだと。配達網といっても、街角スタンド売りか。路上販売。それが間に合わないのではなく。多分に、編集・製版や印刷の技術が追いつかなかったのではないでしょうか。

だとしますと、日刊の新聞作りのノウハウがないことのなります。日本では記者や印刷工場のリストラが進んでいます。心ある新聞人が技術指導を兼ねて応援に行ってはどうでしょうか。

それと。今更の日刊化。新聞事業ではまるで、3周遅れのビジネスです。だとすれば。デリバリーもいらないし。整理や印刷のノウハウも入らない「電子新聞、デジタル新聞」で日刊化した方が良い気がします。勿論、端末機がない。そんな話にはなるでしょうが。

以前・・・もう20年ほど前、カンボジアに小学校を寄付しに訪ねた時。小学校の先生達は、電気も届かぬような学校で。携帯電話を駆使していました。カンボジアとミャンマーは違でしょうが、携帯が通じるのなら。タブレット端末を国民に提供し、電子新聞で日刊化した方が早いのではないかと、思うのですが。

頑張れ。ミャンマーの日刊新聞社・・・。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月06日 06:16 | コメント (0)


紙面刷新

2013年04月05日

新聞変遷の現れではないでしょうか。

4/1・朝日新聞と毎日新聞の紙面が刷新されました。
毎日に付いては。1から3面が、これまで15段に分け1行10文字だったのが、12段にして1行12文字に。活字を大きくして、くっきりはっきりと、記事を読み易くする。との発表に、文字数が減れば情報量が減るわけだから。購読料を下げるべきではと皮肉りましたが。

刷新紙面に特段の違和感はないが。別刷りの特別PR版(写真参照)を見る限り。連載24年の政治記者の大ベテランのコラム「近聞遠見」が続くのは嬉しい。タイトル「急接近」のそこが聞きた・私はこのコーナーが鋭い切り口で好きです。それに記者の顔が見える先駆的コーナー「記者の目」も現場の記者の息遣いが聴こえ毎日らしさが滲みいいですね。

が、「賛成・反対・第三の道」を模索する論点も充実させるとしてますが、願わくば。毎日のスタンスを明確にして論じて欲しいモノです。年に一度。創意工夫を凝らし、紙面を刷新しようとする編集者の意図が伝わり、刷新を楽しんでます。その努力が購読増に繋がることを願います。

朝日もコラム充実させ、らしさを強調した紙面に刷新されましたが。二人で執筆している天声人語の筆者がひとり交代。53歳と聞いて。若い人が天声人語を書くようになったとびっくり。我が社の全社員は天声人語を日々書写しています。インテリの独りよがりほど、味気ない603文字はありません。願わくば・・人情の機微に触れる内容を多くして欲しいものです。

私が好んで読む。オピニオンのページ、月曜日も掲載して欲しいものです。それと、4/1付朝刊。32頁立てで・・・5・9・15・19・23・25と奇数面の全ページ広告が続くと、さすがに、読みづらい。これは紙面刷新とは関係なくたまたまだと思うのですが。乱暴です。

紙面刷新の最大の目玉。新設された特別編集委員制度。その委員達が如何なる立ち位置で、日曜日コラムを書くのか、興味深々で日曜日を待ちたいと思います。新聞のニュース性は薄れた。その変わり、コラムや論点を多くすべきだと考えてますので、朝日の紙面刷新には納得ですが。

読売と日経は大幅な刷新をしませんでした。
なぜか私には朝日・毎日が紙面刷新を強調する姿勢に両紙の焦りを感じて仕方がありません。Goto



4/1毎日新聞 特別PR版

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月05日 05:50 | コメント (0)


広告の力

2013年04月04日

日曜の朝から人が並ぶなんて・・・

この歳になりますと。日常生活で起こる大概のことは経験済み。取り立てて目新しいこともないのですが。旅先の朝。地元産の土産でもと思い立ち。スーパーへ。スーパーといっても全国展開の精錬された店じゃなく。地場資本の・・・・。

思い立てば、前後の見境もなく即行動。私の朝は旅先であれ。自宅であれ忙しい。ウォーキングにブログ書きに、新聞読み。それに、ホテルの露天風呂に朝食と・・・それらを済まし。次のスケジュール(比較的ゆっくりスタートでしたが)の前に・・・地元スーパーへ。

駐車場はほぼ満杯。店先には、みたらしだんごの醤油が焦げる匂いが・・。
で、いそいそと入り口へ。あれ〜。こりゃなんだ。50人近い・・それも比較的年配の人達が。入り口付近にたむろしているではないか。立て札には「本日の開店は10時からです。しばらくお待ち下さい」と。

うーむ。そうだよな。スーパーって。コンビニじゃないんだから。セブンイレブンでも24オープンでもないんだよな。10時までにまだ15分。それにしても。日曜の朝。こんなにスーパーに人が並ぶなんて。日常生活で大概のことはなんて・・・とんでもない。知らぬことばかり。

では。この人たちのスーパー内での行動。何かお目当ての食料品があるのか。どんなモノに飛びつくのか。良い機会だ。仲間に加えてもらい。日曜の朝一。スーパーオープンの瞬間に立ち会ってみよう。TVで見るようなシャッターが開き。店員が「いらっしゃいませ」と深々と頭をさげる・・・と思いきや・・・

パートらしきお姉さんドアに近づき。自動ドアのスイッチを入れるだけ。呆気に取られてると・・・わっーと。なだれ込むでもないが。でも目的地に向かって。カートが一斉に。野菜売り場の一角で。そして、鮮魚のパッケージに。更に、精肉の目玉にと。まるでその日に。このスーパーで買わねばならないモノは、これしかないかのような。見事な流れ。

それも。これも。商品POPには、本日の広告の品と、デカデカ。
チラシをご覧になって早朝から足を運ばれたんだと思うと。広告の力をまざまざと見せつけられた思い。広告屋がなにを今更と思われるかも知れないが。品数限定ではないんですから・・・驚きました。

そうそう。私は広告の品・・・特価の国産牛1kgと搗き立ての餅1升と、赤かぶの漬物をしこたま土産に買いました。地元資本のスーパーはびっくりするほど、廉価でした。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月04日 05:32 | コメント (0)


かぶく

2013年04月03日

ニュースの影には、周到に計算れたPR活動が・・・

いつからこんな大層なことになったんでしょうかねぇ。
割と高級感がありクオリティの高い雑誌、例えば和楽も婦人画報も今月の特集で大々的に。
新聞も。朝日は「天声人語」と社説にまで、それも笑っちゃうんですが「伝統の種は尽きねぇ」なんて、歌舞伎言葉で・・・

日経も一面の顔「春秋」で。大正期の中央公論を持ち出し「一流の芸を見たい人だけがみればよい」と雑誌だって歌舞伎だって、お高くとまっているのが寛容と、歌舞伎モノで文章を飾る。
勿論。毎日も余録で、空前の人気を誇る・・・大役を演じられる若手が層をなして育つ今の歌舞伎界。東京のまっただ中で「我が世の春」と・・・隆盛を記す。

読売こそは。編集手帳で。なぜ、この時期に「長嶋茂雄」なのか?「松井秀喜」なのかは全く理解できないが。この二人なら。川上もV9の広岡も森も・・・不滅の巨人軍が国民栄誉賞に輝いて良いのではと思うような身内の讃歌だったが。6面に特別面を設け「基礎からわかる歌舞伎と歌舞伎座」の大特集を組んだ。

4/2・3はテレビも朝のワイドショーからすべてのニュースまで。大した事件がなかったからかも知れないが。5代目・銀座・歌舞伎座の話題で満載。ひねくれ者の私としては。歌舞伎って、いつから、日本中が、大騒ぎするほど・・・大層なモノになったのですかねぇ?

そもそも。歌舞伎なんてモノは。所詮・・・かぶきモノといって。奇抜な身なりで、勝手な振る舞いをする。常識外れのお調子者。半端者の道楽なんですから。それを、たかが芝居小屋一つできたぐらいで。ろくに本場所を観戦もしないでケチをつける大相撲と同じ。マスコミが騒いでいるだけ。

日舞の名誉名取を自認する私目としては。
梨園に産まれただけで・・・まだまだ、格好ばかりで芸の値打ちもわかっちゃいねぇ・・・中途半端な若造を、歌舞伎役者、歌舞伎役者と持ち上げ、メディアは引っ張りだこ。ちやほやするのは。ちったぁ・・・早かねぇか?と、いただけねぇ。

なぜ、歌舞伎座落慶ぐらいで、こんなに大騒ぎするのか?って、言えば。
簡単なことで。ニュースや報道はあくまでもパブリックだが。種も仕掛けもないと思うのは勘違い。これだけの露出には、計算された松竹のPR活動という仕掛けによものとしらざぁーあなるめぇ。

それにしても。国民のどれだけの人が歌舞伎座に足を運んで。本物の歌舞伎を観賞したことがあるんですかねぇ。歌舞伎の関係者も、長い歴史から考えれば。こんなフィーバーなんていっときのも。いくら歌舞伎だからといって。かぶいちゃいけねぇよ。メディアなんて、歌舞伎よりも浮き草でかぶいているんだから。。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月03日 05:27 | コメント (0)


今やる・・

2013年04月02日

最も良き部下になること、それがリーダーになる道。

3/29・早春の飛騨高山にて。研修を終え・・希望に胸膨らませ、ギラギラと目を輝かせる新入社員・精鋭32名の入社式を全社員祝福のもと・・・執り行いました。

歓迎の訓示を紹介します。

我が社の社訓は「飲水不忘掘井人」です。
社会人となる節目の日。全社員が祝福して君たちを迎えました。
節目の日は「水を飲む」日でもあります。君達を育てて下さった人達に感謝しましょう。

世の中。景気が上向き。長いデフレのトンネルから脱却できる気配です。
しかし。この状況は。あの大震災の犠牲の上に成り立っています。
被災地被災者を救うにはこの国が立ち直らねばならないとの、国民の意志が働き。政治が動き、経済が息を吹き返したのです。

問題は。さーあ。これから頑張ろうでは遅い。この二年間でどれだけ足場を固め。投資をしたかが重要です。景気が回復しつつあると今から。慌てて手を打つようでは。手遅れです。我が社は、この二年間。不安と混迷にめげず、歯を食いしばって、足元を固めてきました。お陰様で、その努力が実りつつある・・その時期に君達を迎えることができたと思っています。

広告業はサービス業です。
サービス業の原点は人間愛です。人間を思い。人間を大切にする。そして、冷静に人を分析できねば広告の仕事は成り立ちません。それにはまず、人間を好きにならねばいけません。

そうです。嫌いな人も。嫌(いや)な人も。悪い奴もです。そして、何よりも自分を好きにならねばいけません。人は健康な身体と健全な精神を持てば、自分を好きになることができます。まずは、自分を磨き、鍛えて下さい。そして、人を好きになってください。そう・・努力すれば、この仕事は天職となって人生を謳歌できます。

社会人とは社会を作る側です。君達は我が社の将来を担うリーダーとなって、広告業を通じ社会に影響力を持たねばなりません。それには。「良き部下」になることです。最も良き部下になることが。リーダーになれる条件です。

良き部下になることによって「地域社会へ貢献」という我が社の理念を一緒に具現化して行こうではありませんか。人生とは産まれてから死ぬまでの時間です。君達には有り余る時間があるかもしれないが・・実は時間は待ってくれません。あっという間になくなってしまいます。

時間は人生のコストです。どうか、時間を大切にして欲しい
今やれることはいまやる。誰かがやってくれることを期待しないで自分でやる。そして、その状況・環境でやる。それが最も時間を効率的に、大切にすることです。

君達の社会人としての自覚と活躍に期待します。
入社を心より歓迎し挨拶とします。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月02日 05:57 | コメント (0)


ブログ2000回

2013年04月01日

ブログを毎日書くことなんて、なかなか習慣化しないものですね。

今日はエープリルフール。嘘のような本当の話です。
このブログが、今日で連続2000回を数えました。よくもまぁー。飽きもせず5年と半年。毎日、毎朝・・・続けてるものだと。自分で笑っています。

「無くて七癖」と申しますが。癖っていうものは、その人が同じことを繰り返す習慣のことです。人が癖を習慣化するには。どのくらい同じことを。繰り返せば意識もせず・・同じ行動を繰り返すのか?何かをモノにするには三日坊主ではダメ。古人曰く「最低でも三週間、三ヶ月。いやいや石の上にも三年。三年続けてモノになる」と申します。

癖は無意識に習慣化されたモノが多いですが。意識して癖を作る場合は、人によって差があるようです。大概は血液が入れ替わる三ヶ月で体が覚えて習慣化されるそうです。私の場合。毎日ブログを書き続けているのですが。5年半掛かっても、まだ習慣化できません。

1000回目は2010年7月7日。そのタイトルは「千日ブログ満行」とあり。1000回を切りに。やめようか続けようかと迷っていると記しています。翌日の1001回目で、延暦寺の阿闍梨の千日回峰行は。すべての行で、少しずつ日にちを残して終る。なぜか。修行に終わりはない。残した日にちを修行と心得え死ぬまで続けるのだと・・・あり・・・

1001回目のタイトルは「不期明日」・人生に明日はない。今日を限りに必至で生きたい。そしてこのブログも修行の積りで、続けれるだけ続けようと決めたと記しました。で、今日、2000回を迎えたわけです。

それにしても。2000回・・・毎日書いてるのに。日々自らを叱責せねば、書けないなんて。私は癖ひとつ身に付かぬと呆れてますが。いずれは習慣化する日が来ると信じて、明日・2001回目を始めたいと思います。エイプリルフールに2000回。これからも・・拙文にお付き合い頂ければ幸甚の極みです。Goto

投稿者: 後藤 日時: 2013年04月01日 06:08 | コメント (0)